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僕の友達は夜行性  作者: 夜狐
5/10

久しぶりの来客

 「前聞きそびれたけど、咲月って何の仕事してるの?」

時刻は夕方、咲月と陽平は公園のベンチに座っていた。2人は紙パックのジュース、初めて出会った日に咲月がくれた物を飲みながら談笑している。日は遠くの山に隠れる直前で、顔を上げれば眩しく輝いている。

「仕事は……フリーターだね。今はスーパーの品出しと倉庫の仕事してる」

「意外と普通なんだね。もっとすごい仕事してるのかと思った」

「そう上手くはいかないんだよ。人外だと、人間の世界じゃ上手くやってけない。普通に会社で……ってのはまず無理だね」

彼女は呆れたように言った。

「人外も大変なんだね」

彼女のように人とは違う存在であれば、今よりは楽に生きられると思っていた。しかし

「そうなんだよ。怪我してもすぐ治るから怪しまれるし、寿命長くて見た目変わらないからずっと同じ会社にいるのも無理」

彼女は人外として生きることの苦労を並べた。

「この世界は人間向けだからね。人外には辛いんだ」

そう言う彼女はどこか寂しそうだった。

「仲間……とかいないの?同じ種族の」

「いるにはいる。でも数が少ないし、正体明かしてるのはもっと少ない。関わりがあるのも何人かいるけど、それも必要な時だけって感じ」

「そうなんだ……」

陽平はいつの間にか、彼女の話に夢中になっていた。同じ世界を、全く違う視点から生きる彼女の話に引き込まれていた。

「会ったことある人外の人達はどんな風に暮らしてた?」

「色々だよ。億万長者だったり、裏社会のワルだったり。私みたいにひっそり暮らしてるのもいる」

しばらくの間沈黙が続いた。超人的な力を持っていても、人の社会に溶け込めず、仲間との関わりも余りない。そう考えると咲月もどこか自分に近いのではないかと思ってしまった。

「なんかごめんね。色々聞いちゃって」

「別にいいよ。私もこんなに色々話せた相手は初めてかも。前にも人間の友達作ろうとしたんだけどさ、正体打ち明ける勇気がなくて疎遠になっちゃって」

チンピラに絡まれ、怪我をしなければ陽平は今も彼女の正体を知らないまま過ごしていただろう。そう考えると不思議な感じがした。

「僕は咲月が人じゃなくても平気だから。前にも言ったけど、改めてね」

「わかった。ありがとね」

彼女は嬉しそうに笑った。人外であっても、彼女が大切な友人であることに変わりはなかった。寧ろ、頼もしいくらいだった。

「ねぇ、今夜も親はいないんだよね?」

「そうだけど?」

「じゃあさ、家、遊び行っていい?」



 陽平は自室の掃除を始めた。誰かを家に上げるなど久し振りのことだ。簡単に掃除機を掛け、ベッドの布団を直し、机の上の文房具はペンケースにまとめた。この間、咲月には待ってもらっている。彼女も何やら準備あるとのことだ。待ち合わせは別れてから1時間後に、初めて会った場所で決めてある。家ににあったお菓子を皿に盛り付けたところでその時間となった。すっかり暗くなった街を歩き、彼女の姿を探した。

