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29話 「シュルトカ」

 天賦は、自分が見たものについて説明した。

 シュルトカの記憶を見せられたこと。それがまるで実際に経験したようなリアルさがあったこと。

 ――そして、前から見ていたシュルトカの夢についても。


「シュルトカとの記憶……?」

「そう。夢にも出てきた。私と話した!」


 天賦の説明はたどたどしかったが、その必死な様子と熱量で再生師とカルメに伝わるように努力した。


「えーっと、つまり、今まで嬢ちゃんはシュルトカが出てくる夢を見てきたけど、ついさっき特に強い、ほぼ体験みてェなモンが見えたってコトだな?」

「そう!」


 無事に伝わったことに天賦は安堵する。天賦はもはや確信していた。

 洞窟の呪源、ルチカナイト。

 その正体は重戦士の少年、シュルトカだ。


 何の導きかは分からないが、天賦はムーナウーヴァに呪源がいると聞いた時から彼の夢を見ていた。これはきっと偶然ではない。

 再生師はしばらく考え込んだ後、神妙な面持ちで口を開いた。


「……それが、その剣の魔法なのではないか。」


 再生師は"相棒"を指差して言った。天賦が思わず声を上げそうになった時、再生師はその言葉に続けた。


「その剣と天賦の始まりは私には分からない。もしかしたらその剣は何の変哲もない芸術品かもしれない。だが、古の黄金で作られている以上、私はそれを"勇者"の聖剣として扱うことにする。……すまない。」


 天賦はまたもや彼女に怒ろうとした。しかし、再生師があまりにも申し訳なさそうな顔をするものだから、そんな気も失せてしまった。


「あァ、"勇者"の(つるぎ)の魔法は「過去の追体験」かもしれねェってコトか」

「そうだ。それが本物なら、元は"勇者"の剣。天賦が見たものはつまり"勇者"の記憶なのだろう。……一つの仮説に過ぎないが。」


 いつもは「天賦は賢いな」なんて言っている再生師が珍しく己の考えを巡らせている。カルメの羽を料理した時も"相棒"について触れていたので、その頃からずっと考えていたのかもしれない。

