表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/56

28話 本物

 それから2日後。

 天賦・カルメ・再生師・ファティの4人はルチカナイトの洞窟近郊の村にいた。

 「英雄」の像を今現在も建てている数少ない村、らしい。


「それじゃ、行ってくるね」

「はい……あの、絶対無理しないで下さいね! あなた達がいなくなったら帰りの護衛がいないんですから」

「そこなのかよ」


 ファティは安定して保身を選択する。彼の立場からしたら当然のことだ。


「いいですか? 偵察! ですからね!」

「分かってる。言われなくても」


「天賦。この先は私について来てくれ。」

「分かった」


 天賦は既にメイスを手にしている。ルチカナイトと戦う本番ではないにしろ、観光に来たわけでもないのだから。

 ファティに別れを告げ、天賦たちは徒歩移動を開始する。



 ずっと歩いた先、天賦たちは黒い森に着いた。


 木がざわめき、春とは思えないほど冷ややかな風が吹く。

 こんな「いかにも」な場所であるのに、魔獣の1匹だって出やしない。魔物ももちろん見かけない。魔獣も、ここに近寄ってはいけないと分かっているのだろう。

 "相棒"のグリップの冷たさが指に伝わる。


 天賦は、てっきりここでも再生師は快活にルチカナイトの話をすると思っていた。しかし、彼女の今の後ろ姿はなんとも近寄り難い。いつもは元気に揺れ動く尻尾も全く静かである。

 彼女は既にルチカナイトの姿を、脅威を知っている。

 だからこそ、この緊張感を醸し出しているのだ。


 この森にはまるで目印になるものが見当たらない。ずっと同じような木が続く単調な風景だ。だというのに、再生師は全く迷わずに進み続ける。それは彼女の記憶力がずば抜けているからなのか、それとも呪源の存在が印象にこびりついているからなのか。

