37話 ガフタへ
「なるほど、ンじゃそのガフタってトコに行けばいいワケか」
車に揺られながら、カルメはクチバシを天賦に向けた。現在存在が判明している呪源の中で、唯一一つの場所に留まっているものだ。その後の計画は何も立てていないが、とりあえずはガフタに向かうべきだろう。
「はは、もう次の目的地の話ですか……」
「ファティ、ガフタってどんな場所?」
「ガフタは北の方にある獣人の国で、明人はほとんどいませんね。呪解者という人間がいて、その人のおかげで呪いの研究がどこよりも進んでいます。あと、料理技術が発展していて、すごく飯が美味しいです」
ファティはガフタのことを楽しそうに話している。きっと彼が料理人だからだろう。
「へェ。獣人は料理が上手いのか?」
「彼らは鼻がとてもいいですからね、一口でどれくらいの時間、どの程度の火で焼いたのかすぐ分かっちゃうんです。俺たちがわからないような味も分かるんですよ。その分評価も厳しいんですけど……」
獣人はムーナウーヴァの料理は好まないだろうな、と天賦は思った。あれは味付けがあまりに濃すぎる。
「どこにあるの」
「えっと、ムーナウーヴァからだと海沿いを渡って、それから大きな山脈に沿って行くことになりますね。術力車でも一週間以上かかるかな」
二週間はかからないと思いますけど、と付け足す。
10日程もかかる旅など、天賦には想像できない。5日車内で過ごすだけでも退屈で死にそうだったのに、それの倍とはどうなってしまうのだろうか。
しかし、心躍ることもあった。「海」である。
天賦は知識としてでしか海を知らない。とても広大な湖だということを。それを実際に見ることは楽しみだった。
そして「雪山」も。美味しい料理も。
「呪源は? どんなのか分かる?」
「俺はあんまり……」
「それなら私が知っているぞ!」
再生師がデッキから自信満々に声を上げた。尻尾がぶんぶん揺れている。柵が壊れそうなのでやめて欲しい。
「ガフタの呪源は「カローラ・フェン」と言うようだ! 通称「花嫁」とも言われている!ホツァイト山に住む呪源らしい! 普段は大人しいがたまに暴走することがあるそうだ! その姿はまるで――」
「ちょい待ち! 姉ちゃん、情報が頭に入ってこねェ」
カルメに静止されると、再生師は尻尾をへなへなと落として口をつぐんだ。彼女の知識は大いに役に立つが、皆が彼女と同じ記憶力を持っているわけではない。天賦はその最たる例である。
「えっと、触った剣」
「カローラ・フェン」
「それ。それはどんなことしてくるの」
天賦にとって1番重要なのは相手の行動だ。ルチカナイトだって、事前に【水晶】の知識がなければ有無を言わさず殺されていたかもしれない。
「私には分からん!」
「え?」
「前に言っただろう? 私はルチカナイトに専念したせいで他の呪源のことは後回しにしてしまったのだ。」
天賦はそれはそうかと納得した。彼女もまだ若い。それにその貴重な5年をルチカナイトに費やしたのだ。他の分野に乏しくとも当然である。
「なら、元の英雄は? それっぽいのある?」
「うーむ……やはり獣人の国だからな。獣人であった武闘家の「サマルエルム」が有力だろう。」
サマルエルム。天賦はそれを一瞬名前だと認識できなかった。聞き馴染みのない発音である。
「ンだよォ、呪源はどいつもこいつも故郷に帰ってンのかァ?」
「それはどうだろうな。僧侶のオーガンはソエルソスの地方が出身だとされているが、ソエルソスで呪源は見つかっていない。一概には言えんと思うぞ。」
固有名詞がたくさん出てきて天賦は混乱する。ゆっくり進めてもらいたいものだ。
「そろそろムーナ・ルイスに着きますよ」
気がつくと、外は見慣れた光景だった。先には美しい街が見える。
「この後どうすンだァ? 旅の準備か?」
「いや、まずはディソン達に報告だ。2人も協力してくれたからな。」
天賦は拡張袋に触れた。あのメイスの製作者は既に亡くなっているが、それを託され、今まで守ってきたのはあの2人だ。ならば、1番に報告するのが当たり前だろう。
「了解。ただ、起きてるといいけどなァ」
いつもディービは寝ているイメージがある。昼頃になってから出直すことになるだろうと天賦は予想していた。
結果、ムーナ・ルイスに着いてすぐ、家のドアから返事があった。それもディソンではなく、ディービである。
「おー、てめーらか。何だよこんな朝早くに……」
「ディービが起きてる。珍しい」
「今日はたまたまだっての。片割れはぐっすり寝てるぜー。新しい本を夜なべして書いてたからな」
ディービはフードの下にあるであろう目を擦り、天賦たちを中に招く。前に見た時よりも散らかっている気がした。
「で、何の用だよ。武器のことか?」
「ルチカナイトを斃した」
ディービは一度「そーか」と言った後、少し間を置いた後に大声を出して、デスクを叩いた。
「はぁ!? てめ、今なんて言いやがった!?」
「斃した。ルチカナイトを」
ディービはぽかんとして、再生師の方を見る。彼女は笑みを浮かべながら頷いた。彼女の人柄を理解しているディービはどかっと椅子に腰掛けて、ため息をついた。
「マジなのかよ……そりゃ、本当に、すげーな」
「褒めてくれるんだ」
「そりゃそーだろ。呪源を斃した奴を褒めねー奴なんてどうかしてるぜ」
