家に着くまでが夜遊び
時刻は夜の12時過ぎ。陽平と咲月はテレビの画面に集中していた。
「右だ、右に行った」
「分かってる。今度こそ、当たれ!」
「行けるよ!弱ってる」
陽平がコントローラーを握り、隣で咲月がサポートする。2人は、咲月の家でゲームに熱中していた。画面の中では怪物が暴れ回り、その激しい攻撃を縫って陽平の操作キャラが応戦する。隙を突いて懐に入り込み、攻撃ボタンを連打する。すると咲月が声を上げた。
「やった!勝った!!」
映像は変わり、画面の中の巨大な怪物は倒れた。ゲームオーバーの度に交代して、6回目にしてようやく撃破したのだ。陽平は思わずガッツポーズをし、咲月はハイタッチを求めた。
「やったね。ようやくだよ」
「いや〜手強かった。でもコイツラスボスじゃないんだよね……?」
「残念ながらね。でもコイツが最難関って噂だし、私達なら倒せるよ」
陽平は手汗をハンカチで拭った。ずっと画面を見ていたからか、目も痛くなっている。
この前陽平が咲月を泊めたこともあり、この日は咲月の家に遊びに行くことになった。彼女は古い小さなアパートに住んでいた。部屋の中は少し散らかっていて、咲月をよく知らない人が見たら、美人な彼女の第一印象との差に驚いたことだろう。ゲームのソフトや漫画が散乱した部屋の雰囲気も、男友達の部屋に近かった。
「疲れたから、今日はこの辺りにしておこうかな」
「私はまだまだ行けるよ」
「僕はやめとく。次来た時のお楽しみにね」
「なるべく早めにね。夜も寝れないくらいに続きが気になる。夜行性だけど」
交代しながらだが、ボスとの激戦を繰り広げたことで陽平の目と指は疲労を感じていた。明日は休日だがこれ以上はプレイにも影響しそうだ。咲月はコントローラーを近くのテーブルに置くと、隣の部屋から布団を引っ張り出した。
「いつ泊めてもいいように布団買ったんだ」
「わざわざありがとう」
「気にしないで。私のお古じゃ嫌でしょ?」
咲月は新しい布団の隣に使用感のある自分の布団を準備した。
「この後はどうする?コンビニで何か買う?それとももう寝る?」
「ごめん……せっかくなんだけど明日親帰って来るの早いの思い出した。だから……」
陽平の親は別に厳しい訳ではない。友達の家に外泊するくらいは許してくれるだろう。それでも、心配をかけたくないと言う気持ちが勝った。早朝に帰ることも考えたが、万が一寝過ごしたことを考えると家に居たかった。
「それもそうね。変な関係疑われそうだし」
咲月は笑いながらそう言うと上着を着た。いつものジャケットだ。
「送ってくよ。結構遠いからね」
「助かるよ。正直1人じゃ心細いから」
以前不良に絡まれたこともあり、夜1人で出歩くのが少し怖かった。咲月と夜遊びをする前はああいう輩が出歩いているとは知らないため然程恐れは無かったが、実際に遭遇するとその恐怖は現実的なものに感じられた。
「あ、陽平1人ぐらいなら担いで屋根飛び越えてショートカット出来るけど……」
「遠慮しとくよ」
彼女なら本当にやりかねないので断っておいた。そうして、2人は夜の町へと歩き出した。
夜の町は相変わらず静かだ。2人の話し声と足音、後は遠くを走る車の音が時折聞こえるだけだ。
「結構騒いじゃったけど、お隣に迷惑かかってないかな?」
「それなら大丈夫。音は聞こえないようにしてたからね」
「防音設備とかそういう?」
「魔法とか術とか、そっち系」
少しの間、2人は黙っていた。
「……マジで?」
「うん。前にも言ったじゃん。長い寿命に不思議な力の数々って」
既に驚異的な身体能力や回復力を見ている陽平は今更疑いはしなかった。だが流石にそこまでは出来ないだろうと勝手に思っていたために驚きを隠せなかった。
「さっきまでは、まぁ不思議な力的なアレで音が漏れない空間を作ってたってんだ」
「……他にもそういう力ある?この感じだと」
「まぁね。でも今は秘密」
「どうして?」と聞くと咲月は悪戯っぽく笑った。
「そりゃあね、秘密のある女の方が魅力的でしょ?」
夜の町を背景にそう笑う彼女は、人外であることを知っているからか、尚更不思議な雰囲気を纏って見えた。「確かに」と思わず言ってしまい、陽平は妙に恥ずかしくなって目を逸らした。
「少しずつ教えていくよ。タイミングがあったらね」
静かな夜の町は、2人だけの世界のようだった。なるべく大通りを通るようにしていたが、陽平の家の近所は狭い住宅街になる。咲月は何かを警戒しているのか、少し気を張っているように感じられた。
