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21話 頭がいい方

 幼い子供のような風貌をしているが、それ特有の舌足らずな話し方はしていない。しかし、やはり声は幼いので大人びた少年、または少女なのだろう。


 フードを深くかぶっていて、ポンチョで体型も見えないので、明人なのか、獣人や鬼などの他種族なのかさえ分からない。ただ、フードに動物の耳のようなものがついていたので、もしかしたら獣人かもしれない。

 召使といい、カルメといい、なぜか顔を隠す人と妙に関わりが多くなる。


「ふむ、そちらの方々は?」

「私は天賦。こっちが"相棒"、そっちがカルメ」

「オレって剣より紹介順序低いのかよ」

「彼女たちは私の仲間だ。呪源退治のな。」


 子供は特に驚いた様子を見せずに「ふむ」と頷いた。呪源退治、と聞いて淡白な反応を見せたのはこの人物が初である。


「初めまして。ムーナウーヴァの魔獣の専門家、ディソンと申します」


 そう言って、魔獣の専門家だと言うディソンはぺこりと頭を下げた。

 天賦は自身も魔獣のことをよく知っている自信があったが、ソエルソス以外に生息する魔獣のことはからっきしなので、ディソンのことを頼もしく思った。


「して、本日は?」


 ディソンは首を傾げた。

 呪源退治の要ともなる武器を託されているということは、それだけの信頼を周りから得ているということである。見かけで判断してはいけない。


「ああ。"対ルチカナイト用"の武器を貰いに来た。」

「ふむ……ふむ」


 すると、ディソンは天賦とカルメの方を見た。訝しげに2人を見るので、天賦は背筋が伸びてしまう。


「して、どちらですかな?」

「彼女が使う。」


 どうやら、ディソンは武器の使用者を聞きたかったようだ。再生師は四つ足の生き物のように戦うので、手が塞がる武器を持つことは良案ではない。ディソンもそれを知っていたのだろう。


「そうですか、ふむ……」


 ディソンは自らの顎を触り、天賦を吟味するように見た。そして、一言告げる。


「申し訳ありませんが、渡しかねます」


 その答えは天賦にとって予想外だった。なんやかんやチヤホヤされたことが多かったので、「武器の譲渡」という場面で拒否されるとは思わなかった。


「お、そりゃ何でだァ?」

「あの武器はセクルーサマから預かった大切なモノです。あのお方の人生最期の一品を簡単に渡すことはできません。再生師サマが推挙された方であっても」


 再生師の顔に心なしか影が落ちた。天賦はその鍛治主である「セクルー」という女性がどんな人物であったか知らないが、彼女の反応からして、それは偉大な人物であったのだろう。そして、きっと親しい関係だったに違いない。


「あー、じゃあ貰えねェってコト?」

「いえ、呪源討伐を邪魔したいワケでもありません。一つだけ、条件を提示させてください」


 条件。天賦は言葉をそっくりそのまま口にした。


「それはどんなのなの」

「ルーフ湖という場所にある洞窟にいる水晶亀の討伐です。最奥に特別大きい水晶亀がいまして、それを殺してきてくださったら、セクルーサマの武器をお渡しします」


 天賦がまたもや聞いたことのない魔獣である。ただ、水晶の亀と言うのならルチカナイトとよく似ている魔獣なのだろう。

 そのオヤブンすら倒せないなら呪源に向かう資格はない、ということを言われているのだ。


「分かった。そこに行く」

「即決だなァ。まァそれ以外にないか」

「水晶亀ってどういうのなの」


 天賦が聞くと、ディソンは棚の方を向いた。


「それはですね……ふむ、どこに書をしまったか」

「おー分かる分かる、オレもすぐ忘れる」

「ふむ、記憶力には自信があったのですが、衰えてしまいましたね」


 そうやって老人のように言うものだから、天賦は混乱する。まだ衰えのおの字も知らないような容姿をしているのに何を言っているんだと。やはり、フードの下は大人か、それか老人もしれない。


「……なァ姉ちゃん、コイツ子供だよな? いくつ?」

「さあな。私も知らん。」


 長い付き合いであろう再生師も知らないのであれば、天賦たちが知る余地はない。

 しばらくして、ディソンは「ありました」と言い、長大な棚から一つの本を引っ張り出した。


「すげェな、これお前さんが書いたのか」

「ええ。ここにある書物はほとんど」

「しかも1匹につき1冊かよ。生まれた時から書いてねェとこんなに積み上げられねェだろ」


 天賦はその話を聞いて驚愕した。そこそこの厚みがある本なのでムーナウーヴァ近辺の魔獣についての本だと思っていたが、水晶亀についてまとめた1冊のようだ。その凄さは天賦にだって分かる。


