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第十話 炎のそれぞれ

久々に夜更新。

「ふむ。ここが主の……自分達の空間と似ていますが」


 ずっとヤミノの中に入ったまま出てこないエメーラに用があり、自らも中へ入りこんだリムエス。

 外では、ミニサイズが普通だったが、ヤミノの中に入ると元の大きさに戻っていた。

 そして、改めて周囲を見渡す。

 どこまでも広がっていると錯覚するほどの白い空間には、紫、緑、黄色の炎が燃えていた。


 リムエスは、迷わず緑炎の中へと踏み込む。

 すると、すぐに緑炎で形成された空間へ切り替わった。その空間には、エメーラが予想通り寝転がっていた。

 

「まったく、あなたは相変わらずですね」

「おや? どったのさ、リムエス。というか。部屋に入る時は、ちゃんとノックをしようよ」

「いったいどこを叩けと言うのですか」

「さあ?」


 いつもの調子で、会話をしていると緑炎で形成されたベッドで眠っているララーナが視界に入る。


「彼女は、寝ていたんですね」

「うん。ついさっきまで、僕と一緒に楽しいものを見ていたんだけどねぇ」

「楽しいもの?」


 これだよ、と言いながらエメーラは一冊の本を何もないところから生み出す。

 表紙には何も書かれておらず、小さな白銀色の炎が燃えている。


「あんたもさ、わかってるよね。ここがヤミノの中だって」

「もちろんです」

「そして、僕らは一心同体なわけ。この空間は、ヤミノの空間であり、僕らの空間でもある」

「まどろっこしいですね」

「まあ、つまりだ。僕らの空間が念じれば大抵なことはできたように、ここでもそうなる。だから、試しにヤミノの記憶とかみたいなーって念じてみたわけ」


 後は、わかるっしょ? と手に持った本をリムエスに渡す。

 まさか……と、リムエスはしばらく受け取った本を見詰めた後。


「……」


 ゆっくりと開こうとするも、止まってしまう。

 

(だ、だめです。そんなこと……この本がもし、もしそうだとしたら)


 今、リムエスは戦っている。

 自分は主の盾として共に行動することを誓った。しかし、まだ主であるヤミノのことを全然知らない。まだ完全には受け入れられていないが、盾である前に妻という自覚はある。

 妻であるならば、夫のことを何も知らないというのはおかしい話ではないか? もし、今持っている本の中身が、思っている通りのものであるのならば……。


「く、うぅ……!」

「ほれほれー、開いちゃいなよー。すっごく良いものだからさー」


 エメーラの囁きが精神を蝕む。

 いくら妻とはいえ、夫のことを知りたいとはいえ。勝手に見ていいというわけではない。それは、妻である前に、本当にやってはならないことだ。

 だが。


「……」

「はい、ごかいちょー」


 だというのに、開いてしまった。

 情けない。

 情けないと思いつつ、最初の一ページを目に焼き付けるリムエスだった。


「これは、主の」

「そ。赤ちゃんだった時のもの」


 そこには、ヤミノが赤ちゃんだった頃の姿が写っていた。そう、リムエスが開いた本はアルバム。ヤミノのこれまでの記憶をファイルしたものだった。

 

「いやぁ、可愛いよねぇ。普通は、こうやって赤ちゃんから始まるんだよね、人って」


 そう呟きながら、エメーラはベッドでいまだに気持ちよさそうに眠っているララーナの髪の毛を撫でる。


「……ええ、確かにそうです。自分達が特殊なだけで」


 もう後戻りはできないとばかりに、リムエスはアルバムを一ページずつ念入りに目に焼き付け、脳に記録していく。


「そう言えば、あんたさ。良いの? こんなところに居て。主を守る盾さんじゃなかったん?」


 もう一冊のアルバムを手に取りながらエメーラは言う。

 

「問題ありません。主の中に居ようと、盾は出せます。それに、これは主の命でもあるんです」

「ほう?」

「あまり気負い過ぎたら、いざという時に守れなくなる。休める時は休むんだ、と」

(あぁ、これはリムエスの扱いがわかってきた感じだーね)


