咲月の古い知人
咲月と出会ってから、気が付けば2ヶ月程が経った。この頃になると2人はどちらかの家に入り浸り、そのまま泊まることも多くなっていた。その日の夜も咲月の家でゲームをしていた。この日は協力プレイの出来るゲームだった。咲月が中古で安いのを買ったらしい。11時半ごろ、区切りが付いた所で咲月は立ち上がった。厚手のアーミーグリーンのコートを身に付ける。
「どうかした?」
「魔物の気配。狩って来る」
「気配で分かるんだっけ。近いの?」
「割とね。すぐ戻るからここにいて」
彼女はクローゼットを開けるとそこから手斧を取り出した。持ち手には赤い手形のような物が見えた。彼女が魔法を使うのに血を付けたのだろう。陽平も立ち上がると上着を着た。
「……着いて来るつもり?」
「……ダメかな?」
「ダメじゃないけど……危ないよ?」
彼女の言うことは分かる。だが、彼女と一緒に過ごす内に非日常への抵抗が少なくなっていた。魔物への恐怖はあるが、より近くで見たいと言う好奇心が勝った。そして、咲月への信頼もある。
「まぁ……そんなに強い感じはしないからいいけど……保証はしないよ?」
渋々ではあるが彼女の了承も得て、陽平は咲月の狩りに同行することになった。
夜はもうすっかりと冷えていた。寒さもあり、夜の街は一層寂しさを感じさせる。咲月は陽平の前を歩き、時折後ろを振り返る。陽平は自衛用にと、アウトドア用のナイフを持たされていた。
「この辺りのはずなんだけど……」
咲月はT字路に立って周囲を見渡した。
「あれは?」
陽平は彼女とは反対して方向に人影を見つけた。形は人間だが、ふらふらと歩いており明らかに様子がおかしい。
「気配は近いけど……酔っ払いとか薬やってる人の可能性もあるね。少し見てくる」
彼女はそう言うとゆっくり歩き出した。影に近付くと、走って戻って来る。
「うん。やっぱ魔物だった」
「勝てそう?」
「余裕でね」
背後からはその影が呻き声を上げながら迫って来る。前に咲月と見た映画のゾンビそっくりだった。
「それじゃ、手早く終わらせよっか」
咲月は手斧を振り上げると、影に向かって思い切り投げた。回転しながら飛んだ斧が影の頭に突き刺さる。
「命中。あ、グロいから近寄らない方がいいよ」
彼女は倒れた影に向かって歩くと、手斧を引き抜いた。そして魔物に口を近付ける。彼女の種族に欠かせない、エネルギーの補給だ。時間として、1分ほど彼女はそうしていた。
「お待たせ」
一通り終えたのか、彼女は斧を回収して戻って来た。最後まで手慣れた様子だった。
「前もそうだけど、そのままでいいの?」
陽平は道路に倒れた魔物を指差した。
「死体?それなら数分で消えるから放置で大丈夫だよ」
無事に魔物退治も終わり、2人は並んで話しながら道を家の方へと戻った。手斧とナイフは咲月がコートの内側に隠していた。
しばらく歩くと、前から誰かが歩いて来るのが見えた。陽平は特に気にしなかったが、咲月は一本前に出た。その表情はどこか緊張しているようだった。歩いて来る相手は、体格から男性だと分かる。そして距離が縮まると、その人物は両手を広げて声を掛けて来た。
「やっぱり咲月だったか。久しぶりだな」
声の主は高そうな黒いコートを着た、30代くらいの男だった。暗くてよく分からないが、髪色は派手に染めているようだ。
「もう会わないって言わなかった?」
「ただの通りすがりさ。世間は狭いもんだ。そうだ、いい仕事あるけどどうだ?」
「だから、やらないってば」
男は親し気に話しているが、咲月は明らかに不機嫌だった。
「にしてもアンタが殺しから足を洗うとはな。復帰する気はないのか?」
「無いよ。その話はやめて。もう関係ないんだから」
「そうかよ」
ふと、男が陽平に眼を向けた。
「コイツは?アンタの眷族か?」
「違うよ。ただの友人」
庇うように、咲月は男の前に立った。
「コイツはアンタのことを知ってんのか?」
「知ってるよ。私が化け物だってことをね」
彼女がそう言うと男は可笑しそうに笑った。
「アンタに人間の友達か。まぁいいや。で、本当に仕事はしないんだな?」
「何度もそう言ってるでしょ。もうやらないって」
男はやれやれと頭を振った。
「そうかよ、残念だ。じゃあ人間のアンタに警告だ。咲月は凶暴だから気を付けなよ?」
男は陽平に1歩近付き、笑いながら言った。
「適当なこと言わないで。大体仕事してた時からその辺は弁えてたでしょ?」
咲月は強い口調で反論した。男は肩をすくめると2人の横を通って、夜の闇へ消えるように立ち去った。
「ごめんね。嫌な奴に合わせて」
咲月は溜め息混じりに言った。
「大丈夫。……あれは誰?」
「私と同じ種族、つまりは人外。昔仕事を斡旋してもらってた。まさかこの街に来てるなんて……」
彼女は彼を嫌っている。それが話し方から伝わって来た。
「……殺しって聞こえたけど……咲月はその……」
男の話と風貌から、大体の想像は出来ていた。それでも直接彼女の口から聞きたい気がした。彼女のやっていた、仕事について。
「聞いても嫌いにならない?」
「……多分」
しばらくの沈黙の後、咲月は意を決したように話し始めた。
「私は……」
だが、すぐに口を噤んだ。
「ごめん。今はやめとく。想像通りだとは思うけどね。でも、言えない」
「……そっか。無理にとは言わないよ」
また沈黙が続く。
「最後にしたのは3年前だから」
それだけ小さく言うと、彼女は自分の家に向かって黙って歩き出した。帰り道をしばらく歩くと、彼女は普段と変わらない様子で雑談をしたり、ジョークを言ったりしていた。それでも、どこか取り繕っているような、そんな印象を受けた。陽平も大体の想像はついていた。咲月は、多分人を殺している。もしそれが真実だとしたら、彼女から直接聞いたとき、友達のままでいられるのか?咲月と話しながら、陽平は考え続けていた。だが、いくら考えても答えは出なかった。