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第2話 目覚め

落ちた時、天賦が真っ先に考えたことは――冷たい、だった。

その後、苦しい、と思った。意識がはっきりしてきて、ようやく自分は水に落ちたのだと理解した。

足元の巾着袋の山を蹴り、浮上しようとするが、"相棒"が重くて中々上がることができない。しかし、天賦の頭の中に「"相棒"を捨てる」という考えは微塵もなかった。

天賦が導き出した方法は――「己の筋肉で引き上げる」。


「――ぷはっ!」


水が溜まった目を擦る。天賦は過去の自分が泳ぎ方を学んでいたこと、そして自分の筋力に感謝した。

状況把握のために辺りを見渡す。洞窟のようだが、妙に明るい。自分がどこから落ちてきたか把握するために上を見上げた。――が、想定外の景色が見えた。

上が見えない。自分が落ちてきたであろう点が見当たらないのだ。落ちたのが自分でなければ無事では済まなかっただろう。しかしいくら身体能力に優れた天賦でも、この果てしない壁を登るのには膨大な時間が必要だ。何をするべきか悩んでいると、水から上がれそうな陸地を見つけた。白い石のような素材でできていて、明らかに人工物であると天賦もわかった。


"相棒"がいることをしっかりと確認してから、力強く足を動かし、陸を目指す。バシャンバシャンと凄まじい水音が響く。もし漁村に住む村人がこの天賦の泳ぎを見ていたら、未洗練だときっぱり突き放しただろう。

無事に陸に着き、ひんやりとした石の床に手をついた。


「ふぅ……びっくりした」


"相棒"を抱きしめて一息つく。長い髪や服が水を吸って重たくなった。天賦の身体ではこの程度で活動不能になったり低体温症になったりはしないが、不快感は免れない。

片っ端から水を絞り、なるべく早く乾きますように、と祈った。

一通り絞った後、天賦は背面に目を向ける。髪の水を抜いているときに気がついて、驚愕した。

扉があったのだ。それも、天賦が今まで見たことのないくらい大きな扉。各所に細かい細工がされていて、まるで芸術作品のようだ。天賦には芸術方面の知識はないが、それでもこの扉が高い技術で作られたことくらいは理解できる。


「スルの話、本当なのかも」


天賦は心が躍っていた。今まで、生活に変化を求めたことはなかったが、魔王が――特に英雄が関わっているかもしれないとなると話は別だ。もしかしたら、この扉の先に自分の「禁忌の呪い」を解く手がかりがあるのかもしれない。そうしたら"相棒"を鞘から抜いてあげれる。

天賦は"相棒"のグリップを強く握りしめ、扉を押した。


扉が重くて開かない。

天賦だってそこまで馬鹿ではない。見ればこの巨大な扉が相当な重量があるのなんてすぐに分かる。

それでも彼女が困惑したのは、この程度の扉なら自分の筋力で動くと思っていたからだ。少し時間はかかるだろうが、ここまでびくともしないのは全くの想定外だった。

両手で押しても動かない。

天賦は頭を抱えた。早くも行き詰まりだ。


扉には文字のようなものが刻まれているが、残念ながら、天賦は文字を読むことができない。ソエルソス語、共通語は共に話すことはできるが、字は読めないし書けない。

もしかしたらこの文字がヒントなのかもしれないが、天賦にはどうしようもない。


また、魔法を使って解く場合。これもどうしようもない。

前にスルから「遺跡には魔力を使って解くしかけがある」と聞いたことがあるが、天賦に魔法は使えない。

いっそ壊してみようと思ったが、これほど美しい彫刻を壊したら何かのバチが当たりそうだ。


天賦ははるか上を見上げる。この高さを登るのは、最低でも3日はかかるだろう。

帰るという選択肢は天賦の中から消えた。

そもそも、召使が天賦に渡した部品を使ってこんなことになったのだ。彼の想定内の出来事なら、天賦がなんとかできると考えた上でここに招いたはずだ。


天賦は再び観察を始める。明人を模した彫刻、狼の獣人を模した彫刻、龍のような彫刻……思わず魅入ってしまいそうになる。


「あれ、なんだこれ」


ローブを被った人物の彫刻のすぐ側に、細長い四角形の凹みがある。どこもカーブを帯びたような造形をしているので、際立って不自然だった。

これが何か鍵になるやもと思い、覗いたり、触れてみたりする。中は奥にいくにつれシャープになっているのが分かった。深く、手では届きそうにない。

手持ちのもので、細長く、ある程度の硬さがあるものは一つしかない。


「……"相棒"、ごめんよ」


戦うために"相棒"を使うのはいいが、こんな謎解きのために使うのは天賦も憚られる。

天賦はきゅっと口を窄め、"相棒"に頬擦りをする。"相棒"は水に浸かって水気を帯びているが、ほのかな温かみさえ感じた。単に、天賦が熱心に頬擦りしているせいかもしれない。

