23話 犬と猿と亀
「それを呪いで抜けないなら他の人にあげればいーだろ。使われない剣なんて可哀想で見てらんねー」
「相棒は私以外に抜けない。それで、私も呪いで抜けなくなってるだけ」
「じゃあ呪解者とか呪いの研究してるヤツに見せてやれよ。"勇者"の持ち物なんてほとんど残ってねーらしいし」
「だからこれは私の。"勇者"のじゃない」
洞窟に入ってから早10分。光源は再生師とディービの【灯光】だ。戦闘魔法ではない、常用魔法の一つである。
天賦とディービはずっと天賦の剣について言い合っていた。
天賦は"相棒"がさんざん自分のものではないと言われたことに苛立っている。ディービは知識がない上同じことしか言わない天賦に苛立っている。2人の話は平行線だった。
それに対し、再生師はどうしたものか、と頭を悩ませていた。彼女は並外れた記憶力を持つが、思考力は乏しい。
故に、気の利いた一言を言うよりも話の流れをぶった斬ることが得意だ。得意というより、それしかできない。
ちょうど先に1人でに転がる岩――「動く岩」がいたので、それを利用することにする。
「ああ! 向こうに動く岩がいるぞ! なんてことだ!」
「分かった」
再生師が指を刺した先に天賦は迷わず飛んでいく。そして槌を一度振り下ろし、すぐにこちらに戻ってきた。
天賦は動く岩を知らないというのに、有無を言わさず相手を粉砕してしまった。再生師はもう少し会話があると思っていた。「あれはどんな魔獣なの」とか、「どこが弱点なの」とか。
「あれはどんな魔獣なの」
タイミングは大いにズレたが、再生師は顔を明るくした。2人がいがみ合ってるのを見るのは楽しくない。
「あれは動く岩と言ってな! 見た目は岩そのものだがちゃんと魔獣なんだ! 放っておくと激突してくるから、そこのカウンターを狙うと上手く跳ね返せるぞ! 」
「ありがとう」
ディソンの本の内容をそのまま話したからディービが食いつくと思ったが、そんなことはなかった。
「詳細を聞かないで走り出すとか、ちょーつえー魔獣だったらどーするつもりだったワケ?」
「私は強いから。あんなのに負けない」
「ははは! 天賦は心強いな!」
洞窟内に再生師の笑い声が孤独に響く。
再生師のことはおかまいなしに2人は睨み合っていた。
「いーか? てめーが持ってる黄金の武器ってのは信じられねーような魔法が込められたやべー代物なんだぞ? 鍛治屋のセクルーが持ってたシュルトカの盾なんかは人間が【水晶】を使えるようにできるし、あれがあれば――ああクソ! 盾はアイツらに盗まれたんだった!」
ディービはセクルーとは特別親しい関係ではなかったが、全く関わりがないというわけでもなかった。
セクルーが楽園教に殺されたと聞かされた時にも特別ショックを受けていなかったのは、ディービが自身の片割れ――ディソンを最も大きな心の支えとしているからなのだろう。
「というか、呪われる前は使ってたんだよな? ならその剣がどんな力を持ってるかくらい分かんだろ」
再生師もずっと気になっていた。ディービ曰く「"勇者"の剣」。もし本当にそうなのだとしたら、きっと段違いの魔法が込められている。
しかし、天賦の回答は意外なものだった。
「……抜いたことない」
「「……は?」」
「だから、相棒を抜いたことがない」
てっきり何かのきっかけで呪われてから使えなくなったものだと思っていた。
稀に、最初から呪われている子供が産まれてくることがある。名付けられた瞬間から名前を呼ばれなくなるという可哀想な子のことだ。天賦も、もしやそうなのだろうか。
そこでディービが天賦に何かを言いかけた時、洞窟の奥から何かの音が聞こえた。土が盛り上がるような、そんな音。再生師と天賦はそれを聞くことができた。
「待て」
