35話 星屑
「嬢ちゃん、よくやった!」
気がつくと、天賦は黒羽の球の中にいた。カルメと再生師が天賦の顔を覗いている。外に戻ってきたようだ。羽を押し除け、震える身体でその場に立つ。
「ど、どうなった……?」
「天賦、見ろ。」
再生師がすっと指を伸ばした。その先には、ルチカナイト――だったものがあった。
足はボロボロになり、顔はヒビだらけで、体は痛ましいほどに粉々だ。それがもう死ぬことなんて誰が見ても明らかである。見る人が見れば、もしかしたらそれは鉄屑のようにも見えるかもしれない。
3人はルチカナイトに向かって歩く。彼は天賦たちを見て小さく鳴いた。元の荘厳なものとはかけ離れている、弱った老犬のような声だった。鉱石はどこからも伸びてこない。
天賦がルチカナイトの眼前にやってきたときでさえ、ルチカナイトは何もしなかった。これが力を使い過ぎたことによる自壊なのか、天賦が家を破壊したことで崩壊したのか、既に判別がつかない。
「天賦……?」
「……トドメをさす」
天賦は"相棒"を鞘ごと外して、それを構えた。天賦にとって、これは"相棒"に捧げる勝利だ。だから、最期の一撃は相棒にやろうと思っていたのだ。トドメ、なんて言えるようなものが放てるわけではないが、それでも。
ルチカナイトの頭に"相棒"を合わせる。「どうか安らかに」という祈りと、「ようやくここまで」という希望を込めて。
天賦は"相棒"で、ルチカナイトの頭をコツンと叩いた。
瞬間、ルチカナイトのヒビがバキバキと広がっていく。足に、腹に、そして、背にも。大きな亀裂は全体に行き届き、最後には、崩れた。
「……あ」
その時、ルチカナイトの、彼の体の破片がぽう、と淡い光に光りだす。その光の屑はぽつぽつと空に飛んでいき、少しずつ形を失っていった。まるで満点の星空のようで、天賦は、再生師は、思わず息を漏らしていた。
「綺麗だな……。」
その微光が天高く飛ぶと、洞窟の1番上から光が差した。ルチカナイトの鉱石で構成されたこの空間も消えていくのだろう。天賦たちを月光が照らした。
あれだけ天賦たちを苦しめた鉱石が、雪のように溶けていく。ルチカナイトの光と空に広がる星々が合わさって、かつてないほどの満天の星空を眺めているようだった。
2人が空を見上げるのとは反対に、カルメは自身の腕を見つめていた。黒い羽の塊は、光に照らされるとなおその禍々しさが際立つ。
「ああ、綺麗だ」
カルメはあまりいい気分ではなかった。
天賦と再生師にとっては美しい光に見えるそれは、カルメからしたらただの呪いのかけらでしかない。それも合間って、自身の羽がなぜだか醜く見えたのだ。
星が浮かぶような、はたまた星が堕ちるような光景を、3人は見つめていた。
――――――――――――――――――――――――――
その綺羅星を見つめる男が1人。
何の音も聞こえてこない黒の森に佇んでいた。男は何をするでもなく、その輝きを見つめている。
「こんばんは。いい夜だね」
そこに、音もなくやってきたもう1人の人物。暗がりでも分かる程に真っ白な、全身を覆い隠すような服を着ている。男はその白い男――召使を見ても、特別驚くことはしなかった。
「やっぱ俺の思った通り。びっくりするぐらい上手く行ったね」
「あなただったんですね。やはり」
男は彼を知っている。そして、召使がしたであろうことも。男は召使の所在を知る数少ない人間だ。
「やー、俺めっちゃ世界のために頑張ったよ? 天賦ちゃんならできると思った、やったね!」
召使はその長い指でピースサインを作った。慣れた様子で脱力しているように見えるが、足音も服が擦れる音も一切立ててなかった。彼の声はしゃがれた低いものだが、フランクに話すので威圧的な印象は受けない。
男は再び空を見る。世界の祝福そのもののようだ。
「次はどれだと思いますか」
「呪源が斃された話は呪解者にすぐ届くだろうし、次はガフタで花嫁退治かな?」
