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閑話 プロローグ?

 人体は役60億個の細胞で形成されているらしい。一つの受精卵が細胞分裂を繰り返し古い細胞は分解され、新しい細胞を形成しながら成長していく。そして約60億ほどの細胞がそれぞれの役割を果たすことで人間の生命を維持しているらしい。

 心臓は死ぬまで一度も休まず一定のリズムで動き続ける必要があり、脳は体に命令を出し続ける必要がある。

 中学生のころ、このことを知ったとき不安でたまらなくなった。寿命を全うするまで、一度も失敗せず、これらの生命活動をすることが途方もないことのように感じてしまったから。

 たとえば今、脳がシナプスの結合を一か所間違えてすべての回路が破綻するかもしれない、心臓が脈を打つタイミングを間違えるかもしれない。

 自分の制御下にない自分自身がいつ失敗するかに怯えていた。


 そんなことを考えても無駄だと割り切るようになったのはいつだっただろうか。

 平均寿命が80歳以上なのだから、自分もそこに当てはまると根拠の無い自信を持つようになったのはいつからだろうか。


 はぁ、こんな厨二病のような一人語りから抜け出せなくなったのはいつからだろうか。



 大学三年の春、浅池 要は何とは無しに海外旅行に行くことにした。

どこに行きたいという明確なものではなく、この春を逃すと旅行に行く機会がなくなるのではないだろうかと思ったからである。

 大学生の旅行といえば卒業旅行に友人と行くなんて考えもあるかもしれない。

しかし、現状、俺の周囲にそのような存在は確認できず、順当にいけば4年目もボッチで過ごすことになるだろう。

 大学生活が始まってすぐのころは、偶然席が近かった同じ学部の生徒と共に行動することもあったが、2か月もすれば一人で行動するようになっていた。一人で講義を受け、一人で昼食を取り、一人で直帰する。

 小学生のころ初対面の人と話すことが、とても苦手だった。緊張して何を話したらいいかわからなくなって、目じりに涙が浮かぶことは日常茶飯事だったことを覚えている。

 しかし、小学生のころは同級生のことを何の迷いもなく友達と呼ぶことができた。

 中学でのコミュニケーションに失敗し友人を作ることができなかった。それでも、集団で行動する必要がある際は、入れてくれそうなグルーブに入り、まさに金魚の糞のような行動をしていたと思う。(今になっては思い出したくもないことだが)

 高校では友人を作ることはあきらめていた。友人を作ろうと思って精神的に辛かった中学時代とは異なり、最初から一人で行動していた。

必要とあれば、誰だろうと話しかけるようにした。

 駆け引きもせず、相手にどう思われるかに焦点を置かなくなった。

 今考えると悶えるほど恥ずかしいことだが、高校生のころはそれでもいいと、むしろそうやって一人でいる方がかっこいいとまで思っていた。


大学に入学した際に隣の席に座った男子と会話をした。

 特に緊張することもなく、「どこから来た?」とか「あの食べものが有名だよね」だとか「こういう趣味がある」だとか嫌な会話の間を作ることなく話すことができた。

 だから、想像してしまった。大学では友人を作って、カラオケ行ったり、飲みに行ったり学生生活を満喫できるかもしれないと。

 暗黒の中高時代を払しょくできるかもしれないと。

 しかし、そうはいかなかった。顔見知りになった同級生との会話の距離が縮まることはなかった。そいつが学内で知り合った同級生を紹介してくれた時もスムーズに会話はできるもののそれ以上に発展しない。

2か月ほどたったころには俺は5人ほどのグループで行動するようになっていた。

ゲーセンに行ったり、食事に行ったり。

4人は楽しそうに話して、時々、後ろを歩く俺の顔色を伺う。

 はたして、俺は彼らのことを友達と呼べるのだろうか?

彼らは俺のことを友達と呼んでくれるのだろうか?

 そんなことを考え出して、知人から避けて行動するようになる。

半年もすれば、声もかけられなくなった。

 結局、6年間で苦手な会話を克服したとしても、6年間で別のものを失ってしまったということだろう。

 話が逸れてしまったが、これが大まかな大学生活ボッチが形成された経緯といえる。

だから当然、旅行に行くなら一人旅ということだ。


 四年生の長期休暇は卒業研究や就活でつぶれてしまうかもしれない。就職してしまえば、そう簡単に長期の休みは取れないだろう。

 そうなるとやはり卒業シーズンに旅行に行くのが理にかなっているが、同級生が複数人で旅行に行く時期に一人で旅行するのは負けた気分になるので嫌だった。

 だから旅行に行く最後のチャンスは大学三年の春休みという結論に至った。

 二月の上旬ということもあり、北半球は冬なので選択しからは消去され、リゾート地として有名なハワイやグアムなども考えたが、一人でビーチに行くことを想像すると死にそうになったので除外した結果、オーストラリアに旅行に行くことに決定したのだった。

そう、動物とか見るの好きだし。


 そんな消去法で決めた旅行だったが、はじめての海外に緊張とワクワクで前日は寝付くのが遅くなってしまった。

 朝早くに起きて荷物の最終確認を行ったあと、日頃は食べない朝食を食べてベストな状態で家を出た。


 飛行機が離陸して2時間ほど経過したころ、前日の睡眠が不十分だったため仮眠を取ろうと思い音楽を聴きながら目を閉じていた。目を閉じると旅行のスケジュールを反復してしまい寝ることはできなかった。

 こういうウキウキした気持ちは、このところ感じてなかったため友人関係と共に消滅したものと思っていたが、そんなことはなかったと達観してみたり。

 そんな中、ふと考え事の間に胸を圧迫されるような不快感を感じた。

 日頃感じたことのない違和感だったが「きっとすぐに落ち着くだろう」と高を括って自席から動かずに目を閉じていた。

 思い返してみると家を出る前も、似たような圧迫感があったが、1分もせずに落ち着いたため気にしていなかった。

 そもそも奮発して20万円近く旅費を使っている。ここで誰かに相談し目立ったうえで、何事もなかった何てことになったら恥ずかしくて気持ちよく旅行できなくなてしまう。

そんなことを考えている中、心臓の圧迫感は、徐々に増していった。

 これ以上苦しくなったら、本当に誰かに伝えないといけないと思ったころ、それは胸を刺すような痛みに変わった。

 あまりの激痛と圧迫感に椅子から崩れ落ちた俺は体の異変を見て見ぬふりをしたこと後悔するのだった。


いや、後悔なんてする前に思考は霧散し残された激痛とともに俺の意識は暗闇に沈んでいくのだった。



どうやら21歳にして、俺の体は何かしらの生命維持を失敗したらしい。


読んでいただきありがとうございます。

まだ大丈夫と決断を遅らせて機を逃すことありますよね

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