第二十五話 最深部に燃える闇の炎
『ようやく辿り着いたか。無駄に入り組んでいて、無駄に硬い魔物ばかり……まるで試練を与えているようだったな』
仮面の男は、やれやれと被りを振りながら一歩また一歩と近づいていく。
その先にあるのは、轟々と燃え盛る黄色の炎。
周囲は、闇の炎の影響を色濃く受けているため明らかに途中の壁よりも鮮やかで、強固なものとなっている。
『このダンジョンにある闇の炎か』
更に近づこうと踏み出すと。
『……ほう』
まるでこれ以上近づくなと言わんばかりに、炎の壁が進行を阻む。
『休眠状態ではあるが、防衛機能はしっかりしているようだ』
ならばと、仮面の男はイア・アーゴント一体を進めさせる。
『実験の開始だ』
「――――!!」
咆哮。
イア・アーゴントは、その巨体で炎の壁へと突っ込んでいく。
「――――!!!」
体中が炎で燃やされながらも、進行は止まらない。
膨張した両腕を振り上げ、黄色の闇の炎リムエスへと突っ込む。がしかし、振り下ろされた両腕は炎の壁に阻まれる。
それだけではない。
衝撃により爆発を起こしたイア・アーゴントの両腕は、完全に消滅してしまった。
『なるほど。この闇の炎は守りに特化しているのか。ここまで溜め込んだ衝撃による大爆発を物ともしないとは』
だが、イア・アーゴントは怯むことなくその場に留まっている。
両腕を失ったのなら、両足を。
ぐっと足に力を入れ、その巨体からは考えられない跳躍を見せる。リムエスの頭上を捉え、体重任せに落下。
『やはり硬いな』
先ほどと比べても比にならない大爆発を起こすも、リムエスはまったく変わっていない。それどころかイア・アーゴントの方が跡形もなく消滅してしまった。
『反射か? ……これは、残ったこいつを使っても無理だな。しょうがない』
光の粒子となったイア・アーゴントを回収し、仮面の男は踵を返す。
『データは取れた。お前は、こっちに向かっている連中の相手をしてこい』
「――――」
指示を受けたイア・アーゴントは、静かに進んできた道を戻っていく。
『では、次の実験のために私も戻るとするか』
一人残された仮面の男は、指を擦ると体が鉄くずのように崩れていく。
そして、そのまま光の粒子となってどこかへと消えて行った。
・・・・
「あいつか」
「本当に手足がパンパンだね」
リムエスが近い。もう少しだ。というところで、イア・アーゴントと遭遇する。仮面の奴はいないようだが……奥に居るのか?
どうやら、あいつを倒さないと先には進めないようだ。
けど、道がかなり狭い。
奴の巨体で塞がっている。隙間を通ろうものなら、すぐさま反撃を食らうだろう。
なによりも、ここへ来る間に助けた冒険者達から得た情報によると、奴の手足は爆発を起こすらしい。そんなものを、こんな狭いところで起こされたりしたら……。
「この先は、闇の炎がある空間だ」
拳を構えながらレガンさんが呟く。
「……なら」
やることはひとつだ。
「エメーラ」
「あいよー」
やることが決まった俺は、エメーラを体内に戻し、武器を生成する。
「【緑炎操】」
緑炎を生み出し、盾のように変える。
「いくぞ!!」
だん! と地面を蹴り突撃する。
「――――!!」
反撃せんと動こうとするイア・アーゴントだったが、それよりも前に緑炎の蔓にて動きを封じる。
「おおおお!!!」
そのままイア・アーゴントを押し出し、奥へと押し込む。
「抜けた!!」
(お? リムエスだ)
狭い通路を抜けると、これまでと比べ物にならないほど広い空間へ到達した。その中央には、黄色の炎が轟々と燃え盛っていた。
あれが、リムエスか。
「――――!!!」
「炎の壁?」
かなり勢いがついたせいか。リムエスへとぶつかりそうになる。しかし、それを阻むように炎の壁が出現した。
緑と黄の炎に挟まれたイア・アーゴントは、咆哮を上げ燃え盛る。
「っと!」
一瞬の判断で、俺はその場から離れる。
思っていた通り、イア・アーゴントは爆発した。なんとか緑炎の盾で爆風を防いだため無事だったが、何もなかったらどうなっていたことか。
(危なかったねぇ)
「ああ。それにしても、あんな爆発があったのに、地面が抉れていないとは」
(リムエスの影響だよ。お堅い奴だったからねぇ)
緑炎を消し、俺は槍のような杖を構えたままじっとリムエスを見詰める。すでに炎の壁は消えており、ただただ他の闇の炎と同じく燃え盛っている状態だ。
「お父さーん!!」
「ヤミノー! 無事ー!! なんかすっごい爆発音聞こえたけど!!」
後から追ってきた母さん達が、姿を現す。
「イア・アーゴントがいない……倒したのか?」
「倒しました。その時に、爆発が起こったんです。でも、エメーラのおかげでこうして無傷です」
レガンさんの問いかけに、俺はエメーラを外に出し、優しく抱き締める。
「いえいえー。夫を護るのは妻の務めですからー」
「さすがお母さんです!」
「ははは。それ、普通逆じゃないか?」
「んー? そう? まあ、どっちでもいいじゃないの」
さて、仮面の奴はここにもいない。
てことは、あの時のように消滅した? また分身体だったってことになるのか? まあ、そうだとしたら好都合だ。
「リムエス……」
「あれがリムエスさんなんだね、ママ」
「うん。凄く真面目な子。だけど、いつも皆のことを気にかけてくれる優しい子」
「真面目っていうか、頑固っていうか。口うるさいっていうかー」
三つ目の闇の炎リムエス。
ヴィオレットやエメーラとは違った強い炎の意思を感じる。まるで……壁。轟々と燃え盛っている炎なのに、壁のように見えてしまう。
それほどの存在感と意思が強い。
「どうする? このまま挨拶でもするん?」
「……とりあえず、敵を倒したことを連絡してからだな」
「そうね。トードの皆も心配しているだろうし」
すぐにでもリムエスと対話をしたいが、俺達は救援要請を受けてここへやってきた。まずは、トードの皆を安心させるのが最優先だ。
「でも、またここへ来るのめんどくさくない?」
「心配するな。ここへ来る間にも話したが、一日で地形が変化したことは一度もない。さっさと戻って、さっさと報告し、さっさと戻ってくればいいだけだ!」
「戻る時は、空間転移を使おう。その方が早いから」
「う、うん。じゃあ、私も一緒にやるから」
まずは、トードの人達を安心させるために報告。
後のことは、それからだ。