15話 帝都ムーナ・ルイス
やっとのことで着いたムーナウーヴァは、天賦の目にそれはそれは美しく映った。
天賦が今まで見たことのある街はどれもオレンジ屋根ばかりだったので、白くなだらかな壁と、日差しに煌めく湖はもの珍しく映った。
「見て、凄いきれい」
「これどうやって作ったンだァ?」
「ムーナウーヴァは魔法技術が優れた国なのでこんな街も作れるんでしょうね」
ファティの口からはすらすらムーナウーヴァについての知識が出てくる。まるでガイドのようだ。
「ソエルソスは戦闘魔法の研究が特に進んでいますけど、ムーナウーヴァは【治癒】や【鈍化】などの特殊魔法が発展してるんですよ」
「特殊魔法?」
「特殊魔法は魔力回路が大きく変形する魔法で、それを使っていると【水流】とか【火炎】とかが使えなくなっていくんですよ」
天賦は納得した。そしてウィルヒムパーティがスルが攻撃、ノートが回復と担当が分かれてる理由を知った。
よく思い返してみると、ノートは他国の魔法学院に留学していた経験があると言っていた記憶がある。これで彼が優秀な癒し手であることにも理由がついた。
「てか嬢ちゃん。オレら何でムーナウーヴァに行きたかったンだっけ?色々あって忘れちまったよォ」
「呪源がいるから。あと強そうな人がいる」
「あァ、そうだったそうだった」
カルメが手を打つ。街に入ったので、カルメには人間になってもらった。毎回同じ服になるので、彼の変身は服とセットなのだろう。
「天賦さんはムーナ・ルイスに長期間滞在するつもりなんですよね?」
「そう」
「なら、普通に商売してていいですかね?俺、いつもムーナウーヴァで店を開くところがあるんですけど、何かあったらそこに来てくれたらいいんで」
ファティは欠伸をしながら言った。
その発言を、天賦とカルメは不思議に思った。てっきりファティもついてくるものだと思っていたから。
「ファティ、来ないの?」
「……一応、あなたたちの冒険の資金を稼ぐって名目もあるんですよ。一応ね」
天賦は冒険者ではないので、魔物討伐で資金を稼ぐことができない。組合に登録しに行かないのは召使との約束があったからだ。
召使にとって、天賦はどこにも所属していないのが利点らしく、天賦が何かの組織に所属して呪源を斃してしまうと面倒な問題が発生するようで。天賦は政治に詳しくないのでわからない。
なので、天賦とカルメは厳密に言うと「無職」だ。
「別に来りゃいいのになァ。呪源斃しに行こうぜェー」
「あのねぇ、俺に天賦さんみたいな動きができると思います? カルメさんみたいな頑丈さがあると思います?俺は一般人なんですよ、一般人」
ファティは「一般人」を強調して繰り返す。彼はあくまで彼らが命の恩人だから、そして圧をかけられているから旅について行っている。ファティは呪われていないのだから――これから呪われる可能性もあるが――呪源を斃しに行こうと決心できるわけがないのだ。
「とにかく! このムーナ・ルイスにいる時は同じ場所にずっといるので、車が必要になったら言ってくださいね」
「わかった」
「りょ〜かい」
術力車がムーナ・ルイスの巨大な門を通る。
低空飛行する白い鳥も街の雰囲気に合っていて、それらも一種の装飾品のようだ。
天賦は、こんな美しい国に呪源がいるのか、と不釣り合いな評判を不思議に思った。
「よいっ、しょ」
ファティが帝城付近の空いたスペースに術力車を停め、荷物を整理し始めた。数年前からここでも料理を出していて、ちゃんと許可はとっているそうだ。
「ふぅ。あとは食材の買い出しをして……ちょっと、2人ともなんで突っ立ってるんですか」
「困った……」
「マジでドコに何があるか知らねェもん」
天賦は見慣れぬ街に浮き足立っていた反面、この街で何をすればいいのかわからないでいた。ヘイリンとは勝手が違うので、もしかしたらムーナ・ルイスの人々に失礼なやつと思われるかもしれない。
「そうですねぇ、ここの坂のすぐ下に大きなマーケットがあるので、そこに行ってみたらどうですか?……ほら、お金は渡しますから」
天賦の手にほどほどに硬貨が入った巾着袋が渡される。天賦は貰って早速中を覗いた。しかし、少し気掛かりな点があった。
「銀だ。金のやつじゃない」
「……は? あなた何言ってるんですか? 金貨なんて簡単に渡せるわけないでしょ」
ファティはうんざりした顔をする。
召使からもらっていたものはいつも金貨でいっぱいだった。ファティの反応を見ると、あれは本来とても価値があるものだったのだろう。さらに失ったものの大きさが膨れ、天賦は過去の行いに肩を落とした。
「ほら、行ってきてください。それ無くさないで下さいね」
