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第1話 世間知らずの天賦

春の休日、ソエルソス王国の闘技場は過去随一の盛り上がりを見せていた。客席は満員、老若男女が集い、誰も興奮を隠そうとしていない。これから始まるのは今日一の大試合。誰もがこれからの試合に期待していた。


ラッパの音が響くと、さらに歓声が大きくなる。誰彼ともなく手拍子が始まり、戦士の入場を待ち侘びる。

北側の入場門から登場したのは全身鎧を着た長身の重戦士だ。現在はソエルソスでも有名な冒険者パーティに所属していて、過去は闘技場で戦う戦士でもあった。

人々はその鎧を見るなり歓喜の声を上げ、その重戦士が再び闘技場に姿を現したことに感涙に咽ぶかつてのファンもいた。

しかし、民衆の「本命」は南側だ。重戦士の登場が終わると、人々は口々にその名を――"通称"を――叫んだ。

その声は次第に揃い、会場が一体となっていく。


「天賦」、「天賦」、「天賦」、「天賦」――


南の入場門が開く。暗がりから姿を現したのは、金髪を一つにくくった少女。瞼から青緑の目が覗き、一歩、一歩と進んでいく。すらっとしていて、スタイリッシュな体つきにそぐわない、あどけない顔立ちをしている。

腰に携えている見事な輝ける剣は、まだ誰にも抜いたことがないという。


彼女こそ「天賦」。闘技場の王と呼ばれた偉才だ。


彼女が入場した途端、闘技場が揺れた。誰もが歓声を上げ、会場の盛り上がりは最高潮に達した。

天賦が勝てば前人未踏の50連勝。重戦士が勝てば彼女相手に初の白星を上げた戦士となる。


大盛り上がりの会場の中、友人に連れられてこられた、彼女たちのことをよく知らない男が聞いた。


「「天賦」って肩書きだよな? 本名は?」

「名乗れないってことはそういうことだろ。呪われてんだよ」


呪われた人間は、自分の名前を名乗ることができなくなる。他者が呪われた者の名前を口にすることも不可能だ。

つまり、自分の名前を口にできないということは、「自分は呪われています」と宣言することと同義なのである。


「そりゃ気の毒だな」

「"魔獣の呪い"みたいなのじゃなければ大丈夫だろ。ほら、始まるぞ!」


会場の熱気がある程度落ち着いた時、試合開始の鐘が鳴った。

鐘がなるのと同時に、重戦士が地面を蹴り、凄まじい速度で天賦に突進した。彼女の頭目掛けて、殴打武器のような大剣を振るう。

しかし、天賦は当然のようにそれを避けた。そのまま重戦士の懐に潜り込み、鎧の間接部を狙おうとした。だが、それは叶わなかった。

重戦士も避けられるのがわかっていたように剣を傾け、天賦を殴り飛ばす。金属音と巻き起こる砂埃に歓声が起こった。


天賦は完全に軽装で鎧を着用していないが、ダメージを受けているようには見えない。軽やかに着地し、重戦士をまっすぐ見つめている。

そして、黄金の剣――ではなく、ダガーを引き抜いた。

観客は「今回はダガーだ」「初めて使う武器だ」と話す。中には「今日もあの剣を抜かなかった」と残念がる者もいた。


体制を立て直し、再び攻防が始まる。

ダガーと大剣、軽装と重装というアンバランスな組み合わせだが、重い攻撃によろけることも、大振りの隙を突かれることもなく、まさに互角の戦いのように思えた。観客が息を呑み、2人のぶつかり合いを注意深く熟視した。

