24話 演習
天賦たちの計画はご破産になった。
水晶亀の身体は鉱石に覆われているので、もちろん硬い。しかもそれが特別な個体なら、さらに、だろう。なので、比較的柔らかい頭を狙わないといけない。
天賦が水晶亀の気を引き、その隙に再生師が尾で水晶亀の頭を落とす。その予定だったのだ。
しかし、あの水晶亀は「魔物」である。頭を切り落としたとしても胸部が無事なら死なない。
ディソンはそれを知っていて「予想外の出来事にも対応せよ」という試練を出したのかと思ったが、そうでもないようだ。なんせ、ディービが慄いていた。
「は、魔物!? ど、どーしてだ!?」
「水晶亀のオヤブンは魔物だったの」
「ちげーよ! 前偵察した時はただの魔獣だったっての!」
魔獣が魔物になる。そんな話を天賦は聞いたことがないが、世界は広いので、きっとそれもよくあることなのだろう。ただ、ディービは慌てふためいている。
天賦は槌を構えた。
――すると、再生師がいきなり上質な衣類をバっと脱ぎ捨て、可能な限りの軽装になった。
布面積が少ない格好だが、胸はきっちりと固定され、下はショートパンツのような形をしているので、下品な印象は全く受けない。
それにしてもと、天賦は思わず口を開ける。
「な、なんで脱いだの」
「私は「再生師」だぞ? 自分の身体を斬り捨てる時に服ごと切ってしまったら勿体無いではないか。」
当然のように再生師は言った。ディービも特にそれを気にする様子はないので、これが本来の彼女の戦闘スタイルなのだろう。どうせ再生するなら重たい鎧は必要ない。確かに的を射ている。
気を取り直して槌を握る。そして――試しに脚を横から殴った。
しかし、重い。"魔獣の呪い"と同等かそれ以上の大きさだったので、それを横転させたときのことを思い起こしながら打ったのだが、天賦は、あれとは全く重量が違うことを理解した。
結果、水晶亀を多少よろけさせる程度で終わってしまった。天賦としては悪い結果だが、再生師やディービからして見れば十分な所業だった。
痛がる様子はないが、水晶亀の魔物は天賦たちに気がついたようだ。生理的嫌悪感のある叫び声を上げ、その場で地団駄をする。巨大な生き物に似つかわしくない動きに鳥肌が立った。
――叫び声が轟く間に、足元の土が盛り上がった。
天賦はすぐさま飛び退いた。再生師の忠告を覚えていたからだ。
盛り上がった土の下から鋭い水晶がメリメリと伸びてくる。これが水晶亀の【水晶】か、と理解した。道中の水晶亀が腹を突かれて死んでいたのにも理由がつく。
再生師は天賦のように避けるのではなく、尻尾で生えてきた水晶を叩き壊した。その気になれば避けられるだろうが、きっと再生師にとってはこれが一番早いのだ。
一通り避けて【水晶】が止んだ頃、天賦は反撃に赴くことにした。盛り上がった水晶を足場にして観察するが、背も、さらには腹も輝く水晶で埋まっている。どこが胸か分かったものではない。
「再生師、水晶亀の胸はどこなの」
「前から2番目の甲羅がそうだ!」
「見えない! どこ!」
「……ああ本当だ、水晶で見えん!」
天賦は亀がどんな生き物かは事前に知っていたが、姿を見たのはここが初めてだ。「前から2番目の甲羅」と聞いてもピンとこない。
四つ足の生き物ではあるが、どこからが腹でどこからが胸なのかわからない。天賦はまず、腹を覆う水晶からどうにかすることに決めた。
「再生師、お腹の水晶を割る」
「把握した!」
動きがかち合ってしまわないように、まず再生師に動かせる。彼女の特徴を見てから動くつもりだった。
彼女の動きはなんというか――野生だ。
手をついてがむしゃらに走り、地面から突き出す鉱石に目もくれずに水晶亀を目指す。尾を無造作に振り回し、水晶亀の太い脚に傷をつけた。一体、あの尾はどれだけの威力があるのだろう。
水晶亀は再生師を踏み潰そうと四つ足をバラバラに浮かしては下ろした。凄まじい振動に洞窟の天井からごろごろと石が落ちてくる。
魔物は普通の魔獣よりも力が強く凶暴だが、知能がないゆえに保身の動きは取らない。水晶亀は【水晶】で自らの身を守ると聞いたはずだが、その魔法を防御には一切使わずに再生師を突き刺すためだけに使っている。
そのため、水晶の先が魔物の足に深々と突き刺さり、黒い液体がそこらに飛んだ。痛みを感じないからこそできる行動である。
再生師は何を思ったのか、自分の腕を切り落として捨て、それを【再生】で治しを何度も繰り返して自身の腕でできた山を作った。
一体何をしているのかと思ったが、水晶亀はその再生師の腕を踏むと、再生師を踏み潰すことに成功したと勘違いしたようで地団駄を止めた。
その間に再生師は胸部であろう場所の水晶を尻尾の先で削った。水晶の一部分が地面に落ちて、ガラスが割れるように粉砕される。