「はーい」
天賦とカルメは坂を降りる。
ファティが言っていた「マーケット」がどれなのかはすぐに分かった。色とりどりな商品が並び、人に溢れ活気に満ち溢れている。天賦はヘイリンの市場を思い出す。それによく似ていたが、売られている物の種類は違った。
「カルメ、何買う?」
「え? ……なんだろうなァ、嬢ちゃんは?」
「……分かんないから聞いた」
2人は嗜好品というものを買ったことがない。しかし、並んでいるものは雑貨や服など、天賦が興味を示してこなかったものばかりだ。
「あー、嬢ちゃんはなんでも貰えるっていったら何が欲しい?」
「呪いがなくなるもの」
「そういうのじゃなくて、実際にあるヤツだよ」
天賦は考える。自分が欲していて、お金があるなら買って、「なんでも貰える」中の選択肢に入る物。天賦の中には一つきらめくアイデアがあった。
「……じゃあ、武器」
「よしきた、じゃあそれにしよう」
天賦とカルメは通りで武器屋を探す。その間、2人は天賦の境遇についての話をすることになった。
「そういえばさァ、嬢ちゃんって何してたんだ?」
「闘技場で戦ってた」
「その前は?」
「その前は……森」
「森ィ?」
カルメは素っ頓狂な声を出した。天賦は闘技場で暮らしていた時の方が記憶に深く残っているので、以前のことはぼんやりとしか思い出せない。
「小さい頃は、ずっと森にいた。"相棒"もずっと一緒だった。たくさんの大人が驚いてて、私を連れてった」
簡潔すぎる説明はカルメを困惑させた。
親は誰なのか、なぜ森にいたのか、なぜその剣を持っていたのか、聞いてもカルメが求めるような答えは返ってこないと推察し、カルメは適当な相槌をした。
天賦は話したくないわけではなく、単によく覚えていないだけなのだ。普通の人間が幼い頃の記憶を失っていくのと同じである。ただ、天賦の心から決して薄れないものはやはり"相棒"である。自分が1人だったことはこれまでの人生で一度だって無い。
2人はマーケットの端から端まで歩いたが、どこにも武器屋は見当たらなかった。
途中から勘づいていたが、ここはそういった雰囲気の商店街では無い。進めてもらった手前だが、ここに天賦たちが欲する物はなさそうである。
武器屋の場所を探すため、快活そうな女性が店主をやっている店で聞くことにした。
「お、いらっしゃい」
「武器屋ってどこ」
「武器屋? あー、ムーナ・ルイスには一個しかないんだけど、最近あそこの鍛治主が死んじゃったんだよなー」
死んだ、という言葉にカルメが反応した。天賦は老師のような高齢の鍛治主しか知らないので、老衰でなくなったのかと思った。しかし、それとはまた少し違う理由があるようで、
「なんか、よく知らないけど変な集団が最近帝都に来たらしくて、そいつらに殺されたんじゃないかってウワサ」
美しい街並みにそぐわない物騒な噂に天賦は眉を顰めた。
「え? どうして」
「知らないねぇ。ただ、あそこの鍛治主はなんか特別な魔道具か武器だかを持ってたって言うから、それを強奪するためだったんじゃないかなぁって私は思うよ」
丁寧に知っていることを説明してくれたことに感謝する。武器屋が無いのならば天賦たちが金を使いたいと考えている場所はないので、そのまま街を適当に見て回ろうと思ったが、その前に、天賦とカルメは店主に提案をされた。
「そうだ、お二人とも武器屋を探してたってことは冒険者か何かだろ? うちは戦闘補助用の道具を売ってるから、良かったら見ていってよ」
「おー、それはいいね」
天賦は、この女性がケミタンのように「教えたんだから物を買え」と言ってくる人だったらどうしようと心の底で心配していたが、そんなことはなくむしろ天賦たちの助けになるようなことしてくれるなんて、なんていい人なんだ、と思った。
実際、彼女が言っているのは「話をしたんだからうちの物を買え」で、ケミタンと全く同じなのだが、言い方を変えるだけで天賦の心は簡単に振れ動いた。
カルメはそれを薄々気づきつつも、自分たちの不利益にはならないだろうと思って口にはしなかった。
「カルメ、どれがいいと思う」
「これは……匂い袋か? こっちは拘束用のスライムの死体で……って、こっち系が得意なの嬢ちゃんだろ。オレはそういうの分からねェってェ」
その割にはよく見てたのにな、と天賦は思う。
並ぶ商品はどれも魅力的に見えるが、天賦ほどの強さがあると買う必要のないものもある。スライムの死体なんかは、それで拘束される筋力の魔獣・魔物ならわざわざ動きを止めなくても天賦の脚力で簡単に迫れるので必要ない。「役に立ちそう」でなんとなく買うのは危険だ。
