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26話 実践主義

「イデェ! クソイテェ! マジ勘弁して!」


 帰りの馬車の中、カルメは叫び続けていた。

 あれだけ硬く、なにもしてもビクともしなかったカルメがポーションによって打撃を受けたというのだ。腕は真っ赤になっている。

 それに興味を示した再生師が詳しくその腕を調べている。今はそこだ。


「なるほど、カルメ、よく死ななかったな!」

「は、はァ?」


 カルメは何を言っているのかわからない、という様子だ。


「信じられんくらいに高価なポーションだ。この世の生き物全てを溶かすと言う! だと言うのに、カルメは腕が赤くなる程度か! 流石はカルメか、ははは!」


 再生師は楽しそうに笑った。カルメが初めてダメージを受けたことの衝撃ではなく、そのポーションでそれしか損傷を受けなかったことへの驚愕から来るもののようだ。


「「信じられんほど高価」だァ? そんなモンオレに使いやがって……いやてかアイツ、オレにバンバン使って来やがったぞ!」

「なぜだろうな、はははは!」


 再生師は未知の出来事――とてもありえない事に高らかに笑い続けている。

 天賦はかなりショックを受けた。カルメは何にも使える万能武器だと思い込んでいた節があったが、そういうわけにもいかないようだ。だが幸い、カルメを傷つけたのはかなりの珍品のようで、それなら許容範囲内か、と許す。


「そうだ、治療をしようか? 私の尻尾で切り落として――」

「バカ野郎! オレに刃が通るかよ!」

「再生師の尾っぽだぞ。頑丈なおめーでも切れるだろ」


 カルメはこの場にディービがいる以上、鳥になって逃げることはできない。「カルメを傷つけられるかどうか」が気になって仕方がない再生師は、ゆっくりとカルメとの距離を縮めていった。その顔は好奇心に満ちている。


「オイ、マジで? マジでやんの?」

「試しだ。刃が通らなければそれでいい。」


 再生師はそう言うと、カルメの腕に尾を通した。勿論カルメの了承無しである。

 その刃は――なんと、カルメの腕に刺さった。刺さったと言っても、先が少し入っただけなのだが。


「え、え!? マジでやって……うわ、本当に痛くねェ」


 カルメは「痛くない」と言って尻尾の刃が入った腕を観察した。どうやら、再生師の特技とやらは本物のようだ。


「おお! これ以上なく硬いが、本気で振れば通るようだな!」

「時間かかりそォだけど、治るならやってもいいぜェ」


 カルメはポーションで受けた傷が痛むようで、再生師に腕を切り落としてもらうことを了承した。落ちなければ再生師の【再生(レプロ)】は使えない。

 それから、再生師は何度も何度もカルメの腕に刃を入れた。


 ファティはそれまで気が抜けたように運転していたが、その様子を見ると、術力車に傷がつかないか緊張して何度も再生師をチラチラ見た。口をわなわな開きながらその様子を観察している。


 車の中に、まるで金属を打ち合わせるような音が響いた。

 何十回目かで、やっと腕が落ちた。その断面は限りなく真っ黒だ。魔物の中身よりも深い漆黒である。それに加え、血の一滴も落ちないのが不気味だ。

 初めて見る光景に天賦は目を丸くした。


「うわ、全然痛くねェ! どうなってンだコレ」

「ふう、これは、ふぅ……かなり堪えるな……!」


 カルメの腕が光り、それが瞬時に再生される。水晶亀との戦いでも思ったが、【再生(レプロ)】は現実離れした魔法である。


「それほしい」


 天賦は残ったカルメの腕を指差す。それにディービは信じられないものを見る目で天賦を見た。


「は? てめー何言ってんだよ」

「カルメは硬い。から、いい武器になる」


 天賦はカルメの腕を手に取り、それを拡張袋の中に押し入れた。本当はファティが持っていたクロスボウも欲しかったのだが、護身用というなら仕方がない。


「肉ならどーせ腐るだろ……なに考えてんだてめー」


 ディービにはカルメが魔王だと言っていない。情報の不必要な流出は破滅につながるとファティに言われたからだ。なので、ディービはカルメをただ単に硬い変な人、としか思っていない。

 ディービは一つため息をついた。


「……なー天賦、てめーは強いよ。わっちもそー言うしかねーってくらい強い」


 ディービは途端に天賦を褒め出した。先の戦いを見てから、ディービはちょっとおかしい。"相棒"にいちゃもんもつけなくなった。


「でもな、一応言っておくぞ。呪源てのはな、天賦たちぐれー強くて()()()()マトモに戦えるレベルなんだぞ」


 ディービは「ようやく」をやたらと強調した。

 天賦はこれまで、割と余裕を残して勝ってきた。それは勿論、彼女が逸脱者級の強者であるからだ。本来、それは自然に起こりうることである。

 ただ、天賦がこれから挑もうとしているのはそれを遥かに上回る難所なのだ。


「ディソンと相談すっけど、わっちはてめーらならワンチャンやれるんじゃって思ってる。まー、"ワンチャン"だけどな! でも、間違っても、自分はつえーから負けるわけないとか思うなよ。だから人間は負けるんだ」