「何か来る」
再生師は姿勢を低くして、尻尾を揺らすのをやめた。先を唸らせ、まだ見ぬ何かに向ける。
コン、コンという特徴的な足音。鉱石が何度もぶつかっているような音だ。それを聞いて、再生師は少し体勢をリラックスさせた。何の魔獣かすぐに分かったからだ。
暗がりから現れたのは――水晶亀だった。しかし、聞いていた話よりもずっと小さい。これは今回の目的の水晶亀ではないと分かった。それにたくさんいる。
「天賦、土が盛り上がったらそこからすぐ離れろ。【水晶】の合図だ。」
「わかった」
そして水晶亀と天賦の戦いが始まる――
――と思ったが、そうはならなかった。
水晶亀は天賦に見向きもせず、再生師たちが通ってきた道を抜けていく。気性が荒く、小さい個体はよく洞窟から出て馬車を襲ったりする生物なのだが、この水晶亀たちはそうではなかった。まるで、何かから逃げてきたように思える。
天賦は拍子抜けしたようで、巨大な槌をぶんとその場で振った。ディービは何やら興奮している。
「やべー、見たことない動きだ! 帰ったら片割れに話さねーと!」
ディソンは魔獣の研究家であるので、その双子のディービも魔獣に対して人より多い知見がある。
見慣れた魔獣の「未知の行動」はディソンへのいい土産話になるのだろう。また水晶亀のページ数が増えるかもしれない。
「もっとすごいのがいる?」
「恐れをなして逃亡するような魔獣ではないのだが――」
――奥からさらに大きな音が聞こえる。
石が擦り付くような、岩が転がっているような……
――壁が迫ってきた。
再生師はそれを考える間もなく、天賦たちよりも前に出て壁をその尾で受け止めた。かなり重いが、無理というほどではない。
人間の筋力では対応不可能なことを可能にするこの尾には幾度となく助けられてきた。
「て、天賦! 何が起こった!」
身体が先に動くせいで状況把握が遅れるのは仕方がない。
「……岩が転がってきた」
「ビビった〜。あんがとね」
再生師の視界からは捉えられないが、これは壁ではなく岩だったようだ。
「なぜそんなものが……。ここはただの魔獣の住処だろう? トラップが仕掛けられるような場所ではない。」
「……あ、ちげーぞ。これ」
すると、ディービは再生師が支えている岩をぺたぺた触り出した。よく観察し、いろんな場所からそれを見る。
すると、ある一箇所を指差して言った。
「これ、動く岩の死体だ」
動く岩?ここまで大きな動く岩は見たことない。
いや、それよりも「死体」だ。なぜここで死んでいる?
天賦はディービが指差したところを見る。
「なんか、大きい穴があいてる」
再生師は尻尾で押さえながら、穴が空いているという方を見た。何かで中心部まで突かれており、真ん中からは血が溢れている。間違いなく死んでいた。
「ほら見ろ、ここに【水晶】の破片が刺さってる。水晶亀にやられたなあ」
しかし、一般的な水晶亀の【水晶】は動く岩の装甲を貫通できるほどの威力は持ち合わせていない。となると、これは水晶亀のオヤブンの仕業だろう。
「でもおかしい。この先は坂になってない。ここも」
天賦は横の僅かな隙間から洞窟の先を指差した。再生師には暗すぎて見えないが、彼女には見ることができるようだ。
「それがどうかしたのか?」
「坂になってないのに勢いよく転がってきた。おかしい。何かに飛ばされてないと無理」
再生師はそこでようやく理解した。普通、このような岩が転がってくる場所は坂になっている。だが、この洞窟は平坦だ。それどころか、ここまではずっと下り坂だった。
なのに、勢いを殺さずここまで転がってきたのはありえないのだ。再生師は天賦の賢さに感動する。
「おお! 天賦は賢いな!」
「そーか? 誰でも気がつくだろ、魔獣のしわざってくらい」
