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姉、居座る(1)

 結局、姉は居座ることになってしまった。




「どうして…………」


 姉との邂逅から数時間後。

 回廊を抜けた先にある、魔術師団の事務室。


 抱えた資料を事務机に投げ出して、私は頭から机に突っ伏し嘆きの声を上げた。


 姉が戻ってきたのは、いい。

 いや良くはないけど、事実だから仕方ない。


 姉が居座るのも、いい。

 いややっぱり良くはないけど、隣国皇子の連れである現状、簡単には追い出せないからこれも仕方ない。


 だけどそもそも、それ以前の問題がある。


「どうして……どうして悪化しているのよ、あの姉…………」


 思い返すのは、姉との別れ際。

 駆け付けた王太子らによって騒ぎを止められ、歓待のためだと半ば強引に連れていかれる姉の叫び声だ。


『あなたたち、まだリリアに騙されているの!?』

『やっぱり私がいないと、誰もリリアの暴走を止められないのね……!』

『私が国外追放されている間にどれほど国が荒れても、真実を見抜けないなんて……』

『だけど、私は聖女だもの……! 罪のない民を巻き添えにすることはできないわ!』


 ……と声を張り上げながら遠ざかっていく姉の姿、妹としていったいどんな目で見ればよかったのだろう。

 メイドたちの姉への困惑の視線と、私への同情めいた視線に、胃の痛みが治まらない。

 隣国皇子テオドールも姉を諫める様子はなく、むしろ嘆く姉を慰め励ますかのようだった。


「もともと思い込みの強い人だったけど……『自分が正義!』みたいな人だったけど……!」


 それも、聖女に選ばれてからはなおさら。『この力を正しく使うのよ!』という正義感を暴走させ、あたり一帯を焦土にするような人、だったけど。


「前はここまでじゃなかったわよ……!? だいたいお姉様、追放のときに聖女の座ははく奪されているでしょう! それなのに、今さらなにを――――うっ、い、いたたたた……胃が……!」


 興奮に声を荒げた瞬間、キリキリ痛む胃に激痛が走る。

 病弱な母の体質を受け継いでしまったのか、それともストレスが大きすぎるのか、体は健康なのに私の胃だけは虚弱体質だ。

 こと、姉が関わるとこの通り。いつか胃に穴が開くんじゃないかと思っている。


「国外追放されたのだってお姉様の自業自得だし、そもそももっと厳しい処分のところを、私と殿下たちで追放に収めたのに! ――いだだだだ!」

「――まあまあ、リリア。落ち着きなよ」


 それでも姉への激情収まらない私に、横からなだめる声がかけられる。

 同時に、私の目の前にコトンと置かれたのは胃薬だ。コップ一杯の水もあるあたり、相当に手馴れている。


「あんまり腹を立てると体に悪いよ。君、興奮するとすぐに体調悪くするし」


 よろよろと胃薬に手を伸ばしながら、私は声の方へと視線を向けた。


 目に映るのは、私の隣の席に腰を掛けてにこやかな笑みを浮かべる男性だ。

 仮にも王宮。仮にも侯爵令嬢の前で足を組み、片肘をつき、気安く呼びかける彼を、私は咎めない。

 彼もまた、令嬢のくせに机に突っ伏す私を気にしない。

 差し出された薬も当たり前に受け取って、私もまた慣れたように礼を言った。


「悪いわね、ジュリアン」


 彼の名はジュリアン。

 私の幼なじみにして、『謙虚で可憐な令嬢』である私の本性を知る男である。


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