22話 腕が立つ方
ディソンと会った次の日、朝は時間があったので再びスリンプをファティの元に持って行った。ファティはまだ1匹目も調理し終わっていないと言って困っていた。肉がたくさんあって何が困るのか不明である。
ファティの売り物をつまみ食いしたのち、天賦たちは「ディービ」に会いに行くことにした。ファティには今朝、ルーフ湖へ術力車を出して欲しいということをちゃんと説明しておいた。
「報連相」である。……詳しい意味は知らない。
一時きっかりにディソンの元へ向かう。一時につくようにしなくていいのかと再生師に聞いたが、彼女曰く「どうせディービは遅れるから」らしい。あまりに信用がなさすぎる。
「ディービってどんな人?」
「ディービは……いたずら好き、だろうか。」
「少なくとも、ディソンみたいなヤツではないンだろ」
天賦は「ディービ」を想像する。
強大な魔獣がいるところに出向けるというのなら、戦士だろうか、はたまた魔術師だろうか。液状スライムのことがあったので、戦闘魔法が使える者であってほしい。
「今日は楽園教の黒ローブがいなかったな。」
「アイツ大嫌い。オレは王じゃねェっての」
「魔王だから、王」
「確かに、王だな。」
「もォだから魔王って呼ぶなってェ!」
カルメは腕をわたわたと振り回す。鳥の時と同じような動作だ。
そして、再生師がドアノブを握ろうとした時――勝手にドアが開いた。向こう側から人間がやってきたのだ。
誰かと思って再生師の尻尾を避ける。そこにいたのはディソンだった。
ディソンは天賦たちの顔を見て、くすくす笑いながら言った。
「よ。昨日は寝ててごめーんね」
ディソンの声は昨日より高い。それに動きが大きい。昨日のディソンは落ち着いていたのに。
「あれ、ディソン。ディービ起きなかった?」
「ああ、これは違くてだな……。」
再生師がディソンの顔をチラチラ見ながら天賦に言う。
「クシシっ、わっちがディービだよ。まあ分かんないか」
ディソンと瓜二つの子供は、自分をディービと名乗った。よく見ると、フードのステッチが青色ではなく赤色だ。ディソンは敬語を使っていたがディービは砕けた口調である。ただ、それ以上に声も姿も似過ぎている。同一人物と言われても納得できるくらいだ。
困惑する天賦に再生師が説明をする。
「ディソンとディービは双子なんだ。……あぁ、双子というのは同時に産まれてきた子供のことだ。よく似た容姿になることが多いのだよ。」
「あー双子。なるほどなァ」
「めっちゃ似てるけど安心してな。わっちは片割れより何々倍も強いから。……まー全盛期は過ぎたけどな」
「全盛期」と言う言葉が気になった。ディソンも衰えを感じる、と言っていたので、この双子はもしかしたら、やはりかなり年上なのかもしれない。それこそ獣人とか、エルフとかの明人より長命な種族の可能性もある。
「とりあえず、よろしく」
「おう! てめーらが呪源殺せるかどうか見させてもらうね」
砕けた口調というか、彼、または彼女は口が悪いのかもしれない。
見たところ、ディービに目立った装備はない。ポンチョの下に短剣でも隠し持っているのかもしれないが、少なくとも剣士の格好ではないだろう。……天賦が言えたことではない。
「そんで、どーやってルーフ湖まで行くつもりなんだ? わっちはついてくだけだからね」
馬車か、それとも歩いて向かうのか聞いてくる。天賦は説明が面倒くさいので、「仲間の車で向かう」とだけ言っておいた。
ディービは術力車を見ても特に驚くことはなかった。この双子は物事にあまり動じない。
また1人増えて5人になった車内(天賦的には6人)はもっと狭くなるものだと思っていたが、そうでもなかった。ディービは体が小さいのでファティと共に運転場所に入ることができる。
