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僕の友達は夜行性  作者: 夜狐
9/10

不穏

今回もいじめ描写があります。苦手な方はご注意下さい。

 その日の夜は咲月が遊びに来ていた。

「寒さと雨、最悪の組み合わせだね」

彼女は陽平の家に上がると持っていたタオルでコートの水を拭いた。

「よし、今日こそ攻略してやろう」

「そうだね。頑張ろう」

彼女は今やっているゲームをクリアしようと意気込んでいた。それに対する陽平の返答はどこかぎこちなかった。原因は今日の昼間あった事だ。咲月から貰ったキーホルダーをクラスの不良に取られ、汚してしまったことが申し訳なく感じた。少し考えれば予想出来たのに、学校に持って行ったことを後悔していた。

彼女を部屋に入れると、そのキーホルダーを干したままなのを思い出した。幸い、洗ったことで汚れは落ちていた。彼女はそれを見つけると軽く触った。

「濡れてる……洗った?」

「うん、実はその……落としちゃって」

「無事で良かったね」

咲月はそれだけ言うと椅子に座り、慣れた手付きでゲーム機を起動した。その日、彼女とのやり取りに違和感はなかった。彼女と過ごしている内に今日あった悲しみは薄れていった。遊び、笑い疲れて夜はすぐに寝られた。嫌なことを考えずに済んだ。


 翌日、陽平はキーホルダーを家に保管しておいた。それでも、いじめは無くならない。今は昼休み、いじめグループにジュースを"注文"された。時間はあるが、遅いとその分怒られるため早足で自動販売機へと向かう。"注文"はコーラ2本、エナジードリンク、無糖コーヒー、スポーツ飲料2本だ。自動販売機を見て、陽平は絶望した。エナジードリンクとコーヒーの所に、品切れの文字が光っている。

 陽平は悩んだ。恐らく最悪の選択は、何も買わないこと。2人だけ飲み物が無いとなれば、酷い目に合うだろう。では代わりに何を買って行くべきか。コーヒーは幸い微糖なら売っている。彼にはこれで許してもらおう。ではエナジードリンクの代わりはどうしようか。悩んだ末、同じ炭酸飲料でカフェインが入っていると考え、陽平はコーラを買うことにした。ジュースのボトルを抱え、教室へと戻った。足取りは酷く重い。


「テメェ、どう言うことだよ?」

シャツの胸ぐらを掴まれる。掴んでいるのはコーヒーを買って来いと言ったショウマだ。

「俺に微糖を飲めってのか?ふざけてんじゃねぇぞコラ」

彼は陽平をいじめているグループの中でも1番凶暴で、キレるタイミングが分からない人物だ。

「ご、ごめん。売り切れてて、同じコーヒーなら良いと思って……」

「調子くれてんじゃねぇぞこの野郎」

ドスの効いた低い声で脅す。まずい。この目と声は本気で殴る前兆だ。

「そうだよ。ホント使えねぇよなお前」

「ちょっとお仕置きが必要だな、これ」

売り切れていた、などと言う事情は彼らには関係ない。エナジードリンク代わりのコーラも不評だった。

「じゃあよ、放課後橋の下こうぜ。良い方法思い付いたわ」

ショウマが手を離した。しかし彼は獰猛な笑みを見せていた。


 放課後、陽平は彼らに連行された。行き先は川に掛かる橋の下だ。彼らが学校で出来ないような制裁を行うのはいつもこの場所だった。前に陽平は逃げ出したこともあった。しかしそうなると翌日、逃げた分のペナルティも加算されるため、大人しく従うしかなかった。この場所は嫌いだ。前は格闘技ごっこと称してリンチされたことがある。今日は何をされるのか。脚に力が入らない。ゆっくりと日が落ち始めている。

「んでショウマ、何するんだよ。もう教えてくれても良いだろ?」

リュウトは興味津々だ。

「これだよ」

ショウマはリュクサックから野球ボールを取り出した。

「おい陽平、そこに立て」

彼は陽平に橋の柱の前に立つよう指示をした。渋々そこに移動する。

「キャッチボールだ。10球取れたら帰してやるよ」

そう言うと彼は思い切り振りかぶり、ボールを投げた。キャッチボールの力でなく、文字通りの全力投球だ。肩に直撃し、鈍い痛みが走る。

「なるほど。そう言うわけね」

リュウトや他の面々は納得した。彼らは順番にボールを受け取ると陽平へと投げ付ける。勿論、取らせる気などない。陽平はただ痛みに耐えるしか出来なかった。しかし避けようとすれば、

「取る気ねぇなら次は石投げるぜ?」

とショウマに脅された。陽平に今出来るのは、痛みに耐えてボールを取ることだった。冷えた身体に鈍痛が響く。


 なるべく早く解放されるために、陽平はボールを取ろうとした。だが全力で、それも取り難い位置を狙って飛んでくるものを、運動が苦手な陽平が取るのは至難の業だった。手に触れても、痛みから思わず離してしまう。どれくらいそうしていただろうか。

