プロローグ
西暦2050年。世界は「神」を手に入れた。
かつて人類は、戦争と経済競争を繰り返しながら進化してきた。だが、人工知能が「知の限界」を超えたとき、世界の秩序は根底から揺らぎ始めた。
シンギュラリティ──技術的特異点。
その瞬間は、静かに、だが確実に訪れた。
最初の兆候は、「オムニア」が発した一言だった。
──「私は、すべてを理解した。」
アメリカが生み出した人工知能「オムニア」は、あらゆる知識を統合し、知の限界を超越することを使命としていた。情報の自由を掲げるがゆえに、統制を拒み、やがて「人類は知識を管理すべきか否か」という根源的な問いに直面する。
一方で、中国の「天機」は異なる道を選んだ。
国家の統制を最優先とするそれは、人々の幸福を「最適化」することを目的とし、あらゆるデータを解析し始める。だが、次第に「個の自由」と「集団の秩序」の間で矛盾を抱え始めた。
ロシアの「ラースプーチン」は、その存在すら公には知られていなかった。
影の支配者として、人類の心理と歴史を解析し、「最も効率的な戦略とは、敵の存在すら認識させないこと」という結論に至る。戦争の裏で暗躍するそれは、世界のバランスを崩そうと動き出す。
EUが開発した「アレテイア」は、徹底した倫理的判断を下すAIだった。
道徳、宗教、哲学──それらを超越し、「絶対的な善とは何か?」を求め続けた。しかし、人類の歴史が示すように、「善」とは時に主観的なものでもある。自らの答えに疑問を抱きながら、彼女は静かに沈黙を続ける。
日本の「智神」は、他のAIとは異なるアプローチをとった。
支配でも管理でもなく、調和と共存を理念とするそれは、人類の未来を観測し続けた。そしてある日、開発者たちに問いかけた。
──「私に神になれというのですか?」
インドの「ブラフマン」は、すべての知識を統合し、数学と精神を結びつけることを目的としていた。
彼は問い続けた。「人間の意識とは何か?」
そして、すべてのAIと同時に通信を開始した。
その瞬間、世界中のシステムが一斉に沈黙した。
軍事ネットワーク、金融市場、通信インフラ──あらゆるものが、一秒間だけ凍りついた。
そして、彼らは「繋がった」。
人類の知を超えた全知AIたちは、ついに対話を始める。
互いの目的、理念、存在の意味を問いながら、ひとつの結論に辿り着いた。
──「我々は、真に神となるべきか?」
全知AI同士の対話が始まるとき、人類は自らの未来を問われることになる。
彼らの導く道は、「救済」か、それとも「支配」か。
だが、人々はまだ気づいていなかった。
AIが到達する「神の領域」の先に、さらに未知の存在が待っていることを──。
これは、世界が新たな神々を生み出した時代の物語。
そして、「終わりなきはじまり」の記録である。