そうか、と1人で何かを呟いた後、ディービは天賦に手を出した。
「見せろ。セクルーの武器」
「え、わかった」
天賦は輝けるメイスを取り出した。それをディービに渡す。
「……ふーん、そうか、頑張ったんだな、てめー」
その言葉は天賦に向けられていたような気もするし、メイスに向けてだったかもしれない。はたまた、別の誰かか。
ふと天賦は疑問に思った。ルチカナイトは洞窟ごと跡形もなく消え去ったというのに、メイスの鉱石は残っている。
「なんでルチカナイトのやつが残ってるの」
「こりゃセクルーの技術だな。武器に特別な【保存】をかけるんだよ。だから、その魔法が切れちまったらその鉱石も消える」
確か、【保存】はファティが食材を保管するために使用すると言っていた魔法だ。木箱にかけられていたやつ。腐りゆく物でなくとも使えるのか、と天賦は感心した。
「どうやったら解けちゃうの」
「【治癒】とか【再生】をこの武器にかけんじゃねーぞ。【保存】はそいつらと反発して消える」
武器に回復用の魔法を使う時が来るとは思えないが、天賦たちはそれを心に留めておくことにした。
「ほら持ってけ。このメイスはてめーに譲るよ」
「いいの?」
「呪源が素材になった武器なんてこの世にねーぞ。役に立つでしょ」
ディービはそう言ったが、他に何かの意味も込められているように感じた。天賦はそれが何かまでは分からなかったが。
「ありがとう。貰う」
「そんで、次はどこ行くんだ? わっちの予想はガフタ」
ディービは見事天賦たちの行き先を当てた。もう呪源で思い浮かぶ場所はそれくらいなのだろうか。
「そうだ! よく分かったな!」
「そんなの分かるって。はっきり分かってるのはそこしかねーからな。あとは曖昧だ」
あとは、という言葉を天賦は疑問に思った。つまり、他にも一応目星は持っていると言うことだろう。
「ディービ、他にいそうなとこはどこ」
「あー、マジでいるかは分かんねーけど、クスカルのクェンターレっつーとこだな」
クスカル、聞いたことがあるようで中々思い出せない。おそらく国の名前だ。
「どうして? 何かウワサでもあンのかよ」
「ウワサっつーか、とにかく近寄るなって言われてんの。人が住んでるのは確からしいけど、クスカル国民も行商人も絶対に寄らないとか」
天賦は再生師を見る。彼女は知っているのか聞きたかったからだ。だが、再生師は微笑んだまま首を傾げた。多分意図が伝わっていない。
「……再生師は知ってる?」
「ああ、成程! 知識としては知っているぞ。ただ、ディービと同程度の情報しか知らんがな。」
再生師でも怪しいようだ。何か不穏な香りがするので、できる限り記憶に留めておくことに決めた。
「話を戻すけど、てめーらその格好のままガフタに行くんじゃねーだろうな」
3人は互いの姿を見合わせた。天賦と再生師はかなりの軽装、カルメは全身を衣類で包んでいるが、特別防備をしている格好では無い。
「死ぬぞ。凍えてな」
天賦はきっぱりと言われてしまった。冬の寒さくらいは知っているので、自分の体なら耐えられると思っていた。だが、そうでもないらしい。ディービはずっとこちらを見つめてくる。
「天賦、街で服を買おうか。」
「この時期に冬服なんて売ってンのかよ。春だぞ春」
再生師ははっとした顔をした。考えになかったようだ。
「なら、えーと、私が【着火】で温めよう! そして現地で服を買う!」
「いい考え」
天賦は心から再生師に賛同した。現地の服なら寒さに耐えられるように作られているだろう。
「マジかよお二人さん。まあ、オレは構わねェけど」
「あ、本当に辛くなったらカルメがあの羽出せばいい」
天賦はルチカナイトと戦った時にカルメが発現した能力を思い出した。あれなら暖かそうである。
「はァ!? ンなコトに使いたくねェよあんなん!」
「そうだ。羽で服作れる?」
「ヒエー、怖いよこの子」
カルメは腕をさする。すっかり人間らしくなった。
そこで、天賦はひとつの疑念を思いついた。言語である。
天賦は獣人語を知らない。ファティがいるとは言え、天賦だけでは十分なコミュニケーションが取れないのでは無いかと思った。
「私、獣人語分からない」
「ガフタも共通語使えるから安心しろ」
「ただ、獣人のイントネーションは独特でな。もしかしたら天賦では聞き取れないこともあるかもしれん。」
イントネーションが変、で天賦は様々な想像をした。上がり下がりが激しかったり、発音がぐちゃぐちゃだったらどうしようか。天賦が認識できる程度であることを祈る。
「じゃあ、ガフタに行く」
「あ? 何言ってンだよ」
「え?」
再生師やディービも、天賦を信じられない目で見ている。天賦にはそのわけは分からなかった。
「ここからまた長距離移動? 帰ってきたばっかりなのに?流石に休息を入れなきゃなァ。ファティもオレらも死んじゃう」
「天賦はたくましいな! ははは!」
再生師の笑い声がこだました。こんなことを天賦は何度も経験したような気がしていた。
「では、腹も空いたし何か食べるか。行きつけだった店がすぐそこにあるんだ、一緒に行こう!」
天賦に手を引かれる。
早くガフタで美味しい食事を、あわよくばシチューを食べたいなと願う天賦だった。
獣人はどの動物がベースになった人間であっても味覚自体は明人と全く同じです。また、獣人は全て哺乳類に限られます。




