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25話 一方その頃

 天賦・再生師・ディービが洞窟に入っていった頃、カルメとファティは外に停めてある車の上で静かに佇んでいた。

 春の暖かい風が気持ちいい。うららかな休日、といった感じだ。


 ファティとこうして2人で待つことは初めてじゃない。

 一度目は天賦が"魔獣の呪い"の戦いの後気絶した時。

 二度目はムーナウーヴァへの移動中、天賦が外で走り回っていた時。

 三度目は天賦と再生師がスリンプの魔法で寝てしまった時。

 四度目は洞窟の外で待機した時、つまり今である。


 だから、案外ファティとは多くの話をしている。ほとんどはこれまで起きた不幸の話だった。


「はぁ……なんで俺はこんなとこにいるんですかねぇ」

「これも不運の一つって考えれば楽だろ」

「楽じゃないですよ何言ってるんですか。はぁ、もう俺はこういう星の下に生まれたんですかね」

「不幸がついて回る?」

「はい」


 ファティは車上から降りて、湖の水を手でバシャバシャと玩んだ。カルメは車上からそれを見る。ディービが去ったので、カルメは鳥の姿になっていた。


「本当、ツイてない……。ちょっと、なんで鳥に戻ってるんですか」

「別にいいだろォ? アイツら入ったんだし」

「何かあって戻ってきたらどうするんですか。まだ人間でいて下さい」

「ンだよォ」


 カルメは人間の姿になり、車上から飛び降りた。もはや変身は慣れたものである。車がギシリと揺れたので、ファティは「慎重に降りろ」とカルメに注意した。

 草の上をさくさくと音を立てて歩き、池のそばで寝転がる。


「ここ、魔獣の住処の割には平穏だなァ」

「そうですね。普段は水晶亀がいると思うんですけど、今は天賦さんたちが中に入っているから……」


 そう言うが、ファティは不安げにカルメをチラチラ見る。カルメは勘が鈍いわけではないので、それに気がついて上体を起こした。ファティは「わ」と短く声を上げる。


「ンだよ。オレがどうかしたか?」

「いや、別になんもないですけど?」

「嘘つけ。どうしよーって目で見てンじゃねェか」

「……だって、カルメさんって魔獣が寄ってくるじゃないですか。魔牛の群れだってそうでしたし」


 ファティは正直に話す。

 カルメは納得した。確かに、自分は魔獣からかなりの恨みを買っているらしい。迷惑をかけたとしてもそれはご先祖様の話で、今世代の生き物には何もしていないのにな、とカルメは思う。


 呪源のことなら弁解させてほしい。今自分は魔王時代のことを覚えていない。というか、知らない。だから責任の所在はカルメではなく、過去の魔王にあると思うのだ。


 オレだって呪源を今すぐ解けるというのなら解いてやりたい。そうしたら人間が幸せになって、命を賭す戦いに出向かなくても済む。……万が一、呪源がいなくなったから再封印しますと言われたらどうしよう、とは考えてはいる。


「それにしても、よくあなたたちは監視をつけられなくて済みましたね」

「あ? 監視ィ?」

「だって、"勇者"の剣らしきものを持つ超級の戦士と、200年間封印されてきた魔王ですよ? なんでそんな世界の行く先を左右しそうな人たちをほっぽりだしてくれたんですか?」


 そう言われて、カルメは初めて気がついた。

 確かに。自分が本当に(恐らく違うと思うが)魔王なら、過去に世界中からかき集めた最強の人間が6人集まってやっと封印できた存在だ。

 弱体化してるからと言って、そんなものを世界に解き放ちたいか?と言われたら、答えはノーである。世界を滅ぼしかけた実績がある生き物を、何を根拠に旅することを許したのだろうか?


 天賦はカルメが知る限り、ただの世間知らずの――信じられないくらい強い――少女だ。あの召使とかいう奴にすこぶる信頼されていたかといったら、そうではない。

 考えれば考えるほど謎だ。


 そもそも、召使はどの立場の人間だったのか。

 天賦は特別気にしてはいなかったが、カルメはそれをずっと気にしていた。目覚めたばかりの時の話なので、あの場の話は鮮明に覚えている。


 召使は「自分が干渉しすぎると政治的な問題になる」と言っていた。カルメは人間同士のあれやこれやには興味がないので具体的な内容は検討つかないが、その発言から考えると奴はかなり高い立場の人間だと分かる。もし通称がフェイクでなければ、本元の言葉を代言する"召使"なのだろう。