 街灯に照らされた暗い道を、彼女は歩いて来た。背中にはリュックサックを背負っている。

「時間通りだね。家はどの辺?」

「この近くだよ。歩いて2分ぐらい」

 陽平は咲月を家に上げた。階段を登り、自分の部屋に案内する。

「少し狭いけど、どうぞ」

「おお……」

彼女は小さく感嘆の声を漏らした。

「男子の部屋っ、て感じだね」

彼女は部屋の中を見回している。

「漫画雑誌に、学校の制服、単行本の並んだ本棚。まさに男子の部屋。あ、テレビもある」

「それは……褒めてるのかな?」

「褒めてるつもり。私の部屋より全然綺麗だしね。後は……ポスターとギターがあれば完璧かな」

「……なんで?」

「若い男の子の部屋にはあるもんでしょ?ギターとバンドか、アイドルのポスター」

「そうかな……」と首を傾げつつも咲月に座布団を勧めた。部屋の中央にあるローテーブルにはお菓子を盛った皿が置いてある。

「私もお菓子持って来たよ」

咲月は座布団に座ると、リュックサックからいくつかお菓子やジュースを取り出した。

「あ、今になって思い出したんだけど、夕飯どうする?」

「あ〜……カップ麺でいいんじゃない?」

時間は丁度夕飯時だ。陽平は友人を家に上げる特別感で夕飯のことをすっかり忘れていたのを思い出し、口にした。2人は近くのコンビニへ行き、カップラーメンを調達することにした。



 ローテーブルから一旦お菓子を片付けてカップ麺を並べ、お湯を注いで待つ。その間に咲月がリュックサックからDVDのケースを何枚か取り出した。

「急いで借りて来たんだ。私のイチオシ」

5枚ほどあるそれは全て一昔前のアクション映画だった。

「映画観たいなら言ってくれればいいのに。サブスク入ってるからそれで観れるからさ」

「なっ……現代っ子め……」

咲月は大袈裟なリアクションをして見せた。しかし彼女の善意を無駄にはしたくないので、陽平は1作品選んで観ることにした。

 タイマーが残り1分程になったところで、咲月はラーメンの蓋を開けた。

「もう食べるの?」

「1分早く開けた方が麺がいい感じになるんだよね。私の研究の成果」

陽平も真似して少し早いが食べることにした。スープをかき混ぜ、一口すする。

「……うまい」

「でしょ?ちなみにお湯は少なめがオススメ」

少し麺が硬く、噛み心地が良い。3分待つ派の陽平には新しい発見だった,



 夕食を終えると、陽平は咲月の持って来たDVDをプレイヤーに入れた。

「今の子ってDVD借りたりするの?」

「うーん、あんまり借りないんじゃないかな?」

「やっぱりね。レンタル終了の店も多いし。どんどん私の娯楽が減ってく」

本編が始まるまで、雑談しつつ新作映画(レンタル開始当時のだが)の紹介を飛ばす。それらが終わるとようやく本編が始まった。陽平の希望で吹き替えで観ることにした。


 映画は陽平が初めて見るアメリカの作品だった。古い映画ならではのCGではないリアルなアクションシーンは時間を忘れさせる程の見応えがあった。咲月はこの映画を4回は観たと言っていた。それでも彼女は飽きずに画面を見つめていて中盤ごろ、ふと彼女の方を見ると目に涙を浮かべていた。

 やがて映画は終わり、エンドロールが流れた。

「どうだったかな?」

「面白かったよ。特に車で撃ち合うシーン凄かったね」

「いいよね〜あそこ。あれ実際に車爆破したんだってさ」

2人はそれぞれ映画の感想を言い合った。かなりのボリュームがあり、正にアクション超大作という感じだった。

「にしても、あのシーンは何度観ても泣いちゃうよ。ほら、逃げる時の」

「ああ、あのおじいさんの所ね。僕も少しうるっと来たかな」

2人が話しているのは物語中盤、主人公を追手から逃すために髭が特徴の初老の男が敵を引きつけるシーンだ。彼は重傷を負い、最後はタバコに火を付け、静かに息を引き取った。

「セリフがいいよね。最高だよあのシーンは」

普段あまり見ないタイプの映画だからか、しばらく興奮は冷めずに感想を語り合っていた。

「咲月はよくこういうの観るの?」

「そうだね。アクション以外はあんまり見ないかな。あーでもゾンビモノも好きだよ。後ホラーも」

「ゾンビか……ホラーも苦手だな……」

「怖いだけがゾンビじゃないんだよ。アクションも、ドラマもあるからね。今度初心者向けの持って来ようか?」

「……あんまりグロくないのでお願い」

「善処はする」


 その後しばらく、2人はお菓子を摘みながらただ雑談をしていた。思い出したように、咲月が鞄から紙パックのジュースを取り出した。初めて会った日に、2人で飲んだジュースだ。