最後に力一杯、それでいて優しく"相棒"を抱きしめ、丁寧に凹みの中に差し入れる。窪みと"相棒"の形は驚くほどにピッタリで、最後まで綺麗に嵌った。この後、抜くことができるか心配なほどジャストフィットだった。しかし、最後まで入れたというのに、奥に押せるようなものはない。


不安になってグリップを回すと、右回りに回るような感覚がした。これはもしや、とそのまま慎重に回す。

そして、"相棒"がちょうど真横に向いたときカチッと何かが上手くいったような感覚がした。"相棒"が吸い込まれるかもしれないと心配して、急いで引き抜く。


扉は轟々とした音を立て、ゆっくりと開き始めた。天賦は自分が知能を持ってしてしかけを動かすことに成功したという事実にえらく興奮していた。


扉の中は、洞窟とは全く違う真っ白な宮殿のような空間が広がっていた。天賦には全く馴染みのない建造物だ。天賦は感嘆の声を漏らした。あまりにも真っ白な空間だったので、一応靴を水で洗っておくことにした。



「すごい綺麗、でもなんもない」


天賦は宮殿を進んで行ったが、広そうなのは見かけだけで、実際は直線がひたすら続くだけだった。

文字の一つでもあったら、一応、同じ形を書き残しておこうと思っていたが、何も無い。

しかし、意味も無しにこんな空間は作られないはず。天賦は少し歩みを早め、最奥へと向かった。


しばらく歩いていると、今までの廊下よりも開けた空間に出た。天井は高く、空気が澄んでいた。

部屋の突き当たりには質素なドアがあり、何やら文字が刻まれている。楕円のような図形が多用されていて、様々な形が複雑に絡んでいる文字だ。天賦は、これは自分の知っているものとは全く別の文字だと気がついた。

思っていたよりも複雑だったので、天賦は模写を諦めた。


ドアには鍵穴は見当たらない。簡単に開きそうな見た目をしている。ただ、このような場所で何も起きないとは考えにくい。

天賦は、何が起きたとしても自分ならなんとかなるだろうと考えて、ドアノブに触れた。


――ビーッ!!


全く聞いたことのない音が大音量で響く。天賦は思わず耳を塞いでしまった。部屋は大きく揺れ、前に一度だけ経験した「地震」に似た感覚だった。

音が鳴り終わると、天井から影が落ちてきていることに気がつき、咄嗟に回避した。大きな音を立て、白い塊が部屋の中央に落下する。下にいたら天賦も大怪我をしていたかもしれない。そこで揺れが治ったので、これがトラップだったのかと安心した。

しかし、直後、塊がボコボコと変形していく。


「……うわ、なにこれ!」


白の塊は突起が一つ、二つと増えていき、まるで手足のようになった。「足」で立ち、遅れてやってきた「頭」を「腕」で整える。

巨大な石像が天賦の前に立ちはだかった。

今まで見たどの魔獣とも、魔物とも違う。岩にしか見えないのに、まるで生きているようにうごめく。


「倒……せるかな」


天賦は密かに、魔獣や魔物がどうやったら死ぬのか把握していることが自身の強みだと思っていた。しかし、この石像は倒し方がまるで分からない。

それに加え、天賦の手持ちは"相棒"のみだ。

「禁忌の呪い」で抜くことができない以上、鞘で殴り殺すほかない。闘技場の槌を持ってくればよかったと見当違いの後悔をする。


天賦の考えがまとまる前に、石像がぐぐぐと動き出す。

幸いにも、動きは昼に戦ったベスランよりはるかに遅い。「腕」を使った打撃だって意図も容易く回避できる。

同時に、こちらの攻撃も石像には効かなかった。

いくら鞘に納められたままのブロードソードで叩いてもビクともしない。多少のヒビくらいは入ってくれるだろうと期待していた天賦は大きなショックを受けた。


打撃を避け、「腕」を利用して登る。石像の背に乗り、「頭」を狙った。どの生物も頭を破壊されれば死ぬのだから、この石像もそうかもしれないと希望を持った行動だった。それでも、やはりどうにもならない。

石像は天賦を捉える時、「頭」を動かしているような様子は見られない。ただの飾りなのだろうか。石像は頭に乗る天賦を嫌がり、大きく動いて振り落とした。

自分がここまでしても痛手を与えられない相手は初めてで、天賦の脳を掻き乱した。焦りが生じて、いつものような軽やかな動きができなくなっていった。


「あっ、しまっ――」


頭が真っ白になって足を動かすのが大幅に遅れてしまい、石像に思い切り殴られる。天賦はそのまま壁に叩きつけられた。

骨が折れるような大きな被害は受けていないが、鈍い痛みが脇腹に響く。このままでは状況が悪化するばかりだ。自らを安心させるために、"相棒"のグリップを強く握る。


「どうしよう……"相棒"、どうしたらいい?」


退路はいつの間にか塞がっていた。ここから出たくば石像を倒せ、ということだろう。

スルのように魔法が使えれば、ウィルヒムのように頭が良ければ、あるいは倒せたかもしれない。天賦は見当違いの後悔ばかりを募らせる。

「腕」を叩いても、「胴体」を叩いても無駄。「頭」に登っても振り落とされる。


"相棒"、どうか私を助けて。


そう強く願った時、

ふと、偶然、思いがけず、閃いた。


石像はどこを攻撃しても全く気にしない。しかし、「頭」の部位だけは天賦が乗ることを嫌がった。「頭」を攻撃してもビクともしないのに、どうして?

