第十五話 新たに始まる実験
「――――」
『なるほど。空間転移の魔道具か。そんなものが完成すれば、世界はまた大きく発展するだろう』
仮面を被った男は静かに空を見上げる。
その傍らには、鋼鉄の獣イア・アーゴントが二体。今までより一周りも大きく、まるで膨張しているかのように、手足が太い。
『しかし、空間転移を魔道具にするとなれば今まで以上に労力が増す。そして、それに見合った素材が必要だ。……となれば、やはりここを攻めるのは正解ということか』
「――――」
『ああ。引き続き、お前はお前の仕事をしろ』
仮面の男は、会話を終わらせ遠くを見詰める。
深い、深い円形の断崖。
そこには、多くの建物と洞窟への出入り口。屈強な大男達が、色鮮やかな鉱石をせっせと運んでいた。
『さて、そろそろ始めるか。新たな実験を』
・・・・
「ヤミノも先輩もよく戦ってるわねぇ、ヴィオレットちゃん」
「一時間もぶっ続け……」
俺がセリーヌ様と手合わせをしている横で、母さんとヴィオレットが見守っていた。
母さんは、とても退屈そうにヴィオレットを抱き締めている。
「よそ見している場合かしら!」
「っと! すみません! はあ!!」
セリーヌ様も、大分ノッてきたのか。
最初よりも動きが機敏になってきた。
「そおれ!!」
「くっ! まだまだぁ!!」
俺も俺でかなりテンションが上がってしまっている。
そのせいか、つい力が入ってしまい。
「きゃっ!?」
「やばっ!?」
詰め寄り過ぎて、セリーヌ様の足に引っかかってしまい倒れてしまう。
「あっ」
「あっ」
「そろそろお昼ですよー……お?」
「どうしたの? ララーナちゃん」
「おっと、こりゃあ」
しかも、最悪のタイミングでエメーラ達が入ってきてしまう。
「あ、いやこれは……」
「いやぁ、押し倒されちゃったわー」
なんたる失態。
王妃様を押し倒しただけではなく、実の娘にそれを見られてしまった。
「おー、見てください! フィリアお姉ちゃん! お父さんとセリーヌさん。すっかり仲良しですよ!!」
「本当だ。でもなんだか困ってるように見えるけど」
あー、純粋な眼差しが痛い……と、とりあえず離れなければ。
「す、すみません。セリーヌ様」
早々に離れた俺はセリーヌ様に手を差し出す。
「いいのよ。良い運動になったし。こっちも大分足にきてたから。あのまま続けてたら、こっちが負けていたかもしれないし」
「おやおや、我が夫よ。今度は人妻狙いですかな?」
「こらこらー、さすがにお母さんもそれは許さんぞー。しかも、王妃様だぞー」
エメーラ、母さん……やめて、本当。絶対わかってて言ってるだろ。
「あわわ……! おし、押したお……!」
ヴィオレットは、なんだか手を顔を隠しながらも、隙間からこっちをちらちら見ているし。
「だ、だから誤解だって! 母さんは、見てただろ!?」
「うん、ちゃんと見てたわよ。あんたが、先輩に足を引っかけて押し倒したところを」
「わざとじゃないから!」
「だいたいあんただったら、余裕で体勢を立て直せたでしょ?」
ど、どうなんだろう。さすがに足が絡まったら、簡単には立て直せないんじゃ。いや、やろうと思えばやれるのか?
「それよりもお昼だ! 実験もこれぐらいにして昼飯にしよう!!」
「まあ、いいでしょう。それじゃあ、お昼の前に、二人は汗を流した方がいいんじゃない?」
「そ、それもそうだな。あの、お風呂とかはどこに?」
なんだか微妙な空気だが、なんとかなった。
俺は、データを取っていたミウズの一人に風呂場があるかを問いかける。
「お風呂場でしたら、ここを出て左へまっすぐ進んだ先にあります。表札はありますが、わからなければ他のミウズにお聞きください」
「ありがとう! そ、それじゃあ俺はお先に! 失礼します!!!」
俺は、完全に逃げた。
早くこの場から離れたいと。
「お風呂ですか? 私もお供します! お父さん!!」
「ちょっ! ララーナ! フィリア様は良いのか!?」
逃げ出した俺を追いかけるように付いてくるララーナ。
「フィリアお姉ちゃんは、セリーヌさんと一緒にお風呂に入るそうです!!」
「そ、そうか……って! ララーナも女湯だって!!」
「そんな! 家族一緒に入るのは、当然のことだってアメリアお姉ちゃんが言っていましたよ!!」
アメリアは、ともかくララーナなんて完全に同年代というか。
一緒に入っちゃだめな体つき。
思考は、小さな子供のそれだが、こっちの身がもたない……!
「だったら、お姉ちゃんとして体を洗ってあげなさい!!」
「お母さんが、お父さんの背中を流してあげなさいって言ってました!!」
エメーラ……! なんてことを!