 ディービに、なぜかカルメが「そーだそーだ」と同調した。どこからその弁が出てきたのか。

 ただ、ディービの言葉にはなにか確信めいたものを感じた。「そうに違いない」と心の中で信じきってきるような感じだ。


「ディービ、前何かあった?」

「……まー、な」


 ディービはポンチョの中で腕を組んだ。そして、過去の経験を語り始めた。心なしか、その腕が震えている。

 車内の食材の匂いが妙に鼻につく。


「ずっと昔、わっちは片割れを無理やり連れて魔獣がいるって森に行ったんだ。わっちがどんだけ強いか見せてやるーってな」


 ディービが語り出すと、それまで笑っていた再生師が口を閉じて、ディービの話を聞き始めた。


「したら、森の中にアレが……"魔獣の呪い"がいたんだ」


 天賦はその言に驚いた。

 思わず再生師を横目で見てしまったことを反省する。


「なんでいたかは知らねーけど。……それで、ディソンをざっくり斬りやがった。紙みたいに。魔力回路も千切りやがった! そりゃーもう……酷い、怪我だったんだよ……」


 ディソンの体が飛ぶ衝撃。突如木と木の間から"魔獣の呪い"がぬっと現れた異様さ。

 それはディービに深く残っている記憶だ。


 ディービは当時の光景を語ると、体を沈ませ、深く俯いてしまった。ディソンの怪我はそれほどショックな出来事だったのだろう。


「そんときは別のやつがわっち達を助けにきたんだけどよー、わっちは思ってたんだ。知識がねー癖に自分は強いんだって慢心することがどんだけアホかってな」


 ディービはそう言った。

 「知識がねー癖に」が、天賦の頭の中で特に響く。

 確かに、知識がないことで窮地に陥ったことはあった。相手が呪源ならなおさらである。


「てめーも。てめーの「知らない」ってのは一種の武器だと思うね。でもな、それじゃーどーにもならないことがあるんだぞ」


 車内の空気が重くなる。ここにいる人間は(ファティを除いて)皆世界基準で見ても強者の部類に入るものだ。でも、それでも呪源に勝てるかは微妙なところである。

 呪源――ルチカナイトは、天賦が今までやってきたようなパワー戦法で勝てる相手ではない。ならば、自分にできることはなんだろうか。


 "相棒"を抱きしめながら考える。

 今から勉強してもきっと覚えられない。

 しかし、天賦は強くなる明確な方法を知らない。

 知識を身につけ、なおかつ強くなる方法。

 それがあるとしたら、おそらく……


 天賦は立ち上がった。


「私、ルチカナイトを見に行ってくる」


 気のせいか、車内が揺れた。

 ディービが形相を変えて天賦に迫り、再生師が尻尾を揺らす。ファティは天賦の発言よりも車が壊れてしまわないか心配していた。


「は、は!? てめー、マジで何言ってやがんの!?」

「違う、ちゃんと考えてる!」


 天賦の考えはこうだ。

 ルチカナイトの文献を見漁ったとしても、天賦が覚えられる量には限界がある。

 天賦はこれまで実践のみで戦闘技能を身につけてきた。

 読み聞きしてもきっと身につかない。でも、経験したことは忘れないはず。

 そういうことだ。


 それに、何よりルチカナイトを一目見てみたい。

 この世に呪いを振り撒いているものの正体が知りたい。


 その考えを口にすると、再生師はただ1人天賦に賛同した。


「おお! それは賢いな天賦!」

「賢いかァ? 普通に死んだらどうすんだよ」


 再生師は過去にルチカナイトの偵察に行った経験がある。それで生還したなら天賦もいけると思ったのだ。そもそも、偵察程度で死ぬようじゃ斃すなんて夢のまた夢である。


「死なない。ルチカナイトを知る」

「私ももう一度行きたいと思っていたのだ! 万が一変化が起きていては困るからな!」


 再生師は興奮気味に尻尾を振る。車に当たりそうで怖いからやめて欲しい。


「……まー、てめーらは適任ではあるな。もう呪われてんだから、また呪われる心配もないしよー」


 それは考えていなかったな、と天賦は思う。

 呪われた者は再び呪われることは無いらしい。初耳だが、それなら呪いで予期せぬ死を迎えることもないだろう。


「カルメって呪われる?」

「あ? どうだろうな……」

「呪いの鑑定能力のようなものを持っているのだぞ? 心配ないだろう。」


 再生師があまりにも自信たっぷりに言うものだから、カルメは「そうかァ」と流された。


「再生師、ルチカナイトの洞窟ってどこなの」

「ムーナウーヴァの西部だ。田舎の方だな。」

「ファティ、車出してね」

「……は!? 呪源がまさにいる場所に!?」


 ファティはいくらなんでもそれは不可能だと、思わず天賦に振り向いた。


「危ねェぞ、前向け前!」

「うわ、すみません……いや、でもそれは無理でしょ」


 ルチカナイトの近くは呪われる可能性が高いらしい。まだ呪われていないファティにとって、それは大きすぎるリスクだ。


「ならば、ルチカナイトの洞窟の近くにある村に滞在したらどうだ?そこからは歩いて行こう。」

「ま、まあ、村っていうなら……」

「ルチカナイトの正確な居場所を知っている人間は数少ないからな。私に任せるといい!」


 再生師はそう言って天賦に胸を張った。自信満々で眩しい。それとは反対に、ファティの顔は暗かった。


「じゃあ、帰ったら出発」

「だから休ませて下さいよ! 今日は色々あったんですから!」

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