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19話 最強の魔獣

 空が真っ暗になった頃、天賦たちは術力車の中で寝た。

 再生師が加わったことでさらに狭くなると思ったが、彼女は大きな尻尾が天賦たちを傷つけないように配慮したのか、術力車に備えつけてる小さなデッキのような場所で立ち寝していた。歴戦の戦士のようで、少しかっこいい。


 天賦はその後、カルメに例の件を聞くことはできなかった。昔の記憶を思い出したのか。それはどんな記憶なのか。再生師の口ぶりからして、妖精は昔に滅びた種族なのだろう。


 それについてのことを魔王のカルメに問うのは――。


 なぜか、聞いてはいけないような気がした。彼の深い記憶を思い起こさせてしまうのではないかと、正直怖かった。聞く時があったとしても、今ではないだろう。


 天賦はきらめく夜空を見ながら、眠りについた。



 次の日、天賦たちは郊外の森に出ていた。ファティとの約束を早速果たすためである。

 そのため、ファティに車を出して欲しいとは言えず、自分たちの足でここまでやってきた。天賦たちは常人とは並外れた体力をしているのでさほど問題ではない。

 カルメは人里から離れてすぐに元の姿に戻った。


「ほう! カルメを武器にして?」

「うん。ヤケだった」

「投げられたりブン回されたりされてるワケ」


 天賦とカルメは再生師にこれまでのいきさつを話した。"相棒"のこと、グリフィンの魔物のこと、"魔獣の呪い"のこと、魔牛の大群のこと……


 何を話しても再生師は興味津々に聞いてくるので天賦はついつい話してしまう。天賦は会話が得意ではないが、ここまで楽しそうに聞いてくれるとこっちも楽しくなる。


「そうか、やはりムーナウーヴァの呪源を倒しにきたのだな?」

「そう。詳しく聞きたい」


 そうなれば、会話は自然と呪源についての話になる。彼女はムーナウーヴァに住んでいる上、呪源を倒すことが昔からの野望だったという。ならばきっと有意義な情報を知っているだろうと予想したわけだ。喜ばしいことに、天賦の予想は合っていた。


「私はこれまでずっとムーナウーヴァの呪源の調査をしていたんだ。その分、他の呪源のことは後回しにしてしまったのだがな。……そして、ムーナウーヴァの呪源を倒せるような人材探しも。」


 再生師は凛々しい瞳を天賦に向ける。だから再生師は自分のことを詳しく知っていたのか。天賦ならば呪源を倒せるやもと思って。


「今の私で倒せる?」

「それは厳しいな。他にも多様な準備がいるんだ。」


 彼女はかなり詳しく呪源を調べているようだ。斃し方も心得ているようにさえ感じた。

 呪源についての話で盛り上がる2人に、カルメが別の話題を持ちかけた。


「お2人さん、そういやどの魔獣を狩る予定なんだ?」


 天賦はすっかり忘れていた。今から呪源を斃しに行くものだと思っていたからだ。再生師もそうだったようで、一言謝罪する。


「ええと、この森にはスリンプという羊の魔獣がいるんだ。ムーナウーヴァ近辺にはあまり食べられる魔獣がいなくてな、スリンプと魔牛くらいだ。いや、魔牛を食べたことがある者はあまりいないから、ムーナ・ルイスの住民が食べたことのある魔獣はスリンプくらいだろう。」


 天賦が見たものが異常でなければ、魔牛はとてつもない数の群れを形成している。一体殺して持ち帰るだけでも大変なのだろう。


 そして、スリンプという魔獣は天賦は聞いたことがない。つまり、ソエルソスにはいない魔獣ということだ。ファティを救った時に見た魔物――グリフィンのことである――と同じだ。自分が知るより世界は広い。


「スリンプって何?」

「その名の通り【睡眠(スリープ)】を使う羊だ。ただ、臆病だからな、逃げるためにしか魔法を使わない。スリンプがいるポイントに近づいたら音を立てないように行動してくれ。」

