17話 勇猛果敢の尻尾
天賦は一目見て、この女性が何者なのか理解した。
異形の尻尾と自信に満ち溢れた立ち振る舞い、きっと、彼女こそ「呪いを力にした娘」だ。
黒ローブたちは彼女を見るなり焦り出し、互いに相談し始めた。ヒソヒソと隣の人間と何かを話しているが、天賦にまでその声は届かなかった。
相談をし終えると、リーダーと半分ほどの黒ローブは退散し、残りの半分が残った。彼女に恐れを成したのか、それとも他にやるべきことができたからなのかは分からない。
黒ローブたちは皆腰から短剣を引き抜き、右手に構えた。
天賦は彼女に加勢するため、再び拡張袋に手を伸ばしたが、それをピンクブロンドの美女に止められた。
「君たちには私の有用性を知ってもらいたくてね。宣伝させてほしいのだ。」
あまりにもまっすぐ天賦の目を見るものだから、自然と手の力が抜けた。"相棒"の鞘を撫で、黙って彼女の戦いに期待する。
黒ローブたちが合図も無しに、一斉に向かってきた。その先は自然と彼女に向けられると思っていたが、よく見ると全員がカルメに向かって走ってきている。「金眼」への執着心に気味が悪いと思った。
彼女は手ぶらだ。ただ、彼女が素手で戦うとも思わなかった。彼女の最大の特徴である尻尾が揺れている。
そして―― 一閃。
その立派な蠍の尻尾で黒ローブたちを打ち払った。……いや、違う。斬り倒した。
天賦は人間が人間に殺されるところを初めて見た。闘技場ではいつも寸止めで試合を終わらせていたので殺したことはなかった。人が魔獣や魔物に倒されるならまだしも、同族に殺されているのは思ったよりもショッキングだった。
彼女はその尻尾を腕のように自由に動かして、短剣の鋭さなどおかまいなしに尾を振り、アクロバティックに宙を舞っている。こちらの防衛もしっかり兼ねて。
黒ローブが短剣を尾に突き立てようとも彼女は動じない。まるで羽虫を払いのけるかのように尻尾を操る。
そして、天賦が気がついた時には、その場に残った黒ローブはいなかった。しつこく追いかけ回して、凶器を取り出したとはいえこの仕打ちはやりすぎな気がして、尾を持つ彼女に話しかける。
「ちょっと、殺さなくても……」
「見ろ。」
彼女が黒ローブの死体を指差す。そこには血溜まり――ではなく、どろどろした黒い液体が広がっていた。その水溜まりはすぐに小さくなっていって、最後には何も残らなかった。
天賦はこれをよく知っている。
「魔物……?」
「いや、こいつらは人間だ。人間種以外に言葉を使える種族はいないからな。しかし、謎が多いのだ。いくら殺してもまた湧いて出てくるのでね。」
彼女が冷酷な人間だから躊躇なく殺した、というわけではないことに天賦は安心した。また、黒ローブ集団の謎は彼らの呪いが関係しているのでは、と推察する。
色んなことを考えていると、彼女がずいと顔を近づけてきた。整った顔立ちが視界いっぱいに広がり、天賦は謎に焦る。
「それで、君は「天賦」だな?」
自分がヘイリンで有名人なのは把握しているが、他国の、それも見たことのない人に自らのことを言い当てられて驚いた。天賦は首を縦に振る。
「そちらの珍妙な君は知らないな。名前を聞いても?」
「カ、カルメって言いマス」
「ふむ……アマツの人間だと思ったが、違ったか。」
彼女は改めて天賦を見やり、小さな笑みを浮かべた。
「天賦。君はソエルソス王都ヘイリンにある闘技場で頭角を現した戦士で、8日前には50連勝を達成しているな。そして6日前にセールムで"魔獣の呪い"を討伐。なぜか自由行動を許されて旅をしているわけだ。それは何故だ?」
予想外だった。何でこの人はこんなに私のことを知っているんだ、もしかして私のファンなのか、と天賦は疑っていた。
