怪物
いよいよ最終話です。今回少し長めですが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
「手を取って。そうすればアイツらを皆殺しにするから」
彼女の言葉が、何度も繰り返し聞こえる。こうして自分の部屋で、2人並んでゲームをしていても陽平はそのことばかり考えてしまう。今日も彼らにいじめられた。あの時手を取ればよかったのかも知れない。しかし、仮に時を戻せても自分はまた断るだろうと思っていた。彼らの殺しを頼む勇気は、陽平にはなかった。
「どうかした?」
「いや、少し考え事を」
咲月に悟られないよう、彼は誤魔化した。
「そうだ。私も言っときたいことがある」
「何?」
「しばらく、会えなくなるかも」
彼女はゲームを一時停止した。
「何かあるの?」
「厄介な魔物が近付いてるみたいでさ。そいつ倒して来る」
「どれくらいかかりそう?」
「さぁ?結構強いらしいけど、まあ大丈夫でしょ。それでも、巻き込みたくないからしばらく会えないかな」
「魔物って真夜中に出るんだよね。昼間とか放課後は……」
彼女と会えなくなる。他に友達の居ない彼にとっては死活問題だった。
「ごめんだけど、難しいかな。体力を温存したり、居場所を探したりしたいからさ。終わったら、また遊ぼう」
そう言うと彼女は笑った。陽平も「そうだね」と返した。時刻は11時頃だった。1時間ほどゲームを続け、日付が変わる頃に彼女は帰って行った。「しばらく、夜は出歩かない方がいい」と珍しく真剣な顔で忠告をした。
「さて、と」
数日後の真夜中、咲月は部屋の中で支度をしていた。テーブルの上には斧、金槌、ナイフなど様々な武器が置かれている。そのどれも魔法で素早く取り寄せられるように、持ち手に彼女の血が付いている。彼女は武器の中から一振りの刀を肩に担いだ。他にもナイフ数本をポケットや鞘に入れて持っている。部屋を出ようとして、彼女は踵を返した。クローゼットの奥の、小さな金庫を開ける。中から布に包まれた物を取り出す。
それはリボルバー式のピストルだった。殺し屋時代に使っていた物だ。弾は13発。大きな音のする銃は嫌いだった。それでも、彼女は持って行くことにした。
武装した彼女は外に出た。
「あ、発売日今日だったじゃん……」
彼女が考えたのは新作ゲームのことだった。何故かこのタイミングで思い出した。魔物が近いのは気配で分かっている。すぐに倒して、明日朝一で買いに行こう。彼女は鍵を閉め、歩き出した。
数日の間、咲月は本当に現れなかった。チャットの返信もたまにしか帰ってこない。前は1人の夜も平気だったが、咲月と出会ってからより一層孤独を感じるようになった。日付の変わった深夜0時。いつもより、部屋が静かに感じる。咲月を信じて布団に入っても中々眠れなかった。明日は彼女会えるだろうか。学校では彼らに何をされるだろうか。今日咲月から返信がなかったが、無事だろうか。嫌なことばかり考え、様々な不安が渦を巻き、目が冴えてしまう。
どうしても眠れない陽平は無理にでも気分を変えようと音楽を聴こうとした。イヤホンを接続し、動画アプリを開く。その時、通知が来た。咲月からのチャットだ。
「ごめん。しくじった」
「初めて会った公園の、1番入り口のベンチの下に鍵埋めとくから、昼間取りに来て。私の部屋のは好きにしていい」
「とにかく、今は外に出ないで」
何か胸騒ぎのした陽平は急いで上着を羽織ると外に飛び出した。新月の夜は暗く、空気が冷たかった。白い息を吐きながら、公園を目指す。
公園に彼女はいなかった。ベンチの下を見ると、確かに何かを埋めた跡があった。彼女はどこへ行ったのか。辺りを見回す。そうしていると、遠くから爆発音が聞こえた。立て続けに2回。彼はその方向に走り出した。途中、道に街頭を反射して光る物を見つけた。大型のナイフだ。持ち手には、赤い染みのようなものが付いている。