重戦士が叩きつけるように剣を振るった瞬間、異変が起こる。重戦士の動きが止まったのだ。

観客がどうしたのかと見ると、天賦の姿が消えていることに気がついた。たった今まで2人の攻防を注視していた筈なのに、天賦の失踪に誰も気が付かなかった。


魔道具の使用かと疑った者もいた。しかし闘技場は魔道具の使用は禁止されている。そんなものを闘技場の王が使うわけがない。

ならどこに行ったのだ、と観客席がざわめき始めた時――轟音が響いた。所々から短い悲鳴が上がる。

雷のような衝撃に困惑している中、誰かが声を上げた。


「おい、あそこ!」


声につられて戦場を見ると――そこには天賦がいた。

重戦士は仰向けになり、その上に覆い被さっている。手に持ったダガーは、兜の視界確保のために空いた穴に突き立てられていた。それはすんでのところで止められていた。


天賦は、重戦士の視界から自分が消えるタイミングを見計らって高く飛んだのだ。並大抵の戦士では不可能な跳躍だが、天賦にとっては戦闘テクニックの一つでしかない。

勝者は、誰の目から見ても明らかだった。


「勝者、天賦!」


静まり返っていた観客たちが一気に熱狂する。指笛や拍手が入り混じり、やがてそれは一体化したコールになる。


「天賦」、「天賦」、「天賦」、「天賦」――


天賦と重戦士は握手を交わし、観客席に顔を向ける。

天賦は一通り見渡した後、喧騒を背に南の入場口にまっすぐ向かった。


門を潜り終えた後、天賦はため息を一つつき、抜くことのなかった剣の柄を撫でた。しばらくそれを見つめ、ふとグリップを握った。3秒ほどそれを軽く握り――手を離した。天賦の顔は、心なしか暗い。

顔を軽く手でマッサージして、髪にかかった砂埃を払い落とし、自分の「家」に帰るために暗い道を歩く。

闘技場の一室に住み、試合のない時は魔物狩りをしに外に出るのが彼女の習慣、日常だ。


突き当たりの階段を降り、「家」である古びた木の扉の前に立った。扉の横の壁に開いた奇妙な窪みがいつも目につく。

ドアノブを握った時、ふいに背後に気配がした。天賦はそれに特別警戒することなく振り返る。そこにいたのは、白い衣装で身を包み、顔を布で覆った面妖な人物だった。天賦が予想していた通りの人間である。


「今回も素晴らしい試合でしたね、天賦さん」


しゃがれて歳のいっていそうな声をしているが、体のラインが見えず、肌も露出していないので、実際の年齢は予想できない。


「久しぶり。……えっと、何さんだっけ。名前が出ない」

「ちょっと、またですか」


男は肩を揺らして笑う。フランクな笑い方が落ち着いた喋り方やまっすぐな姿勢に似合わないと天賦は思った。


「「召使」と呼んでくださいと、いつも言っているじゃないですか」


そういえばそうだった、と天賦は思い出す。詳しいことは知らないが、肩書きで名乗っているということは呪われているのかな、と考えていたことも思い出した。


「天賦さんは今回の試合で50連勝になりますよね。また闘技場最高記録更新ですね、おめでとうございます」

「ありがとう。なんか今日は盛り上がってた」

「そりゃあそうですよ。あの「闘技場の王」が5ヶ月ぶりに試合に出たんですから」


5ヶ月、と聞いて天賦は驚いた。近頃は魔物狩りに駆り出されることばかりで久しく人間と戦っていないとは思っていたが、せいぜい三週間ほどだと思っていた。


「最近は魔物がたくさん出たから」

「確かに、あなたは娯楽用の施設におさまるような人間ではないですからね。まさに、その剣が証明している」


その剣、と聞いて、天賦は無意識に自らのブロードソードのグリップを撫でた。指が引いた部分が黄金色に輝き、鞘に天賦の顔が反射する。まさに大衆が王の剣、選ばれし者の剣と聞いて想像するような芸術品だ。弧を描いてなびく金髪と整った顔立ちに映えると評判である。

これは彼女が「闘技場の王」になった際に授与されたものではなく、一勝もしていない頃から腰に携えていた天賦の私物である。

天賦は召使が剣の話題を出したことに眉を顰めた。なぜなら、彼からこの話をされたのは一度や二度ではないからだ。会う度に剣に着目されているような気もする。


「また"相棒"の話? あげないよ」

「そんなこと考えていませんよ。いつ見ても見事だ、と思っているだけです。本当に、あなたがそれを振るうことができないのが残念でなりません。「禁忌の呪い」、それと呪いを生み出した「呪源」さえいなければ、と、つくづく思います」


