第八話 紫炎の嫁
鋼鉄の獣との戦いを終え数日。
俺は、今日も娘のアメリアと静かな日常を過ごしていた。あれ以来、闇の炎は何の反応も示さない。やはり回復しきっていないのを無茶させた影響なんだろうか。
けど、アメリアが言うにはそろそろ回復するそうだ。
ちなみに、あの戦いのことは誰にも話さないように母さんが、あの三人に言い聞かせた。
とはいえ、あんな危険な奴がまた来るかもしれない。
母さんは、秘密裏にコネを使って、冒険者ギルドや傭兵団などに情報を提供した。もちろん俺のことは伏せて。鋼鉄の獣は、いまや世界で出現している謎の化け物。
それが、知らぬ間に出現したとなれば街に混乱を招く。
「けど、勇者達も倒したみたいだな。あの化け物」
今日も、アメリアを膝に乗せて一緒に本を読みながら呟く。
「そうみたいだね」
全然興味がないかのように呟くアメリア。
まだ数えるほどしか確認されていないが、鋼鉄の獣は最初、新種の魔物だと思われていた。運よく逃げ切ることができたとある冒険者からの情報が始まり。
だが、勇者将太が、鋼鉄の獣こそ世界に危機を及ぼす敵だと宣言したことで、危険度は一気に跳ね上がった。
「最初に倒したのはパパだけど」
「いや、王都はここから馬車でも二日はかかる。情報が伝わるまで時間がかかるから、もしかしたら勇者一行が最初かもしれないだろ?」
「ううん、絶対パパだよ!」
絶対の自信でアメリアは俺に擦り寄りながら答える。
まったくこの子は。
「おーい、ヤミノ。アメリアちゃん」
「母さん。怪我はもう大丈夫なのか?」
「まあね。あんたのおかげで、大きな怪我は特になかったから」
部屋に入ってきた母さんは、あの時の怪我がまだ残った状態。しかし、仕事は休んでいない。何事もなかったかのように過ごしている。
父さんや街の人達からはもちろんのこと、生徒達からも心配されている。あのカーリー教官が!? と。
が、母さんは。
「あたしだって人間。怪我ぐらいするわよ。かすり傷だから心配しない!」
と言って、とりあえずは収まった。
「それにしても、あんな化け物を一撃で倒しちゃうなんて。凄いのね、闇の炎って」
その子供であるアメリアの頭を撫でながら母さんは言う。
「パパとママ、それにわたしが力を合わせればあんなの敵じゃないよ」
どうだ! と言わんばかりに胸を張るアメリア。
「それで、そのママはまだ?」
「もうそろそろだよ。話せるようになったら、ちゃんと紹介するから。それまで待っててカーリーさん」
「もう、カーリーさんなんて他人行儀ね。おばあちゃんで良いわよ」
「そういうの気にしないんだな、母さんは」
「まあ、この歳でおばあちゃんになるなんて思わなかったけど。孫ができたらいずれ呼ばれることになるんだし。アメリアちゃんは可愛くいい子だから、いいのー」
すっかりメロメロだな、母さん。
見たことのないだらしない顔をして。けど、アメリアと一緒に住むようになってから父さんも母さんも、どこか若々しくなったというか。
可愛い孫ができて嬉しいんだろうな。
「あ、そういえばマリアにはどう説明する? 彼女、まだあんたとミュレットちゃんが結婚するって思ってるみたいだけど」
マリアさんとは、ミュレットの母親。
まだ俺とミュレットの間に何があったのかを知っていない。手紙は、俺と同じぐらい定期的に送っている。内容を聞いたが、聖女として頑張っていること、勇者やその仲間のことが主らしい。
……勇者と親密な仲だということは、書いていないようだ。
後で、驚かせようとあえて伏せているのか。それとも、俺に気を遣っているのか。いや、それはないか。
「マリアさんは悪いけど、今は伏せておこう」
「……そう。でもまあ、すぐそういうことだってバレちゃうと思うけど」
と、アメリアを見る。
「そうかもな」
「えへへ」
俺は、アメリアの頭を撫でる。
「いや、変な方向に勘違いされるんじゃないか?」
「……そうかもね」
・・・・
「―――これって」
それは、また眠りについた後のこと。
俺は、あの空間に居た。
「まさか回復したのか?」
「うん、そうだよパパ。ママがようやく話せるぐらい回復したの」
アメリアの声だ。
そうか。ようやくか。いったいどんな……え?
「……」
ようやくあの闇の炎の化身? に会えると振り返る。
そこに居たのは、いつものように天使のような笑顔を作るアメリアと……長身の女性だった。明らかに、俺よりも高い。
長い紫色の髪の毛と瞳。まるで一度も外に出ていないかと思うほど白い肌を、袖なしのワンピースで覆っている。そして、おそらくだが……娘の後ろに隠れている。全然隠れ切れていないが。
あ、背後に俺が闇の炎を使った時出現した炎の円が、彼女にもある。それに毛先が燃えている?
「もうママ。恥ずかしがってないで、ちゃんと挨拶しよ?」
「……」
アメリアが小さいのもそうだが、彼女もかなりの高身長なため膝を折って隠れているが、隠れ切れていない。なんかこう、見方によっては、ほらパパよ? と娘をあっちが紹介しているように見えなくもない。しかし、紹介されているのは母親の方という。
「んん! あなたが、俺の体内に居る闇の炎、で良いんですか?」
こちらから問いかけると、彼女は無言のまま頷く。
美人。はっきり言って美人だ。まさかあの闇の炎の化身が、こんな美人さんだったとは。そして、俺の……。
「改めて。俺はヤミノ。あなたの名前は?」
子供にはなかったけど、あるのか?
「……ヴィオレット」
「ヴィオレットさん、ですか」
「さんはいらないよ、パパ。夫婦だよ? ほら、ママも隠れてないで」
「……」
う、うーむ。これはなんだか大変そうだ。
仲良く、できるのかな? いや、かなり特殊だが、夫婦になったからには!
「初めまして、ヴィオレット。それと、母さんを助ける時力を貸してくれてありがとう」
俺の方から歩み寄り、手を差し出す。
ヴィオレットは、しばらく手を見詰めた後、ゆっくりとアメリアの後ろからだが、手を伸ばす。
「よろしく」
少し遠慮気味に、俺の手を握る。
「こちらこそ」
これが、とりあえず第一歩だ。