「りょーかいだぜェ」


 3人は森の中を進んでいく。ムーナ・ルイスの森はハイン平原付近の森よりも明るい気がした。

 ある程度進むと、再生師の尻尾の揺れが収まり、口元に人差し指を立てた。この近くにスリンプがいるのだろう。

 天賦は姿勢を低く保つ。再生師はあんなに大きな尻尾を持っているのにどこにもぶつけていない。空間把握能力が高いのだ。


 すると、向こうによく日が当たる場所を見つけた。ムーナ・ルイスらしく透き通った池が中央に位置している。そこに変わった――殺傷能力が無さそうな――角を持った羊たちが集まって寝ていた。

 これがスリンプに違いない。


 再生師が天賦に目配せする。仕留めてみろと言っているのだろう。

天賦は拡張袋に手を伸ばす。袋の口から槌の持ち手が見えた時、天賦はそれを戻した。再び手を伸ばす。すると、そこからお目当てのもの――スリングショットが出てきた。

 天賦はこれを使ってみたくてたまらなかった。そこらの石を投擲しても良いが、当たりどころを違えてしまっては困る。今回は綺麗な肉が欲しいのだ。


 天賦はカルメを鷲掴み、それを球に整える。カルメはやっぱり何も言わなかった。

 カルメをセットし、1匹のスリンプの頭に狙いを定める。完全にゴムを引き切ると吹き飛んでしまいそうなので、中程で留めておく。

 真っ直ぐに見定めて――手を離す。


 黒い球体はスリンプに命中し、その場に倒れ伏す。他のスリンプはそれに驚いて森の奥に去っていった。敵が見えなければ魔法の使いようがない。

 スリンプが動かないことを確認し、天賦と再生師はグータッチをした。カルメは横に寝転がった。一仕事終えたような風貌である。


 スリンプは鼻から血を流し、脚をピクピク動かしている。どうやら気絶したようだ。


「よくやったな天賦。それにカルメ。なかなか面白かったぞ。」

「笑かすためにやってンじゃねェけどなァ……」


 カルメは首を鳴らした。

 天賦は初めて使ったスリングショットの感覚にうきうきしていた。もう一回飛ばしたい気分だったが、獲物は1匹で十分なので諦める。


「これ捌く?」

「ああ。ここからは私に任せてくれ。」


 なんとなく、本当にできるんだ、という驚きが天賦の中にあった。再生師は見目からは不自由ない家で育った富豪にしか見えないからだ。実際、それには間違いないのだが。

 再生師は黒いシルクの袖を肩まで上げて、スリンプのみぞおちに天賦から借りたナイフを突き立て――ようとした。


 切先がスリンプの腹を貫通する直前、池からぶくりと気泡が立った。3人は同じような動きをして池に視線を向ける。再生師は池が沸騰したのかと思った。だが、そんなことは現実にあり得ない。


 ぶくぶくと気泡の数が増え、水面がどんどん盛り上がっていく。水位が半分ほど下がり、まるで池が立ち上がったようだった。

 天賦が知る魔獣の中でならスライムによく似ている。しかし、ぷよぷよしたスライムと違って、目の前のナニカは本当に水のようだ。水をぼたぼた垂らし、そこらに飛ぶ。


 再生師はそれを見ると、尻尾でスリンプを抱えて天賦を腕で下がらせた。彼女はこれを知っているようだった。


「天賦下がれ。こいつは液状スライムだ。」


 スライムという推測は概ね合っていた。


「な、なにそれ」

「特殊な魔獣でね、物理攻撃が効かないんだ。だからカルメ、魔法で倒してくれ。私も戦闘魔法は専門外だ。」


 再生師は妙に落ち着いてそう言った。それとは裏腹に、天賦の心情は穏やかではなかった。

 物理攻撃が効かない?斬る、叩く、突く、そのどれもが通用しない?