 「あとどれくらい?」なんて聞けなかった。



「この先だ。」


 ふいに、再生師が言った。彼女はずっと先頭だったから、彼女の赤色の目を見るのは久しぶりな気がする。

 天賦はその先の光景を見て、息を呑んだ。


 天賦は、ルチカナイトの住処は洞窟だと聞いていた。だから、ルーフ湖のような壁際を想像していたのだ。

 だが、この洞窟はその場に、不自然に盛り上がっている。平地にいきなり高い山がたっているのだ。大地というよりも、建造物のような印象を受ける。


 そこにさらに近づくと違和感が浮き彫りになる。

 よく見ると、その山は土や岩で出来ているのかと思ったが――違う。

 あの壁は「鉱石」だ。その上に苔などが覆い被さっている。所々、まるで【水晶(クリスタル)】のような鉱石が露呈しているのだ。


「なに、これ……」

「ルチカナイトの巣だ。自らの力でこの洞窟を作ったのだろう。」


 天賦の心はざわつく。

 この内側に、呪源がいるんだ。

 この中のルチカナイトを殺せば、"相棒"を救う第一歩を踏み出すことができる。この元英雄を、殺せれば。

 体が熱くなるのを感じる。手に握るグリップも熱を放っているようにさえ感じた。


「……どこから入るの」

「反対だ。」


 再生師がそう言って、山の反対側に移動する。それに続いて天賦も入り口へ――と思った時、天賦は気がついた。


 カルメがその場に立ち尽くしている。


 いつの間にか、人から鳥に戻っていた。

 いつも小うるさいカルメが、何も言わずにその山を見つめている。いつもとは目に見えて違う様子だ。


「カルメ?」

「…………オイ、コレ、マジで言ってんの」


 空気が揺れた。

 今まで聞いたことのない、震えた声をしていた。


 その場からじり、と後退り、山から離れようとしている。

 その足取りはちぐはぐだ。人間みたいにも見えるし、鳥みたいにも見える。

 カルメが見ているのはただの苔の壁だ。中にアレがいるとはいえ、反応が明らかにおかしい。


「は、コレ、こんなん、クソ、頭にクる」

「カルメ、どうしたの。分からないよ」


 天賦はしゃがみ、カルメに聞く。

 だが、カルメは左側しかない目を揺らすばかりだ。その片目が一瞬、青く光ったように見えた。カルメの目は黄色なのに。

 何度か声をかけた後、ようやくカルメは天賦の方を見た。


「……嬢ちゃん、見えてねェの? そこにいるだろ」


 クチバシで土の壁を指すが、天賦には分からない。

 もしかして、とカルメの羽をかじったときのことを思い出した。

 カルメにしか――魔王にしか、見えないもの。

 それが今「見えて」いるのではないだろうか。

 天賦は、心が絞られるような感覚に陥った。まさか、魔王の「何か」の火をつけてしまったのか。


「何が見えてるのか教えて」

「……でっけェ呪いの源。信じらンねェ、コレ、斃せンのかよ……」


 カルメは見ているもの――呪源に、呆気にとられていた。

 呪いを見る力。それがここでも使われているのだ。恐らく、カルメの羽をかじればそれが見えるのだろうが、今はあれで苦しんでいる場合ではない。


「カルメ、私にも確認させて」


 おののくカルメを尻目に、天賦はその山の周囲を走り、先ほどとは反対方向を目指した。入り口から中の様子を見るために。

 先に着いていた再生師が遅れてきた天賦をキョトンとした顔で見ていた。既に戦闘用に着替えている。


「中には入らないように。()()()が反応するからな。」


 そう言って、再生師は入り口を指差した。そこで、さらに天賦の予想外のものが広がっていた。


 山の中は――ひたすらに輝いていた。

 青か、白か、紫か。たくさんの色が入り混じって互いを照らし、光で満ちている。大地から大きな宝石を掘り出したように見える。水晶亀の【水晶(クリスタル)】とは比にならない絢爛さである。


「これ何、綺麗……」

「よく見ろ。「そこ」にいる。」


 再生師が言っていた意味が、最初はわからなかった。確かに異様な光景だが、別に中には何も――


 ――ない、ように見えていた。


 よく見ると、それは宝石ではない。

 目を凝らすと、それは壁ではない。


 巨大な、なんて言葉ではもはや足りないくらいの、水晶の塊。水晶亀とフォルムが似ているがそれとは違い、頭も、足も、胴体も、全てが鉱石で出来ている。それは洞窟の中で堂々と鎮座し、ピクリとも動かない。

 硬い図体からは生命の鼓動を感じられないというのに、それは存在するだけで天賦に告げた。


 「生きている」と。




 ムーナウーヴァの呪源、「ルチカナイト」。




 その姿を、天賦はその目で初めて捉えた。


 ぞ、と天賦の背筋に嫌なものが走る。


 "魔獣の呪い"と対峙した時の恐怖とは違う。想像を遥かに超越した存在感に喉が鳴った。


「……すご」


 天賦から出てきたのは、そんな幼稚な感想だった。それ以外にどう形容したものか。


 「死ぬ」とはかけ離れた場所にいる存在だ。

 それでも、斃せれば人類は一歩進展する。

 そして"相棒"のためになる。なによりも。


 少し、カルメは呪源にビビりすぎな気もする。「どうやって斃すのか」という疑問は当然だが、天賦たちには今や十分な装備があるのだ。それに偵察も含めれば、弱点の一つは見つけられるだろう。


「再生師、前はどんな感じだったの」

「前回はここに入った瞬間、そこら中から鉱石が突出してな。危うく胴体もやられるところだった。」


 鉱石の突出。確かに【水晶(クリスタル)】と似ている力だ。ただ再生師が腕を持っていかれたということは、それとは比にならない威力と速度を持っているのだろう。慢心は禁物である。


 ひとまず、どんな攻撃手段をとってくるのかこの目で把握しなくては。


「外には攻撃してこない?」

「ああ。洞窟内に入ってこない人間には何もしないな。」


 どうして外に攻撃しにいかないのか。動けない生き物に足は無いはずである。

 ……ふと、どうしてだかあの言葉がよぎった。


 『守りたいものが守らせてくれないときって、どうすりゃいいんすかね』


 あの夢、シュルトカの言葉だ。

 彼は守るという行為に特別な感情を抱いていた。対して、ルチカナイトはただそこに佇んでいるだけ。さらに言えば、洞窟の中で守られているような気もする。

 どうしてあの少年の声が反響したのかわからなかった。唐突なフラッシュバックとか、そういうものかもしれない。


 天賦は一つ試してみることにした。

 一度メイスをしまい、三度目でスリングショットを出した。


「む、それで何をするんだ?」

「外から攻撃してみる」


 天賦はそこらに転がる岩を手に取り、スリングショットに構える。ゴムを思いきり引き絞り、真っ直ぐルチカナイトに届くように微調整をした。

 もちろん、これで大きな打撃を加えられるなんて思ってない。試しである。


 そして、離す。

 岩は高速でルチカナイトの洞窟の入り口に飛ぶ。


 しかし、次の瞬間、その岩は()()された。

 洞窟に入った途端、岩が水晶に包まれて爆散したのだ。その光景は【水晶(クリスタル)】よりも【氷結(アイス)】によく似ていた。


「……は?」


 天賦はどうしたものか、と思った。

 今の速度に対応できると思わなかった。せいぜい、ルチカナイトに当たりはするがそれだけ、みたいな結果を想像していたのだが、これでは魔法が自動的に発動したとしか思えなかった。――そんな魔法は聞いたことがないが。


「再生師、今のは?」

「ヤツが反応して力を使っただけだ。」

「うわ、やるね」


 これではどう進入したものか。そもそも、再生師はどうやって生還したのだ?