カルメは――今は鳥になれないので――かなりの長身、再生師はそれに次ぐ高身長、天賦もファティと同じくらいの身長だ。平均身長が高いので、また再生師の尻尾が大きすぎるので、過剰に車内が狭くなる。もし全員スルくらいの大きさだったならもっとスペースが余っただろう。
天賦がずっと気にしていたのはディービの職業だ。ぱっと見何の職を修めているのか分からない人には興味をそそられる。
「ディービは何の人なの」
「んあ? わっちは魔法重視の魔法戦士だなー」
魔法戦士。確か、ウィルヒムがパーティを組む前に修めていた職だ。剣で戦闘しながら魔法も使うよくばりな職である。
どうしても器用貧乏になってしまうこと、優秀な魔法の使い手であるスルとノートが仲間になったこと、そして最前線に出られるベスランが加わったことから、彼は剣に専念したと言っていた。
しかし、特殊魔法についての知識を得た今の天賦はその話が本当なのか疑っていた。
なんせ、ウィルヒムは【砲撃】、【氷結】、そして【治癒】までもを取得していたのだ。
再生師さえも【再生】を極めた結果、【砲撃】の威力はひ弱なものになっていた。だというのに、実戦でそれらを使えるようにしていたのは一体どういうことなんだ?
ウィルヒムは嘘をつくような人間ではないのは分かっているが、天賦には理解しかねる。魔法の道に進んだ方が良かったのではないだろうか。
「魔法戦士かァ」というカルメの声で、天賦は自分の想像の世界から帰ってきた。
「ディービは【火炎】の使い手だ。だが戦士としても優秀でな、魔獣のような爪を使うんだ。中々面白いぞ!」
「再生師チャンさ、それわっちが自分で自慢したかったってのに」
「すまない!」
再生師が笑顔を崩さないままディービに謝罪した。
「魔獣のような爪」ということは、ディソンとディービは獣人なのだろうか。考えても真実は分からない。
「ディービは何の種族なの」
「そりゃー秘密だ。片割れとわっちの個人情報の質問はもう禁止な!」
種族を聞くと、何故かディービは怒ってしまった。ディービにとって知られたくないことだったのかもしれない。
「それよりわっちからも聞きたいことがあるんけど。てめーのその剣はどこで手に入れた?」
ディービは"相棒"を指差した。天賦は「またか」と思った。"相棒"を邪な目で見るのはやめて欲しいものだ。
「どことかじゃない。最初から私のだった」
「んなわきゃねーだろ。それ古の黄金だろ? どー考えても英雄の遺物か何かじゃねーか。あ、おめーの指輪もだぞ!」
ディービはそう言って、天賦の"相棒"とカルメの指輪を指差した。
天賦の人差し指がピクリと跳ねた。
ファティは察しがいいようで、ディービをチラリと見た。彼の口元には緊張の色が見える。
「この世で見つかったーって宣言されてんのはオーガンの杖とシュルトカの盾だけじゃねーか。何でここに2つもあるんだよ。てか再生師! どーして知ってんのに黙ってたんだよ!」
「黙っていたわけではないのだ、ただ、天賦の剣に関しては何か事情があるのかと……。」
再生師はそういう目論見はできないはずなので、その言に偽りは無いだろう。
カルメの指輪は半ば事故のような経緯で手に入ったが、天賦の剣は別だ。なぜ、いつから持っていたものなのか、天賦以外に説明できる人間はいない。そして、天賦は「最初から自分のものだ」以外の弁明を持ち合わせていなかった。
彼女がもう少し賢かったとしても変わらないだろう。
事実、天賦は何かを隠しているわけではない。
本当に「最初から自分のものだ」としか思っていないのである。だからこそ、腹が立った。
本来であれば「英雄の遺物」に天賦は強い興味を惹かれる筈だった。だが、"相棒"がもとは天賦のものではないと言われたことが気に食わなかったのだ。
