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一年前の再演(6)

「――――知って、いた……?」


 呆けたようなテオドールの目が、私とジュリアンを交互に映す。

 顔にはますます困惑が浮かぶ。逃げるように下がり続けた足は、もう壇上の端。これ以上下がることはできない。


「だったら……だったら、今までのはなんだったんだ……? たしかに魅了は効いていたはずだ。少しずつ効果も強まって……魅了にかかる人間も順調に増えて……おかしいところはなかった、上手くいっていたはずなんだ……」

「おかしくない、と思っていたならなによりだ」


 逃げ場を失ったテオドールに、ジュリアンは飄々と肩を竦めてみせた。


「リリアに無理を頼んだ甲斐があった。このひと月、どうにか『ギリギリ』で抑えてくれってね。おかげでこの王宮は居心地が良かっただろ?」


「ギリギリ……って、な、なん、なん、なんで……そんなこと……」


「だって君、魅了が効かないとわかったらルシアを連れて逃げるじゃん。逆に、魅了に無抵抗すぎてもそれはそれで怪しまれる。だから王宮は、今日まで『必死で抵抗するけどギリギリで間に合わなかった』状態を演出する必要があったんだ」


 ――――そう。


 ジュリアンの私への指示は、最初から魅了の蔓延を制御する『役』だった。

 私がするべきは、魅了の蔓延を抑えることではない。魅了の蔓延を抑えようとするも、力不足で抑えきれない人間を演じることだ。


 そのために、効果のない魅了の効果時間を計算した。

 姉と接触した時間、頻度、交わした言葉の内容、それによる効果の深さ。見えない計算を重ね、人の配置をし、違和感なく魅了が広まっていると思わせて、一方の私は追い詰められているようなふりをした。


 お茶会の挨拶に出向かなかったのは、姉がいる場にわざわざ顔を出すのが不自然だからだ。

 回廊で出会った令息が挨拶を返さなかったのは、近くに姉がいたことを知っていたからこそ。だから彼は、私に視線で『姉のいる場所』を示したのだ。


 魅了が進行するほどに、私は言葉を交わす相手を減らしていった。

 無視をされ、孤立する自分を演じていた。

 情報のやり取りをする際は、すれ違いざまに一言二言のみ。指示を出すときは、周囲にテオドールの手の者がいないことを確かめながら。一人では計算しきれず相談がしたいときは、姉が唯一入ることのできない王宮奥の王族の執務室で行った。


 胃の痛い日々だった。

 常に気を張り、気の休まる時間はなかった。

 上手くいっているのか、本当に計算通りに動いているのか、不安で仕方なかった。


 それでも投げ出さなかった理由は、ただ一つ。

 テオドールを油断させ、この王宮から逃さないまま、今日という日を迎えるためだ。


「いやあ、陛下が僕たちに任せてくれて助かったよ。最低限の国の維持と年少者を巻き込まないことを条件に、王宮を自由に使わせてくれた。本当なら、魅了が分かった時点で術者の処分を考えるところだったのに」


 からりと笑うジュリアンの言葉に、テオドールが身を竦ませる。

 だけど当たり前だ。国を守る陛下の立場であれば、危険分子は見逃せない。

 陛下は果断な選択のできる方だ。もしも陛下が口を出されたならば、姉ごと排除する方向に話が動いてしまっただろう。


 その決断を、陛下は待ってくださった。

 隣国も絡む複雑な状況でありながら、姉のために――私たちのために、黙って見ていることを選択された。


 だからこそ、私は安堵したのだ。

 姉を救いたい私にとって、陛下のご判断は本当にありがたい、慈悲深くも寛大なものだったのだから。


「――で、今日まで時間を稼いだってわけ」


 他になにか質問は?――と言って、ジュリアンがまた一歩前に出る。


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