16話 魔王の憂鬱
「ンじゃあ不幸ガール、街でも見て回るかァ」
不良品未満、がらくた以上の拡張袋をしぶしぶ腰に巻いた天賦に、カルメが背中を叩いて言った。
金貨を失ったり、"魔獣の呪い"と対峙したり、魔牛に巻き込まれたり、不良品をつかまされたりと、カルメの目には天賦は何かと不幸に見舞われる人間に見えた。ファティと張るのではないかとも。
鬱屈とした気分の天賦とは対照的に、ムーナ・ルイスはアメジストのように輝いている。普段だったらスキップでもしたい気分だ。
「おかしい。最近はツイてなさすぎる。きっと魔王がいるからだ」
「オレのこと魔王って呼ぶなよォ。それに不運を嘆くンならファティを恨めよな。アイツだろ、元々不幸なのは」
魔牛の群れに出会した時もファティは「いつもこんなんばっかり」と言った。もしかして彼と旅をすることでその不運が天賦にも降りかかっているのでは、と彼が聞いたら憤慨しそうなことを考える。
「ほら、不運は幸運の前触れって言うだろォ?」
「聞いたことない」
「ま……まァ、とにかく気に病むなってコトだよ。呪源のコトも呪いを力にしたっていう女のコトも気になるしな」
ムーナウーヴァに来たのはそれらのことを知るためだ。決して観光に来たわけではない。
「んー、とりあえず、あっちの広場とかに行く」
ムーナ・ルイスの門をくぐったとき、蒼く輝くオブジェを見たことを天賦は覚えていた。確かそこは開けていて、そのオブジェが中心に飾られていた筈だ。
広場は人が集まるもの。ソエルソスのヘイリンで学んだことだ。
「りょーかい。あそうだ、嬢ちゃんさァ、なンか聞く時に物売りに尋ねるのやめろってェ。ケミタンとか言うやつも売りつけてきたろォ?」
「だって、歩いてる人に聞くの、勇気がいる」
「お前さん、変なトコで普通だよなァ」
広場に向かって歩みを進める。
カルメは最初の頃より歩き方がマシになった。
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「で、えーと、誰に聞くんだァ?」
「うるさい。考えてる」
道ゆく人に呪源の話を聞こうとした2人だが、少しの問題があった。天賦が人に話しかけられないのだ。
カルメは「店員やファティには話せたじゃねェか」と言ったが、それにはちゃんと理由がある。店員は向こうから話しかけてくれるし、ファティは、救出対象として個人を意識していたので強気で話せた。
しかし、天賦と全く関係のない人に声をかけるなど、天賦にとっては高難易度のミッションである。
そもそも天賦は人とあまり話さない。闘技場にいた頃に話したことがあるのは、ウィルヒムパーティの面子、召使、あとは闘技場の管理人と少しだけ。いきなり外界に放り出されて、それで見知らぬ人と話せなんて天賦には難しい。かといって、商人にも話しかけたくない。
その様子を見かねてカルメが試してみたが、これもまたうまくいかない。
カルメの異様な身なりを見て、通行人が離れていくのだ。「そこの」と話しかけると人はそそくさと早足で通り過ぎていく。これが魔王の姿か、と天賦は自分のことを棚に上げていた。
「何かお困りですか」と優しそうな人が声をかけてくれたらいいのに。天賦が叶いもしない願いを抱き始めた時、天賦はある集団に気がついた。
絢爛な街並みにそぐわない真っ黒なローブを揃って着ていて、なにやらぶつぶつと呟いている。カルメ以上に住民に避けられていた。天賦はあの店主が話していた鍛治主の死についての噂を思い出していた。
『なんか、よく知らないけど変な集団が最近帝都に来たらしくて、そいつらに殺されたんじゃないかってウワサ』
天賦は耳をそばたてるが、この距離では一部の言葉しか聞くことができない。
「……が手に入った」
「あとは……だけ」
「……を逃さなければ……であったのに」
「もう少しの…………で終わる」
そんな物騒なことを話していた。あの人たちにはどうやっても聞けないな、と天賦は思った。むしろ、あれぐらい目立っていれば、逆に話しかけられるかもしれない。
そのうち、彼らが円の体系を崩し、どこかに移動を始めた。周りの人々は「早くどこかに行ってしまえ」とでも言いたげな目をしている。
その内の1人がこちらを一瞥した。しかしすぐにふいと目を逸らされる――と思ったら、またこちらを見た。美しい二度見である。その1人は他の仲間に話しかけ、天賦たちを指差している。すると仲間もまたさらに綺麗な二度見をかまし、天賦たちに小走りで近づいてきた。
なんだか嫌な予感がした。
しかし、一つ勘違いだったのは、彼らが目指していたのは天賦たちではなく、カルメだったことだ。
「あなた、もしや「金眼」ですか?」
「...あ? 金眼?」
黒ローブのリーダーらしき人間がカルメに言った。
彼らはカルメの左目をじっと見ている。右目は鳥のカルメと同様、マスクの目の穴が塞がっているので。
「金眼」の言葉の意味が分からないが、単に金色の目をしているのか、という質問だろうか。ならば、カルメは黄色く光る目をしているので、「金眼」に値するだろう。天賦は特に思考を巡らせることなく答えた。
「カルメの目はぴかぴかしてる」
カルメは「オイ」と天賦を小突く。面倒な雰囲気が出ていたので適当なことを言って場を切り抜けたいと思っていたのだが、天賦が肯定したことでそうもいかなくなってしまった。天賦は「あ」と口を抑える。
黒ローブたちはその答えに興奮して「おお」と声を漏らした。喜ばせてしまったようである。