 そんな生き物がいるとは、世界は天賦が思っていたよりもずっとずっと広いようだ。


 そして、再生師はカルメに「魔法で倒してくれ」と言った。天賦は激しく後悔する。

 カルメが異常に硬い話や、指輪で変身した話、カルメが記憶を失った魔王だという話はしたが、カルメが魔法も使えないほど弱っているという話はしなかった。

 魔王なら魔法が使えると思って当然だ。天賦だってそうだったから。


「や、オレも使えねェけど……」

「……は?」


 液状スライムは池から這い出て、ガバッと3人に覆い被さろうとした。

 しかし、そこで有無を言わさず取り込まれる者などこの場にいない。天賦とカルメは咄嗟に避け、再生師はスリンプを尻尾でがっちり押さえ込んだまま走り出した。


「え、なにこれ、どういうこと!」

「捕まると不味い! 窒息させられるぞ!」


 天賦は泳げるが、それでもあの魔獣の中から逃げ出せるかどうかは分からない。捕まったら死ぬと考えておいた方が身のためだろう。

 森の中なので天賦たちの動きはいつもより遅い。しかし、液状スライムは木や地形にお構いなしに進み、押し寄せてくる。


 天賦は海を見たことがないので「波のよう」と比喩することはできない。

 縄張りであろう池からだいぶ離れたというのに、液状スライムはまだ天賦たちを追ってきていた。再生師は困惑の声を上げる。


「こんなにしつこい液状スライムは初めて見るな!」

「ちょ、魔法しか効かないんだろ! ならどうすンだ! 」


 こんなにしつこく追ってくる魔獣には覚えがあった。最近見たばかりの"あれ"と同じ雰囲気を感じる。

 天賦は打開策として、魔牛のときと同じ方法を試そうと考えた。カルメの方を見て、手を伸ばそうとしたがそれを彼に勘づかれ、距離を取られた。


「嬢ちゃん、今またオレを投げ飛ばそうとしたろ」

「だって、カルメは魔獣に追いかけられるから」

「いい加減やめろよ! 正直マンネリだろォ!?」


 天賦は目を細めてカルメを見つめる。カルメはしょうがないと言わんばかりに天賦と再生師から離れた。

 すると、液状スライムは二分して、カルメと2人をそれぞれ追い始めた。完全に作戦失敗である。


「再生師、【砲撃(ショット)】やって!」

「専門外だ! 本当に威力が出ないぞ? それでもいいのか?」

「いいよ!」


 天賦がヤケになって再生師に言う。再生師は天賦の言葉通り【砲撃(ショット)】を放った。しかし、それはスルや召使が青杖(せいじょう)で放ったような【砲撃(ショット)】とは比べ物にならないものだった。悪い意味で、である。


 再生師の【砲撃(ショット)】はゆっくりと液状スライムに向かい、パチンと弾けた。少し、ほんの少しだけ液状スライムの量が減った気がするが、気持ち程度である。


「弱い!」

「専門外と! 言ったではないか!」


 もう森を抜けそうだというのに、液状スライムはずっと天賦たちを追ってくる。普通の攻撃が効かないなんて生き物じゃないだろう、と天賦は思った。

 再生師は【砲撃(ショット)】を打ち続けてこの状況を打破しようとさえ考えていた。現実的ではないことには再生師も流石に気がついている。


「もう街目指そう。そこで魔術師に助けてもらう」

「おお! 天賦は賢いな!」


 2人はムーナ・ルイスにまで逃げて、どこかにいるであろう魔術師に助けを求める計画を立てた。ムーナ・ルイスまではかなりの距離があるが、2人には苦ではない。


 そうなれば急ごうと思って地を蹴る力を強める。

 ――が、再生師があることに気がついた。なにやら 尻尾の先にうごめく感触がする。もしや、と思って背後を見やる。


 ……やはり、スリンプが意識を取り戻していた。

 短い脚を必死に動かし、再生師の尾から逃れようとしている。迫る液状スライムは見えていないようだ。


「て、天賦! 関係ないことだが、スリンプが目を覚ました!」


 天賦はそれを聞いて、何かの予感がした。

 目を覚ました魔獣、そしてスリンプの性質。

 それらが結び合わさった時、天賦は再生師よりも早く、これから起こりうる出来事に気がついた。


「再生師、それを――――」


「メエエェエエェ!!」


 羊が一際大きく叫んだ。

 天賦の膝から、再生師の腿から力が抜ける。そして――

 それからの記憶はない。



――――――――――――――――――――――――――



 カルメは2人とは少し離れたところで液状スライムから逃げていた。カルメは飛べる分液状スライムからは高低差を利用して逃げられるのだが、一応半身を引きつけるという名目なので、低空飛行を続けていた。