「ウチの近所ってどんな感じ?不良とか出歩いてる?」
「不良は見たことないかな。でも夜中は変なのが出歩いてるから気を付けた方がいいよ」
「変なのって?」
「まぁ面倒な酔っ払いとか、あるいは……」
角を曲がった時、咲月は口を閉じた。
「咲月?」
問いかける陽平の口を咲月は手で押さえた。
彼女の視線の先に1匹の生き物がいた。街灯に僅かに照らされただけの暗さでは詳細は分からないが、輪郭から犬であることが分かる。
「野良犬……?」
「いや、あれは魔物だよ」
「魔物?」
2人は小声で話していた。咲月の話し方からは緊張を感じた。
「今からアレを狩る。ここで静かにしてて」
彼女はそう言うと一方前に出た。そして、何かを握るように構えた彼女の右手に手品のように大振りのナイフが現れた。彼女がその生物に近付くと、相手の方も咲月に向かっていった。2つの影が重なる。1瞬甲高い悲鳴が聞こえたが、すぐに静かになった。咲月はその場にしゃがんで動かなかった。
「大丈夫!?」
耐えられなくなり、陽平は走り出した。距離は短くなり、影だけだった彼女の姿がはっきりと見える。
「……咲月?何してるの……?」
彼女は先程の犬のような生物を抱え、口を当てていた。話しかけると彼女は振り返り、口元の汚れを拭った。
「このことも話さないとだね」
彼女は少し面倒臭そうに立ち上がった。
「今倒したのは魔物。夜出歩いている人を襲う悪い存在」
「魔物……」
散々漫画やゲームで聴き慣れた言葉だが、彼女から言われるとその言葉のもつ雰囲気が違っていた。現実に存在する、そう感じた。
「魔物ってのは知能が低くて、人を襲うタイプの化け物。ちなみに私は人並みの知能があって、人を襲わないタイプの化け物ね」
「人外って他にも種族いたんだ……」
「そりゃあね?いるよ」
また未知の存在の話を聞いた訳だが、然程驚きはしなかった。陽平はそんな自分に違和感を覚えた。
「魔物って沢山いるの?」
「どうだろ?真夜中に出歩いてると2週間に1匹見かけるくらいかな?それでも遭遇する危険があるから夜中は外に出ない方がいいよ。特に1人では」
「強いの?それ」
「モノによる。色んな種類のがいるからね。今のは弱かったけど、素手じゃキツかったかな」
そう言う彼女の手には先程の魔物を倒すのに使ったナイフが握られたままだった。
「あと2つ質問させて。そのナイフどこから出したの?あとさっきの魔物をその……食べてなかった?」
「ああ、これね」と彼女はナイフを軽く振った。
「これも魔法的なやつの1つ。自分の血を付けた武器とかを取り寄せられる。便利だよ?財布とかに付けとけば無くしても戻って来る」
説明しながら、彼女は空いた左手に小振りなナイフを出現させ、実演してくれた。その光景に陽平は思わず見入ってしまった。そして、その後に実用的な使い方には笑ってしまった。
「それから、魔物を食べてたのは……分かりやすく言えば魔力の補給だね。正確にはエネルギー吸うような感覚だけど……伝わるかな?」
「なんとなくね」
彼女の説明により理解が出来た。そして、また一歩未知の世界に近付いてしまったような感覚も覚えた。
「なんか、すごいね。漫画のキャラみたい。……あ、勿論良い意味でだよ?」
率直な感想が口から出て、慌ててフォローを入れた。実際、陽平は彼女が少し羨ましく感じていた。
「でしょ?」
それを言うと咲月は自慢げに笑った。
「さて、帰ろうか。こんな風に夜道は危ないからね」
彼女は歩き出し、陽平も後に続いた。
「流石に、人間は魔法とか使えるようにならないよね?」
「残念ながらね。眷族になれば出来るけど」
「眷族?」
「私の血を飲むとか、そう言うことして化け物になること。まぁでも、生半可な気持ちで化け物にならない方がいいよ。文字通り人としての人生を捨てることになるから。オススメはしない」
陽平は彼女のような力が欲しいと思った。だが、それに人間としての人生を全て捧げるほどの気持ちは湧かなかった。彼女といると自分が知らない世界へと進んでいるような気もした。だが、それは決して悪い感じはしなかった。家が見えて来た辺りで、咲月が言った。
「もし漫画描くなら私出してもいいよ?ポーズモデルもしてあげる」
「僕には無理かな。絵下手だし」
そう言うと彼女は少し残念そうにしていた。
「無事に着いたし、今夜はここまでだね」
「うん。それじゃあ、また明日」
陽平がドアを開け、家に入ったのを確認すると咲月は来た道を戻った。周囲を確認すると屋根に飛び上がり、最短距離で自宅を目指した。