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36話 祝日になる日

「え、て、天賦さん? うそ……」


 村に帰ってきた天賦たちを、ファティはありえないものを見たような顔で出迎えた。


「……ただいま」


 ファティは天賦たちに向かって走った。そして、天賦の前ギリギリまで迫ってきた。彼が自分から人に近づくのは珍しい。


「生きてたんですね! 早朝に向かったのにいつまで経っても帰ってこないから死んじゃったのかと思いましたよ!ああ、本当に怖かった……」


 その場にへなへなと崩れ落ちた。思っていたより心配してくれていたんだな、と天賦は意外に感じた。


「確かに夜になってら。何時間経った?」

「えっと……14時間ですね」

「14時間だと!?」


 天賦たちは確かにルチカナイトに苦戦したが、それでも半日も経っていないと思っていた。それだけの時間鉱石に手こずっていたのか。それが体が異常に重い理由だろう。


「ということは、その……斃したんですか?」


 恐れや期待が入り混じる顔で、ファティは天賦を見つめる。


「……うん」


 そして、ファティが何かを言いかけた時、何かが迫る気配がした。ファティの背後を見ると――村の人々が天賦たちに走ってきていた。


「斃したんですか!?」

「呪源は! さっきの光は!?」

「嘘、本当に!? 信じられない!」

「本当に凄いです! ほんとに、ほんとに!」


 あっという間に天賦たちは村民に囲まれた。そして彼らは口々に天賦に質問したり、賞賛の言葉を送ったりする。天賦はこの光景に見覚えがあった。初めて闘技場から出た時、ヘイリンの住民に囲まれた時だ。


「エ、ア、ウン」

「どうしてこんなに傷がないんですか!?」

「あの呪源相手に軽傷で!? なんて人だ!」

「コレハ、ナオシテテ」


 天賦たちの衣服は血まみれだが、【再生(レプロ)】で何度も治したので重傷という重傷は見られない。それを見て彼らは天賦が苦戦することなく斃したと思っているのだ。

 だが、【再生(レプロ)】に【治癒(ヒール)】のような疲労回復効果はないので、その分の疲れは体に溜まりきっている。ただ、天賦にそのことを説明する余裕はなかった。


 そのうち、天賦は村人たちに抱えられ、掛け声と共に何度も放り投げられた。再生師も同様に。天賦はこの行為がどんな意味を持つのかわからなかったので、困惑のあまり動けなくなった。


 カルメに群がる人々はいない。恐らく、近寄り難い見た目と高い身長から胴上げを諦められたのだろう。ただ、大きな尻尾を持つ再生師は持ち上げられているが。

 ただ、特にカルメは不満そうにしていない。


「あ、あわ」

「やられとけやられとけ」


 カルメに助けを求めるが、彼は眺めるばかりであった。その行動が止んで地面に降ろされた。

 その時、天賦の世界が大きく眩んだ。指が鉛のように重くなり、瞼が落ちるのを止められない。なにか言葉を紡ごうとしたのに、上手く舌が回らない。天賦は力を振り絞って、皆に伝える。


「わたし……つか、れ……た……」


 天賦の世界はぐるんと暗転した。


「じょ、嬢ちゃん!? 死んだ!?」


 カルメは咄嗟にそれを受け止める。ぐったり脱力した天賦にカルメはたじろいだ。


「いや、寝てしまったんですよ」


 天賦は僅かに寝息を立てている。ずっと動き回っていたのだから当たり前だ。普通人間が耐えられる活動量じゃない。


「ははは、カルメ、私も受け止めてくれ!」

「え? うおっ!?」


 元気よく言い放った瞬間、再生師は板が倒れるみたいにバタンと倒れた。それもカルメが左手で受け止めた。思い出したみたく倒れるものだから、カルメもファティも心底驚いた。再生師らしいと言えば再生師らしい。