天賦は自らの"相棒"を抜くことができない。数多くある呪いの中の一種である「禁忌の呪い」にかけられているからだと言われた。無理に引き抜こうものなら命の保障ができないとも。


「いいから、今日の分くれるんでしょ」

「はは、分かりました」


そう言うと、召使は通貨がぱんぱんに詰まった巾着袋をポケットから取り出し、天賦に手渡した。曰く、彼の主人は天賦の「スポンサー」らしく、試合に勝つ度にお金を渡してくれるのだ。天賦は闘技場の管理人から食事や住居を提供され、尚且つ不満もないので金銭を使う機会があまりないのだが、「今後のため」と言って毎回渡される。今まで貰った通貨は全てベットの下に押し込んである。置き場所が無いならそうしろと言われたからだ。

天賦は巾着袋を揉み、簡潔な感謝を述べた。彼が背を向けたので、いつも通りこれで帰ると思っていたが、召使は「ところで」と天賦に話しかけた。


「天賦さんは、英雄に興味がありますか?」


えいゆう、と口の中で言葉を転がした。最もイメージしやすい英雄は、「呪源」に変えられた英雄たちだ。

"最もイメージしやすい"と形容したが、天賦は彼ら以外に英雄と呼ばれる存在を知らない。街に住む子供たちに話を聞けば両手で収まらないほどの英雄を知ることができるだろうが、いかんせん彼女は浮世離れしていて、知識がなく、世間知らずだ。

今現在被害をもたらしている、という評判ばかり聞くので、「英雄」という言葉にはあまり良い印象を受けない。

しかし、胸の中で何か疼くものがあった。

熱く、少しの光が覗くような気分。この気持ちの出どころも正体も分からないが、少なくとも無関心ではない。だから、彼女はこう答えることにした。


「……ちょっと」


召使は「なるほど」と答えると、何か少し考えるような素振りをして、天賦が持っていた巾着袋を一度取り直し、何かをしてから再び天賦に渡した。別れの挨拶を告げ、召使は帰って行った。

天賦は今の行動を不思議に思ったが、特に気に留めることはしなかった。



――――――――――――――――――――――――――



「天賦ちゃん、おつかれ〜」

「お疲れ様でした。とてもいい試合でしたよ」


試合が終わった後、天賦はある冒険者パーティと会っていた。


天賦のことを「天賦ちゃん」と呼ぶ、とんがり帽子を被った少女が魔導士のスル、礼儀正しい青年が剣士であり、リーダーのウィルヒムだ。


「今日で50連勝だよね。ほんとすごーい! ベスランに軽装で勝ってる人初めて見た!」

「ふふん、ありがとう」


彼らと天賦の仲が良いのは、魔物狩りでよく顔を合わせることがあるからだ。王国内でも指折りの実力者パーティで、魔物の群れが出た時には他の国にも救援に行く人格者たちでもある。故に、市民からの認知度も人気も高い。


「ベス、凄くびっくりしてたよ。天賦さんが急に消えたーって」


「ベス」の言葉を代弁しているのが僧侶のノート。

そして、全身鎧で身を包んでいるのが重戦士――もとい、ベスランである。


天賦はベスランとはさらに付き合いが長く、同じく闘技場暮らしをしていた頃にたまに話をしていた。話と言っても、ベスランは無口なので「はい」か「いいえ」ぐらいでしか会話ができなかった。なので、僧侶の少年がベスランの言いたいことを当てているのを初めて見た時は驚いた。


