第五話 襲来せし鋼鉄の獣
「よーし! あんた達! そろそろ目的地に到着するわ! 周囲の警戒を怠らず、しっかり進みなさい!」
「はーい!」
「了解です、教官」
「まあ、なにが来ようと負けはしねぇがな」
目的地へ向けて森の中に入った俺達。
母さんは、後方に下がり、生徒三人と俺が前を歩く。配置は、ビッツが先頭に立ち、その後ろにアルス、セナが並び、最後に俺となっている。
ビッツの武器は槍。アルスは短剣二本。セナは杖。つまり魔法だ。
「そういえば、ヤミノさんはどんな武器を使うんですか? 腰には剣を装備してますが、弓も持ってるし」
移動しながら、セナが問いかけてくる。
確かに、俺は腰に剣を装備しているし、弓矢も装備している。
「まあ色々と使えるかな。母さんが、俺には才能があるって言って小さい頃からどんどん教えてきたからな」
「そうなんですか? カーリー教官」
「その通り! あたしも小さい頃は色々武器の使い方を覚えたんだけど。どうもしっくりとこなくてね。で、結局槍を主武器にしたのよ。その点、ヤミノはどの武器を使っても優秀!」
「ちょ、母さん。俺もいい年なんだから、そういうのは」
優秀と言っても、ひとつの武器を極めた強者と比べたら、中途半端だって思われるだろう。
実際、槍で母さんと戦ってもまだまだ勝てそうにない。
「カーリー教官は、息子自慢が好きですからね」
え? そうなの? 褒められたことなんてほとんどないぞ。さっきのだって、かなり久しぶりに褒められたから、めちゃくちゃ照れたんだが。
「私は褒めて伸ばすタイプじゃないのよ」
「でも、今褒めていましたよね?」
「たまには褒めないと。厳しいだけじゃだめなの」
確かに、優し過ぎるのも、厳し過ぎるのもだめ。いつも母さんは言っている。やり過ぎはよくない。それで体を壊してしまったら、せっかく費やしたものが台無しになる。
でも、俺の記憶が正しければ、褒められた回数……数えるほどしかないような。
「ん?」
「どうかした? ヤミノさん」
「魔物……いや、そんな気配はないが」
なんだこの押し潰さんとする威圧感は。
他の三人も、母さんも感じていないのか?
「ヤミノ。なにか、感じるのね」
「ああ。でも、それが何なのかはまだ」
「……三人とも。警戒心を高めなさい」
どういうわけかを聞かずに、三人は母さんの言う通りに警戒心を高める。先ほどまで、話す余裕があったが、今では無言で森を移動している。
いったい、なんなんだ。
まさか闇の炎と関係している? だから、俺だけが感じているのか?
「どうやら、何事もなく目的地に到着したみたいだが」
「ヤミノさん。まだ感じるんですか?」
「……感じる」
何事もなく目的地である滝がある川辺に到着した。
だが、まだ俺だけが感じる気配はする。
「ちょっとおかしくない?」
到着するやいなやアルスが低い声で呟く。
「どういうこと?」
アルスの言葉にまだピンっときていないセナ。
「ここは、結構魔物が生息する森だよ。なのに移動中に、一体も遭遇しなかった」
「確かに。俺も何度かここに来たことがあるが、こんなことはありえねぇ。この森には好戦的な魔物が多いはずだからな」
「な、なるほど。じゃあ、なんでだろう?」
アルスの言う通り、この森には好戦的な魔物が多い。
戦闘訓練と称して、俺も母さんに連れてこられたことが何度もある。特に群れを成して襲ってくる獣系の魔物が生息している。
「なにか来るぞ!」
俺は弓矢を構え、叫ぶ。
ビッツ達も、それに反応し武器を構えた。
「アースベアー!? それも二体!」
森の中から豪快に出てきたのは、腕に岩石の鉤爪を装着した巨大な熊の魔物。腕の鉤爪はただの岩ではない。
アースベアーが魔法によって生成した特別な鉤爪。
生半可な武器では傷つけることすらできない。
アースベアーの強さは、この森の中でもトップ。それが二体同時に相手にするのは骨が折れるだろう。
……本来なら。
「ねえ、二体とも傷だらけじゃない?」
「本当だね。てことは」
「おい、来るぞ!」
そう。出てきたアースベアー二体は、どういうわけか傷だらけ。
簡単に壊れるはずのない鉤爪もボロボロだ。
つまり。
(アースベアーより強い奴が、この森に居るってこと。そしてそいつは)
「アルス! 左の奴を頼む!」
「了解!」
前衛を務めるビッツとアルスが武器を構え、突撃する。
「けん制する! セナ! 威力重視の魔法を!」
「はーい!!」
それを見て、俺はすぐさま矢を素早く二本放ちながら、セナに魔法を放つように言う。
「ナイスけん制! 手負いのところ悪いけど! そりゃあ!!」
「腹ががら空きだぜ!!」
狙い通り二体の目に矢が命中し、怯むアースベアー。
そこへ、ビッツとアルスが攻撃を叩きこむ。
「それじゃあ、トドメのー!! 《バースト・ハンマー》!!!」
詠唱を終えたセナが、トドメとばかりに炎中級魔法の《バースト・ハンマー》を唱える。
仲良く平行になったアースベアーの頭上に巨大な炎のハンマーが現れる。
そして、そのまま容赦なく振り下ろされる。
「ファイヤー!!!」
「あっぶね!? おい! 俺達が離れてからにしろよ!」
「それに、ここ森だよ? 水辺があるからよかったけどさ」
弱っていたからか、セナの一撃でアースベアーは撃退できた。
本来なら、こうもあっさり倒すことはできないのだが。
「ごめんごめん。だって負傷していたとはいえ、アースベアー二体だよ? だから私が覚えている魔法の中でも派手で! 威力のあるものを」
「派手さで選んだだろ!」
「そういうところあるよね、セナって」
「まあまあ。倒せたんだから。それに威力重視って言ったのは俺なわけで」
「えへへ、ヤミノさんやっさしー」
「あんた達よくやった! けど、さっきのアースベアー。どうしたのかしらね。この森にはアースベアー以上の魔物はいないはず……」
トントン、と槍を地面にぶつけながら周囲を見渡す。
「……」
「ヤミノ?」
「なにか、来る!」
俺はアースベアー達が現れた方向を弓矢を構える。
「な、なんだこの感覚……!」
「か、体が勝手に震えて……!」
「なに、なにが来るの!?」
「あんた達! 下がりなさい!!」
さすがにここまで近づくと皆も感じたようだ。学生三人はカタカタと身を震わせ、母さんは三人を護るように槍を構えて前に立つ。
「なんだ、こいつは?」
現れたのは……アースベアーの倍はあろう巨大な鋼鉄の獣だった。