「呪源退治のためなら相応の装備かもしれねーけどさ、そんなの持ってて黙ってたなんておかしーだろ! 盗んできたんじゃねーだろうな」
召使が"相棒"を「鍵」だと言った時も不快だったが、ここまで言われると天賦も冷静ではいられない。
天賦は立ち上がり、ディービに向き直った。
「いい加減にして。相棒は私の相棒なの」
「だからちげーって! それは特別な金なの! そんで、英雄の中で剣を使うのは"勇者"だけだろ? ならもうぜってー"勇者"の聖剣じゃねーか! ちょーすげーもんだぞ!?」
「貰ったものじゃない! 私が初めから持ってた!」
「赤ん坊と剣が一緒に産まれてくるわきゃねーだろ!」
「でも――」
「ちょいちょいちょい!」
2人の喧嘩が勃発しそうになった時、天賦は後ろにぐいと押された。2人の間にカルメが入ったからである。
「なァ、今はとりあえず嬢ちゃんの剣の話は関係ないだろ? 多分色々理由があるんだよ。嬢ちゃんも、な? 怖くて泣いちまうよォ、オレが」
ディービは黄金の道具の価値が分かっているからこそ冷静ではいられなかった。ディービ自身の性格も相まって声を荒げてしまったのだ。
カルメにそう言われると、ディービはその場にどかっと座り、そっぽを向いた。
「ふん、やっぱディソン以外の人間が考えるコトなんてわかんねー!」
「私、ディービ好きじゃない」
天賦はディービをじいっと睨む。
ファティはひとまず殴り合いの喧嘩にならなかったことに安堵して、ため息をついた。
再生師は自身の友が互いに嫌悪し合っている状況でどちらに声をかければいいか分からず、その尾を力なく下ろして眉を下げる。
カルメは子供の喧嘩ってこんな感じか、と考えていた。
その時、デッキに立っていた再生師が迫り来る何かを見つけた。手すりに手をつき、目を凝らす。
「おい、後ろから何かが走ってきているぞ!」
それを聞くと、天賦とディービがすぐに確認しようと車上に出た。
「魔獣か!? 新種なら片割れのためにスケッチしねーと!」
「ディービ邪魔。よく見えない」
「あ!? てめーの方がでかいだろ!」
向こうに見えるのは――
――数匹の魔牛だ。大群で群れていない代わりに、1匹1匹の身体が大きい。
「なんだよ魔牛かよ。てめーらで倒しといてな」
「いや、よく見て」
またカルメに釣られてやってきたのだと思ったが――違う。焦点の合わない目にすわっていない首。そのショッキングな見た目は天賦が良く知る魔物だった。
「……うわ。しかも魔物かよ。ますます嫌になんなー」
その時、天賦の中にある種の対抗心が芽生えていた。なんとしてもこの"相棒"をバカにした――と天賦は思っている――ディービをぎゃふんと言わせてやりたい。
だから、彼女は挑発することにした。
「ディービ、多く倒せた方が勝ち。負けた方はバカ」
「……あ?」
ディービは簡単にその挑発に乗った。やはり中身は子供なのかもしれない。天賦はディービの出立も仲間の言葉も待たずに魔牛の魔物に向かって走り出す。拡張袋から取り出した物は――ナイフだ。今回はツイている。
……ちなみに、「バカ」は天賦が発することのできる最大級の罵倒の言葉だ。
ディービは相当キたようで、「てめーらで倒しといて」と言ったのに、自ら魔牛に向かっていった。ポンチョの中からは長い鉤爪が覗いている。
「てめー、片割れに誓ってぜってー負かす!」
「相棒をけなした。許せない」
天賦は姿勢を限りなく低くして、魔牛の魔物の下に滑り込むように入って、胸を刺す。魔牛に蹴られたら並の人間では一瞬でお陀仏だが、天賦は魔牛の遅い蹴りなど喰らうような人間ではない。
どこまでも無駄がない、そして限りなく素早い動きで、魔物の胸を引き裂いていく。再生師はその姿を、アマツにいる「カマイタチ」という魔獣のように捉えていた。