「ふん。先に私が気がついた。私"は"賢い」
天賦は手を腰に当てて胸を張った。ディービはなぜかそれに悪態をつく。
「では、向こうにこれを飛ばしてきた魔獣がいるということだな?」
「だからそー言ってんだよ!」
「多分、水晶亀のオヤブン」
天賦は黄金の剣の柄を撫でて、その先に進んだ。ディービもそれに続く。
とっくに勢いが死んでいる動く岩の死体を押さえ続けていることにようやく気がついて、再生師は死体の横を避けて進もうとした。
……しかし、尻尾がつっかえて進めない。
仕方がないので、動く岩の死体を粉砕することにした。
尻尾で岩を薙ぎ払い、真っ二つにする。
その時、再生師は「破片が当たったらどうする」と怒られてしまった。そういえば、そのことを失念していた。
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深く進んでいくと、天賦はあることに気がついた。洞窟の岩の壁に所々光り輝く水晶が露呈している。水晶亀の情報からして、これは天然のものではないのだろう。光っているとはいえ僅かな光なので、2人の【灯光】は欠かせない。ディービに頼るのは癪だが、仕方がない。
「それにしても、普通の水晶亀が出てこないな。」
再生師は顎に手を当てながら言った。
確かに、この洞窟は水晶亀の住処だと言われていた。なら、侵入してくる人間を撃退しようと向かってくるはずだ。
それなのに、動く岩の死体が転がってきてから魔獣の1匹も見かけていない。はっきり言って、かなり異常だ。
「さっき出てった水晶亀が全部?」
「んなわきゃねーだろ。本当はもっとうじゃうじゃいるはずだ」
ディービに否定されたことが少し不愉快だったが、こんなところで天賦を陥れようとするほどディービは嫌なヤツではないだろう。そんなことをしたら全員どうなることか知ったことではない。
なら、この洞窟では何かの異常事態が起きているということだ。天賦は"相棒"のグリップを握る。
「……ん? あれは……。」
再生師が何かを指差した。その先には水晶亀――の死体が転がっていた。腹に大きな水晶が貫通している。
「はぁ!? なんだこれ、同士討ちか!?」
ディービはかなり驚いていた。だが、その異様な光景を前に少し嬉しそうにしている。その理由は天賦には分からない。
住処を共にする生き物だ。同族を殺すような魔獣ではない。それに人間がするような仲間割れなんかもありえない。魔獣にそこまでの知能はないからだ。
「ディービ、水晶亀って何食べるの」
「大体は岩とかだな。でもごちそうとして生き物――まー、馬とかを食べることもあるぞ」
岩を食べるなら食糧難による共食いも考えにくい。生き物を食べる時だって「ごちそう」のようだ。そもそも、この死体は放置されている。ますます訳がわからない。
「天賦、これは異常事態なのではないか?」
「うん」
天賦は槌をよく握りしめ、周囲を警戒する。そんな天賦に再生師は「この先が確か広い空間になっているはずだ」と教えた。彼女は記憶力はいい。
奥に進むにつれ、水晶亀の死体が増える。ぽつぽつと見かけるだけだったそれは、今では山のように積み上がっていた。天賦はある予感を立てていた。ここまで無意味に生き物を殺すのは、あれしかありえない。
最奥まで来た時、天賦たちは驚愕した。
動く岩、水晶亀の死体が散乱した広い空間。あたりには生臭い匂いが充満している。
その中央に位置するのは――一際大きい水晶亀だ。
だが、どこか様子がおかしい。
脚はガクガクと震え、無意味に周囲に【水晶】で槍のような壁を作りまくっている。本来守るべきはずの頭を露呈させ、口を大きく開けて、見えない何かを咀嚼するように動かしている。
水晶亀のオヤブン――のはずの魔物が、そこにはいた。