 少々不服だが、一度受け止めないと話が進まない。


「……今はもう、それでいい。「かもしれない」だから。でも、やりたいことがある」

「何がしたいんだ?」

「シュルトカについて調べたい」


 天賦は少々意識が飛んでいたが、ルチカナイトの攻撃方法を学ぶことはできた。ならば次は弱点探しだ。

 なら、呪源になる前の姿――英雄の時のことを調べれば、何かが出てくるかもしれない。


 ……体験した以上、シュルトカに何の思い入れも無いわけではない。あれだけ村の人間を大切に思っていた少年を殺したいか?と言われて首を縦に振れるわけがない。

 しかし、今や彼は怪物に成り果てている。そんな状態で生かしたとしてもそれはシュルトカを苦しめるだけである。"相棒"も救われない。


 なら、斃さなくては。


「……分かった。では一度村に戻ろう。あそこも呪源に近い以上、何か知っているかもしれないからな。」


 天賦は背後を見る。ルチカナイトは追いかけてこようとしない。変わらぬ怪物の姿で聳えている。

 あれはどうしてあのような姿になってしまったのだろうか。世界の大きな問いに、天賦は答えを出すことはできない。



 3人は村に戻った。

 食べ物を売っていたファティは3人の顔を見るなり、エプロンで手を拭きながら駆け寄ってきた。


「あー良かった、何事もなかったみたいで……どうしました?」

「英雄について調べに来た」

「……英雄について?」


 ファティは首を傾げる。


「英雄を調べたら呪源の弱点も分かるかも」

「あー、まあ妥当な考え……なのかな?」


「再生師。どこ探したらいいと思う?」

「そうだな、この村には書庫があった筈だ。呪解者の著書とは違った情報があるやもしれん。」


 天賦はまた本か、とうんざりする。たくさんの情報が載っているから便利なものだとは思うが、字が読めないと誰かに音読してもらうしかない。


「俺が見に行っていいか聞いてきましょうか? 書庫を管理している方とはある程度の交流があるので」

「え、どうして」

「さっき商品をいくつも買ってくれたんですよ。そりゃもうたくさん」


 同意をとってきてもらえるのはありがたい。知らない人物に話しかけに行くのは苦手だ。


「じゃ、おねがい」


 そうしてしばらくした後、ファティが連れてきたのは穏やかそうな女性だった。


「あら、こんにちは〜。書庫を見たいっていう変な人たちですよね〜?」

「うん」

「わたくし、この村の「書庫番」をしております〜。名前が名乗れなくて申し訳ありません〜」


 名前が名乗れないということは呪われているのか。呪源に近い村だから呪われている人も1人くらいいるだろう。


「こんな村にたいしたことが書いてある本なんてないかもですけど〜、それでも大丈夫ですか〜?」

「ああ。そこまで案内してほしい。」

「分かりました〜。ついてきてくださ〜い」


 間延びした喋り方をする彼女は、ふらりふらりとした足取りで書庫に向かっていく。ほんのり酒の匂いがするので酔っているのかもしれない。

 案内された場所にあった書庫はずいぶんと古かった。鍵はかけられているが、簡単な南京錠が一つかかっているだけだ。


「本当は鍵もかけなくていいって言われてるんですけど〜、そうしないと私の「書庫番」って呼び名がなくなっちゃうので、私が管理してるんですよ〜」


 天賦や再生師とは違う、ただの一般人が呪われた際はどんな通称を名乗るのだろうと思っていたが、どうやら集団内での役割を自分の通称とすることが多いようだ。


「では、どうぞ〜」


 書庫の中は埃でいっぱいだった。

 開いた瞬間に再生師とファティが咳き込んだ。彼らはきっと埃の匂いに慣れていない。

 中は薄暗く、古い本がたくさん並んでいた。中には背がボロボロになってただの紙の束になっているものもある。


「おお! これはいい場所だな!」


 知的好奇心の塊である再生師は目を輝かせた。書庫番はあくびをしながら「ごゆっくり〜」なんて言っている。

 カルメ、再生師、ファティの3人が本棚を辿り始める。天賦は誰かがそれらしき物を見つけるまで待機だ。


「……あ、これ俺じゃ駄目ですね。見たことない文字だ」

「これは古字だな。200年ほど前に使われていたものだ。」

「え、再生師読めるの」

「全て完璧に分かるわけではないがな。」


 なんと頼もしいのだろう。

 パズルならともかく、知識方面では彼女は誰よりも活躍する。カルメも背表紙を見ながら何かを呟いているので読み解くことができているのだろう。

 再生師はまだしも、カルメがあらゆる文字を読めるのは不思議である。魔王の力、と言われたらそれまでなのだが。


「ヤベェな。どれもかなり状態が悪いぞ」

「ずっと昔に近くにあった村から持ってきたってやつもあるらしいんで〜、それがかなり劣化してるかもですね〜」


 それに天賦は跳ねるものを感じた。

 ずっと昔に近くにあった村。もしかして、シュルトカが住んでいた村ではなかろうか。


「その本ってどれなの」

「私、管理してるだけで古字読めないんですよね〜。だからわかんないかもです〜。お力になれずすみません〜」


 くねくねと体を動かしながら頭を下げた。多分彼女は酔いすぎである。


「2人とも、古い本で探して。それかも」

「お? りょーかい」

「把握した!」


 2人は劣化が激しい本に絞り、本をなぞっていく。天賦は書庫の中を見渡すが、目に見えて特別そうに見える本は特にない。英雄のことを書いているなら良い本になっているのかと思ったが、その考えは役に立たなそうだ。

 すると、再生師が声を上げた。


「お、これではないだろうか? 「英雄とナントカ」と書いてあるぞ!」


 再生師は本を開く。劣化こそしていれど、判別不可能になる程字が掠れているわけではなさそうだ。

 再生師は凄まじい速度でページをめくる。それで読めているのかと聞きたいところだ。


「……ふむ! 女の英雄の昔話だった! 」

「うわ、昔話は昔話でも「当時の昔話」かよ。紛らわしいなァ」


 天賦は混乱した。昔の昔だから、それは今から200年前の話ではなく200年前の昔で……あれ?

 思考がこんがらがるのでやめた。今考えることじゃない。


「あ、オレの予想が正しければコッチだな。「小さな重戦士」」

「それこそ童話じゃ……ああ! シュルトカの特徴か!」


 シュルトカは14歳の重戦士だ。本のタイトルに当てはまる。


「てっきり「英雄」とつくものばかり探していた! カルメは賢いな!」

「あんがと」


 天賦の"相棒"を"勇者"のもとだと疑った時とは打って変わって、彼女はいつもの様子に戻っていた。

 それだけ天賦の"相棒"は、再生師にとって気がかりなものだったのだろうか。


「でも最悪だな。これ、1番ってくらいにビリビリだろ。ちゃんと管理しとけよなァ」

「私は最近なったばかりなので、先先先代くらいに言ってほしいかもですぅ〜」


 ヒックと小さなしゃっくりを出しながら書庫番が言った。

 様子がおかしすぎるのでどうしても気になった。


「書庫番、お酒飲んだ?」

「これは私の「酩酊の呪い」です〜。すみませ〜ん。ヒック」

「メーテーって何」

「酔うって意味ですよ」


 なんと、彼女が飲んだくれのような雰囲気だったのは呪いのせいだったらしい。変な呪いもあるものである。書庫番は「魔獣の呪いじゃないだけラッキーでした〜」と笑う。再生師は特に嫌そうな顔をしていない。


