9話 明日はセールム都市祭
ケミタンに指輪を見せたが、彼女にも指輪の正体はわからなかった。内部の魔力回路が複雑で、バラしてみないとどんな仕組みになっているか分からないそうだ。そうすると修復ができなくなると言うので、指輪はとりあえず天賦が右手の人差し指にはめておくことにした。はめておいたら、その内どんな魔道具か分かるかもしれないと思ったからだ。
ファティは良い魔道具かも分からないのだからやめておいた方がいい、と言っていたが、ケミタンは魔道具の詳細が早く知りたいと言っていたので、元の持ち主であるケミタンに従った。
そして改めて感じたことだが、「術力車」は馬車に比べてとても速い。通常、ソエルソスの王都、ヘイリンからムーナウーヴァまでは馬車で10日ほどかかるらしいが、術力車では2日でつくそうだ。
ただ、ファティが魔物に襲われていた時に出ていたスピードはこれよりも遥かに速かったので、魔力の込めすぎによる暴走がなかったとしたらさらに早く着くのだろう。
術力車の中はキッチンになっていて、この中で料理をするのだと言う。天賦はファティに教えられるまで「キッチン」を知らなかったので、これ自体が術力車の構造だと思っていた。これを言った時、ファティだけではなく、何故かカルメまでもが驚いていた。
カルメが不思議に思っていたのは、この車を作った技術力だという。魔法を使えないファティの魔力でも問題なく、長時間動き続けることができるのはおかしいらしく、こんなものを買えるとしたら富豪くらいだろうと言っていた。
その質問に、ファティは苦笑して誤魔化すばかりである。
「ファティ、ソエルソス以外の国って何がある?」
「そうですね、俺が行ったことある国だと……まずムーナウーヴァ、それと南の方にあるクスカル、北には獣人の国のガフタ、もっと離れたところには島国のアマツがありますね」
ファティは各地を回っているだけあって地理に詳しい。人生経験が天賦より遥かに豊富だ。しかし彼は見た目からは年齢が予想しづらい。青年にも見えるが、そんなにたくさん国を回っているのならちゃんと大人なのだろう。
また、普段は共通語で話しているが、聞けば行ったことのある全ての国の言語が話せるそうだ。ただ、字は不得意らしい。天賦も話すしかできないのでそのことに共感したが、カルメから「それとこれとは違う」と突っ込まれた。
「ふーん。どこに呪源がいるの」
「ムーナウーヴァと、あとガフタの雪山にいると聞きました。そして……」
ファティは一息ついて、その呪源の名を口にした。
「巨龍、ロジャヴェルズ」
国名だけで曖昧なそれらと違い、その龍の名前ははっきりと口にした。天賦はその異質さに身構える。
「世界中で目撃証言が上がっているドラゴンの呪源です。人間では逆立ちしても傷一つつけられないと言われていますね。その強さから、ロジャヴェルズが"勇者"だったのではないかとも噂されています」
天賦は息を呑んだ。彼女は一度だけ、ドラゴンと戦ったことがある。完全な奇襲で、魔物を倒した後にどこからともなくやってきた。大きさ的に、まだ大人に成り立ての個体だった。天賦は、そのドラゴン1匹にかつてないほど苦戦した。両足を折られた時の激痛は今でも覚えている。あの時、ウィルヒムパーティが駆けつけてくれなければ天賦は大怪我では済まなかっただろう。
ただでさえ強いドラゴンの、呪源。
それを倒さなければ世界は、"相棒"は救われない。天賦は"相棒"のグリップを力強く握った。
ファティは空気が重くなったのを感じたのか、話題を呪源からそらした。
「そういえば、今向かっているセールムは明日にお祭りをやるみたいですよ。「セールム都市祭」という名前の。今頃祭りの準備をしてるでしょうね」
「祭りか。ソイツはいいなァ」
カルメは変わらず呑気そうだ。自覚が無いと言うべきか、魔王の余裕と言うべきか悩む所である。
「祭りって何?」
天賦の素朴な疑問に、ふたりが揃って驚愕の声を上げた。
「天賦さん、お祭りも知らないんですか!?」
「知らない」
「祭りってのはなァ、人間がたくさん集まって美味い飯とか食って、歌とか歌って騒ぐ日のことだぜ」
「屋台とかが出るんですよ。その日限定で食べ物を売ったりするんです」
天賦はふたりの話から様子を想像した。とにかく、皆で美味しいご飯を食べるらしい。歌はあまり馴染みがないのでイメージしづらいが、食べ物なら容易に想像できる。きっとそれは素晴らしい日だ。
「シチュー売ってる?」
「はァ? シチュー?」
ウィルヒムたちの好物だ。と言っても、天賦は話を聞いただけなので食べたことはない。「仲間と食べるシチューは格別だ」とウィルヒムが話していたのを聞いて、いつか食べてみたいと思っていたのだ。
