それぞれの選択
「あ、そうでした。話しておくべきことが、まだありました。」
(ん?)
なんだろうか
「これから、浅池さんが言葉を覚えれば、この世界の人と会話をすることもできると思います。」
(まぁ、たしかに。案外、覚えやすそうだった。)
アルマの言う通り言語は、発音や文法も日本語に類似しており、単語さえ覚えれば、会話は成り立つように感じた。
「はい、なので今のうちに伝えておくのですが、私が地球に行ったこと、浅池さんが地球から来たことは、内密にお願いします。」
(あーそれか。了解。)
もとから、地球から来たことを話すつもりはなかった。
こういうのが、厄介ごとの原因になるのは異世界の常だろう。
でも、アルマが止めるということは、地球の存在は禁忌とか、そういうことなのだろうか。それとも、存在すら知られていないのか?
(ちなみに、地球に行ったことを知られたら、どうなる?)
「んーそうですね。まず、この世界の人はだれも地球の存在を知りません。私も地球に行こうと思って行ったわけではないです。」
そういえば、魔術が失敗して、地球に来てしまったと言っていた気がする。
「ただ、知ってしまえば行こうと思う人が出るはずです。国家によって魔術の研究が行われるかもしれません。」
(たしかに、そうだな。・・・ちなみに、アルマは地球に行く魔術を使えるのか?)
「試しては無いですが、地球に行く魔術は使えると思います。」
やっぱりか、地球から自力で戻ってきたわけだし、アルマのことだから地球に行く魔術を完成させていてもおかしくないとは思っていた。
(それは、地球の存在を知っていれば、使えるような魔術なのか。)
「いえ、まぁ、そう簡単には使えないと思います。ですが、もし、魔術を完成させ、誰かが広めれば地球に行く人が増えるはずです。さらには、地球の人たちと魔術師の戦争になるかもしれません。」
地球の科学力が無抵抗に蹂躙されることはないだろうが、犠牲者が出ないということもないだろう。
(たしかに。ん?でも、地球では魔力は回復しないんじゃなかったか? なら、地球を侵略なんて無謀じゃないか?)
「え・・それはそうですが、混乱は招くでしょう。」
(まぁ、そうか・・・)
魔術が使えない人同士なら争いが起きないという理由は無い。
異世界人が地球人の研究材料になる可能性もある。
さらには、地球人がこの世界に来る方法を見つける可能性もゼロではないだろう。
その場合は、本当に魔術と科学の戦争となるかもしれない。
お互いに情報共有し技術革新という可能性もあるが、うまくいかないことは歴史が証明している。
希望にあふれる未来は、少数派の悪意や欲望で台無しになるようにできている。
(たしかに、どう転ぶか分からない情報を開示して、世界をかき乱す必要はないか。)
「そういうことです。」
俺たち二人が口外しなけれ済むわけだし、難しいことではない。
(ところで、少し話は逸れるが、アルマはどうやって、この世界に戻ってきたんだ?)
あの時はアルマも泣いていたので、質問できなかったがどんな手段で、この世界に帰ってきたのだろう。魔術を使って帰ってきたわけではないのだろうか。
「えっと、それは・・・・魔力は回復しませんが、体内の魔力は使えたので・・・。」
魔力を極力使わずに約5年間、こちらに戻るための研究をしていたということか。
森で目覚めた時に、魔力切れだったと考えると本当にギリギリ戻ってきたのかもしれない。
(五年間は魔力を温存して、研究をしていたということか。すごい忍耐力だな)
「はい・・・」
なぜか、先ほどからアルマの返事の歯切れが悪い。
(えーと・・実は、地球に残っている魔女伝説も、体内の魔力を使っていた、この世界の人間だったりしてな。)
「・・・その可能性も十分ありますね。」
そんなこんな話ているうちに、アルマは体を拭き終わり、服を着始めている。
ちなみに服は、最初に着ていたスーツではなく、この村で購入した物になっている。
クリーム色の中袖シャツに、膝上丈のこげ茶色のショートパンツ。
女性の服というよりは、男女兼用という感じだろうか
いつもなら、このあとタライを洗うついでに、宿の一階の酒場で夕食を取っている。
しかし、今日は違った。
服を着終わったアルマは、一度ベットに座った。
そして「ふぅー」とわざとらしく息を吐いた。
アルマは口を閉じたまま、何か言い出すタイミングを迷うように、舌を口内で動かしている。
なんだろう、何が始まるんだ?