「大丈夫ですか〜? 私のお家のベッドお使いになります〜?」


 人混みの中から書庫番が手を挙げて言った。2人を安静に寝かせる場所がなかったので、提案を喜んで呑むことにした。


「そりゃ助かるな。あとこの村に【治癒(ヒール)】が使えるヤツいるか? できればだけどな」

「私のお友達が使えます〜。お願いぃ、してみますね〜」


 書庫番はふらふらとした足取りでその場所に向かった。

 何かの催しを画策する村人たちを尻目に、カルメは安堵のため息をついた。



――――――――――――――――――――――――――



 天賦は頭に響く喧騒で目が覚めた。

 眼前には光沢のある何かが揺れている。覚醒してくると、それが再生師の尾だと分かった。


「お、天賦! 目が覚めたか!」


 天賦は質素なベッドの上で寝ていた。ほのかに酒の匂いもする。


「えっと……」

「あの後私たちは疲労で倒れたのだ。」


 身体はまだ少し重いが、それでもずっと動きやすい。窓から外を覗く。まだ空は暗く、今は深夜だろうかと想定した。


「あ、ちなみに私たちは丸一日寝ていたらしい。ルチカナイトを斃したのは昨日のことだ。」

「い、一日!?」


 天賦は目を見開いた。完全に目が覚めた。

 そんなに長い時間寝たことは今まで無い。では今は次の日の夜なのか。もうすぐ明後日になってしまう。

 そういえば、外から人々のざわめきが聞こえてくる。何か騒ぎでも起きているのだろうか。


「再生師、外で何やってる?」

「ああ、祭りの準備をしている。もうすぐ終わるぞ。」


 祭り。

 セールムで経験しそびれた催しだ。食べ物を食べたり、食べ物を食べたりするというあれ。しかし、なぜ今日なのだろう。そんな話は聞いていなかった。


「私たちが呪源を斃した記念だぞ。ほら!」


 再生師に手を引かれ、家の外に出る。天賦が外に出た瞬間、たくさんの目が天賦に注目していた。


「えっ」

「天賦さんだ! おーい、天賦さんが目を覚ましたぞ!」


 1人の住民が声を上げると、一気に人間が天賦の元に集まってきた。デジャヴである。

 天賦が身構えると、目の前に尻尾が現れた。再生師が天賦と住民の前に入ったのだ。


「彼女は沢山の人の前では緊張してしまうんだ。ゆっくりにしてくれないか?」


 そう言うと、人々は納得して2人から離れていった。天賦は「緊張してしまう」と言われたことが少し恥ずかしかった。


「天賦、書庫番が家を貸してくれたんだ。」

「ええ。お礼はぁ、結構です〜」


 家で酒の匂いがしていた理由が判明した。素直に感謝の言葉を述べる。


「あの、おっ、お加減はどうでしょうか……」


 するとおずおずと手を挙げて天賦に尋ねる少女がいた。かわいらしい刺繍がされたスカーフを頭に巻いた、もさもさした淡いベージュの髪の少女だ。


「えっと……」

「あっ、わ、私! 一応【治癒(ヒール)】を使ってみたんですけど……ど、どうですか?」

「ありがとう。大丈夫」


 少女は顔を明るくさせた。喜びというより、安堵である。


「この子、失敗したらどうしよ〜って、ずっと言ってたんですよ〜」

「だ、だだだって私、学院では落ちこぼれだったし、最近はささくれぐらいにしか使わなかったから!」


 握り拳をぶんぶん振り回しながら、恥ずかしそうに言い訳をしている。天賦も完全に元気になったわけではなかったが、彼女を気遣って疲労も綺麗さっぱりなくなったことにした。


「ほら、呪源討伐の記念のお祭りですよぉ〜。主役なんですから、早く早く〜」

「わ、わわ」



 それから、天賦たちは祭り上げられて開催の音頭を取らされることになった。天賦は大勢の前で戦うことは慣れていても、喋ることは大の不得意だ。あまりにも吃る天賦を見かねてか気遣ってか、ムーナウーヴァの有名人である再生師が音頭を取ることにした。


 コミュニケーションや状況の説明は再生師やカルメに任せ、天賦は出される御馳走を美味しく頬張っていた。彼らは食べるだけでチヤホヤしてくれる。

 天賦はふと"相棒"を撫でた。まだ一体斃しただけだが、それでもやはり大きな進歩である。


 シュルトカのことが全く気にならないと言うわけではないが、後悔は全くしていない。あの光を見て、彼は苦痛にまみれてこの世を去ったわけではないと思えた。


「天賦ちゃぁぁぁぁぁん!!」

「うぶっ」


 突如、天賦は緑のふわふわしたものに抱きつかれた。聞き馴染みのある高い声だ。


「す、スル。なんでここにいるの」


 彼女はソエルソスの人間だ。なぜムーナウーヴァの田舎の村にいるのだろうか。


「たまたまムーナウーヴァに来てたの。それより! 天賦ちゃん、呪源を斃したの!?」

「う、うん」

「凄い凄い! それ世界で1番レベルにすごいよぉ!」


 スルは天賦に強く抱きつく。彼女の緑色の髪がくすぐったい。彼女の後ろにはノート、ベスラン、そしてウィルヒムもいる。パーティで来ていたようだ。


「本当に……今まで誰も成し遂げられなかった偉業なんですよ。ねえ、ベス」


 ベスランは熱心に頷く。鎧がガチャガチャと鳴った。


「でもまあ、天賦ちゃんなら納得だもん。だって天賦ちゃんだからね!」

「私だけじゃない。カルメと、あと再生師」


 天賦は村人と話す再生師を指差した。


「あ、あの人知ってるよ。魔法学院にいた時話を聞いたことある」

「すごい美人さんだね」

「スルよりも?」

「スルは世界一「可愛い」だからいいの」


 スルはふふんと胸を張った。天賦にはその違いが分からない。


「凄いですね。知らないうちにどんどん仲間が増えてる」


 ウィルヒムがくすくすと笑った。確かに、この短期間でカルメ、ファティ、再生師が仲間になった。会話が得意でない天賦が新たに3人の人間と行動を共にしているなんて、昔の自分に言ってもなかなか信じなかっただろう。