 それに世界を救えという人間の大義的な命。ならば、奴のバックは国か、またはカルメがまだ見ぬ世界的な組織かもしれない。

 そんなものに復活させられたなんて面倒臭いことになりそうだな、とカルメは思う。自分たちが持ち得ない知識を持っていそうなのでそれも教えて欲しかった、とも。


 色々考えた結果、カルメの答えは――


「魔王って呼ぶなってェ。オレはカルメだっての」


 だった。


「……まあ、カルメさんみたいな感じの(ヒト)が世界を滅ぼすなんてすごく怖いですけどね」

「だろだろ? オレは無害な小鳥ちゃんなワケ」

「小鳥ってサイズじゃないでしょ、あなたの鳥の姿」


 そう言うと、ファティも草の上に転がった。

 今頃天賦達はどうしているだろうか。もう水晶亀の元に辿り着いただろうか。彼女達なら特別苦戦することはないだろうが、それよりも天賦とディービの仲が心配だった。

 天賦はあの剣を特別に思っているから、何かの拍子でディービに暴力でも振るったりしたら大変だ。


 それにしても、ここは静かでいい場所だ。

 木がざわつき、湖のほとりには蝶が飛んでいる。近くに魔獣の群れが住んでいるということ、あと蝶が飛んでいることを除けば最高だ。


 カルメはふと、自分の心の異変に気がついた。

 蝶だ。

 蝶が視界に入ると、なぜか無性にイライラする。ビジュアルが苦手というよりも、「ウザイ」や「早く滅べばいいのに」などのマイナスな感情がざわめいている。こんな小さな虫に不快感を覚える節なんてないのだが。それに気がつくと、カルメは一つの答えに辿り着いた。


「妖精に似てるからかもなァ……」


 前も再生師に妖精かと疑われた時は嫌悪感を覚えた。あんなものと一緒にされるなどたまったものではない。


 ――待て。

 「妖精」とは何だ?

 そんなもの知らない。覚えてない。


「ファティ!」

「うわっ!? な、なんですか」

「妖精って何だ? 知ってるか」


 ファティに聞くが、彼はなんのことかちんぷんかんぷんのようだった。頬を掻き、眉を顰めている。


「いや……ずっと前に滅びたってことをなんかの本で読んだくらいで、全く……」


 カルメは混乱した。

 明らかに自分が知り得ない情報だ。つまり、これは以前の――魔王の記憶なのかもしれない。

 【睡眠(スリープ)】の効果を何故か知っていた時と同じだ。妙な知識が断片的に存在している。


「うわァ……なんかもう、嫌な気分だわ」

「え? ど、どうしたんですか? 俺なんかしましたか?」

「なァファティ、オレってマジで魔王なンかなァ……」

「えっ、えぇ〜……そうなんじゃないですか?」


 カルメは虐殺は趣味ではない。

 どうしても納得できないのだ。状況が「お前は魔王だ」と告げているのだが、いざそう言われるとピンとこない。

 天気のいい空で飛べるのなら、のどかな場所ですごせるならそれが本望だ。……記憶を失っているせいだ、と言われたらそれまでなのだが。


「なンか気が紛れるコトしようぜェ。手遊びでもいいからよォ」

「――待って下さい。今、なんか動きませんでしたか」


 ファティが奥の茂みを警戒した。

 カルメはその場で立ち上がり、その先を確認する。

 ――確かに何かが揺れた。

 非戦闘員のファティを車の中にやるため、合図をしようとした時にそれは姿を現した。


 全員同じ黒いローブ、全員同じ背丈、全員同じ歩幅、全員同じ体幹……気味が悪いほどにピッタリだ。


 間違いない。カルメを「金眼」だと勘違いしている楽園教である。


「な、コイツら……!?」

「はァ!? コイツどこにでも出てくんじゃねェか! どんだけ金ピカの目が欲しいンだよ!」


 そういえば、出立の時に再生師は特に周囲を警戒していなかった。どこからかファティの車を見つけてきてそれを追い続けてきたのだろう。

 隠密行動をしていたためか数が少なく、リーダーのような黒ローブも見られない。いきなり出てくるものだから、少しシュールな面白みがある。


 ファティがその場で後退り、顔をみるみる青くさせる。彼は世界中を旅しているから、奴の悪評も知っているのだろう。少なくともムーナ・ルイスで一つ殺人事件を起こしているのだから。

 カルメはファティに小さな声で耳打ちする。


「ファティ、お前さんは車の中に入れ」


 カルメは迷った。"魔獣の呪い"との戦いの時はがむしゃらに魔獣の頭に向かったのが成功したが、対人戦は心得ていない。幸いなのは、奴が狙うのはカルメだけということだ。車やファティを傷つけることはないだろう。