 普通に言ってもリムエスは、言うことを聞かない。

 ならば、どうするか。

 答えは簡単だ。

 命令形式で言うことを聞かせればいいだけ。だが、ただ命令すればいいと言うものではない。今回のように、もっともらしい言葉で命令しなければリムエスは頑固として言うことを聞かないだろう。


「確かに、自分は主とひとつになってから一気に力が弱くなったようですからね。これから強敵と戦っていくのならば、万全を期さなければ」

「だねー。ところで」

「はい」


 アルバムから一切目を放さないままのリムエスに、エメーラは。


「あんたなにしに来たのさ」

「―――はっ!?」

(あ、完全に忘れていたな。まあ、僕が別の話題を振ったせいでもあるんだけど)


 エメーラに用事がありこの場に訪れたリムエスだったが、アルバムに夢中になりすっかり忘れていたことに、ようやく気付く。

 一度、アルバムを閉じこほんと咳払いをした後、表情を引き締める。


「あなたも気づいていますよね? フレッカが動き出していることに」


 そのことか……とエメーラもアルバムから目を放す。


「もちろん」

「居場所がわからないのは黒と白。まあ、彼女達は正直心配はいらないでしょうけど」

「まあねー」

「彼女は、正義感が強いのは良いのですが、よく暴走する時がありますからね。もし、自分達がいない間に問題を起こし、そのまま集合して、主の負担になってしまえば事です。今すぐにでも、フレッカと合流したいところですが」


 すでにフレッカが居る場所はわかっている。

 だが、その場所へ立ち入るための許可がまだ下りていない。フレッカが居るザベラ砂漠は、もっとも危険な場所のひとつ。

 

「あそこは、どうやらこちらのルールなんて無用の無法地帯みたいだからね」


 どこの国にも属していない完全な無法地帯。

 誰が治めているでもなく、ザベラに住む者達が、各々の力で好き勝手やっている。過酷な場所ゆえに動物や魔物も独自の進化を遂げており、好き好んで行く者達は少ない。

 

「仮令、殺されようともまったく問題はない、ということですね」

「だーね。それにいくらでも言い訳はできる。魔物に殺されただの、砂の中に落ちて行っただのってね」

「まあ、自分達なら問題はないでしょうが。それでも準備はした方がいいでしょう」


 エメーラ達は、炎ゆえに熱には強い。

 仮令、灼熱地獄だろうと平然としていられるほどに。


「そして、今回に関しては、主と我ら闇の炎達だけで行動することになるでしょうね」

「んじゃま、明日は灼熱の砂漠へゴーだね」

「……」

「ん? 今度はどしたのさ」


 一通りの会話を終えると、リムエスが再び真剣な表情になり沈黙する。

 なにを考えているのかと、エメーラはしばらく待つこと数秒。

 

「あなたは、今の自分達の境遇についてどう思います?」

「と、言うと?」

「欠落した記憶、謎の勢力、自分達の力を操れる人間……そして」


 淡々と語りながらリムエスは、緊張感の欠片もないほど気持ちよさそうに眠っているララーナを見詰める。


「そうだねぇ。正直、色々と思うところはあるけどさ」


 つられてエメーラもララーナを見詰める。

 

「とりあえずこのまま流れでーって感じになったのでした」

「楽観的過ぎますね」

「だってしょうがないじゃん。わからないことだらけ。考えてもわからない。だったらさー、今は流れに乗っていくしかない。そーすれば、いずれわかるかもしれないじゃん。というか難しく考えるのって、僕はめんどーなんで」


 楽観的、とリムエスは言ったが、彼女もエメーラと同じだった。欠落した記憶を思い出そうとしても、もやがかかったかのようにまったく思い出せない。

 様々なものに違和感を覚えているも、それがわからない状態なのだ。


「それに、僕は今の生活。割と楽しんでるし」


 そう言って、エメーラは再びアルバムに目を移し、寝転がった。


「……やっぱり、変わりましたね」

「ん?」

「いえ、なんでもありません」

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