……そうは思いつつも、天賦は初めて見るスリングショットという武器に惹かれてすぐに選び取ってしまった。武器屋でも闘技場でも見たことのない類いのものだったので、つい。
「嬢ちゃん、それ小石を飛ばすにしてはデカくね? 何を使うンだよ」
「カルメ」
「オレ!? あ、いや、そのデカさならそうか……」
天賦には最高の弾があるので、鉄球は購入しなくていいだろう。他にも良いものがないか店内を見回す。よく見ると、棚に並ぶ商品は時間稼ぎ用や飛び道具が多く、盗賊が使いそうなものが多い。
天賦が棚を物色していると、何も入っていない皮袋に気がついた。ヨレていて不恰好に見える。
「ね、これ何」
「ああ、それは拡張袋ね。見た目よりもたくさんの物が入るの。軽いしすごく便利だよ。ただ、それはコンパクト版の不良品で、同じ物を入れられないんだぁ。あ、でもその代わり半額だよ」
天賦はそれを魅力的に思った。これを常備していれば戦闘中にナイフや槌を切り替えることができる。天賦はスリングショットに加えて、拡張袋も手に持ることにした。
カルメは心配していた。不良品とはいえそんなに便利そうな物なのに、なぜ棚の端にポツンと置いてあるのか。少なくとも見た目では古いものに見える。ただ、天賦が上機嫌でカウンターに向かうのでそれを言う暇はなかった。
天賦は拡張袋に早速スリングショットを入れる。それは吸い込まれるように袋の中に収まり、外から見るとただのサイフにしか見えない。天賦が再び手を伸ばすと、中からスリングショットがずるりと出てきた。その様子に天賦は大興奮している。
「すご! これすごい! どうなってるの」
「魔法であれやこれやしてンだろ。オレらには分かんねェよ」
天賦は特に良い買い物をしたと満足げにしている。そして、せっかく買ったならナイフと槌も入れておきたいと思って、ファティがいる術力車に戻ることにした。大きな槌は特に邪魔だった。
「はい、ありがとうございましたー」
ファティの店はすでに賑わっていた。3、4人程並んでいて、たった今1人の客が紙袋を持って去って行った。
彼の店には常連もいるようで、ファティが「久しぶりですね」と挨拶もしていた。天賦が思っていたより知名度があるようである。
客がいなくなった頃、ファティは天賦たちに気がついた。エプロンで手を拭き、術力車のキッチンから降りてくる。
「2人ともどうしたんですか?お金がもっと欲しいとかじゃないですよね」
「いや、良い物を見せにきた」
天賦はにんまり笑い、凄く良い買い物をしたことを見せてやろうと思い、術力車の中からナイフと槌を取り出す。そして、拡張袋の中に入れた。ファティが驚くことを期待したが、思った通りの反応は返ってこなかった。
「ああ、拡張袋だ。それいいですよね。俺も食材を詰める用に使ってます」
「え、持ってたの。なら私のハンマー入れてくれればよかったのに」
「「食材用」って言いましたよね」
天賦は思った通りのプレゼントを貰えなかった子供のように拗ねた。どうせならもっと驚いて欲しかったと残念そうにする。気を取り直して、拡張袋からナイフを取り出して見せようとした。
――しかし、中に何かがつっかえて上手く取れない。
「ん、あれ」
天賦には中がどうなっているのか分からないので、無理やり引っ張るしかない。そしてナイフの柄を掴み、助走をつけて引き上げると――中から槌が出てきた。
「あれ」
「ン?どうした嬢ちゃん」
天賦は槌をカルメに渡して、今度こそナイフを取り出そうを手を伸ばした。やはり、中で一度つっかえる。テンポが悪い。またナイフの柄を引っ張り上げると、そこから登場したのはスリングショットだ。
「え? あれ? ナイフが出てこない」
困惑する天賦を見て、ファティが気まずそうな顔をした。ファティはこの現象が何か知っているようだ。
「天賦さん、それ、ひどい不良品をつかまされましたね」
「ひどい?」
不良品、とは言っていたが、同じ物が入らないというだけで、他のものを入れていれば気にすることはないと思っていたが、どうやら違うようで、
「凄くたまにあるんですよ。同じ物が入らなかったり、思った物が出てこなかったり、中で妙につっかえたりすることが。それ、不具合の全部盛りですね……」
「え!?」
天賦は思わず袋を落とした。槌が入っているとは思えない落下音だった。どうやら天賦は「凄く良い買い物」ではなく「イマイチな買い物」をしてしまったようだ。
「あー、そういうことか。嬢ちゃん、残念だったなァ」
「そんな……」
天賦は店主に返品を促したが、彼女は首を縦に振らなかった。天賦の行く先でマトモな商売をしてくれたのは老師ぐらいである。