「これ……咲月の……」
また爆発が聞こえた。今度は4回続けてだ。ナイフを拾った陽平は、その方向へと向かった。
「クソ……化け物としては……そっちが上みたいだね……避けるの上手いし、中々死んでくれないし……」
路地街灯の少ない路地、咲月は弾切れした銃を下ろした。彼女は壁に背を預けて座り込んでいる。服は何箇所も破れ、血で赤く染まっている。目の前には、2メートル近い背丈で、翼を持つ魔物が彼女を見下ろしている。その姿は、文字通り悪魔だった。力はほぼ使い果たした。先程出来た頬の傷も癒えない。傍に転がる刀を握り直す気力もない。長い戦闘の末、彼女は魔物に敗れた。全身が酷く痛む。
「ほら、私を食いなよ。それで満足して、別の街に行って」
彼女は諦めていた。ここで自分が食べられれば、満腹になった魔物は違う場所に行くだろう。そうすれば陽平は狙われずに済む。魔物は舌舐めずりしながら近付く。
「新作……やりたかったな……」
咲月は眼を閉じようとした。だが、魔物は耳障りな悲鳴を上げた。魔物は振り返り、何かを鋭い爪で切り裂く動きをしていた。一瞬遅れて、その対象が分かった。
「陽平!!」
陽平は、咲月の落としたナイフを持っていた。それで魔物を背後から刺したのだ。しかしほとんど効果はなく、寧ろ彼が重傷を負った。出血する腹部を押さえて、陽平は地面に倒れた。先に彼から始末しようと、魔物が腕を振り上げる。完全にそっちに身体を向けていた。咲月はその隙を見逃さなかった。残った力を振り絞りって刀を手に取ると飛び上がり、落下の勢いで魔物の首を斬り落とした。それだけでなく、胴体に深く突き刺し、そのまま横に斬り捨てた。仕留めたのを確信した。
咲月は刀を投げ捨てて陽平の側に駆け寄り、側にしゃがんだ。
「来るなって言ったじゃん!!」
「でも……助けられた……」
「それで陽平がやられたら意味ないって!!」
咲月は血の流れ出る陽平の傷を押さえた。
「これって……やばいやつ……?」
「大丈夫、救急車呼ぶから。強く押さえて」
彼女は陽平の手をそこに乗せると、血を拭って携帯を取り出す。
「助からないんでしょ?自分でもなんとなく分かるんだ。痛みも感じない……。ただ……寒いんだ……」
彼は自分がもう長くないことを察した。咲月も、大丈夫とは言いつつも青ざめた顔をしている。
「咲月と……友達でよかった……楽しかったよ……」
込み上げる血に咽せながら、彼は言葉を吐いた。
「バカ!そんな死ぬ前みたいなこと言わないで!!」
徐々に視界が不鮮明になる。孤独で、いじめられて、辛い日々だった。何度か自殺も考えた。それでも、咲月といた時間は楽しかった。彼女に救われた。彼女に出会えて、最後に友達を助けられて、よかった。身体から力が抜けて行くのを感じる。死が迫っているのが分かる。それでも彼女の長く居ようと、陽平は必死に意識を保とうとした。その時、彼女が叫んだ。涙を流し、必死に叫んだ。
「陽平、2択だ!このまま人として死ぬか、私と孤独の中で生きるか選んで!!もし私と生きたいのなら……」
彼女が言い切る前に、陽平は必死に手を伸ばし、彼女の腕を掴んだ。
「孤独でもいい……。咲月と友達でいられるのなら……」
その言葉を聞くと、咲月は陽平に覆い被さり、口付けをした。彼女の唇を感じながら、陽平の意識は闇の中へと落ちていった。
「それで、結局どうやったの?」
「秘密だよ、秘密」
「そろそろ教えてくれてもいいでしょ」
その日の夜、2人は咲月の家でゲームをしていた。今コントローラーは咲月が握っている。
「だから秘密の儀式をしたんだって。ああ!死んだ!」
雑談に集中し過ぎたのか、操作キャラがやられてしまった。悔しさでコントローラーを握りしめた後、咲月は陽平に渡した。
「今作難易度高いね」
「だよね。これノーマルモードだよ」