「まっ、まさか! 金眼の人間が他にもこの世にいたとは!」
「これで"完成"だ!」
「我々は救われる!」
そんなことを口々に言い始める。天賦たちにはさっぱりだったが、「救われる」などと言う言葉を聞いて、天賦はこれがあの「宗教」というやつではないのかと思った。
ノートが言っていた「シューキョーテキなマホーコーギ」の「シューキョー」の部分である。天賦の認識では、何かを信じ、それを神とし、そして「救われる」ことを目的にするのが「宗教」だ。所々違っていることは天賦に分からない。
これはまずいと2人はその場を退散しようとする。しかし、勿論気が付かれてしまった。
「待って下さい、金眼の方! 私たちの王! あなた様さえいれば、私たちは理想郷に辿り着けるのです!」
「おっ、「王」だァ?」
「はい! 私たちの祖国の王であらせられるお方ですから!」
天賦は「王」と聞いて、彼らが魔王を信じる者たちなのではないかと疑ったが、話を聞くとそうでもないようで。
カルメが魔王と呼ばれているのは一国を収めたからではなく、強大な力の象徴として「王」とつけられたからだ。
つまり、彼らは何か勘違いをしている。
「えっと、カルメはあなたたちの王じゃない」
「いいえ! その目があなた様の位を証明しております! ささ、そのマスクを外して「金眼」をよく見せて下さい」
天賦は焦った。カルメの顔を他人に見られたら不味い。きっと取ったら誤解は解けるだろうが、それでも駄目だ。
「それは駄目! 取るのは駄目」
「だから理由教えろってェ……」
「ほら! 直接見せられないというのが「金眼」である証拠です!」
他のローブたちは口々に「そうだそうだ」と同調した。天賦は彼らの誤解を解くのを諦め、カルメの襟を掴んだ。その瞬間、カルメは何が起きるのか察したようだ。
天賦が天高く跳躍した。右手にはカルメをつかんだまま。カルメが人間でないからこそできる撤退方法だった。これがファティやスルなら死んでいる。
ローブ集団のことは見るまでもない。
天賦は一つの民家の上に着地する。ドーム型の硬い屋根なのでバキッと折れることはなかった。カルメは雑に叩きつけられたことに文句を垂れようとしてやめた。
「なんだあれ」
「ふう……さァな。ただ、ちょっと不可解だな」
「何が?」
「アイツら、全員同じ呪いにかかってやがったぜェ」
天賦はそれを聞いて驚愕した。カルメの呪いが解る能力を忘れかけていたからというのもあるが、それよりも「同じ呪い」にかかっている点だ。妙な共通点に鳥肌が立つ。
「何の呪いだったの?」
「それがな――」
カルメの背後に黒ローブが現れた。さっきの広場から遠く離れたと言うのに、すぐそこにいたのだ。
「我が王――」
「わぁ!」
天賦は驚いて、思わず蹴飛ばしてしまった。黒ローブは勢いよく落下していった。まさか殺してしまったか、と天賦はおそるおそる地面を覗く。しかし、黒ローブはモロに打撃を喰らったようだが、よろよろと立ちあがろうとしていた。
「なんだコイツ! 他にもいるのかよ!?」
天賦は再びカルメを掴んで飛ぶ。空中から見える帝都を楽しんでいる暇はない。
次はマーケットの屋上に停まった。あの忌々しい女店主の顔も見える。そして、改めてカルメの話を聞こうとしたとき、そこには黒ローブの人間が3人いた。
天賦は思った。こいつら怖い。
飛ぶ、着地する、発見する、蹴る。
飛ぶ、着地する、発見する、蹴る。
飛ぶ、着地する、発見する、蹴る。
飛ぶ、着地する…………。
何度繰り返してもあの黒ローブたちがカルメに向かって「我が王」と叫んでくる。いくら天賦とカルメが「勘違いだ」と主張しても聞く耳を持たなかった。
「なんなんだコイツら! オレが何したって言うンだよ!」
そこまで「金眼」の人間を求める意味が分からない。こんなに飛び回っているんだからそろそろ諦めて欲しいものである。天賦は埒が開かないことに苛立って、広場の中心に戻ってきた。ざわつく心を抑えるために"相棒"を一撫でする。
広場には大勢の黒ローブが集まっていた。最初に会った時よりも遥かに多い。あまりにもありえない人数に吹き出しそうになった。一体どこにこんな隠れていたんだ。
「我が王を離しなさい! 共に理想郷を築きましょう!」
リーダーのような人物が一言口にすると、周りの黒ローブが雄叫びを上げた。何が起こってこうなったのか天賦にはもう分からない。ゆっくりと円が縮まっていく。
天賦は拡張袋に手を伸ばす。もう武力行使で諦めさせようと思ったからだ。
一度つっかえた後に出てきたのは――スリングショットだった。
何故今、一番使えないものが出てくるんだ?
天賦は失望し、カルメは自分が棍棒のように使われることを覚悟した。
"相棒"のグリップに手を伸ばしそうになった時、
ふわりと春の風が天賦を包んだ。
「こら、何をしているんだ。」
凛とした、よく通る声だった。
ピンクブロンドの髪と大きなスリットが入った黒のロングスカートがさらさらなびき、彼女の美しさを強調する。右目を隠している分彼女の赤い左目が際立った。
そして、驚くべきことに、彼女には巨大な尻尾が付いていた。先は鋭利で、簡単に人の体を引き裂けそうな外見をしている。
彼女は天賦とカルメの前に立ち、堂々と一言発する。
「私の友となる人に、ちょっかいを出さないでくれないかな。」
「不運は幸運の前触れ」とはこういうことなのか、と天賦は思った。




