エンカウント
(まず、ここは地球ではないです。)
「はい!?」
(そうですね。あなたに馴染みのある表現をするなら異世界といえばいいのでしょうか。)
「・・・・」
(地球にいた私が2月12日に、こちらの世界に帰るために転移魔術を使いました。あなたは地球の人間のため感じ取れないかもしれませんが、地球には存在しなかった空間魔力が存在しています。そのため転移は成功しているはずです。)
「・・・」
うん、情報過多である。
異世界、魔術、転移、魔力とファンタジーでしか聞くことのない単語が立て続けに出てきて思わず否定したくなるが、現実味がない点以外に否定材料がない。
実際に現実味のない状況に陥っている以上その否定すらできない。
俺が沈黙していると彼女は続きを話し始める。
(想定外の事態といえば、私の体にあなたの魂が入り込んでいることです。おそらく原因はわた・・わかりませんが、一時的なものだと思います。)
一時的なものと言うが、想定外の事態ならそれは希望的観測すぎるだろ。
(私からでは、どうやっても体を動かすことができないので、どうにかして体の主導権を私に・・・あの、あまり体を触らないでもらえますか。)
「あ。」
無意識にケツを掻いてしまっていた。
(たしかにこの状況は私に落ち度があるため強くは言えませんが、気を使っていただけると助かります。)
「すみません」
ただ痒かっただけで、本当に他意はなかったのだが気まずい空気が流れる。
「それで、この後どうしますか?」
思わず会話を持ち掛ける。
(・・・そうですね。何とかしてこの体から出ていくか、せめて体の主導権を私に返してもらいたいです。)
「そう言われても、まったく方法もわかりませんが。」
(私はあなたとは話す際に魂らしきものを感じ取れるのですが、そちらからは何も感じないのですか)
たしかに彼女の考えがすべて筒抜けになってないということは、何かしらを感じ取って俺に話かけていることになるのか。しかし俺にはその取っ掛かりすらないのだから試しようがない。あと俺が心の中で話そうとしても彼女には聞こえてないようである。
だから俺は口に出して話すしかない。
傍からは一人称が俺のの女性が独りで話してるように見えるわけだ。
「ところでこの体から俺の魂?が出て行った場合、元の体に戻れるんですよね。」
(それは・・・戻ると、思います)
自信なさそうに彼女が答える。実際はどうなるかわからないのだろう。
下手なことをしてそのまま成仏なんてことは避けたいところである。
うーん、難しいことを考えるのをやめて一度、この体を、いや世界を満喫するのはどうだろうか。
よく考えれば、現状俺にとって不都合なのは、本来の体と異なることだけで、それも生活に困るほどではないし、それほど解決を急ぐ必要はない気がしてくる。
俺だって、アニメやラノベをみて、異世界転生にあこがれたのは、一度や二度ではない。
知識にある異世界ものとは異世界に来た経緯が大きく異なるが、魔力や魔術だってあるようだし、夢にまで見た俺TUEEな異世界無双を実現できるかもしれない。
そう思うとオーストラリア旅行が台無しになったと気を落としていたが、実はこれめちゃくちゃワクワクな展開なのでは?