「とりあえず読めるトコ読むぞ。えーと……ほらやっぱりな、「シュルトカ」って書いてあるぞ」

「しゅ、る、と……本当だ!」


 2人は何やら盛り上がっているが、天賦は文字が読めないのでそれに参加できない。ファティも同様だ。


「カルメ、これは?」

「いや、そんな関係ねェな。それより……」


 2人は話し合って重要な記述を探していた。書庫番が何回かのしゃっくりを上げた時、カルメと再生師が顔を上げた。


「良さそうなのがあったぞ。シュルトカの性格とか、あと戦い方とか」

「ざっくりとしている上、欠けている箇所が多いがな。」


 そうして、再生師は「小さな重戦士」を読み始めた。


 ――小さな村に生まれた小さな男の子。その名はシュルトカ。後に魔王をうちたおし英雄となる。


 ――見事な黄金の盾は何よりがんじょうで、水晶の魔法で勇者たちをまもった。


 ――仲間や家族を誰よりも大切にして、彼らを守るためにいちばん先頭に出てたたかった。


 ――シュルトカが何よりきらったものは……


「――の先は分からない。インクが霞んで読むことができなくなっている。」

「ソコが1番知りてェンだけどなァ。何が嫌いか教えてくれよォ」


 彼が周囲の人々を大切にする存在だと聞いて、天賦は少し意外だった。彼は確かに村の人々を大切に思っていたが、その気持ちを大っぴらにするようには見えなかった。

 他の仲間づての評価なのかもしれない。


「だがこれ以上に有益そうなものは……呪源の弱点も何も、という風ではあるが。」

「嬢ちゃん、もう一回夢見てくンねェ?」

「見ようと思ってみられない」


 シュルトカの情報をこれ以上知るにはどうしようと考えていた所、書庫番が手をふらふらと上げて注目を集めた。


「あの〜、もしかして呪源のこと調べてらっしゃるんですか〜?」

「え、うん」

「だったら、私ちょっと知ってることがあるんです〜」


 彼女が何か情報を提供するのは予想外である。酔っ払いのようなただの民間人だと思っていた。


「あの〜村の中心に「英雄」たちの像があるじゃないですか〜。あれって元々はただのシカの像だったらしいですよ〜」

「え、なんで?」

「なんか〜、英雄さんが呪源になっちゃった時に()()()()()()()が丸々取り込まれちゃったみたいで〜、ここも取り込まれないように、お祈りぃ?みたいな感じで建てたんですって〜」


 元々あった村が取り込まれた。

 自然と天賦はシュルトカの村のことを考えていた。


「私たちの村はやめてくださ〜い、みたいな〜。そしたら呪源がずっと動かなかったので〜、その名残りでずっと英雄さんの像を飾ってるみたいです〜」


 英雄の像のおかげでルチカナイトが襲って来なかったのかは不明だが、それよりも確信的な情報があった。

 ルチカナイトは何かの村を取り込んだ。そして、それ以降は動かなくなった。

 天賦の頭の中で何かが繋がりそうな気がする。だが、それが何なのかはまだ分からない。


「……ありがとう」

「いえ〜。でもそんなに調べて何するつもりぃ、なんですか〜? まさか、呪源退治とか〜」


 天賦たちは顔を見合わせた。


「……あれぇ?」



――――――――――――――――――――――――――



「さァーて、どうする? とりあえず認識チェックでもしとくか?」

「まあそうですね。「英雄」の像も特に気になるところはなかったですし……」


 天賦たちは一旦、ファティの車で擦り合わせをすることにした。


「シュルトカは呪源に、ルチカナイトになった時にある村を取り込んで、それ以降は約200年間不動を貫いていると……。」

「そンで、生前のシュルトカくんは守ることが生きがいみたいな子供だったワケね」

「なんだかその話を聞くと、人間だったって再認識させられて、ちょっと嫌な気分になりますね……」


 シュルトカは家族が、村が自分に守らせてくれないことを天賦の夢で憂いていた。それが関係しているとしたら――


「……あ。」


 ふいに、再生師が一つ空に呟いた。


「再生師、どうしたの」

「……そういえば、見た記憶があるんだ。ルチカナイトの体内に「家のようなもの」があるのを。」

「中に!? 見えてたなら言えよなァ」

「確信がなかったんだ。だが、その話を聞いてもしやと思ってな。」


 天賦はてっきり「取り込んだ」と言うのはあの洞窟の中に一緒に入ったという意味だと思っていたが、正しくはルチカナイトの体内に、ということらしい。


「まだ守ってる気でいるんかねェ」


 カルメは腕を後ろに組んだ。

 天賦は考える。

 もしその村がシュルトカの村なら、それは呪源にとって1番大事なもののはずだ。生きる理由で、天賦の"相棒"のようなもので――


 ――"相棒"のようなもの。

 もし天賦が"相棒"を壊されたら(殺されたら)どう思う?

 きっと、何もできなくなる。生きる活力を失うのと同じだ。


 なら――


「その家を壊せれば……」


 しん、と車内が緊張に包まれたのがわかった。


 皆、ここまで来ればシュルトカが自分の家族や仲間を大切に思っていたことくらい理解できる。世界を危機に陥れているとはいえ、それを利用するのはいくらなんでも――


「案外良いアイデアかもな、嬢ちゃん」


 その空気をすっと破壊するようにカルメが言った。


「どうせもう死んでるようなモンだ。楽にしてやったらどうだ? オレが言うのもアレだけどな」


 行動しなくては世界に平和は訪れない。きっと英雄ならこんなところで迷わない。即断即決こそがあるべき姿のはずだ。


「なら、ひとつ思いついたのが――」

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