13話 むかしむかし
「ファティ、起きて。起きてってば」
次の日、天賦たちは改めてムーナウーヴァを目指す予定だった。しかし、その日の朝に早速問題が起こった。ファティがベッドから起き上がらないのだ。
天賦が声をかけても起きないし、引っ叩いても「頭が痛いから」と言って布団を頭に被る。軽度の体調不良だろう。
【治癒】で治すことができるのは怪我や疲労だ。内から出る病気には対応できない。 これでは天賦たちがムーナウーヴァまで行くための足がなくなってしまう。
「こりゃ、発つのはまた明日になりそうだなァ」
天賦は心から落胆した。
彼女は悠長ではなくせっかちな方だ。"魔獣の呪い"と対峙した際、ムーナウーヴァに行く計画が遠のいたのは正直仕方のないことだと思っている。
しかし、彼女にとっての楽しみ、使命が着実に遠のいている気がしてならないのだ。このままのペースではムーナウーヴァに着くのは来月なのではないかとさえ思った。"相棒"の鞘を優しく撫でる。
天賦は記憶力が良いわけではない。何故自分がムーナウーヴァに向かおうとしているのか、ムーナウーヴァに何があるのか忘れてしまいそうになる。彼女が欲しているのは「呪いを力に変えた」という女と、呪源の討伐だ。
前者のことはソエルソスに帰ってこなかったら忘れていただろう。老師に感謝だ。
「嬢ちゃん、今日はどうする?オレを助ける方法とか考えてくンねェ?」
「今は諦めて」
カルメはがっくり肩を落とした。初めて人間になった時と比べたら多少は自然な動きになった。
ムーナウーヴァに行けないとなると――天賦が次に欲しているものは「英雄」についての知識だ。自分が倒しにいく敵の情報は知っておきたい。魔獣を狩る時と同じだ。
「カルメ、英雄のことを知りたい」
カルメは天賦の言葉を繰り返して言った。
彼は天賦と初めて会った時に「昔のことは覚えていない」と確かに話した。ならばなぜ自分に聞くんだ?とカルメは疑問に思った。
「えっとォ、だから覚えてねェよ?」
「それでもいい。どこかで知れたら嬉しい」
カルメは天井を見上げ、うーんと呻った。それから、天賦に思いついたことを提案した。
「なら、本を売ってるとこに行ってみようぜェ。こういうのは大抵昔話になってるって決まってンだよ。文字ならオレが読むからさ」
「そういうもの?」
「そういうモン」
カルメは天賦を真似して頷く。「本を売っているところ」がどこなのか分からないので、2人は誰かに聞くことにした。ケミタンは――次こそ魔道具を買わされそうなので、老師の武器屋に向かうことに決めた。
「本やと? なぜに、あんたが本を読むんか?」
老師は疑念の目を天賦に向けた。老師はカルメを見て特別驚かなかったので、会話がスムーズに進む。
「「英雄」について調べたい。どこにある?」
老師と、その弟子であろう女性は、ははあという顔をして2人で相談を始めた。天賦が呪源を倒せる人間を聞いた時のことを覚えていたのだろう。
「そうだな、「英雄」について知りたいっちゅーことならそこいらの本屋で"呪解者"が書いた本を探せ。獣人の国に住む呪いの研究家や」
「呪いの研究家ァ?」
天賦は、その「呪解者」という人物にも興味をそそられた。肩書きで名乗っているということは呪解者自身も呪われているのだろうか。
しかし、名の通りに呪いを解くことができるなら自分の呪いをそのままにしておくわけがない。
誇張広告だろ、とカルメは天賦に言った。
「その人の本なら分かる?」
「多分な。おらは呪われちょるけど、呪いのことは詳しくないんじゃ」
老師は伸びきった白いヒゲを撫でた。天賦は大切なものを呪いで奪われたが、老師は大切な場所に閉じ込められている。天賦よりも呪いに対する恨みは薄いようだった。
「ありがとう。じゃあ行ってくる」
「おう、斃せるといいな、呪源」
老師は武器屋の敷地内から手を振った。
天賦は目をこれでもかと細めながら、本棚を見つめていた。天賦はもちろん本など読んだことない。たくさんの板が並び、そこに暗号が書かれているようにしか見えなかった。
カルメが呪解者、呪解者と呟きながら本をなぞっていく横で、天賦は"相棒"を撫でながらその場で回転していた。分からない物を見ても楽しくない。
しばらくすると、カルメが「あった」と天賦を呼び出した。
「ここらにあるな、「呪解者」の本が。一冊だと思ってたけど、意外と刊行してるなァ」
「いいから。どれが英雄っぽい?」
カルメは数冊の本を交互に見て、青い本を取り出した。
「『呪いと「英雄」』、これだろ」
「おー」
天賦はその場で読めとカルメに頼んだが、カルメはそのままカウンターに行ってその本を買った。今や天賦たちは貧乏ではないので、購入するか相談せずとも自然にそれを買うことができた。ファティに感謝である。