「私はディソンの本を全て読破しようとした時期があったのだが、読んでいる間にも増えるものだからどうしようもなくてな! 諦めてしまったよ。」


 再生師は笑う。こんなもの、1冊読んだだけでも頭が痛くなりそうだ。


「貸出しましょうか?」

「ンや、ここで軽く読ませてくれ」


 カルメの音読曰く、水晶亀は甲羅の上に独自の鉱石が生えた魔獣らしい。身体が大きく変化した代わりに甲羅にひっこむ能力がなくなって――ここらの話は正直よく聞いていない。天賦にとって重要なのはどうやったら死ぬかだ。


 人間には使用できない【水晶(クリスタル)】という魔法を使い、それで壁を生成して頭部を守るらしい。ということは頭を狙えばいいのか、と天賦は思った。

 その他の知識は記憶力がずばぬけて良い再生師と、この中では1番頭がいいカルメに任せる。


「じゃあどうする。今から行く?」

「お待ちください。目付け役と言ってはなんですが、皆様方に同行する人間をつけさせて頂きたいです」


 実際に倒したのか監視するための人員だろう。見たところ、ディソンは頭を使った仕事をする人間のようなので、実地に赴くことができる強さの人間が別にいるのか。

 再生師はそれを簡単に了承した。彼女の返事を聞くと、ディソンは裏の扉をノックした。


「ディービ、ディービ。再生師サマがお見えですよ」


 そこから屈強な人間が出てくるのかと思ったが――誰も扉から姿を現さない。準備に手間取っているのかと思ったが、向こうからは何の音も聞こえてこない。ディソンを無視しているのだろうか。

 ディソンは「ディービ」が出てこないことを知ると、次は強めにノックをした。


「ディービ、ディービ! 早く出てきなさい!」


 返答はない。


「……遅いね」

「ふむ……申し訳ありません、起こしてきますね」


 「起こしてくる」ということは寝起きが悪い人間なのだろうか。すでに昼の時間帯に差し迫っている。その証拠に、天賦は腹が空いていた。

 中に耳をすますと――ディソンの声がうっすらと聞こえてくる。


「ディービ、いつまで寝てるつもりかい!」

「全く、だからいつも早く寝ろと言ってるじゃないか」

「あ、ディービ! 布団を被るんじゃない!」


 まるで子を叱る親のようだった。幼い声で起こり続けるディソンの声に少し笑ってしまう。

 しばらくすると、扉の中からディソンがとぼとぼと出てきた。「ディービ」の姿は見えない。ディソンの目論見は失敗に終わったようだ。


「ふむ、ふむ……どうしたことでしょう。条件を提示した身であるのに、申し訳ありません」


 ディソンは深々と頭を下げる。相方のせいで謝罪をしなくてはいけないディソンを可哀想に思った。


「いいんだ。いつものことだろう。」


 再生師はこのような事態に慣れている様子だった。普段からだらしのない人物なのかもしれない。天賦の心に張り詰めた緊張感が一気に抜ける。


「手間を取らせて申し訳ないのですが、明日の一時にまたこちらにお越しになって頂けないでしょうか。その時には必ずディービを起こすので……」

「分かった。じゃあ明日来る」


 ディソンは何度も頭を下げた。謝られすぎるとこちらも少し居心地が悪い。

 ディソンの元を後にして、3人は再びムーナ・ルイスの街に立った。地下とは雰囲気が全く違うので、別世界に来てしまったような感覚がした。


「姉ちゃん、あのポンチョとはどういう関係なんだァ?」

「私の友だ。幼い頃からよく色んな魔獣の話を聞かせてもらった。」

「幼い頃からってコトは、少なくとも姉ちゃんと同じ年かァ……」


 とてもそうは見えないが、事実は小説よりも奇なり、である。……ウィルヒムから聞いた言葉なので、ちゃんとした意味は知らない。


「じゃあ、明日は大変になる」

「そうだなァ、洞窟の親玉の討伐なんて、普通冒険者がやるようなコトじゃねェのか?」

「そうだな、上級冒険者でも一握り、例えるならソエルソスのウィルヒムパーティのようなチームが成すことだろう。」


 天賦は再生師の口からウィルヒムたちの名前が出て驚いた。しかし、天賦のことを知っているのなら彼らのことを知ってて当然だろう。彼らは天賦よりも広い知名度がある。


「明日の話でもしながら昼飯を食べに行こうか。天賦、何が食べたい気分だ?」


 再生師が自らの巾着袋を回しながら言う。カルメは物を食べないので天賦に聞いたのであろう。

 天賦はセールムを目指していた時に抱いていた望みを改めて言葉にした。


「シチューが食べたい。友達の好物だから」

「シチューか、いいな! では、向こうにシチューを出す店があるから、そちらに行こうか。」


 天賦たちは「喫茶店」と似たような内装の店に入った。

 そこでシチューをわくわくしながら待っていたが、出されたのはエビや貝が入っている物で、ウィルヒムたちから聞いていたものとはかなり違った。


 初めて食べたシチューは異国の味がした。天賦の口には合わなかった。彼女は、ムーナウーヴァが美しい街並みとは相反して豪快すぎる味付けを好むことを知らなかった。

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