27話 逸脱者のキッチン
「おかえりなさいませ。ディービから話は聞きました」
水晶亀の魔物を討伐したその後。
ディービはディソンと話して決めるから明日来てくれと言い、その日は解散となった。
そして今、ディソンの前――結果発表の場にいる。
「ディービはどこだ? また寝てンのかよ」
「ええ……すみません、いつも寝てばかりいるもので」
ディソンは申し訳なさそうにフードを引っ張った。見た目はそっくりだが、やはり中身は全く違う。
「そして、まさかルーフ湖の水晶亀が魔物になっていたとは……ふむ……」
「よくあることなの?」
「いえ、聞いたことのない事例ですね。ただ別個体とは考えづらいですから。ふむ……ただ、魔物は一説では「魔獣が呪われた姿」と言われているので、それがあるいは、ふむ……」
ディソンは「ふむ」と言いながら考え込んでしまった。魔獣の専門家であるディソンが知らないならば天賦たちにはどうしようもできないだろう。
しばらく考えにふけた後、ディソンがハッとして顔を上げた。
「申し訳ありせんでした、1人で勝手に」
「いいさ。」
「ふむ、それで、例の武器の話でしたね」
ディソンは本題に入るため、一つ咳払いをする。
天賦は緊張した。これでもし「やっぱり渡せません」とか言われたらとうとう困るな、と緊張していたが、その糸はすぐにほぐれた。
「ふむ、「回転してハンマーを投擲した」……これは面白いですね、まさに規格外です。ふむ、では、セクルーサマの武器を保管している場所を開きますね」
そう言って、ディソンは高い椅子からぴょんと降りた。
天賦は心の底から安心した。これで無事にルチカナイトへの有効打を確保できる。肩の力が抜けた。
「良かったな、天賦!」
「うん、安心した」
「ああ、セクルーも報われる。」
再生師は武器を作ったと言う「セクルー」とは5年程の付き合いがあったはずだ。その言葉に乗せられた意味は重い。
ディソンは本棚のあちこちをいきなり触り出した。木目をなぞったり、本を押したりしている。いきなりどうしたのか、何を確認しているのかと思ったら――ガチャリ、とどこからか音がした。
すると、本棚が重たい音を響かせて横に開く。紙とインクの匂いが天賦の鼻をくすぐった。ここの扉を開ける時もそうだったが、ディソンとディービの家は心が弾むしかけが多い。1日くらい住んでみたい。
本棚が開いた先には、ガラスのケースに入れられた武器が飾られていた。
見たこともない輝きを放ち、手持ちは白銀に、先はルチカナイトの鉱石と思われる塊がついている。一見すると魔術師や僧侶が使いそうな魔法の杖に見えるが、そうではない。
保管されていた武器は――芸術品のようなメイスだった。
天賦はてっきり、彼女が持っているような槌があると思ったのだが、それよりも一回り小さいメイスだった。メイスとしては大きい、と言う部類である。
「久しぶりに見るな、この武器を。」
再生師はこのメイスを見るのは初めてではないようだ。
ディソンはそれを丁重にケースから出し、天賦たちの前に持ってきた。近くで見ると美しさだけではなく、禍々しいものも感じる。なんせ、呪源の体の一部を使っているようなものだから。
「ルチカナイトに有効打を与えつつ機動性を失わないようにした結果、セクルーサマはメイスを作ったと仰っていました。さ、お受け取り下さい。」
天賦はそれを手に取る。
メイスは闘技場で何度も使ったことがある。しかし、それにしてもこのメイスは手に馴染む。特別腕のいい人間が作ったものだからかもしれない。
「あー、嬢ちゃん。ソレって一緒に拡張袋に入れとくのかァ?」
「え、うん」
「ならせめてアレは出そうぜェ?」
「アレ?」
ディソンは首を傾げた。恐らくカルメが言っているのはカルメの腕だ。あんなものをこんな上質な武器と入れておくのはまずいと思ったのだろう。