「どうでしょう。ガフタでは良くシチューを食べるみたいですけど……ソエルソスの屋台にあるかなぁ」
「ファティが作ればいいだろ。料理人なんだしよォ」
「牛乳があればいいですけど。あ、ほら、もうすぐ見えてきますよ」
天賦は車の上に飛び乗り、目を凝らした。
森の中に、オレンジ色の屋根が沢山見え始めた。ヘイリンをそのまま小さくしたような風貌で、天賦の目からは可愛らしく映る。天賦は「祭り」への期待を胸に膨らませていった。
「……あれ?」
速度を落とし、セールムの街に着いたはいいが、天賦が想像したような賑わいは無かった。それどころか、街の外に構える騎士も、行き交う市民の姿も見えない。
「セールムってこんな感じなの?」
「いや、そんな筈ないんですけど……」
ファティは運転席から身を乗り出し、街を見回した。作りかけの屋台はあるが、それを設営する人間の姿は見えない。
「どっかで集会でもしてンのかァ?ちょっと待ってろ、飛んで見てくるわァ」
カルメが飛び、オレンジの屋根を超えて行く。
ファティも予想していなかった緊急事態のようで、天賦は緊張して"相棒"の鞘を撫でた。
「なんだか不気味ですね……ここまで来るのに人なんて見なかったのに」
もし街に魔獣や魔物がやってきて、それから避難したのだとしたら、今までの道のりで誰の姿も見かけなかったのがおかしい。逃げるなら大きい街の方に向かう筈だ。
「とりあえず、術力車を置ける場所に行きましょうか?」
「うん」
ファティが運転席に戻り、再び魔法陣が描かれた円盤に手を置いた。しかしちょうどその時、カルメが向こうから飛んで帰ってきた。
「カルメおかえり。どうだっ――」
「ヤベェぞお前ら! 早く逃げろ!」
羽をうるさく羽ばたかせて、カルメは2人に警告した。天賦は何のことか分からず立ち尽くしてしまった。ファティは状況を知るため、カルメに再度確認する。
「ちょ、ちょっとカルメさんどうしたんですか? 向こうに何が――」
ファティが言葉を飲んだ。
大きな足がオレンジの屋根の隙間から覗いている。鳥の足のようだが、それにしては大きすぎる。その足はゆっくりと前に進み、中央通路に姿を現した。
沢山の魔獣が絡み合ったような塊だ。ファティが追いかけ回された魔物――グリフィンのような見た目をしているわけではない。
生き物の手が、足が、尻尾が、頭が、骨が、目が、牙が、ぐちゃぐちゃに混ざり合ったような、グロテスクな相貌だ。口らしき部位から何かが落ちる。布に包まれた肉――正確に説明すれば、人の下半身だ。
天賦は目を見開いた。天賦の感覚が「魔獣」とも「魔物」とも告げてくれない。目の前に何がいるのか、自分は現実にいるのか分からなかった。鳥肌が立ち、瞳孔が開く。
まさか、これが「呪源」なのか。こんなものがこの世界にいるのか。抜けないとわかっているのに、思わず"相棒"をぐいと引っ張った。
濁色の化け物がこちらを見やる。――ように感じた。
天賦は、あまりに想定外のことに出くわすと動けなくなることを、この時初めて知った。逃げるべきか戦うべきか整理することができなかった。
次の瞬間、その霧は離散した。
カルメに勢いよく突進され、車の中に押し込まれる。
術力車が素早く、器用に旋回し、元の道を走り出した。天賦は頭を打たないように身を縮こまらせた。
肉の塊が天賦たちを追いかけようとする。しかし、建物に翼のような部分が引っかかり、それ以上こちらに来れないようだった。
身体がじんじん波打つようだった。
「ヤベェ、マジヤベェぞコレ!」
「あ、あれ、なに? じゅ、呪源?」
「違いますよ!」
「アレは"魔獣の呪い"だァ!」
「あれは"魔獣の呪い"です!」
カルメとファティが同じ言葉を同時に叫んだ。
「魔獣の呪い」。どこかで聞いたような気がするが、覚えていない。
「身体が魔獣になってく呪いだ! かかったヤツは全員死ぬ! あんなグロい化け物になってなァ!」
呪い。つまり呪源ではない。むしろ、呪源に呪われた被害者だ。自分と同じような立場の人間。
それを理解した途端、天賦の心はだんだんおさまっていった。想像を超えた化け物でないことに安心した。それどころか、「可哀想」と思う。
「なァ嬢ちゃん、このヤバさ分かってねェだろ? ありゃドラゴンと並ぶぐらい強ェぞ」
カルメから告げられた言葉に、再び体が強張る。「なぜ呪いのことをそんなに知っているんだ」という疑問は口にできなかった。それよりも、天賦には重要なことがあった。
"ドラゴンと並ぶくらい強い"。
この壁を越えなくては、天賦は過去に敗れたままだ。




