第九話 赤き炎と魔法の絵本
本日重大な発表があります。
詳しくは、活動報告にてすでに公開しました。
リオを抱えながら、移動すること数分。
フレッカは、不自然に崩れた巨大な岩の壁を発見する。
「うむ。丁度いい具合に日陰になっておるな」
「あ、ありがとう。フレッカ、ちゃん」
陰がある方にリオをゆっくりと下ろした後、フレッカもその隣に炎のマントを消してから座り込む。
「これ、もしかして」
少し落ち着いたところで、リオは自分達が背を預けている壁を見る。
明らかに誰かが作ったものだ。
よく周囲を見ると、似たようなものがちらほらと見受けられる。そこで、リオは自分達が住んでいた場所のことを思い浮かべた。
「そっか……ここも前は」
「まあ、人間達が住んでいた場所であろうな。見た感じ、十数年は経っている」
「わ、わかるの?」
リオには、住宅が崩れている、ということしかわからなかった。
「まあ、ただの勘じゃがな。……お前が住んでいたところもこんな風になったのか?」
「え?」
「さっき”ここも”と言ってたじゃろ?」
「それだけでよくわかったね」
「違うのか?」
「……ううん。当たってる。私が住んでいたところもこんな風になっちゃったんだ」
ザベラ砂漠に住むということは、突然の砂嵐に襲われることを覚悟しなければならない。いや、自然災害の危機、というのはどこに居ても起こりうること。
ザベラ砂漠は、それが少しばかり多く起こる。
どこへ行っても砂ばかりが続く地。
ギラギラと照り付ける太陽によって立っているだけでも体力を奪われていく。そして、夜には打って変わり気温が一気に下がる。
「ふむ。わしは、特に苦ではないが。人間達にとっては過酷な環境のようじゃな」
「……えっと、ずっと思ってたんだけど」
「なんじゃ?」
リオは、今一度冷静になりフレッカのことを観察する。
そして、ゆっくりと思っていることを口にした。
「フレッカちゃん。そんな恰好で、本当に大丈夫なの?」
砂漠地帯で肌を晒すなど自殺行為に等しい。自分は炎だから大丈夫と豪語したフレッカだったが、普通の人間であるリオにとっては、まだいまいちピンときていない。
「大丈夫だと言っているじゃろ? わしは炎そのもの! これぐらいの暑さなど心地いいと言ってもいい!!」
ふふん、とその小さな胸を張るフレッカ。
「じゃあ、フレッカちゃんって。本当に炎……人間、じゃないの?」
「……怖いか?」
真顔でそう問いかけられ、リオは思考が止まる。
だが、一瞬だった。
「ううん。怖くない」
「なぜじゃ? わしは人間ではないのじゃぞ?」
「確かに、そうだけど。その……」
「なんじゃ、もじもじしおって。ハッキリ言え!」
「……だって、フレッカちゃん。可愛い、し」
少し気恥ずかしそうに視線を合わせることなく、両足を擦り付けながら答えるリオ。その言葉に、フレッカは面食らったように目を見開くも、すぐに悪くないとばかりににやつく。
「うんうん。そういうことか。まあ、そういうことなら仕方ない」
「……」
「じゃが!」
「は、はい!?」
ぐいっとリオの顔を自分へ向かせるフレッカ。鼻と鼻がくっつくそうなほどに近いせいか、リオはどうしたらいいかわからず硬直する。
「どうせなら、かっこいいと言ってほしいものじゃ」
「え? え?」
パッと顔を包んでいた手を離し、フレッカは今一度壁に背を預け、腕組をしながら語り始める。
「わしは、可愛いよりかっこいいと言われた方が嬉しい。かっこよくなかったか? あのミミズを吹き飛ばした時のわしは!? あ、じゃが。トドメを差す時のあれがだめじゃったのか? やはりかっこいい技で決めた方がよかったか……うーむ」
真剣に悩んでいるフレッカを見て、リオは自然と笑みが零れる。
確かに、人間じゃないのかもしれない。