 この追いかけっこを一体いつまで続けるつもりなんだと思っていると、急に液状スライムが()()()()()動きを止め、バケツから水をひっくり返した時のようにぶちまけられた。

 それに驚き、近づいてみても液状スライムは動かない。信じられないが、どうやら寝ているようだった。


「はァ? 何が起きて――」


 カルメの中にある考えが浮かび、天賦たちが向かったであろう方角に向かう。そこでは案の定、天賦と再生師が寝っ転がっていた。こちらの大きい方の液状スライムも同じように力を失っている。


 カルメが辺りを見回すと、スリンプが木の前で横たわっていた。脳天を打っていて、今回は気絶ではなく死亡していると分かった。

 恐らく、【睡眠(スリープ)】をかけられた再生師が尻尾からスリンプをほっぽり出し、結果運悪く木に衝突してしまったのだろう。


 カルメは推理を終えて満足した後、思った。

 これからどうすればいい?


 天賦も再生師も寝ている。今回の目的であるスリンプも横たわっている。液状スライムも動きを止めた。

 逃げるチャンスだが、同時にカルメの不幸でもある。なんせ、天賦、再生師、スリンプの全てを持って帰らなくてはいけないからだ。


 往復できればいいが、そうするといつ液状スライムが目を覚ますか分からない。一度に運びきるしかないのだ。


「……マジかよ。嬢ちゃん? 姉ちゃーん? 羊ー?」


 もちろん応答はない。

 カルメは何も言わずに、人間体に変身した。右脇に天賦、左脇に再生師を持ち、スリンプは背に乗せる。重いし、何より背中がキツい。

 そして3人が辿ってきた道を見た。行きはそうでもなかったのに、帰りは果てしない道に見える。


「頼むから、早く起きてくれよ……」



 結局、カルメの願いが叶うことはなく、ムーナ・ルイスに着いた後も2人はスヤスヤ眠ったままだった。

 本来ならそこまで強い魔法ではないはずだが、スリンプが命の危険を感じて羊生(じんせい)最期に放った魔法だったからこそ効きが強いのかもしれない。

 そこまで考えて、カルメは疑問に思った。


「何でオレ、「そこまで強くない」なんて知ってンだ?」


 【睡眠(スリープ)】の魔法はノートという僧侶が使っていたから知っている。しかし、カルメはその詳しい効果は聞かされていないはずだ。そんな感想が出るわけない。


「これが記憶なンかなァ……」


 カルメは自分に自信がない。覚えていないのに魔王だ、魔王だと自分を形容されるのに違和感があったからだ。もしかしたら間違えて封印された可哀想な鳥かもしれないじゃないか。

 自身の名前と、そして()()()()の記憶を除いて、カルメに残っているものは何もない。「魔王」と呼ぶのは勘弁してほしいものである。



 夕焼けが街を染める頃、カルメはファティのもとに帰ってきた。なんやかんや天賦たちの帰りを待っていたそうで、何をするでもなく術力車の前で景色を眺めていた。

 ファティはカルメに気がつくと、彼が持っている物たちを見て顎を大きく開けた。


「……は? ちょ、カルメさん、これ何があったんですか!? 凄く強い魔獣、いや、魔物がいたとか……」

「あー、そうだな。オレらにとっては最強の魔獣がいた」

「それってどういう……あ、スリンプだ」


 カルメは、再生師が起きたらすぐにこれを解体させないとな、と思った。

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