「呪解者」が住む獣人の国、ガフタ。とある呪源が存在している国でもある。名の知れた呪源であるルチカナイトが斃された今、すぐに向かうことができそうなのはそこだ。今の時期なら明人も生活できる気温だろう。
「遠いですけどね」
「ね。めっちゃ寒いし」
召使はその場に座り込み、星々を眺めた。顔が確認できないので、彼がどんな感情でそれを見ているのかは分からない。彼は一切男に敬語を使わない。それは2人が――ある意味で――親しい関係にあるからである。
「何であなたが彼女を選んだのか分かりますよ。彼女は強いだけじゃない。枠に囚われない、規格外の人間だ」
「俺の審美眼は本物だからね。でしょ?」
「……あなたの見極める力は、確かですから」
召使は軽く笑った。
男が皮肉を言うような人間でないのを知っているが、召使は痛いところをつかれた気分だった。それでも、召使が特別動揺することはない。他人からの影響は受けにくい人間だと、召使は自負している。
「これからどうするんですか」
「どうもしないよ。俺らが関わりすぎると上の人たちがとばっちり喰らっちゃうから。可哀想でしょ」
召使が言った「可哀想」という言葉に男は違和感を覚えた。
「あなたってそんな、人を気にかける人間でしたっけ」
「ちょっと、君まで俺のこと「外道」って言うわけじゃないよね?」
召使が男の顔を見る。「外道」は彼が言われ慣れた言葉だ。現在、その言葉で彼を形容する人間はほとんどいないが。
「まさか。俺はあなたを尊敬してますから」
「お、嬉しいなあ。そういやさっきそこの村でラムサンド買ってきたんだけど、食べていい?」
「びっくりした。まさか、あなたが俺の分まで買ってきたのかと思いましたよ。……どうぞ」
召使は布の下からラムサンドを食べる。一口齧った後、布から出てきたそれは既に半分ほどの大きさになっていた。
「そのまま買いに行ったんですか?」
「うん。クスカル風ラムサンド。ムーナウーヴァの味付けって好きじゃないんだよね。あ、店主の顔がひきつってた」
二口目を運ぶと、ラムサンドは無くなってしまった。
召使は手を払うと、「よっこいしょ」と言いながら立ち上がった。
「記念すべき最初の討伐が確認できたし、俺は帰んないとかな。鉢合わせたら大変大変」
もごもごと咀嚼しながら召使は言う。服を払っている召使に、男は一つ質問をした。
「本当に、彼女たちが世界を救えると思いますか」
間違いなく、彼女たちは世界救済の第一歩を踏み出した。しかし、それは一歩でしかない。ルチカナイト同様の超級の存在はまだまだいる。実態が何もわかっていないものでさえ。
だからこそ、男は信じきれなかった。彼女たちが最後まで、世界を救いきれるのかどうか。
「失敗したら仕方ないよ。それに魔法役がいないと厳しいことになるだろうし……」
召使はある人物の顔が頭に浮かんだ。だが、その人間は今生きているのか定かではない。それに加えて呪源退治なんて役を任せられるような人間ではなかった。それは人格的な問題ではなく、召使の心境の問題だ。
召使はその人間の姿を振り払い、話を続けることにした。
「なにはともあれ、呪源一体斃せただけですごーい大手柄でしょ。それまでに寿命で死んじゃわないように頑張るね。君が俺の役をやるのは大変そうだ」
その言葉を聞くと、男は分かりやすく眉間に皺を寄せた。彼にとって、役の話題は最も好ましくないものである。だから、男はその話から逃げるように召使に背を向けた。
「……では、俺も行きますね、"召使"さん」
「召使」を強調して彼は言う。召使はその意図を気にも止めず、彼の背を見送り、手を振った。
「じゃあね、ウィルヒムくん」
天賦たちは気がつきませんでしたが、ルチカナイトには魔法が効きません。彼女たちはルチカナイトとかなり相性が良かったので勝てました。
3/5まで更新できない日があるかもしれません。よろしくお願いします。
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