2人が遊んでいるのは、先日発売された新作ゲームだ。悪魔のような姿の魔物を倒してから、数日後のことだった。あの翌朝、陽平は自室のベッドで眼を覚ました。腹部に傷はなく、服も下着以外は変わっていた。しばらく状況が飲み込めなかったが、咲月からチャットが届いていることに気が付いた。
「色々と質問はあるだろうけど、君は生きてるよ。とりあえず今日は普通に生活して。放課後に話す。追伸、鍵閉められないから、ベランダから帰るね」
そのメッセージで大体のことを察した。
「僕、もう人間じゃないんだね」
「そうだね。これからは私の眷属としての生き方教えてあげないと」
コントローラーを受け取っても、ゲームは始めなかった。実感はないが、その事実を受け入れるしかなかった。
「もしかして嫌だった?」
「嫌じゃないよ。そうするしかなかったんだし。そうだ、眷属になったなら、魔法とかも使える?」
陽平が気になったのはそこだ。それがあれば、毎日がより楽しくなりそうだった。
「その内にね。結構時間掛かるらしい」
「なんか楽しみになってきた」
陽平は笑うと、コントローラーのボタンを押してゲームを再開した。自分はもう人間じゃない。それでも、日常は続いていく。ありふれた日常の中で彼女と友達でいたい。これが陽平の願いだった。相変わらず友達は少ないし、いじめられもする。それでも、咲月のいるこの日常が、幸せだった。
「さて、そろそろ立場が分かった頃かな?」
夜の公園、咲月の前には6人の青年が蹲ったり倒れたりしている。その中の1人、ショウマが立ち上がる。彼も他の5人も、例外なく数箇所に怪我をしていた。
「お前が陽平といるの見たぞ……。アイツの彼女か?こんなことして、陽平が無事だと思うなよ……」
痛みを堪えながら、彼は歯を見せて獰猛に笑った。
「噂通り最低なクズだね。それは困るから、今のうちに腕1本くらい貰っとこうかな」
彼女はショウマの腕を掴んだ。彼は抵抗したが、普通の人間の攻撃などほぼ効かなかった。それに、今は彼女と戦ってかなり弱っていた。咲月は暴れる彼を無視して、そのまま力を込めた。
「おい!お前マジかよ!イかれてんのか!やめろよ!分かった!奴には手を出さない!」
「本当に?」
その言葉を聞くと彼女は手を離した。歳上の不良に平気で挑むショウマも危険を感じ、思わず後退した。
「陽平から話は入ってくるからね。何かあったら、私が報復する。とりあえず今日はこの辺で勘弁してあげるよ」
6対1の喧嘩で、全員骨折しない程度に痛め付けたのでしばらくは懲りるはずだ。
「クソ!帰るぞ!」
ショウマは乱暴に吐き捨てると腕を押さえながら立ち去った。他の5人も起き上がると後に続く。
「みんなこのまま逃げ帰るのかよ!」
リュウトがショウマの肩を掴んだ。
「だったらテメェが戦ってこいよ!真っ先にやられたくせによ!」
しかし彼の剣幕に押され、俯いた。1人公演に残った咲月は彼らの背中を見届けた。陽平はこちら側になったとは言え、まだ人間に近い。当分いじめの問題は無くならないだろう。
「殺してないし、このくらいの勝手は許してくれるよね」
静かになった公園。咲月はそう呟くと自宅へと歩き出した。今日、陽平は久しぶりに夜勤の母がお休みらしい。友達として、家族の時間を過ごすように勧めておいた。
「さて、明日の夜は何をしようか」
一仕事終えた彼女は、大きく伸びをした。静まり返った夜の町に彼女の靴音だけが響いた。
ありがとうございました。これにて完結です。
今回はいつもと違うテイストのお話を書いてみました(終盤少し銃が出ましたが)。これが人気作品なら殺し屋時代の咲月が活躍するアクション多めの番外編が始まりそうですが、今のところそう言った予定はありません。過去の作品はほとんど戦闘シーン多めですので、興味持った方は読んでいただけると嬉しいです。
次回作はなるべく早く書き始める予定ですので、そちらでお会いしましょう。それでは、改めてありがとうございました。