だけど、今自分の目の前で真剣に悩んでいる彼女は……普通の女の子に見えてしまっている。
「ん? なんじゃ、リオ。わしのことをにやにやとした顔で見おって」
「う、ううん。なんでもない」
「そーかぁ? そういえば、お前がずっと持っているそれ」
若干の不信感を持ちつつもフレッカは、リオが大事に持っている一冊の本へ話題を移す。
顔ほどの大きさで、厚さから考えて少なくとも十数ページはあるだろう。
表紙には、小さな女の子と様々な動物達が描かれている。
「なんじゃ?」
「これ? えっと、これはね」
リオは、どんなものかを教えるべく本を開く。
最初のページには女の子が森を歩いている絵が描かれていた。
「魔法の絵本なんだ」
「魔法の、絵本?」
「……あるところに、リータという女の子が居ました」
絵本に描かれている文章を読み上げた刹那。
絵が輝きだし、立体的に浮かび上がった。
「おお!?」
その現象を目の当たりにしたフレッカは、前のめりになって見詰める。
「自然が大好きなリータは、今日も森を散歩しています」
また文章を読み上げるとリータと呼ばれる女の子の絵が歩き始めた。とはいえ、その場で交互に左右の足を動かしているだけで、本当に進んでいるわけではない。
「これはね。魔力が込められた文章を読むことで絵が動くの」
「おお! そんなものを今の人間達は作っているのか? わしの記憶の中では、小難しい文章がずらっと書かれた書物しかなかった……が! これは実に面白い! 早く! 早く次のページに行くのじゃ!」
「ふふ。うん」
過酷な環境でも動じず、強大な魔物をも容易に倒し、自らを人間ではないと語ったフレッカ。リオにとってはかなりの衝撃で、いつまでも忘れることはないだろう。
だが、絵本の続きを見たいという今の姿も、ある意味で忘れることはできない。
話が進むに連れて、フレッカは子供のように反応する。
自分とは別の次元に居るような存在だと思ったが、そうでもないと思いながらリオは、絵本を読み続けた。
「―――こうして、リータは森の動物達と仲良しになりましたとさ。めでたしめでたし」
「なかなかいい話であったな。しかし、動物達と会話ができたのはなぜじゃ?」
「え、えっとなんでだろうね」
それは絵本にも書かれていない。子供向けの話だから、と言ってしまえば身もふたもない話だが。リオは特に気にしたことがなかったので、フレッカの疑問に苦笑いをするしかなかった。
「リオ。世界にはまだ、このようなものがたくさんあるのか?」
「うん」
「ほほう。それは良いことを聞いた。では、やることをやった後にでも、探しに行くかの」
「やること?」
なんだろう、と首を傾げながら立ち上がったフレッカを見詰める。
「何を言っておる。お前の両親を襲った魔物は、もう一体居るのじゃろ?」
「……」
そう。リオ達を襲った魔物は二体。その内の一体はすでにフレッカが倒している。が、もう一体はどこかへと姿を消してしまった。
おそらく両親は、その魔物に。
「で、でもこのザベラ砂漠で」
「安心するのじゃ。わしは、命の灯が見える。そして、そいつの灯はすでに記憶しておる」
だとしても、広大な砂漠地帯で、地面に潜むような魔物を探すのは難しい。
「どうしてそこまでしてくれるの?」
「ん? お前が悲しんでいる。助ける理由はそれで充分じゃ」
先ほどまで子供のように無邪気に絵本を楽しんでいた者とは思えないほどに、不思議と安心感がある。
「それに、わしは大人じゃからな! 子供を見捨てたりはせん!!」
本当に大人なのだろうが、傍から見たら背伸びをしている子供にしか見えない。それでも、今のリオにとっては、彼女の存在が支えになっている。
「うん。ありがとう、フレッカちゃん」
次回は、久しぶりに主人公サイドへ戻ります。