しばらく中を探し回ったのち、天賦は一度つっかえながらもカルメの腕を出してみせた。
すると、そこから出てきたのはカルメの腕――ではあったが、カルメの「鳥」の腕、つまるところ羽だった。
「ぎゃあ!」
その時、天賦はディソンが驚く姿を初めて見た。
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「やっと手に入れた。これで呪源を倒せる」
「まだ偵察は明後日だがな!」
天賦は拡張袋を撫でながら満足気にしている。結局、カルメの腕は拡張に入ったままだ。どちらを外に出しても変に目立つし、カルメの腕の良い処分方法が思いつかなかった。
「さて、天賦。今日はどうする? するべきことは終わったが……。」
「うーん、困った。何をすれば良いかわからない」
天賦には余暇の良い過ごし方を思いつくことができない。美味しいものを食べるとかはできたかもしれないが、あいにくムーナウーヴァの味付けは天賦好みではない。
ファティもムーナ・ルイスの住民の口に合うものばかり作るので、やはり味が大胆すぎるのだ。
頼めばソエルソスの料理も作ってくれるだろうが、ファティは休むために一日中運転席で寝ると言っていた。起こしてしまえば怒られそうだ。
「あー、特に予定がないンならオレ別行動していい?」
カルメの発言は予想外だった。彼はこれまで1人で独立して行動することを自ら望むような鳥ではなかった。それに彼のしたいことも思いつかない。
「何をするんだ?」
「お楽しみにした方がサプライズになるぜェ」
カルメはおどけながら言った。予想つかないが、カルメが天賦たちにとって害になることをするとは思えないので了承することにした。
もしこの場にカルメの正体を知る他人がいたら「魔王を野放しにするなんて!」と憤慨したかもしれない。実際、天賦はそのことを失念していた。
「いいよ。鳥で喋ったらダメだからね」
「ンなのしねェよ。ムーナ・ルイスにはいるからよォ」
そう言って、カルメは坂を降りて行った。その背を天賦は見送る。背が高すぎて人混みから頭が飛び出ているのが面白い。
「……あ」
「どうした天賦?」
「あの黒ローブの人たち、大丈夫かな」
「……ああ。」
「民草の呪い」とかいう呪いにかかったあの集団。
あれはまだ半分ほど街にいた気がする。いや、カルメは確か増えるとか言っていたので、それよりも多い数がいるかもしれない。そのことを思い出すと急に不安になってきた。
「あれ、ちょっとダメかも」
「……まあ、カルメなら平気だろう! 昨日撃退したとも言っていたしな!」
再生師は笑った。
時折鈍くて心配になる。
天賦は現在、あることで悩んでいた。
「うーん、これどうしよう」
取り出したのはカルメの羽――腕の部位だ。一部分は赤くなっている。
元はこれからも武器として扱おうと思って拡張袋に入れておいたのだが、それに変わるメイスを手に入れてしまった。
天賦は見た目重視というわけではないが、同じ役割の羽と武器なら、もちろん武器を取る。いくら硬くても細く、関節が曲がって振りにくいのだ。
「再生師、良い処分方法ない?」
一応彼女に聞く。思案ではなく、知識面からの案を期待していた。なければ拡張袋にしまっておくしかない。
「うーむ……そうだ! 一つ良い話を思い出したぞ!」
再生師が明るく言う。
「食べよう!」
「え」
天賦は耳を疑った。
食べる?カルメの羽を?
「ある地方の言い伝えだ。強大な者を食べて体に取り込めば、その力を我が物にできるとな!」
再生師はしたり顔で言ってのけた。
しかし、天賦は考える。
自分は知らないが、もしかしたら有名な話なのかもしれない。確かに強い魔獣を狩って食べた時、謎の達成感のようなものを感じることがある。あれは強くなっていたということだろうか?