「俺も驚きましたよ、いきなり垂直に、しかもあんなに高く飛んだんですから!」

「目で追えてたウィルヒムも大概だけどね〜」

「僕らは「消えた!」って言ったのに、ウィルヒムだけ「飛んだ!」って言ったの。何言ってんのって思ったよ」


ベスランは喋らないが、兜をかちゃかちゃ鳴らしているので笑っているのだろう。


「ベスラン、大丈夫だった? 目とか」


首を横に振る。何ともなかったようだ。


「ベス怒ってたよ。あの最初の一撃は「サービス」だったって」


ベスランは「違う」と言いたげに首をブンブン振る。


「違う。あれは本当に当たった」

「あ、今ベス安心したでしょ」


またベスランは首を必死に振った。


「あ、ねえ天賦ちゃん。天賦ちゃんって闘技場の噂、知ってる?」

「噂? 知らない」


魔術師のスルが杖をクルクル回しながら、天賦に噂の話をする。


「なんかね、闘技場の地下にはナゾの遺跡があるんだって。元々ここには何も無かったけど、隠すために闘技場を立てたとか」

「スル、それってデマなんじゃなかった?」

「いいの! 噂なんだし」


ウィルヒムの言葉を遮って、スルが話を続ける。


「それでね、それが何の遺跡かって言うと〜、なんと! 魔王を封印してる秘密の遺跡なんだって!」

「……魔王?」

「うわ、魔王は嘘だよ、スルちゃん」

「だから聞いただけだって〜!」


天賦はものを知らないが、魔王の話は知っている。今は「呪源」と化した英雄たちが封印したという話が残っているが、封印した場所は分からなかったせいで、魔王の封印場所の噂が数え切れないほどあるとか。


「だからさ、天賦ちゃん探してみてよ。もしかしたら案外あるかもしれないし」

「嘘だと思う。探さない」

「え〜!?」


ウィルヒムパーティのメンバーがスルの声につられて笑う。

実のところ、天賦は心の中で「魔王が封印されている」という話を反芻していた。英雄の話や魔王の話は何かと興味をそそられる。召使が言っていた「英雄に興味はあるか」というのも、少し浮き足立つような気分になった。



「魔王……英雄……」


天賦は自室に戻った後も、一日の話を思い直していた。そもそも、自分はそれらの物語を人伝でしか知らない。本は読んだことが無いし、自分を呪った英雄、もとい「呪源」がどこにいて、どんな姿なのかも知らない。なぜこんなに惹かれるのだろうと考える。考え事をすると、"相棒"のグリップをついつい握ってしまう。天賦の癖だ。


考えても答えが出る物じゃないと諦めた時、そういえばと思い出して召使からもらった今日の金銭が入った袋を出した。あの時、召使はこの袋に何をしたのだろう。

巾着を広げると、中には硬貨の他に、謎めいた部品が入っていた。奇妙な形をしていて、何に使うか分からない。もしかしたら魔道具かもしれないが、天賦にはそちらの知識はないのでどっちにしろ使えない。


"相棒"のグリップが生暖かくなるまで擦った時、ふと閃いた。

いつも見ていたドアのところの壁にある奇妙な窪みだ。

天賦は部品を持って窪みがあるところまで近づき、形を観察した。驚くほどにピッタリだ。嵌める以外の使い道が思い浮かばない。

なぜこんなものを召使が持っていたのか、という疑問より、嵌めたらどうなるのか、天賦の好奇心が勝った。

震える手で壁に部品を近づける。もしかして、地下通路への鍵なのではとさらに期待が膨らんだ。

そして、部品をはめ込み――


――カチッ。


気持ちのいい音が鳴った。天賦は"相棒"を抱きしめて身構える。――しかし、何も起こらない。

10秒待ってみる。……何も起こらない。

1分待ってみる。 ……天賦に1分は数えられない。


結局、何も起こらなかった。

大きな秘密が解き明かされるかもしれない、と期待で膨れ上がった気持ちが一気に萎んだ。

あのヘンテコ真っ白マン、こんなものを渡してどうするつもりだったんだ。とぶすくれる。


天賦は今日一大きなため息をつき、巾着袋をベッドの下に投げ入れた。この一個でちょうどベッド下がいっぱいになった。次に硬貨を貯める場所を考えなくては。そう考えて、ベッドに思い切りダイブした。


――――ガコンッ。


「えっ」


――ベッドが思い切り傾いた。

もしかして、床が抜けてしまったのではないか。そう思って姿勢を正した瞬間――


天賦は、床に吸い込まれた。

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