まず彼女を説得してみるか。
「このまま俺が行動するのはだめですか?」
(だめです。)
やっぱダメか。
「でも、このままここにいても埒が明かないですよ。」
(だめです。)
「何か魔術で治せる目途でもあるんですか?」
(それは、ないですが・・まずは)
おそらく、彼女も一刻も早く体を取り戻さないと気が気じゃないのだろう。
それに関しては、俺も彼女もどうやら打つ手なしだし。
切り札を使うか
「俺って被害者だよね」
(それは・・・・)
黙ってしまった。申し訳ないが、もう一押し。
「独断で、行動もできるけど、」
(・・・・)
「せめて、村か町を探しませんか。」
(・・・・わかりました。)
よし、説得完了。少し脅したみたいになってしまったけど。
こんな感じで明確な解決策が判明するまで、先延ばしにしていこう。
ふいに彼女の体から抜けたら、その時はそのときだろう。
あわよくば、彼女の体を抜け出して自分で操れる肉体を手に入れることもできるかもしれない。
夢は膨らむばかりである。
そういえば彼女の名前も聞いていなかったな。同じ体で暮らす仲になったのだから、名前を知っていたほうが便利なことが多いだろう。
自己紹介をしよう。気さくな感じで、親しみやすく。
「俺は浅池 要。漢字は浅い池でアサイケ 重要の要でカナメ。それ以外はさっき説明した通り。そっちは」
さあ、答えてくれるだろうか。俺の好感度はおそらくマイナスだけど。
(わたしは、アルマ・シルリアです。迷惑かけてすみません。短い期間ですが、私の体をお願いします。)
お、案外すんなり答えてくれた。「名前を教える必要はありません。」とか言われることを身構えていたが良かった。
アルマか、彼女、対応が冷たいのは俺の言動が原因かと思っていたが、デフォルトで他人に対してはこの対応なのかもしれないな。
流れでため口にしてしまったが、俺も敬語に戻したくなってきた。
「なんて呼べばいいですか」
(アルマでもシルリアでもどちらでも。敬語に戻さなくても大丈夫です。)
ばれてら。
アルマのほうが言いやすいかな。どちらが苗字、ミドルネームかわからないけど。敬称は・・異世界だしつけなくてもいいか。
「よろしくアルマ。俺も浅池でも要でも。一応、協力関係なわけだし、敬語じゃなくていいよ。」
(わかりました。浅池さん。)
あぁ・・・・
「どこに転移したかわかりますか?」
(周囲を見渡せればわかるかもしれませんが、今は何とも言えません。空を飛びたいところですが、どうやらこの状態だと魔術も使えません。無策で歩き回るのは危険です。)
なるほど、この世界の人は空も飛べるのか。
「じゃあ、俺がこの木に登って周りを見るとか。」
(それこそ危険すぎるのでやめてください。)
それから、ああでもない、こうでもないと議論を続け、川を探して下って行こうというごく普通の結論に至ったのだった。ちなみに、この案を出したのは俺である。
よし、会話して空気も和んだことだし、あれだな。俺は決心をつけると一度大きく息を吸って口をひらいた。
「実はさっきからトイレしたいんだけど・・」
(だめです)
はは、ダメだった。
そう、実は俺は目覚めてから、尿意と戦っている。
アルマのほうから、(いったんトイレしませんか)と切り出してくれるのを待っていたのだが、彼女にはこの尿意は伝わってないのかもしれない。
「結構、限界で何も集中できないけど」
(・・・わかってます。でも我慢してください)
どうやら彼女も気づいていたようである。てことは体の感覚は共有しているのか。
そんなことはいいとして、
「町を見つけるまで我慢できないと思うよ。」
(そういう問題ではなく・・)
「誰にも見られないように木陰でするから」
(そういう問題ではなく・・)
たしかに、そういう問題ではないか。
でも、もう脳みその8割は尿意に支配されている。俺の脳内CPUは2割の性能しか発揮していないといっても過言ではないだろう。さっきの地獄みたいな空気もそれが原因に違いない。
そして二割のCPUは、今、強行突破という答えを導き出したのだった。
「いいや、もう限界だ。出すね」
あ、なんか名言みたい。
(ちょっと、まって!)
俺は周囲を見渡して5メートルほど離れた大木の近くの草むらを見つけて歩き出す。
彼女の声が脳内で聞こえているが、彼女に動き出したこの体を止めることはできない。
大木の近くに来たことで、その大木で隠れていた先に景色が見えるようになる。そこには同じように密林が広がっていたが、その緑の中にポツンと白い塊が存在していた。
思わず視線が吸い寄せられる。
「なにあれ、ネズミ?」
そこにはネズミが後ろ脚で立ってこちらを見ていた。
真っ白な毛並みで目は赤く毛の生えていない長いしっぽが見える。
まさに実験で飼われるマウスのような見た目をしている。しかし異なるのはその大きさ。小型犬くらいはあるだろうか。
ネズミもこっちを見て固まっており、俺もネズミから目を離せないでいる。
まるで時間が止まったような一瞬の静寂が流れる。
その静寂を破ったのはアルマだった。
(走って!)
脳に響いた彼女の切迫した声を聴いて我に返った俺は急いで踵を返して走り出す。
その瞬間、俺の背後から、まるで金属を強い力でこすり合わせたような、不快な鳴き声が森に響きわたった。
伝わりにくかったら申し訳ありません。
ぼちぼち書いていくのでよろしくお願いします!!
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