スタイリッシュに魔牛を仕留める天賦に対して、ディービは派手な戦闘をする。
小柄な身体を生かして魔牛の背に飛び乗り、背中からその鉤爪を深く突き刺して【火炎】を放つ。もちろん魔物は爆散する。
このように武器に乗せて魔法を体内に放つのは魔法戦士らがよくやる戦い方だ。それをディービは特別豪快にやる。もしかしたら、天賦への当てつけか、もしくは八つ当たりなのかもしれない。
2人は順調に魔物を狩る。2人とも最初から数は数えていないので、あっという間に、気がついたら残り1匹になっていた。
「あと1匹……!」
「これが最後!」
ナイフを、鉤爪を伸ばして魔物に向かう。これではどちらが魔物なのか分からない。
そして、その切先が魔牛に刺さりそうになった時――爆風が起こった。再生師たちには何が中で起きているのか把握できない。
「おい、2人とも大丈夫か!」
「大丈夫だろうけど、このあとどーすっかなァ」
再生師とは対照的に、カルメは何かの心配をしている。
砂埃が待った後――結局、カルメの予想は外れなかった。
2人はその場に立っている。魔物の胸にはナイフが刺さっていた。しかし、見事なまでの丸焼けである。
ディービが【火炎】を使ったからだろう。これでは天賦の刺突で死んだのか、ディービの炎で胸部が焼き尽くされて死んだのか分からない。
「ほら、絶対私」
「んなわけねーだろ、わっちの魔法だわ」
運転を止めたファティは心底どうでもよさそうに2人の姿を見ていた。魔物は倒されたならそれでいいじゃないか。
「カルメ、どっち!」
「真っ黒、どっちだ!」
2人は同時にカルメに聞く。カルメが心配していたのはこの問いに対する返答だった。
この場を穏便に、なおかつ粋に解決する一言――そんなもの、カルメに思いつく筈がない。
「同時だ同時。いいから戻ってこい」
「「はぁ!?」」
再生師は案外天賦とディービは息が合うかもしれないな、とほんの少しだけ思った。
天賦とディービが和解しないまま、一行はルーフ湖に到着した。湖の中に盛り出た土壁が見える。あの洞窟の中に水晶亀がいるのだろう。
「じゃあファティ、ここで待っていてくれ。」
「はいはい……ん? え? あれ、全員行くんですか?」
ファティは天賦たちの顔を見回して言った。
「うん。何がダメ?」
「え、いや、魔獣とか、魔物とかが来たらどうするつもりなんですか? 俺1人で置いてけぼりなんて絶対碌なことになりませんよ!」
そういえばそうか、と天賦は思った。しかし、呪源に似た魔獣であれば全員で戦いたい。本番の練習にもなるからだ。
「ファティ、一緒に行く? 守るよ」
「え、えー……?」
あまりに怪訝な顔をするので、天賦はディービをちらりと見た。
「じゃあディービがいればいい。倒したことは報告する」
「何言ってんだてめー。てめーらが呪源を斃せるかどうかジャッジするためにわっちは来たんだけど?」
天賦とディービの間に火花が散り始めたのを見かねて、カルメが手を挙げた。
「ンじゃあオレが残るわ。どうせ呪源との戦いでできるコトなんて盾役ぐらいだしなァ」
「え、よりにもよってカルメさん……」
「……え、じゃあ私はこの2人と一緒に行くのか?」
ファティの一言は誰にも届かなかった。
再生師は全く予想だにしていなかったようで、イヤリングが顔を振る拍子にカチャカチャ揺れる。誰だって仲の悪い2人組の間に入りたくはない。どちらも友なら尚更だ。
「大丈夫。呪源より弱いなら2人で倒せる。ディービは見てて」
「別にわっちに誠心誠意謝るんなら助けてやってもいーけどな?」
再生師の尻尾は不安げに揺れていた。
この洞窟内で苦労をするのは十中八九彼女である。