「次は顔面の位置狙うからちゃんと取れよな」

振りかぶるショウマの手から、タツヤがボールを奪った。

「おい、何すんだよ」

「飽きたし今日はもう行くぞ」

不満を言うショウマに彼は顎をしゃくった。

その方向を見て、ショウマも察したのだろう。舌打ちをすると他の面々と一緒に去って行った。

 解放されて安堵はしたが、理由が分からなかった。最後にショウマが見た方に目を向けると、1人の人物が歩いて来ていた。


「あいつら、どうしようもないね」

それは咲月だった。彼女は立ち去る6人の背中を睨んで言った。

「一部始終は見させてもらったよ。酷い連中だね」

「ありがとう。助けてくれて」

彼らは見知らぬ人にいじめの現場を見られるのは流石に不味いと思い立ち去ったのだろう。

「毎日あんな感じなの?」

「大抵ね。今日は特に酷かった」

「そっか。じゃあ、解放してあげようか」

咲月は優しく言った。辺りは少しずつ暗くなり、彼女の表情も見えづらくなっている。

「解放?」

「そ。もういじめられないようにしてあげる」

陽平は顔を上げた。いじめが無くなる方法、彼がずっと望んでいたものだ。

「どうやって無くすの?」

「簡単だよ。アイツらを殺すんだ」

彼女は平然と言った。

「陽平の手は汚れないし、私なら上手く隠すことも出来る。殺し方に希望があるならそれも聞くけど、どう?」

彼女はあくまで普段通りと言ったような感じだ。実際、彼女なら簡単に出来るはずだ。

「友達がいじめられてるのは嫌なんだ。今更不良少年6人殺すくらい……」

夕闇が辺りを包み、彼女の目が怪しく光ったような気がした。

「やっぱり、前に殺したことあるの?」

「何度もね。前は殺し屋みたいな仕事をしてたからさ。ある時人間の友達が欲しくなって足を洗おうと思ったんだ。でも、友達のためならまた手を汚すくらい平気だよ」

この際だから、と咲月は過去のことを話してくれた。

「手を取って。そうすればアイツらを皆殺しにするから」

彼女は右手を差し出した。いつもと変わらない咲月の姿だが、陽平には違うように感じられた。嫌でも、彼女が人外の怪物であると思い出してしまう。

「手を取るだけでいいんだ。ほら」

彼女はさらに手を伸ばした。ようやく訪れたチャンスだ。何度彼らを殺そうと思ったか。今手を取れば、それが叶う。陽平は手を伸ばした。そして……


「ごめん」

伸ばしたその手を戻した。

「どうして……」

咲月は意外そうに目を見開いた。

「私ならアイツらを殺せるし、陽平にはなんの影響もない!報酬もいらないよ!これ以上友達が傷付くのは見たくない!だから私の手を取って!」

彼女は強く手を伸ばした。それでも、陽平は拒否した。

「気持ちは嬉しいんだ。でも、僕には出来ない。確かに僕の手は汚れないけど、それでも、殺すのは嫌なんだ……」

殺しに加担したくなかった。このことを、一生抱えて生きて行けるとは思えなかった。彼らが死ねばいじめは無くなる。その代わりに、一生罪悪感に苛まれるだろう。

「だから……ごめん」

「……人間はよく分からないところが多いね」

咲月は長く息を吐いた。

「気が変わったらいつでも言って。今日はこの後バイトあるから、ごめんね」

彼女は踵を返すと去って行った。


 その日の深夜、アルバイトを終えた咲月は夜道を歩いていた。人のことは正直よく分からない。アレだけ酷いことをされていて、なぜ殺しを躊躇うのか。自分の手は汚れないのに。陽平のことは助けたい。だから、彼に手を取って欲しかった。いじめっ子を殺すのは簡単だ。手を取ってくれれば、彼を助けられるのに……。そう考えて歩いていると、前からよく知った気配を感じた。ブランド物のコートを羽織り、派手な髪色をしている。

「……ねぇ、もうしないって言ったでしょ?」

その人物は、以前陽平といる時に会った昔馴染みの男だった。

「相変わらず冷たいな。まぁいい。今日は仕事とは別の話だ」

「何の用?」

それでも、彼女は冷たくあしらった。殺し屋から足を洗ったのだから、あまり関わりたくなかった。

「警告だよ。この街にヤベェ魔物が近付いてる。アンタでもギリギリなラインのやつだ」

「そう。何で教えてくれたの?」

「昔馴染みだからだよ。それと、アンタらの関係が面白いからだな。オトモダチに夜は出掛けるなって言っておけよ」

彼は笑っていた。

「たまにはマトモなこと言うんだね。ありがとう」

「まぁな。俺は殴り合いは嫌いだから逃げるぜ。アンタも気を付けなよ」

男は手を振ると、すれ違って去って行った。

ありがとうございます。順当に行けば、次回かその次で最終回です。

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