攻撃されていることに気がついて、再び水晶亀は足踏みと【水晶】を再開する。そして腕を踏み、相手を殺したと勘違いをして止まる。
その繰り返しだ。鳴り止まない轟音に耳がおかしくなりそうだった。
「どうだ天賦! 胸部は見えるか!」
再生師が叫んだ。水晶亀の腹を覆う水晶は半分ほどの大きさになっている。これくらいなら水晶越しでも胸の甲羅が見えるだろう。
ただ、天賦には再生師のような尾はもちろん無い。彼女はそれを武器のように使ったり、三本目の足のように使ったりして人間ではできないアクロバティックな動きを可能にしている。だから真上の水晶亀の腹にも攻撃できるのだ。
しかし天賦ではスムーズに槌で追撃を加えることは難しいだろう。上に攻撃したらまた下に降りて跳び直さないといけない。それは手間だ。
なんせ、今回の主な目的は水晶亀を倒すことではなく、ディービに呪源討伐に相応しい人間だと証明することだ。無様にぴょんぴょん飛び跳ねて攻撃するなんて手間取ってると思われるし、何よりかっこよくない。
英雄ならば、圧倒的な技、もしくは力で解決するべきである。
だから、天賦は少し趣向を変えることにした。
天賦は槌を持ち、自分を中心にグルグル回った。速度をだんだん早めていき、槌にかかる力を大きくしていく。側から見れば、天賦の姿は銅と金の色をした鉄の塊のようにしか見えない。
天賦が風を巻き起こし、周囲の鉱石を取り込み出した時、天賦は槌から手を離した。
この技は、天賦の完全オリジナルである。――少なくとも本人はそう思っている。
物を振り回せば遠く飛ぶ、というのは人々の共通認識だが、戦場でいきなりその場で回転し出すような馬鹿はいない。そんなことをするくらいなら魔術師に【砲撃】を放ってもらった方が早いし、安全だ。さらに言えば狩人、弓使いに任せた方がずっといい。人間の腕では飛び道具の飛距離には限界がある。
これは、天賦が本気で、力強く、どこまでも物を飛ばしたい時にする、言うなれば投擲の必殺技だ。特に名前はつけていない。半端な人間がすれば馬鹿らしい行為だが、天賦がすると誰もが息を呑む。そして、早くここから逃げろと叫ぶ。どこに飛ぶか周囲の人間にはわからないからだ。
普段はあまり使わない、使えない技だが、今回は再生師が注意を引いてくれていたおかげで披露することができた。
そうして飛ばした槌は凄まじい速度で飛んだ。もはやワープである。
天賦が投げた瞬間と同時、水晶亀の甲羅の側面にぶち当たった。魔物の叫び声よりも大きな爆音が洞窟内に鳴り響く。
水晶亀はそのまま体を大きく傾かせ、洞窟の壁に思いっきりめり込んだ。その下にいた再生師は現在起きたことを理解しようとさえしていなかった。天賦凄い、くらいである。
天賦は見事水晶亀に命中したのを見ると、すぐさまその場から移動し、投げた槌を回収しに行く。ここにカルメがいたならそのままカルメで追撃できたというのに、惜しいものである。
高く飛んだ槌を跳躍で取り戻し、空中からそれを水晶亀の2番目の甲羅――胸部に向かって振り下ろす。
水晶は粉砕され、甲羅にはヒビが入った。ただ、この槌では恐らくこれ以上の打撃を加えられない。槌の方がひしゃげてしまいそうだ。
「再生師、やって!」
「把握した!」
再生師は天賦の簡潔な命令に即座に従い、彼女の背後から現れた。
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ディービはその目を見開いていた。
再生師の力は知っている。魔獣の呪いを己が力にして、人間離れした体力、筋力、瞬発力を身につけた傑物である。ディービが知り得る中で、人の世に留まらない「逸脱者」は彼女――再生師と、もう1人のある男、その2人である。
呪源退治。それが不可能と言われているのには相応の理由があるのだ。
まず、呪源は呪いを振り撒く元凶だ。そのすぐ側で戦闘をするなど、「自分を呪ってください」と言っているようなものだ。実際、呪われる人間に条件はないはずである。しかし、呪源を殺そうとする者は必ずと言っていいほど呪われるのだ。その時点で、自分こそが呪源を打ち斃す英雄であると名乗りを上げる者はほとんどいなくなる。
そしてなによりその強さだ。人類最強が挑んだとしても、勝つのは十中八九呪源だ。人類最強と世界最強。どちらが勝利するかなんて自明の理である。そもそも呪源は元は「英雄」なのだ。
魔王を打ち倒せたのだって奇跡のようなものだったのに、それを現代の人間が殺すなんて笑い話である。逸脱者でもなければ、できるわけがない。
ただ、天賦――あの気に入らない明人。
再生師の言こそあれど疑っていたのだ。
その輝ける剣の価値も知らない人間が呪源を倒すだって?言葉も碌に喋れないような奴が?