「再生師、前はどうやって避けた?」

「腕を犠牲にした。あの技は直前に特有の寒気のようなものがするんだ。それを身体をひねらせて避ける。」


 再生師でも完全回避できないとは、とんだシビアな技である。ただ、身体能力自体は天賦の方が上なので、もしかしたら避けられるかもしれない。

 なら、腕よりも足を犠牲にした方がいい。再生師がいればすぐに治してくれるし、メイスが奪われては困る。


「ああ、天賦は心配しなくていいぞ。メイスを持っているからな。」

「……ん? どういうこと?」

「奴は自分と同じ鉱石にあの技は使えないんだ。恐らく硬度が同じだからだな。天賦にあれを使ってくることはないだろう。」


 だからこのメイスは「対ルチカナイト専用」とまで言われていたのか、と納得した。


「なら入れる?」

「油断は禁物だ。鉱石の刺突は()けられない。」


 天賦は一つ深呼吸する。

 大丈夫。まずくなったら逃げればいい。

 入り口の前に立ち、手首足首を軽く回す。まずはできる限りの速度で侵入し、そこから敵の動きを見る。今回は相手の手の内をできるだけ探るのが目的だ。


 入り口から距離を取り、低く構える。本気で速く直線に移動する時の格好だ。

 全員に重い緊張感がのしかかる。天賦とカルメにとって、相手の初披露を見ることになるからだ。


 そして――稲妻が走る。

 再生師の目を持ってしても、「消えた」が最も適切な形容方法だっただろう。彼女の前を通ったら吹き飛ばされて死んでしまいそうだ。


 だが、すぐに異変が起こった。

 ルチカナイトが……()()()()()()


 先程までの話では、鉱石を突出させた刺突攻撃をしてくるはずだった。なのに、どうして。

 ……大地が哭いた。

 ぱらぱらと水晶が落ちて、きらきらした音が天賦に降り注ぐ。これまでずっと静止していたルチカナイトが頭を錆びついた鉄のように動かした。


 その双眸は、天賦を捉えた。


 どくん。


 からだが鼓動する。


 ルチカナイトが――()が、私を見ている。

 途端、体が鉛のように重くなる。

 落ちる。

 ここはどこだ。



「――さんって、全然喋んないっすよね」


「でも、なんとなく言いたいことが分かるっていうか。いや、自分だけじゃないっすよ? みんなそう言ってるじゃないっすか」



 誰だ?

 ()は――シュルトカ?



「実は、村で新しい子供が産まれるらしいんすよ。ずっと自分より年下の人なんていなかったんで新鮮な気分っす」


「なら、ますます自分が守ってやんないとっすよね。魔王を斃した後も、ずーっと、未来永劫守ってやんないと」


「だから、たまには……「助けてくれてありがとう」とか、聞きたいもんすよね」



 寂しく笑っている。

 城壁みたいな盾を眺めている。


 思わず手を伸ばした。

 彼の顔が、悩みが、笑い方が――




 ――――――英雄らしくなかったから。




「天賦!」


 腹がぐいと押される。

 世界が現実に戻ったような気がした。すぐ横には再生師の顔が見える。天賦は、彼女の片腕に支えられていた。

 彼女の姿をよく見ると――右腕がなかった。それに右足も。

 そこでようやく、彼女が天賦を身を挺して助けに来たことを理解した。


「出るぞ!」


 辺りは予備動作も何も無しに、次々と鉱石が突出している。再生師と天賦を正確に殺すように、周囲を囲い込んで確実に仕留めようとしていた。それを再生師は尻尾を使って高く跳ね、空を自在に飛ぶようにしてかいくぐる。既に手足は再生していた。


 鉱石の動きは速い。天賦が本気で目を凝らしておかないとどこから出てくるのか把握できない。天賦の頬を冷や汗が伝った。咄嗟にメイスを鉱石に向かって振るう。

 ……驚くほどに硬い。だが、この武器ならいける。

再生師の背に迫る鉱石の一つを粉砕することに成功した。


「――ッ!?」


 しかし、その直後。

 再生師の動きが鈍くなった。眼前に特別大きい鉱石が生えたのだ。周囲は鉱石で囲まれている。まずい。

これでは下から刺突を喰らう。


「……気ィつけろよ、姉ちゃん!」


 その時、カルメの声がやけに大きく響いた。その瞬間、目の前の鉱石が大きく溶けた。カルメが手に持っているのは黄色の液体。あのポーションだ。


 退路が見えたとき、再生師はその尻尾で勢いをつけ、ばねのように出口まで一直線に跳んだ。風を切る音が耳に響く。


「あぶ――うお!」


 そのまま、2人は脱出に成功し、カルメに激突した。3人団子状態である。


「ふう……て、天賦、一体何をされた!?」


 天賦は目を見開いていた。

 「夢」とか「幻」とか、そんな曖昧なものではなかった。

 実際に経験したような、何か。過去に起こった記憶。

 深く、天賦の髄にこびりいているもの。

 "相棒"が温かい。


「……見た」

「見た、だと? 一体何を?」


「……英雄を」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