2人は広場のベンチに座り、その本を開いた。
「ンじゃ読むぞ。……あー、これは、そのまま読むと嬢ちゃんには分かんねェな」
そう言って、カルメは本のページを捲りながら、天賦が探している情報が載った該当するページを探した。
一つの場所でカルメは動きを止めた。
「まずは「英雄」の詳しくが載ってるとこだな。読むぞ?」
「うん」
カルメは要約しながら話し出した。
「えーっとォ、まず"勇者"だな。コイツは英雄たちのリーダーみてェなモンで、1番強かったらしいぜェ。すげェ「聖剣」ってのを持ってて、それで魔王を封印したとか」
天賦は「聖剣」と聞いて"相棒"を見た。それだけで天賦は"勇者"は少し私と似ている、と思った。
「だけど、"勇者"に関するその他のコトは分かってねェみたいだ。性別とか、どんなヤツだったかとかは分かんなかったって書いてるなァ」
ファティは、その"勇者"がもしかしたらロジャヴェルズというドラゴンの呪源なのではないかと言っていた。1番強いのだったら、1番強いドラゴンになってもおかしくない。
「で、次はその"勇者"の仲間だなァ。えーと、僧侶のオーガン、魔術師のチュリマー、白魔術師のアベン、武闘家のサマルエルム、重戦士のシュルトカ」
「……シュルトカ!?」
天賦は立ち上がった。たくさんの名前が並んでうんざりしていたとき、聞き覚えのある名前が急に登場したからだ。彼女が夢で見た謎の少年、彼も「シュルトカ」と名乗っていた。カルメはいきなり大声を上げた天賦に驚く。
「うおっ!? 嬢ちゃんどしたの」
「……いや、なんでもない」
天賦の頭は混乱していたが、夢に出てきたからと言って、彼が何か天賦と関係があるとは思えない。今は置いておくことにした。
「じゃあ、そのシュルトカ?のトコ読むぞ。えーと、"勇者"の仲間の中で特に幼かったみたいだな。それで重戦士なのか、すげェな」
特に幼い。14歳と言っていた彼と恐らく同じだ。
天賦はカルメに話を催促する。
「出身地はムーナウーヴァ近辺にあったと思われる小さな村で、ま……魔王が厄災をばら撒き始めてすぐに旅に出たとか。その先ですでに旅をしていた"勇者"と魔術師のチュリマーに会ったってェ」
カルメは「魔王」の部分を読む時言い淀んでいた。覚えていないとはいえ、過去の自分の悪行を読むのは気分が悪いのだろう。
シュルトカはムーナウーヴァ辺りの村に住んでいたと言われ、まさかと思う。
「じゃあ、ムーナウーヴァにいる呪源はシュルトカ?」
「どうだろうな。住んでたとはいえ、すぐに旅に出たんだろォ?全然違うトコで呪源になってる可能性もあるぜェ」
そもそも、なぜ「英雄」たちは呪源になってしまったのだろうか。どうして世界に呪いをふりまいているのだろうか。天賦にはそれがどうしても不可解だった。
「なんで「英雄」は呪源になったの」
「ちょっと待てよ。え〜と……ここか?」
カルメは自分で一通り読んだ後、天賦に話し始めた。
「詳しい理由は全然分かってねェらしいな。ただ……はァ、マジか。魔王がなンかした可能性が高ェって」
カルメはうんざりしていた。
「英雄」のことを調べると、自然と魔王の話にもなるのは当たり前だ。彼らが英雄と呼ばれるのは魔王を倒したからなのだから。
「じゃあカルメ、呪源から戻してあげてよ」
「無理に決まってンだろ……今どうやって元の姿に戻るのかも分かんねェんだぞ」
それもそうか、と天賦は思う。できるだけ早く、できるだけほどほどに記憶を思い出して欲しい。
「まァ、もしムーナウーヴァにいるっていう呪源がそのシュルトカだったら、重戦士だからすっげェ重い攻撃とかしてくンのかもなァ」
「カルメより硬いかな」
「そうだったらマジで困るな。オレがまた振り回されるしかねェじゃん」
2人はそこで本を読むのをやめて、宿に戻った。呪解者の本は術力車のシェルフに入れておくことにした。
宿に戻ると、ちょうどファティがどたばたと2階から降りてきた。
「あれ!? 今何時ですか!?」
「あ?もうすぐ日が沈むぜェ」
それを聞くと、ファティは顔を真っ青にした。そして、震える足で天賦に近づいた。
「本当に! 本当にすみませんでした!!」
ファティは半は無理やり旅に同行させられているというのに、本気で天賦たちに謝っている。彼は根が真面目なのだろう。
「きょ、今日は、いやもう終わりますけど、俺が! 俺が晩飯作るんで!ね! 本当にすみません!」
「そうなの? ありがとう」
作ってくれるというのなら食べる。
今日の晩御飯は柔らかいパンと羊の肉がメインだった。天賦はファティはパンも作れるのか、と驚いた。




