33話 黒く、誇り高く
鉱石が可視化できるようになったが、これが永久に続くかは分からない。口の中の嫌悪感で思わず戻してしまいそうになる。前回は味が消えた時に効果が切れた。少なくとも、それと同じかもしれないと考えて行動するのが最善だろう。
つまり、速戦即決。
早いとこルチカナイトの体内に入るしかない。
「ちなみに姉ちゃん、今の魔力はどんなモンよ」
「先ほどの【再生】で大きく消耗した。残り2割程。」
下半身の再生は膨大な魔力を使うようだ。これからは捨て身戦法を第一にするわけにはいかない。彼女の生存も怪しくなってしまう。
「……あ、うそ」
天井から、巨大な鉱石が降ってきた。それはルチカナイトと天賦たちを隔てる「壁」である。
今の天賦は捉えることができるが、それは透明な鉱石だ。気が付かれないように壁を張るなんて、徹底して天賦たちを仕留める気なのだろう。
「こりゃ困ったな。あの巨大鉱石どうやって壊すよ?」
分厚く、どこまでも高い。
ルチカナイトに辿り着くまでにはあの壁の攻略は必須事項だ。
「叩く。これで、何回も」
「いや、流石に無茶じゃ――ウワっと!?」
カルメが横に跳ねた。
その時、天賦は視界に僅かだが捉えていた。鋭い鏃のようなものが風を切って通り過ぎていったことを。
「な、今のは何だ!」
天賦は周囲をよく観察した。すると、呪いの気配がそこらじゅうにぽつ、ぽつと散乱しているのに気がついた。
それは、地面から、壁から、ありとあらゆるところから飛び出て、天賦たちを捉えている。
言うなれば、今度は「弓矢」の役割の鉱石であろう。
「やっ……べェ!」
それらは、びゅうと一斉に飛び出た。
カルメの羽の効果で、天賦は、再生師は、それら全ての動きが完全に捉えられた。どこから向かってきて、どこを目指しているのか分かる。
「頼むぞ天賦ッ!」
「わかった!」
2人は互いに背を預け、目の前に迫る矢を片やメイス、片や尾で弾く。2人の目は血走っていて、血管がちぎれてしまいそうだ。
見えるのと、身体が追いつくのとでは全くの別物だ。見えているからこそ、全てに対応しようとしてしくじってしまう可能性だってある。
天賦の肩に、再生師の腿に鏃が刺さる。痛みに顔を顰めると視界が狭くなってしまうので、顔をに力を入れないようにした。
一方、カルメは――身一つでそれを耐えていた。
カルメは2人ほどの反射神経もないし、人間体に慣れ切ったわけでもない。ただ、天賦も再生師も、カルメなら放っておいても大した怪我にならないので大丈夫だろうと思っていた。見捨てたわけでは無い。
カルメの全身に鉱石が刺さる。だが、そのどれもが刃先で止まっている。硬すぎて深く刺さらないのだ。
「びっくりした……」
「天賦、治すか?」
「いい。魔力がもったいない」
肩に刺さった鉱石を抜く。腕が貫通される痛みと比べたら全く大したことない。同じように再生師もそれを引き抜いた。
「全身チクチクする……痛ェ……」
「すご、強すぎ」
そう言うが、天賦はカルメを視界に捉えない。第二射に備えてメイスを構えた。
しかし、何かおかしい。呪いの気配でできた壁の奥で、何か音が聞こえる。
「……え?」
ルチカナイトが息を荒げていた。
そして、何よりも、ルチカナイトの足にヒビが入っていたのだ。一度も攻撃を受けていないのに、ピシ、と小さな割れ目ができている。
「どうして……?」
「こりゃきっとヤツのとっておきだ。連発はできねェぞ」
「なら、この内に壁をどうにかしないと」
「天賦! それなら私に策がある!」
再生師が声を上げた。普段の何気ない会話の中で彼女が「策がある」なんて言うものなら、それを聞いた全員が彼女を訝しむだろう。しかし、2人は再生師を信頼した。彼女が自信を持って提案する策。それはすなわち、彼女の知識由来のもののはずだ。
「……よォし、了解!」
カルメは翼を一度はためかせ、その場に飛び始めた。
「オレが根性で囮になってくるから、その隙になんとかしろってコトよ」
「成程、把握した!」
カルメは恐らく、あのポーションで再びルチカナイトの気を引くつもりだ。
「――ッ!」
ふいに頭痛がした。身体の中から湧き出たような、妙な感覚。鼓動がだんだんと速くなっていく。天賦は本能で、これがカルメの羽の効果だと理解した。
