第十六話 悩む天才
「はあ……いい湯だ」
「そうですねぇ」
結局、断り切れなかった。
なんていうか、娘の頼み事だったからか。純粋に、俺のためにやろうとしているララーナの行動を咎めることができず……。
背中を流してもらい、今は一緒に風呂に浸かっている。
「ちゃんと肩まで浸かるんだぞぉ」
「はーい」
風呂に浸かりながら、俺はセリーヌ様との戦いを思い返す。
やはり引退したとはいえ、S級冒険者の力は今まで戦ってきた者達と比べても飛び抜けていた。しかも、戦えば戦うほど動きが機敏になっていき、闇の炎の火力も次第に上がっていた。
さすが、母さんが先輩と呼ぶだけあると実感したよ。
それにしても、俺の周りには強い女性が多過ぎる……。
母さんもそうだし、シャルルさんも。
しかも全員年上だし。
「ララーナ」
「なんですかー」
「お父さん、圧倒されっぱなしだ……」
「ん? ん? よくわかりませんが、お父さんも凄いですよ!!」
「あははは、ありがとう。可愛い娘に励まされて幸せ者だ」
「えへへ、そんな」
なんだかんだで、俺も父親としてやっていけている、かな。
もっと何かできると思うが……他の人達と比べて、人生経験が浅過ぎるからなぁ。
「さて、そろそろあがるか」
「だめですよ! お父さん!!」
「うお!?」
湯に浸かるのもほどほどに俺は、立ち上がろうとするもララーナに抱き着かれてしまう。
うっ、む、胸が……。
「アメリアお姉ちゃんが言っていました! お風呂は、ゆっくり浸かるものだと!!」
「で、でももう」
「まだ五分です! 最低でも十分は浸からないと!」
普通なら俺だって、それぐらいは浸かっている。けど、今はさっと汗を流す程度の気持ちだ。
それに皆も待っているだろうし……。
「……わかったよ」
少し考えたが、俺は観念して再び風呂に浸かる。
ララーナも、俺から離れ、隣で鼻歌交じりに風呂へ浸かった。結局、そのまま合計十五分は浸かることになった。
「――――ふう。すっかり風呂を堪能してしまったな」
「ほかほかですねー」
「随分と長かったわね、二人とも」
風呂から上がり、実験場へと向かうと、俺達よりも先に上がったであろうセリーヌ様とフィリア様が、母さん達と一緒に待っててくれていた。
「すみません。お待たせしてしまって」
「大丈夫よ。それに、私達もついさっき上がったばかりだし」
「それじゃあ、揃ったことだし。行きましょうか」
揃ったところで、俺達はミウ達のところへと向かった。
部屋に入ると、まだアメリアは魔法陣を展開していて、ミウも頭を悩ませているようだ。
「アメリア」
「あ、パパ」
やっぱり疲れてきているようだ。俺は、アメリアの頭を撫でてやり、こう告げる。
「休憩だ」
「ん……でも」
そう言ってミウを見る。視線に気づいたのか、ミウは先ほどの悩める表情から一変し余裕の表情になる。
「ふふん! 心配はいらない! ゆっくり休憩してくるがいい! それに、代わりが来てくれたようだからな」
「だ、そうだ。ほら、ここは俺に任せて。母さん、ヴィオレット、頼んだ」
アメリアの代わりに空間転移の魔法陣を展開させ、俺はアメリアを母さん達に預けた。
「いいけど、あんた昼はどうするの?」
「あー」
「それならここへ持ってこさせればいい。ミウは、疲れを知らないが、お前達は違うからな」
精霊は、普通の食事をしない代わりに、マナを吸収する。
そうすることで、活動時間を永遠に近いほど伸ばすことができるらしい。
「じゃあ、そういうことで。ここは俺に任せてくれ」
「わかったわ。それじゃあ、ここは任せたわよ。でも、無理はしないようにね」
「ああ」
「それじゃあ、パパ。頑張ってね」
「アメリアもゆっくり休むんだぞ」
その後、セリーヌ様達は、魔法武器を置き、第一制作部屋から出て行った。
「……」
「むむむ」
「……」
「むむむむむむっ」
「……えっと、やっぱり大変か?」
「全然!!」
いや、ずっと見ていたけど、かなり悩んでいるようにしか見えなかったんだけど。天才を自称するがゆえの強がりってところか?
「なあ、思ったんだけど」
「なんだ?」
「俺が術式を書いた方が早いんじゃないか?」
今更だが。
「ふっ、馬鹿め! ただ術式を書けばいいって問題ではない! その術式を、魔道具としてどういう構築するかを考えなければならないんだ! そして!!」
「そして?」
「どういう素材を使うか。どう加工するか。どう組み立てるか。そういうのを考える時間が、ミウは大好きなんだ! それを邪魔させるわけにはいかない!! わかったか!?」
「ご、ごめん」
「わかればいい」
余計なことを言ってしまったようだ。
作り手は、そういうのが好きだから。難しくても、悩んでも、徐々に完成へ近づいていく。その過程が、好きなんだろう。
それは、人間だろうと。精霊だろうと変わらない。
そういう考えを持っているミウだからこそ、あれだけの魔道具が完成するんだろう。
「それに、ただ書いたものを見ても刺激が薄い。こういうのは本物をじっくり見て考える方が良いんだ」
「そういうことなら、俺も頑張って付き合うよ」
「だが、無茶はだめだ。疲れたら疲れと言え。いいな?」
「はは、ありがとう。気を使ってくれて」
「ミウは悪魔ではないからな」