「だっからオレはテメェの王サマじゃねェって! 金の目が欲しいンなら他を探せよな!」


 黒ローブは全員同時にナイフを取り出した。集団には見えるが、中身は1人だ。焦るようなことじゃない。


「王」

「金眼」


 ぶつぶつそんなことを互いに呟いている。ここで起こっているのはただの一人芝居なのだから笑いものだ。


 そして、カルメに向かってきた。王にナイフを向けるなど、お前の国はどうなっているんだと説いてやりたい。


「うわ、えーとォ、どりゃ!」


 見よう見まねで足を突き出す。その足は見事1人のナイフを弾き飛ばすことに成功した。側から見たら武道を心得ているように見えるかもしれないが、マグレだ。


 素手になってもなお向かってくる黒ローブに、戸惑いながらも長身を巻きつけた。そして首を絞める。人間は首を絞められると死ぬはずだ。その知識はちゃんとある。

 ……しかし、もがき続けるばかりで中々動きを止めない。


「……あ、コレ時間かかるわ、どうしよォ」


 カルメは頭を悩ませて――心の中でファティに謝りながら――黒ローブの首を折った。本体ではないにしろ、同じ人間が目の前で死ぬのはキツイだろう。

 動かなくなった黒ローブはすぐに黒の液体になり、地面に溶けていく。気持ち悪い。


「うわ、これ繰り返すのやだなァ……」


 まだ黒ローブは数人残っている。単調な作業だがやむなし、と思った時、少し違う黒ローブに気がついた。

 手に持っているのはナイフではなく、黄色の薬品だ。その蓋を今まさに開けようとしている。


 それが地面に一滴垂れた時――ジュウ、と音がした。その場の草がみるみると解ける。土でさえ凹んだ。

 何かのポーションだ。それも危険なヤツ。


 カルメは物理・魔法が効かないのは試したが、ポーションは分からない。どうしたものかとカルメは頭を悩ませる。しかし、ここまで頑丈だった体だ。どうせ何も効かないだろう。カルメは甘んじて受けることにした。その後に反撃しよう。天賦みたいに。


 向かってくる黒ローブに構えず、その薬品を使うのを待つ。そして、それが振り掛けられた瞬間――


「――アッツ!?」


 カルメの腕が少しだけ、焼けた。

 カルメは目を白黒させる。自分の腕が焼けた?どうして?魔法も物理も効かないのに?

 ポーションを試していないのに「甘んじて受けよう」なんて思った自分が馬鹿みたいだ。慢心である。

 きっと天賦ならこんなことしなかった。


 黒ローブは懐からもう一つポーションを出す。まずい。

 もう一度腕で防ぐしかない。


「クソ痛ェ! ンだよコレ!?」


 カルメはそこで初めて「痛覚」を知った。それと同時に、天賦の凄さ、再生師の凄さを知った。ひたすら前線に出て攻撃を受ける胆力、痛覚なく身体を切り落とせる技術に改めて感動する。


 これは自分もただでは済まないかもしれない。もう一度あれが飛んでくる前に首を折らなくては。


 そう決心した時――その黒ローブが倒れた。


「……あ?」


 それに連続して、もう1人が倒れる。それ以上の追撃はなかった。

 状況を把握する前にもう1人も倒してしまおうと思い、向かってくるそれを蹴り飛ばし、同じように首を折る。あまりいい感覚ではない。


 全ての黒ローブが液体となって消えた。最初から何もなかったかのように、跡形もなくなる。証拠隠滅としても完璧だな、とカルメは思った。


「オイ、さっき何が――あ、」


 車の方を見ると、ファティが武器――クロスボウを震える手で持っていた。発射口が二つあり、それで2人を見事に速射したのだと納得した。


「なーンだファティ、案外やるじゃねェか」

「ふぅ、ふぅ……護身用に持ってただけですよ」


 護身用、とは言うが、狙いは見事なものだった。いきなり引っ張り出して使った精密さとは思えない。


「案外コッチもいけるンじゃねェ? なァファティ」

「魔獣は無理です……いや、別に人間も無理ですよ」


 心底うんざりした顔でファティが言った。いきなり人間を――中身は完全に人間ではないにしろ――狙って殺せるのは中々の胆力だ。このような逞しさがあるからファティは不運をのりきってこられたのかもしれない。カルメはそう思った。


 その時、洞窟の入り口からこちらに向かってくる人影が見えた。天賦達である。


 彼女たちは特別目立った怪我もなく、ふらふらとした足取りでもないので無事に勝てたのだなと安心した。

 その天賦たちは、腕が赤く焼けているカルメと、何故かクロスボウを手に持つファティを見て怪訝な顔をした。当然と言えば当然である。


「……カルメ、何があったの」


 カルメとファティは顔を見合わせる。


「……狩猟、かなァ?」

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