土砂降り雨の午後
今回中盤以降にいじめ描写があります。苦手な方はご注意下さい。
放課後、咲月と陽平は近所のゲームセンターに来ていた。彼女と出会う前はあまり来なかった所だ。1人でいると騒がしさと、その中に取り残されたような孤独が嫌いだった。1人で遊べるゲームも多いが、誰かと一緒に来ている人が多い。そんな中に1人でいるのは居心地が悪かった。
「私でも取れそうなやつは……」
咲月は楽しそうにクレーンゲームの景品を覗いていた。先日彼女に抱いた疑問も、気が付いたら忘れていた。まだ答えは出ていないし、聞けてもいない。それでも、楽しい日々を過ごせたのならそれでよかった。
「これとかどうかな?」
咲月が1台の前で止まった。景品はお菓子の詰め合わせだ。
「良さそうだね。1000円で取れたらお得かな」
「なるほど。それじゃあ早速……陽平?」
100円を入れようとする咲月の手が止まった。陽平は静かにその台の影に隠れるように移動していた。
「どうかした?」
硬貨をしまった咲月が声を掛ける。
「その……アイツらが……」
陽平は声を潜めて、ある方向を指差した。
その方向から6人の男子高校生が歩いて来る。ふざけ合いながら歩く彼らは、陽平をいじめているグループだ。迂闊だった。学校から近いこのゲームセンターを警戒するべきだった。
「例のいじめっ子か……やっつけて来ようか?」
「いや、いい。学校で仕返しされる」
「冗談だよ。とりあえずこっちに」
咲月は陽平を彼らから離れた場所に誘導した。クレーンゲームの景品を見るふりしながら、咲月の影に立って6人組の方を横目で見る。幸い、彼らは出口の方へと向かって行った。
「やつらは行ったよ」
咲月がそう言うと陽平は胸を撫で下ろした。
「よかった……」
「それで、この台だっけ?」
彼女はつい先程やろうとしたクレーンゲームへと戻ろうとした。だが、陽平は違う台を見つめていた。その台の中には、柔らかそうな布製のキーホルダーが並んでいた。
「どこかで見たことあるんだよね……」
咲月はその景品を見て首を捻っていた。
「今やってるアニメのだよ。『放課後遊撃隊』っていう……」
「ああ!これか!」
陽平はスマホで画像を見せた。景品は今放送しているアニメの人気キャラが鞄に付けているのを再現したものだ。陽平はそれを取ろうと財布を出した。しかし、小銭が無かった。
「ちょっと両替してくる」
そう言うと彼は早足で両替機へと向かった。
両替機には2人並んでいて少し時間がかかった。千円札を小銭に換えて戻ると、咲月はその台の近くに立っていた。
「お待たせ」
「おかえり。これ、なんか取れちゃったんだけど」
そう言うと彼女は、彼の狙っていた景品を手に持っていた。
「それ……」
「運試しでやったら取れちゃってさ。あげるよ」
彼女は、その柔らかいキーホルダーを手渡した。
「いいの?」
「このアニメは未履修だからさ。よかったらどうぞ」
陽平は彼女の手からそれを受け取った。そういう経験をほとんど知らない陽平には堪らなく嬉しかった。友人からの贈り物なんて、初めてだ。
「ありがとう……!すごく嬉しいよ」
「予想以上に喜んでくれるね……。これなら私も取った甲斐があるよ。今日はツイてるみたいだし、さっきのに挑戦しようかな」
そう言うと彼女は別の台へと移動した。陽平は咲月から貰ったそれを大切にバッグに仕舞い、彼女の後を追った。この日、彼は久しぶりのゲームセンターを満喫していた。ちなみに彼女はその時運が良かっただけのようで、本命の台では1500円使って取れず、悔しそうにしていた。
その翌日は雨だった。雨の日は学校がより憂鬱に感じる。それでも今日はいくらかマシだった。なぜなら、ペンケースに咲月から貰ったキーホルダーを着けていたからだ。本来ならアニメのキャラと同じようにバッグに着けたかったが、キャラの方はスクールバッグで、陽平はリュックサックだった。それに、授業中眺めていたいのもあった。今は休み時間。陽平は自分の席で本を読んでいた。突然、その本が誰かに取り上げられた。顔を上げると、よく知った人物だった。
「おい、コーラ買って来てくんね?」
陽平をいじめているグループの1人、タツヤだ。縦横に大きい体格をしている。
「じゃあ俺も頼むわ」
横からもう1人、背の低い生徒、リュウトが現れる。
「でも、後4分くらいしかないし……」
授業まであまり時間はない。自動販売機までは結構距離がある。
「じゃ走れよ。遅れたり、またゼロカロリー買って来たらしばくからな」
タツヤが低い声で脅す。
「あ、これあのアニメのやつじゃん。名前なんだっけ?」
リュウトが陽平のペンケースからキーホルダーを奪った。
「返してよ!」
「じゃあさっさと行ってこいよ!じゃねぇとこれドブに投げんぞ」
リュウトの甲高い笑い声が響く。陽平は立ち上がると廊下を自動販売機まで走った。
息を切らし、なんとか買って戻った。リュウトは人の物をドブに投げるくらい平気な人物だ。チャイムが鳴り出すと同時に、2人にコーラを渡した。2人は礼も言わずに受け取った。
「買って来たから、返してよ」
肩で息をして要求する。
「座れよ。チャイムなってんだろ」
「そうだよ。授業始まるぜ」
何を言っても、2人はそれしか言わなかった。やがて教室のドアが開き、教師が入って来る。陽平は自分の席に戻るしかなかった。
放課後、陽平をいじめているグループは他のクラスのメンバーと合流して6人になった。彼らは大抵そうして一緒に行動している。この日、咲月は仕事で校門まで来れないらしい。
「それ返してよ。ジュースも買ったし、課題も代わりにやったからさ」
この日は、キーホルダーを人質に様々なパシリに使われた。土砂降りの帰り道、陽平は彼らにそう頼んだ。
「分かった。返してやるよ。おい、誰かこいつの傘持ってろ」
タツヤがそう言うと、取り巻きの1人が陽平の傘を手に持った。そして、タツヤはキーホルダーを差し出した。
「ほらよ。両手で受け取れ」
陽平は両手を差し出した。手の上にキーホルダーが置かれる瞬間、タツヤはそれを思い切り遠くに投げた。放物線を描いて飛んだそれは、水溜まりに落下した。
「おら、取ってこいよ犬!」
彼は笑いながら言い、他のメンバーに雨の中へと突き飛ばされた。少しでも早く取り返したくて、陽平はそこまで走って行った。拾い上げると、布で出来たそれは泥水を吸って薄茶色く汚れていた。タツヤ達は、笑いながらそれを見ていた。
「マジで犬みたいだな」
「どうする?もう一回投げるか?」
「いいや。雨で寒いし、靴に水入って気持ち悪りぃ。今日は帰る」
陽平の傘を投げ捨てると、彼らは談笑しながら去って行った。傘を拾い上げた陽平は、雨の中を俯いて歩いた。傘を差しても全身雨でずぶ濡れだった。