天賦たちにも長い時間が残されているわけではない。この戦いが終わったらすぐに吐き出さないと。
「巨大な岩を打ち砕く方法なら心得ている! 私に協力してくれ!」
「わかった!」
地面から突き出る鉱石を跳ねて避ける。形状が最初よりも不恰好で鋭利な部分が増え、より凶暴な姿になっていた。
「いいか! あの壁に鏃が刺さっているだろう!」
天賦は先を見る。あの呪いの鉱石の壁には無数の鏃が刺さっていた。どれも厚いそれを貫通できてはいない。
「あの中から、鏃が一直線になってる場所を探すんだ! そしてその鉱石を全部叩いて打ち込め!」
「わ、かっ……た!」
話している間にも鉱石が突き出てくる。しかし、作戦の内容は理解できた。彼女の知恵は頼りになる。
天賦は突き出る鉱石の上に乗りながら、壁を観察する。どこもまばらになっていて、一直線になってる場所なんて見当たらない。
あそこはカーブになっている。あっちはバラバラ。まっすぐになっているのは――
「――あった!」
少し崩れているが、一直線と言っても差し支えないだろう。あの杭を叩けばなんとかなる、はずだ。
メイスを振りかぶり、壁に刺さった杭を叩く。やりすぎると鏃が壊れそうなので、ほどほどに。
腕にじんと衝撃が伝わってくる。踏ん張らないとメイスを手放してしまいそうだ。既に"魔獣の呪い"と戦った時に学習済みである。鏃は僅かにそこに食い込んだ。再生師の方を見やると「もっと」と口を動かしていたので、やはりこれでは足りないようだ。
彼女も天賦と同じように、自身の尾を使って杭を打ち込んでいる。
一度試しにメイスをそのまま鉱石の壁に打ってみた。だが、一部分がぱらぱら削れるのみで、この厚い壁の向こうまで行ける気がしなかった。
さらに、この作業に集中していると、足元から迫る別の鉱石に刺されてしまう。今の2人は呪いの気配に敏感になっているが、それでも咄嗟の回避は難しい。
1、2回打ち込み、それから逃げる。その繰り返しだ。
この工程を繰り返した先にきっと活路はある。なら、やるしかない。
「あっ……!」
背後から鉱石が。夢中になりすぎて反応が遅れた。
仕方がない、これは足を犠牲にしなくては――
「――うおっとォ!」
突如、人のカルメが目の前に現れた。いや、落ちてきた。その反動で鉱石がバキッと割れる。
「あら、ガチ失礼」
一言天賦に雑な謝罪をすると、カルメは再び鳥になって宙を目指した。本人には助けた気は全くないのだろうが、ともかく再生師の魔力を無駄にしなくて済んだ。感謝である。
「もっかい……!」
叩く。もう一度叩く。
そして、1番端の鉱石を叩いた瞬間、パキ、と音がした。
見ると、杭のところにヒビが入っている。そのヒビは他の杭ともつながりそうな形をしていた。
「来た!」
「行け天賦! 他も叩け!」
再生師側の壁もヒビが入ってきている。ここが正念場だ。ただ無理をせずに、1発ごとに離脱する。足元から生える鉱石はだんだん苛烈になっている。
しかし、それと同時にルチカナイトの足にもヒビが入る。壁を叩くことよりも、自分自身で鉱石を使用することでそれが進行している。相手も長く持たない。
「再生師、ありがとう!」
「こちらこそ!」
この知識を知っていた再生師に感謝を告げ、2人で同時に中央の杭を打ち込んだ。そこからぴしと大きくヒビが入り、別のところへと侵食していく。
――全てのヒビが繋がった。
それらが繋がった瞬間、巨大な鉱石の壁はそこを境に、信じられないほど綺麗な真っ二つに割れた。上の部分がずる、とずり落ちて、後方にずしんと落ちる。それはまるで、ルチカナイトにたどり着くための階段のようだった。
「いけた、カルメ!」
「マジナイスだぜェ、お2人さん!」
カルメの体はやたらとボロボロだ。天賦が見えない間にも、囮として努力していたのだろう。
「もう行け、凱旋はすぐソコだ!」
「ん!」
そして、天賦は武器を握りしめて一歩踏み出した。
「……待て!」
凛とした声が響く。瞬間、天賦は気がついた。
この洞窟全体を覆うような、得体の知れないナニカ。
呪いではない。それどころか、もっと、もっと、もっと歪んだもの。それを感じ取るだけで吐き気がする。