「このまま全部やっつける」


 ノートは目を丸くした。「ええ」と口が動く。


「でも、可能性があるのは本当に天賦ちゃんたちぐらいかもね。天賦ちゃんより強い人なんてスル知らないもん」

「あと5体、だよね?」


 ベスランが頷いた。


「スルが知ってるのはロジャヴェルズと獣人の国のやつだけかな。後の3つは知らない」

「知ってる人なんているのかな? 僕も聞いたことないよ」


 天賦は考える。

 ロジャヴェルズに関して覚えているのは、世界各地に現れていると言うことだ。狙って出会えるかは分からない。なら、どこにいるのか明確に分かっているのはその獣人の国にいるという呪源だ。なら、次の目的地はそこだろう。


「天賦さん、どうですか?」


 ふいにウィルヒムに話しかけられた。何を聞かれているのか、天賦には分からなかった。


「どういうこと」

「英雄になる気持ちは」


 彼は僅かに目を細めて言った。

 意外だった。


 ウィルヒムはそんな漠然とした問いをかけてくるとは思わなかった。天賦はその質問にどう答えたらいいのか迷っていた。


「ちょっと、変な感じ……?」


 天賦は劇的な英雄に憧れている。だが、なぜそれに憧れているのか自分でも説明ができない。そのため、答えも曖昧なものになってしまった。


「ははは、そうですか」


 ウィルヒムはいつものように爽やかに笑った。

 何を思っていたのかはよくわからない。


「そういえば、天賦さんのパーティは魔法を使える人はいるんですか?」

「えっと、再生師は使える、けど、回復だけ」

「え? それはちょっと危ないんじゃない?」


 それを聞くと、スルは怪訝な顔をした。前にもそんなことを言っていたので、よっぽど気にかけているのだろう。


「剣が効かない魔獣とか結構いるよ。液状スライムとかね」


 液状スライムには天賦たちは手も足も出なかった。

 あれと再び出くわすのは勘弁して欲しい。


「強い魔法使いとか知ってる?」

「うーん、どうだろー。ノート知ってる?」

「僕に聞かないでよ。戦闘魔法はスルちゃんでしょ?」


 スルにも見当がつかないようだ。いっそスルについてきて欲しいと言いたいが、そういうわけにもいかないだろう。

 戦闘魔法が無理なら、戦闘にも使える特殊魔法はないだろうか。【睡眠(スリープ)】は特に有効だと思う。例えば、魔獣に言うことを聞かせて戦闘を回避するとか。


「スル、言うことを聞くようになる魔法ないの?」

「そんなのあるわけ...いや、あるかも」


 天賦は心の底でそんなものあるわけないと思っていたが、スルにはなんらかの知識があるようだ。


「あるの」

「めっちゃ古い魔導書に常用魔法の超応用版みたいな感じで書いてあったんだよね。人の記憶とかをえーいって飛ばす感じの魔法が」

「それできる?」


 そう聞くと、スルは瞼を下げた。


「無理ー。なんかね、解剖学を完璧に学んでこいって感じの内容だった。しかも魔力の運用も詳しく書いてないし。スルと違う感覚派の魔術師が書いた本って感じー」


 スルは杖をくるくる回した。そこで天賦は気がついたが、スルの杖もカルメの指輪や"相棒"のような輝きを放つ黄金で作られている。これももしかしたら「英雄」の遺物なのかもしれない。

 スルほどの魔術師なら持っていても不自然ではないだろう。天賦は魔術師の世界については全く詳しくないが。


「とにかく、今日はお祭りだ! お祝いのね!」

「うん、世界平和に乾杯」

「ふふ、そうだね、乾杯」


 ジョッキを打ち合わせる。きっと中は水だろう。彼らは酒を飲まない。


「お、嬢ちゃんのお友達じゃねェか」

「天賦! 天賦の話を聞きたいらしいぞ!」

「みなさん、デザートとかどうですか?」


 天賦の仲間も集まってきた。ウィルヒムパーティと交流し、ルチカナイトの姿やどんな風に戦ったのかを話していた。そこで、天賦はここの冒険が既にひと段落ついたことを自覚した。

 きっと、次の目的地は獣人の国「ガフタ」だろう。

まだ見ぬ冒険に天賦は胸を振るわせた。

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