ありえない。ありえるはずがない。
もっと英雄然とした人間がどこかにいるはずだ。この剣の正しい持ち主がこの世にいるはずである。
そう思っていた。
元々、ディービはこの2人が水晶亀退治に10分以上かけるなら武器を渡すのをやめようと思っていた。この亀はただ呪源に似ているというだけで、同じぐらい強い、というわけでは無い。ドラゴンと同じか、少し下ぐらいの強さの魔獣だ。
ただ、こんなことになるとは思っていなかった。
あの女がぐるぐるその場で回り出したと思ったら、それを水晶亀にぶん投げたのだ。頭がおかしいとしか思えない。
というか、そもそも人選からおかしかった。
恐らく、護衛のために上に残った真っ黒な男は魔術師だ。この世に魔術師無しのパーティがあるはずがない。どうしてそいつを置いていくのかディービは分からなかった。【水晶】を使う相手だぞ?遠距離から攻撃するのが普通だろ?
しかし、天賦と再生師は2人でそれを、5分で倒し切ってしまった。あんな規格外な方法で。
ディービは感じていた。
この2人には、特に、天賦には他とは違うものがあると。
もしかしたら、がよぎる。ひょっとすると、が覗く。
かの武器を完成させたセクルーは常に「規格外」を探していた。型にハマった強者は必要ないと。無茶苦茶で、頭がおかしい人間にしかできないことがあると。
ディービは思った。
この人間なら、あるいは。
――――――――――――――――――――――――――
再生師が水晶亀の胸部を一突きした後、水晶亀は黒の液体を勢い良く噴き出して溶けていった。明日には跡形もなく消えていることだろう。
天賦は顔にかいた汗を腕で拭く。本気で回ると息が上がるのだ。
再生師はぶんぶんと尾を振り回しながら天賦に抱きついてきた。
「天賦すごいぞ! 何ださっきのやつは! 見たことなかったぞ!」
「うう、あ、ありがとう。あともう服着て」
「おお、そうだったな。」
再生師は落とした服を拾い、それを身につけて布面積を広げた。今の再生師はとても四つ足で動き回るような人間には見えない。
「戦いの時だけ脱ぐんだ」
「恥ずかしいからな、普通に。」
再生師は変わらぬ笑顔で応える。この人にも恥という感情があったのか、と天賦は驚いた。
戦いの余熱が引いた時、天賦はディービの存在を思い出した。そして、自身の強さをアピールするように腕を組み、ふんすと鼻息を鳴らす。
「ディービ、見てた? すぐ終わったよ」
天賦は何か言い返されるかと思ったが、ディービは案外静かだった。予定と違ったので、天賦は少し不安になる。
「……ディービ?」
ディービはゆっくり顔を上げた。何故か、ディービの顔は穏やかだ。てっきりぷんすこ怒ると思っていた。
「……てめー、なんで呪源を斃したいんだ?」
「え。……えっと、この、相棒を助けたいから……」
"相棒"の鞘を撫でて見せる。
ディービは"相棒"をじっと見つめ、それから天賦の顔を真っ直ぐに見る。何を考えているかはわからないが、少なくとも悪いことではなさそうだ。
「……ふん。てめーならできるかもしんねーな」
ディービはそれだけ言うと、背を向けて元の道を歩いていった。天賦と再生師は顔を見合わせる。
「ディービ、どうしたんだろ」
「さあな。ただ、あいつは少し難があるが、悪いやつではない。ディービも呪いが無くなる日をずっと待っていたんだ。」
「呪われてないのに? どうして?」
そう聞くと、再生師はイヤリングを指でくるくる回し、長い前髪をはらった。
「……さあな。」