天賦は石像が現れた時のことを思い出した。

塊はどんどん部位を分けて形を作っていったのに、なぜか頭だけは遅れて天井から降ってきた。最初から造形されていて、自分で動くことはしなかった。

あの部位だけは、何か別物なのではないだろうか?


その仮説を立てた天賦は、再び「腕」を避けて背に乗る。そして「頭」――ではなく、「頭」と「胴体」の継ぎ目を思いっきり殴打する。


――目論見通り、「頭」の位置がズレた。


それなら、と石像に振り落とされる前に再び叩く。強打する度に「頭」がずれて、石像がバランスを崩していく。

1発。2発。3発。

そして、4発目を放った時、「頭」がゴトっと地に落ちた。

石像は焦り、「頭」を取り返そうとする。

ここからどうするか、天賦は考えていなかったが、石像に返すまいと「頭」を殴り飛ばした。


天賦は気がついた。先程まで傷一つつかなかった「頭」に、一筋のヒビが入った。

天賦に原理は理解できない。ただ感覚に任せているだけだが、間違いない「勝利」を確信した。

部屋のはじまで飛ばし、石像がそれを追ったらまた反対方向まで飛ばす。まるでボール遊びをしているようで、天賦は思わず笑った。

今思い返せば、この石の球を転がせるのは己の腕力あってこそだ。スルやウィルヒムでは到底無理だろう。天賦が知る、自分の次に腕力がある人間であるベスランだって、きっと無理だ。


「よい……っしょー!」


いっとう腰を入れ、「頭」を高く飛ばした。その瞬間、ミシミシと岩が音を立て、火花のように弾けた。岩の破片がゴロゴロと周囲に広がる。高く上がった先に、光り輝く金色の球のようなものが現れていた。天賦はすぐさま、それに向かって岩の破片を投げた。球体は簡単に崩れ、ガラスの破片みたく燦然と輝いた。

石像は力を失い、最初からただの巨岩だったかのように動かなくなった。


「……勝てたぁ」


「頭」を落とす攻略法に気がついたのは良かったが、どこか違和感が残る。魔獣は生態や持つ魔力から弱点を、魔物は共通の弱点を持っているが、この石像の弱点はそれらとは別物のような気がした。言うなれば、「生き物」ではなく「パズル」のようだった。


呼吸を整え、周囲を見渡す。来た道は開かれ、ドアもひとりでに空いていた。試練を突破したようで、天賦は少し自分が誇らしくなった。大活躍した"相棒"も、いつも以上に熱く抱きしめる。


ドアをくぐった先には、長い階段があった。どこからか光が漏れていて、なんとも神々しい。

石像が再び現れないことを願いながら、一段、一段と登る。段差が妙に高い階段も、天賦にとっては全く苦痛ではない。最後の一段を登り終えた時、天賦はほうと息をつく。


黒く輝く水晶が、装飾も何もない台に置かれている。

スルが話していた噂や、この建物の荘厳さから推測するに、この水晶には魔王の力、魔力、もしくは魔王本体が封印されているのだろう。「かもしれない」の域を出ないが、天賦はかつてないほど興奮していた。

本来であれば、大昔に世界を滅ぼしかけたという存在が眠っているであろうものなんて、誰も触りたくない。普段の天賦でも、もう少しは考える。

しかし、今の天賦は過酷な戦いを終えたばかりでとても気分が良かった。

だから、そのせいか、それが原因で、

天賦は水晶に触れた。


途端に、水晶が光り輝く。目が潰れてしまいそうなほど強い光が天賦と"相棒"を包む。


その光の中で、誰かが天賦に触れた。頬を撫で、頭を優しく触る感覚。天賦はどうしてだが、この感覚に覚えがあった。懐かしいような、寂しいような――



――いつの間にか、光は消えていた。天賦は「誰か」を探すが、辺りには誰もいない。幻覚か何かだったのかと思い、水晶に目をやる。

そして、天賦は過去一番の衝撃を受けることになった。


美しい水晶が割れ、中から見たことのない真っ黒な鳥が現れた。「生まれた」ようにも見える。

その鳥は、瞼らしき部分を翼でこすり、黄色く光る大きな目――に見える何かを、天賦に向けた。


「……よォ、嬢ちゃん?」


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