その思考を否定できる人材はこの場にいない。残念なことに。
もし強くなれるなら良いタイミングだ。
天賦は自分よりも技量のある人間は見たことがないので、他の剣士のように師匠をつけることはできない。強くなるなら自分でなんとかしないといけないのだ。
だからこそ、天賦は決断してしまった。
「……やってみる?」
「賛成だ!」
もしファティが起きていれば、もしカルメがこの場に残っていれば、少々残念なこの2人が行動に出る事はなかった。
「ふむ、それではどうしようか? 私は料理に対しては専門外なのだが。」
「うーん……とりあえず、ファティをまねる」
2人は術力車のキッチンを無断で借りた。ファティに止められることくらい分かる。なら、バレてしまう前にやればいいのだ。そうすれば何も無かったことと同義である。
「火はどうやっておこす? ファティはいつも、魔法陣になんかしてる」
キッチンの上の魔法陣を指差す。再生師曰く、この術力車に内包されているキッチンはかなり簡易的で、余計な設備を魔法陣や魔道具で極力減らしているらしい。
「これは……【着火】用だな。それで火をつけろということだ。」
「再生師、できるよね」
「勿論。常用魔法なら専門内だ!」
再生師はそう言うと、指先から小さな火を灯し、その魔法陣に近づけた。すると火は円を描いて燃え上がり、天賦がいつも横で見ていたような火が上がった。
「おお、完璧」
「次は……フライパンか?いや、鍋か?」
再生師はファティが肉を焼く道具と、肉を煮込む道具を取り出した。どちらが適切なのかは分からない。
「天賦、どっちにする?」
「……柔らかくなる方」
「なら、恐らく鍋だな。」
再生師はカルメの羽が浸かるくらいに水を入れ、それを火にかけた。水がぶくぶくと泡立っている。
「再生師、羽根って食べる?」
「いや……外すんじゃないか?」
カルメの腕には黒い羽が綺麗に生えている。ただ、これを食べるとはあまり思えない。
羽をちぎろうとしたが――固くて引き抜けない。カルメの腕なのだから、当然と言えば当然である。
「どうする?」
「私の尾で試そうか。」
「……いや、いい」
再生師の腕なら何度も切ればできるだろうが、流石に車が無事では済まなさそうだ。今回は比較的小さい羽なので、何かの拍子で車を切っては、きっと説教じゃ済まない。
「もういい、このまま入れる」
天賦は考えることを諦めて、カルメの腕をそのまま鍋に入れた。なんだか本当に料理をしているみたいで、ちょっと楽しい。
「これってどんぐらいやればいいの」
「恐らく10分ほどはかかるだろうな。」
「じゃあ待つ」
グツグツ鍋が煮える音がする。料理を象徴する音で耳触りがいい。
天賦は頬杖をつく。何もしないと無性に体が動きたくなってしまう。その証拠に、彼女は"相棒"を握りながら足をパタパタ動かしていた。
その様子を見て、再生師が聞く。
「……なあ、気を悪くしないで聞いて欲しいのだが、その剣のことについて。」
天賦の足の動きが止まった。
"相棒"の話を聞き流すわけにはいかない。
「その、もしも! もしもだぞ? その剣が"勇者"の物と同じだったら、どのような魔法が込められていると思う?」
天賦は口をキュッとつむぐ。
再生師に悪意がないことくらい分かっているが、それでも"相棒"がその"勇者"のものだったと話されるのは気分が悪い。ただ、あくまで彼女の可能性の話なので、「もしも」の体で話すことにした。
「……アドバイス、とか」
「アドバイス?」
「相棒は私が大変な時、助けてくれる。考えが出ない時、出るようになる。魔法じゃないけど」
グリップを擦りながら答えた。
それは本当のことだ。だが、魔法を使っている気はしない。なにより、天賦には魔法が使えないから。
天賦はそれ以上のことを答える事はしない。この話題は話していていい気にならないのだ。
「そ、そうか……。」
再生師は本当に聞きたいことを聞くことができなかったが、天賦の様子を見てそれ以上聞くことをやめた。
大体10分経った頃。――もちろん再生師が時間を数えていた。
再生師は火を消して、中身を覗いた。
特に変化は見られない。水は変色していないし、羽も異変は起きていない。これで調理完了なのだろうか。
「……食べる?」
「やってみるか。塩はいるか?」
「いる」
再生師が取った「塩」という調味料を羽にかける。程度が分からないので、とりあえず五回くらいふった。
羽ごと鳥を食べるのは初めての経験だ。体がばくばく震えるのが分かる。
再生師は未知の料理に目を輝かせているが、天賦が先に食べることにした。呪源退治の要は天賦であるからだ。
「食べるよ?」
「ああ! 思いっきりいってくれ!」
天賦はおそるおそるそれを――かじった。
硬すぎて噛み砕くことができないので、かじるように、が正しい。そして、舌に感覚を集中させ――
――刺激が脳を駆けた。
ぞわぞわするというか、ぐらぐらするというか、どくどくするというか、がりがりするというか、
これは――――今まで食べたものの中で一番、まずい。
「うっ、おえ!」
「てっ、天賦ぅ!?」
ベッとその場にカルメの羽を落とす。この上なくまずい。とてもまずい。いくらなんでもまずすぎる。
これが魔王の力なのか?「まずすぎる」という特性で自然界を生き延びてきたのか?