「な、にこれ」
「呪いじゃ……おい、まさか。」
ルチカナイトが、そのヒビの入った足を力ませる。
「――、――――!――――――!!」
何かの鳴き声を上げている。今までのものとは決定的に違う。それは会話、もしくは恐怖、あるいは決意。
顔半分が焼けたルチカナイトは、何かを呼ぶ。正体不明のナニカを呼び寄せている。
その気配に天賦は足がすくんだ。再生師も同様だ。
この世に存在してはいけないような、理解の範疇を超えた奔流。再生師は自分の心臓をぎゅっと掴まれたような感覚に陥った。お前を今から殺す、と。
天賦は絶望した。
地面に、天井に、壁に、空気に……。
そのおぞましい気配が、洞窟全体から自分たちをみている。今から起こることを薄々と感じていた。
死を。
ルチカナイトが絶叫した。
呪いのようなそれらが天賦たちに狙いを定める。何に狙われているのかさえ、分からない。
ただ一つ。天賦ではこれを対処する全ては無い。
「再生師、カルメ……」
2人の顔を見る。とりあえず、安心したかったのだ。再生師の自分と似たような顔を見て、そしてカルメの変わらぬ仮面を見て――いや、なにかおかしい。
「カルメ?」
カルメは天賦の言葉に反応しなかった。恐怖に動けなくなったのではない。何かを――紐解いているような。
気がついてはいけないものを知ってしまったような。思い出しているような。
寒気がした。
得体の知れないナニカ。それに震える2人とは別に、カルメはある事実に、胸を突かれたような感覚を味わっていた。冷や汗が首筋を伝うような気さえする。
端的に言えば、あえて言葉にするのなら、
カルメは、この光景に見覚えがあった。
――コレ、オレのだ。
「は……」
なんで、テメェがオレの力を持ってやがる。
どうして"かの"英雄サマが、わざわざオレのヤツを使ってくださってるワケ?
ムカつく。つくづくイライラするね。
この戦いでずーっと思ってたんだ。テメェが憎くて、気持ち悪くてたまらないって。ギッタギタにして、今度はリベンジしてやるって。
だから、嫌でも分かっちまったんだよ。
オレって、マジで魔王なのな。
「――オレに集まれ、死ぬぞ!」
カルメの叫びを聞いて、天賦と再生師はすぐさまカルメの元に集まった。カルメが頑丈な身体でなんとかすふのかと思ったが、違う。
カルメからもあのナニカをうすら、感じる。
ルチカナイトの咆哮が、世界が止まる。きらきら鉱石が瞬いた、その刹那。
ありとあらゆる場所から、閃光が飛ぶ。その光に美しさを感じるものはいなかった。おぞましく、むごい。
これで死ぬ、そう思った。
――瞬間。
「あァ、この、クソがァッ!」
カルメが咆える。
ビリビリと空気が揺れ、汗が身体中から湧き出る。
あの光に焼かれてしまいそうになった時、
――黒いものが天賦の視界を覆った。
轟音が響く。しかし、天賦たちの身は焼かれない。目を開けると、その黒い壁が光を遮っていた。――それは、よく見るとただの壁ではない。大きな翼だ。天賦でも、あの光がただの魔法ではないことは理解できる。同時に、この障壁が異常だということも。
「な……なにそれ」
「ちょォっとだけ思い出しちまった。ただバカしょぼい。期待しすぎンな、よッ!」
カルメがぐっと力を込めると、周囲の光が離散した。
バシュ、と音を立ててそれらが消える。同時に、黒い翼もその場ではらはらと消滅していく。
「カ、カルメ、もしかして……」
「オイ、アレ見てみろ」
カルメの視線の先にいるのは、もちろんルチカナイトだ。ただ、身体中のヒビが酷いことになっている。
背の世界の部分だけは損傷がないが、頭も、足もどこもかしこもヒビだらけ。ルチカナイトが本物の宝石であったら価値はほとんどないかもしれない。
「自壊か……。」
再生師が呟く。
あの力をここまで使わなかったのにはこういう訳があったのだ。ルチカナイトが、城壁自身が攻撃に耐えられない。
「どうする? このまま放っておいても死ぬかもしンねェけど……それでいいかァ?」
カルメは天賦の顔を見る。
天賦は思った。そんなつまらない勝利でいいのかと。それで、自壊という最後でシュルトカは満足するのか?私は充分だと思えるのか?