「……呪源を斃すから」
「ほう!」
彼女は答えを聞くと歓喜の色を目に宿し、黒ローブを引き裂いたばかりの尾をぶんぶん振り回した。当たったら怪我をしそうである。
「天賦、カルメ。良かったら、私を友として、呪源を殺し尽くす旅に同行させてくれないだろうか。」
その提案は2人にとって全く意外なものだった。しかし、それは「想定外」という意味で、「期待外れ」と言う意味では断じて無い。
彼女の言葉に応じようとした時、広場の外から人が集まってきた。民衆は彼女のもとに集まり、称賛の声を送った。彼女はそれに戸惑うことなく、慣れた様子でそれを受け入れている。天賦とは大違いだ。
「ははは! ここではアレだな。天賦、場所を移動しようか。」
――――――――――――――――――――――――――
彼女の紹介で「喫茶店」という飲食品を売る店に来た天賦たちは、その店の一番奥の席に案内された。広いソファが用意されていて、まさしく彼女のために用意されたようなテーブルだ。彼女はソファに1人でゆったりと座り、天賦とカルメは同じ側に座った。
3人にそれぞれ色水――ハーブティーが出される。天賦はそれを果実水か何かだと思って一気に口に含んでしまい、酷くしわくちゃな顔をした。カルメはそれを見て吹き出した。全く場違いな2人である。
尻尾を持つ彼女はそれを咎めることはしない。そして、ハーブの香りを楽しみ、水面を眺めた後、はちみつをたっぷり入れて飲んだ。それが正しい飲み方だったのか、と天賦は後悔した。
「それで、姉ちゃんは何モンなんだァ?」
「私はムーナ・ルイスに住む「再生師」をやっている者だ。呪われている故に、名を名乗ることができないことを許して欲しい。」
天賦はやはりこの人物が「呪いを力にした娘」だったのかと内心で喜ぶ。また、「再生師」という聞いたことのない職業が耳に珍しく聞こえた。
「再生師? なにそれ」
「ふむ……実際に見た方が早いだろうな。」
そう言うと、彼女は人差し指をピンと立てた。静かにしろ、という意味だろうかと天賦が考えていると
――その指がスパッと切れた。
「えっ」
彼女の尾がブンと空間を切ったので、自身の尾でそんなことをしたのだろう。再生師の人差し指がテーブルの上に落ちる。
「ちょ、おま――」
再生師は痛がる様子を見せず、笑みを浮かべたままだ。
そこから何が始まるのかと思ったが、それはすぐに分かることになった。
――再生師の指が光っている。
その光はゆっくり形を成していき、みるみる伸びていく。そして、彼女に新しい指が生えた。くっついたわけではなく、生えた。切り落とされた指はテーブルの上に転がっている。
「これが私の力だ。」
「……それが呪い?」
彼女は天賦の疑問を聞いて笑い出す。
「ははは!まさか。これは私の、「再生師」の魔法だよ。【再生】と言ってね、特に取得が難しいと言われている特殊魔法なんだ。」
彼女は自慢気に言った。それに嫌な印象は受けない。
天賦は以前、ドラゴンに耳を飛ばされた。それを治すためにノートが尽力してくれたのだが、いつものように数秒で終わらず、なんと30分ほどかかったそうだ。
【治癒】では欠けた部位を再生するのにとても時間がかかる。戦場での治療など現実的ではない。
しかし、【再生】ではそれが可能だと言うのだ。
「怪我の修繕や疲労の回復はできない、「部位の再生」のみに特化した魔法なのだが、どうだ? 役に立つと思わないか?」
天賦はコクコク頷く。流石に頭が飛んだら治せないだろうが、もし腕を犠牲にして身を守ったとしても、それをすぐに治してくれるなんてノーダメージと変わらない。
「姉ちゃんやるなァ。……あー、一個聞きてェンだけど、その魔法ってお前さんの呪いとかに関わってたりすンのか?」