「だ、大丈夫か! 水を飲むか!?」
そう言って再生師は鍋に入ったお湯を指した。羽を煮込んだ水なんてそっちも不味いに決まっているだろう、と言いそうになった時、あることに気がついた。
――再生師にナニカが憑いている。
「うわ、なにそれ!」
「え、何だ!? 怖いぞ!」
再生師は後ろを振り向くが、何も見えていないようだ。
何か魔獣のような、生き物の集合体が見える。それは尾を持っていて、再生師のような蠍の形をしていた。
それを観察して、天賦はあることに気がついた。いや、本能的に感じた。
「……魔獣の、呪い?」
再生師に憑いているモノは「魔獣の呪い」だ。知識としてその形を知っていたわけではない。なんとなく、心の中で確信できるのだ。
天賦はカルメの能力を思い出す。カルメは「他人の呪いが分かる」力を持っていたはずだ。
カルメはもしや、これを見ていたのか?
なぜ口に入れてそれが見えるようになったのかは分からない。再生師の知識はやはり正しかったのだろうか。
ただ言えることは――これは、人が耐えられる味ではないことだ。
「再生師……塩ちょうだい」
天賦があれやこれやして口の中の味が紛れた頃、その呪いは完全に見えなくなってしまった。
そのことに、少しの恐怖を覚える。見えていないことの方が異常に思えたのだ。
天賦は混乱しながらも、そのことを再生師に話す。
「なるほど、呪いの可視化か……。」
「うん……げほ、なんか見えた」
2人は頭を悩ませる。
少なくともカルメの羽を食べてその力を得る事はできるが、それ以上のみなぎるパワーなどは感じなかった。対ルチカナイト戦では使えそうにない。
それが一番無念だった。手頃なパワーアップはこの世に存在しないということだろう。
「ただ、収穫はあったな。いずれ使えるかもしれん。」
「いつかね」
結局、カルメの羽は天賦の拡張袋に収まった。後でファティやカルメとも相談しようと決めた。
調理した痕跡を残さないために2人でキッチンを掃除していると、カルメが帰ってきた。
だが、その姿に天賦と再生師は目を疑う。
両腕の所々が赤く焼けているのだ。あのポーションを被った時と全く同じ跡である。
「イデデ……ただいま」
「か、カルメ、どうしたの」
「まさか楽園教か!? 大丈夫だったのか!」
カルメは道ゆく人々に怪訝な目で見られている。両腕を怪我した妙な装いの男なんだから当然だ。
「いやほら、オレのやりたいことは達成できたから」
「やりたいこと?」
「じゃーん」
カルメが懐から出した物は――黄色のポーションだ。
「カルメ、それは……。」
「あのクソカルトからパクってきた。使えそうだろ? アイツヤベェぞ。この液体を山ほど持ってやがる。絶対生産元と繋がってるってェ」
ポーションは軽く10以上はある。そこまで集めた事、そして楽園教がそこまでたくさん持っていたことにも驚く。
「どうやってこんな……」
「広場で座ってたら勝手に寄ってくンだぜェ。あと、ついでに色々調べたけど、ここであのカルトの本元を叩くのは無理そうだなァ」
「イテテ」と言いながらカルメは続ける。
「ここはあくまで支部の一部っぽいな。ムーナウーヴァではこれ以上アイツのことは知れなさそうだわ」
「ふむ……楽園教がムーナ・ルイスに来たのは2ヶ月ほど前だからな……。」
何かしら呪源と関係がありそうな団体だが、ここが本拠地ではないということは、ルチカナイトとはあまり関係がないのかもしれない。考えなくていいことが増えたのはありがたいことだ。迷惑なことに変わりはないが。
「ほら姉ちゃん、腕治してくれ」
「う……また腕が増えるのか……。」
ルチカナイトのメイス、黄色のポーション、そして――関係ないと思うが――カルメの羽。次々に対ルチカナイト用の道具が揃う。
脅威はすぐそこまで迫っている。