いや、そんなわけがない。
英雄ならば、劇的で、感動的で、驚異的な勝利をするもの。
天賦は、意思を込めた瞳でカルメを見た。
「……りょーかい嬢ちゃん。なら……」
天賦は"相棒"を一度撫で、足を引いた。再生師も前を見据えて構えている。
突撃の準備は、できた。
「守ってみるから、死ぬんじゃねェぞ!」
天賦は駆け出した。
体力なんて碌に残っていない。でも、今だけは、不思議と全速力で走ることができた。ただ一つ、ルチカナイトを目指して。
彼が咆える。
天賦の行方を拒むように、前方から光が飛んでくる。だが、天賦はそれを歯牙にもかけない。気にするだけ無駄だ。
天賦の周りに黒い羽が生えた。光を弾き返すと自身で消えていく。まるで、天賦の周りにドーム型の障壁が貼られているようだった。
足元の鉱石は今やどうでもいい。もはや天賦はそれを意識さえしていなかった。
階段に足をかける。ルチカナイトがずいぶんと大きく見える。だが、怯むことはない。
またもや、天賦は光に包まれた。今度は全ての方向から飛んでくる。その光景に天賦は一瞬たじろいだ。
「ビビんなよォ、嬢ちゃん!」
天賦を黒の球体が包み込んだ。
それは一分の光さえ通さない漆黒だったが、天賦の気持ちは落ち着いていく。
「クソ、最悪最悪最悪、はやく終われ……」
カルメは表面上では気のいい態度を取っていたが、その羽を使うことをずいぶん嫌がっていた。天賦の予想は正しかったらしい。
「ありがとう!」
天賦は再び駆け出す。
一段目が終わり、二段目に登った。
激化する光、鉱石。
来ないでくれ、そんな叫びにも感じられる。だが、ここで終わらせないといけない。世界のためにも、自分のためにも。
二段目の端が見える。だが、思っていたよりもそこからルチカナイトの顔がよく見えない。天賦は足を撫でた。ここからではまだ距離がある。今の体力で辿り着けるかどうか……
「天賦、私に任せろ!」
すると、再生師が背後からやってきて、天賦をその蠍の尻尾で抱えた。天賦は彼女の自信に溢れた顔を見て、ひどく安心した。
「行ってこい天賦! 全部壊してしまえ!」
天賦は彼女の尻尾で思い切り投げられた。魔獣の力で投げられた天賦は、それはそれは高く飛んだ。
「あり、がとう!」
ルチカナイトの上に出る。
なんて大きな怪物なんだ。こんなものを相手に、自分たちはここまで来れたのか。天賦の心は感動と歓喜で満ち溢れていた。
着地の際、足元にはカルメの羽がクッションになってくれた。「危ねェよ」なんて声が聞こえた気がする。
この世界を、家々を壊してしまえば、この戦いも終わるはずだ。
天賦はそうメイスを叩き込もうとした時、気がついた。
――ルチカナイトの中で、ゆるやかに流れる時間を。
今の天賦には、あの中にいる人々がただの呪いの力でしかないことが理解できる。カルメの羽を食べていなければ見えてすらいなかった人間たちだ。
……ただ、村を行き交う人々は皆笑顔だ。
女が笑っている。
男が眠っている。
幸せそうで、満たされている。
それを見て、戦いで体が興奮状態にあった天賦は、するすると穏やかな気分になる。これが、彼が守っていたものなのか。
ならば。
メイスをぐっと突き立てて、力の限りを尽くし、ルチカナイトの天板に穴を開ける。ちょうど、人1人が通れるくらいの。そして、
――天賦は、その村に訪れた。