カルメが天賦をチラチラ見ながら再生師に聞いた。質問の意図が天賦にはわからなかった。しかし、よく考えると、カルメは人の呪いが分かる能力があるので、それが何か関係しているのではないかと気がついた。
再生師はキョトンとした顔をした後、にやっと笑った。
「……ほう、中々鋭いな、カルメ。その通りだよ。」
天賦はずっと再生師の呪いが何か気になっていた。
「力にした」なんて言うのだから、何かメリットもある呪いだったのか。十中八九その尻尾が呪いの正体だろうが、実際どんなものなのかずっと気になっていた。
再生師は、天賦にとって意外な答えを出した。
「私の呪いは「魔獣の呪い」だ。」
それを聞いた瞬間、天賦は身構えた。
ウィルヒムは「魔獣の呪いは危険なためすぐに殺すことが決まっている」と言っていた。それなのに、何故彼女は人の形を保っているのだろうか。そもそもどうしてここにいることが許されているのか。
再生師はその理由を語り出す。
「魔獣の呪いというのはな、四肢から呪いが侵攻していくんだ。つまり、それを切り落とせば元通りになるということだよ。そうやって延命しているんだ。」
天賦は「なるほど」と思った。全てがわかったわけではないが、とにかく彼女は魔法で呪いを食い止めているということだ。そんなこともできるのか、と感心する。
「よく殺されなかったなァ」
「許しを得るのに苦労したんだ。話すと長くなる。」
彼女は長い前髪をさらりと撫でた。
「……だが、そのうちこの尻尾が生えてきてね。これが何かと役立つんだ。思いがけない褒美だな!」
再生師が笑う。天賦には、彼女が落ち込んだり泣いたりする姿が想像つかなかった。
「――それで、カルメ。君は何者だ?」
再生師は訝しんでカルメの顔――マスクを見る。天賦という隣国でも有名な戦士の横に、彼女が見たこともない人間がいるのが不自然だった。再生師は強者の情報には自信がある。なので、未知なる強者であろうカルメのことが気になっていた。
「あーっとォ、オレは羽人で、それで嬢ちゃんにたまたま助けてもらってェ」
「羽人? そこまで長身の羽人は初めて見るぞ! 凄いな!」
「……って、嬢ちゃん、これ本当のコト言う?」
彼女も共に旅をするならカルメのことは説明しておきたい。しかし、天賦たちにはこれをうまく説明する自信がなかった。ファティを大いに混乱させた時のことを思い出す。
なので、彼らはファティに説明を投げることにした。きっと彼ならうまく説明してくれるだろう。
「再生師、まだ話したいことがある。けど、私たちにはもう1人仲間がいる」
「ほう! 2人と聞いていたが、3人だったか。」
どこから聞いたんだ、という質問は飲み込んでおく。
「だから、まずはその人を紹介したい」
「それがいいよなァ。アイツ、きっと役に立つし」
カルメも天賦の思惑を察したようだった。
再生師は「なら」と席を立ち、ハーブティーを飲んで席に銀貨を何枚か置いた。
「そこに案内してくれ。私のことも紹介したい。」
「分かった」
「それで、天賦たちはどこに宿を構えているのかな?よければ私もそこに泊まろうと思う。」
天賦は違和感を覚えた。
再生師は「ムーナ・ルイスに住んでいる」と言っていた。なのにどうして宿に泊まろうとするのだろう?よければ彼女の家でも貸してもらいたいと思っていたのだが。
そのことを聞くと、再生師は変わらない笑顔で答えた。
「実は、今朝父に「旅に出る」と言ってしまってな。その手前家に帰れないだろう? 恥ずかしいのでな!」
ははは、と再生師が豪快に笑った。天賦は、この人思ったよりも私に似てるかもしれない、と思った。