「あの・・・一つ質問をしてもいいでしょうか・・・」
(はい、なんでしょう。)
突然のかしこまった雰囲気に思わず敬語で答えてしまう。
「・・・浅池さんは、地球に帰りたいですか?」
俺が地球に帰りたいかどうか。
簡単な質問のはずなのに、その言葉にすぐに答えられない。
「いや、どうだろう・・・」
心のどこかで、最終的には地球に帰るものだと思っていた。それが普通のことだと、
でも、俺が帰りたいと思っているかと問われればどうだろう。
もう、戻れないと言われたら寂しい気持ちもある。
でも、逆に戻らなくていいと言われたら・・・・
「私は地球に来た当初は、今すぐに元の世界に戻りたいと願っていました。あの世界は文明が進みすぎて、すべてが怖かったんです。」
俺に考える間を与えるようにアルマは自分のことを語りだす。
「でも、恐れるようなものではありませんでした。日本は娯楽に満ちていて、食事もおいしく、命の危険もない。一生を地球で過ごす方が、幸せだったかもしれません。でも、私は、この世界に戻る方法を探していました。」
(・・・・・・)
それが普通なんだろうか。
俺と彼女の違いは何だろう。
「なぜかは分からないです。この世界は不便で危険です。食事も日本には劣り、ベッドもこんなものです。」
自分の座るベッドをトントンと叩く。
「でも私はこの世界に戻りたかった。浅池さんはこの世界をどう感じましたか? こんな世界は嫌ですか?」
(俺は・・・・)
怖いとは思ったし無力だとも思った。
そのことに落ち込みもした。
でもこの世界が嫌になったわけではないと思う。
どちらかと言えば、自分自身を嫌になったくらいだ。
それは、今、元の世界に戻れたとしても変わらない。
(こんなことを言うのか不謹慎なんだろうけど、この世界に来てからの出来事は、俺にとっては刺激的で鮮やかに見えた。俺の生活になかった「何か」が、この世界にはあるように感じた。)
そう、俺がオーストラリアに旅行しようと思ったのも、日常から脱却したかったからかもしれない。このままではダメだと分かっていながら、自ら変わる術を持っていなかった。
無意識に、変化を求めていたのかも。
(今のまま、この世界を離れるのは惜しいと思ってる・・・)
「惜しいですか・・」
(ははっ、そういうことじゃないよな・・・。いや、分かってるんだけど、帰りたいと直に思えないんだよな。地球に戻るべき理由はたくさんあるはずなんだけどなー。)
「そうですか・・・」
(迷惑なことだと思っているが、俺はまだこの世界を見て回りたい・・と思ってる。)
「・・・わかりました。浅池さんの考えが聞けて良かったです。幸い魔術探求の一人旅が1.5人旅程度になっただけです。」
そういうとアルマは、ベッドから勢いよく立ち上がった。
「それじゃあ、夕食に行きますか。この村での食事も、あと数回です。」
(そうだな。)
「何か食べたいものはありますか?」
(どうしようかな。まだ食べてない料理は・・いつも、酒場の左奥の席に座ってるおじいさんが食べてる、6本脚のカエルの丸焼きとか・・」
「えぇ・・あの青紫色のやつですよね。」
「そう、目が三つの、」
「まぁ・・いいですよ。後悔するだけだと思いますけど、」
結局、彼女はどんな目的で俺に質問したんだろう。
なぜ、話出しをためらっていんだろう。
それは俺には分からなかった。
今日の選択が、これからどんな未来をもたらすか、俺たちはまだ知らない。
読んでいただきありがとうございます。 1章 完