「レンタルサービスの終了と共に、私も終わりを迎える……」

「どうしたの?急に?」

咲月は悲しげにそう零した。

「この前、レンタルビデオ店が1つ潰れた。……ふと寂しくなる瞬間があるんだよ。自分が取り残されてる感じがして」

「……」

「化け物なのに中途半端に人間らしいことしてるから、尚更なんだろうね」

陽平は彼女にどう返せばいいのか分からなかった。

「ごめんね?なんか暗い話になっちゃって」

彼女は苦笑した。

「大丈夫だよ。悩み聞くくらいなら僕でも出来るから。友達として、ね?」

「ありがとう。こんないい友達に出会えてよかった」

彼女と出会ってから、陽平の日常は変わった。憂鬱な朝も、俯いて帰る夕方も、孤独な夜も少しはマシに感じられた。だからこそ、何か彼女に恩返しをしたかった。まず出来るのは、話を聞くことだった。

「若者はレンタルDVDの魅力を知るべきだよ。あの狭い通路で運命の1作と出会った時の高揚感、ジャケットから内容を想像するワクワク感。そこがレンタルのいいところなのに」

「なるほどね。じゃあ今度一緒に行く?近くにあったよね?」

「本当!?よし、来週末にでも行こう!」

その提案に咲月は大喜びだった。誰かを喜ばせる喜びを、陽平は久しぶりに感じていた。


 咲月と映画の話で盛り上がっていると、いつの間にか時刻は11時を過ぎていた。

「陽平は、明日学校か」

「そうだね」

お互いに、そろそろ帰ろうという雰囲気になっていた。お菓子のゴミや空の皿を片付けているが、咲月の動きがどうにも遅かった。

「なんかさ、今日は帰りたくないかも。家に帰ったら寂しさが倍増しそう」

少し寂しそうに彼女が言った。

「何となく分かるかも。でも来客用の布団とか無いし……」

陽平もその感覚は分かる。友人が遊びに来た日、彼らが帰ると無性な寂しさに包まれたことは何度かある。しかし、咲月を泊める準備は何もしていない。

「それなら大丈夫だよ。床でも寝られるから」

「いいの?それで?」

咲月は頷いた。この時、陽平は今のソファーに毛布があったことを思い出してそれを貸すことにした。枕も、適当なクッションを用意した。それが終わると簡単にシャワーを浴びて電気を消し、寝る準備をした。

「ありがとうね。今日は」

暗い部屋の中、咲月の声が聞こえた。彼女は床に毛布を敷いて寝ているので下からだ。

「こちらこそだよ。家に友達入れたの久しぶりだし、泊めたのなんて初めて」

「今度からは寝袋持ってこよ」

「泊まる気全開じゃん。別にいいけど」

暗い部屋でこうして話すのは新鮮な感じがした。他に人はいないのに、自然と小声で話していた。

「咲月?」

少しの静寂の後、陽平は声をかけた。しかし彼女の寝息が聞こえるだけだった。寝付きが早くて羨ましい。そう思いながら、陽平も眼を閉じた。



 翌朝目を覚ますと咲月の姿は無かった。代わりにメモが一枚、畳まれた毛布の上に置かれていた。「昨日はありがとう。君の親が戻る前に私はここを去るよ。鍵閉められないから、防犯上ベランダから失礼するね。戸締り忘れずに。それじゃ 5時30分、咲月」

ベランダに出てみると、確かに窓は閉まっていたが鍵は空いている。飛び降りたことは明確だが、人外の彼女なら大丈夫だろう。いつもと同じ1人きりの朝。それでもその日の朝は、いつもより静かに感じた。

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