第九話 やることが多い
「おお、頭の怪我が!」
「もう大丈夫ですよ! さあ、次の怪我人は!!」
「もういないよ、ララーナちゃん」
「なんと!? いえ、それはよかったです。では、フィリアお姉ちゃん。部屋に戻って遊びましょう!」
「うん。エメーラちゃんも一緒に遊ぼうね」
「え? 僕? ……漫画を読み終わったらね」
スカルゴルの襲撃で、怪我を負った人達を治療したララーナ。
俺も、治癒能力を使いこなすために、手伝ったが……これがなかなか難しい。普通の回復魔法と違って、闇の炎によるものなうえに、回復魔法も使ったことがないから、娘から教えてもらってなんとかできた程度。
「良い風だ」
俺は、一人甲板に出て、ここまでのことを頭の中で整理する。
まず、闇の炎は各々違う能力を持っている。
今のところ、ヴィオレットが空間操作。エメーラが治癒となっている。こうして考えると、俺はかなり運が良いというか。
今後のことを考えると、重要な力を得ていると言っていいだろう。
とはいえ、その力をまだ使いこなせていない。
空間操作のほうはなんとかなってきてはいるが、油断すると空間が変に歪んでしまう恐れがあるから、気は抜けない。
治癒のほうは、ララーナがよく使いこなしている。
炎の力が増せば、増すほど特殊能力も強化されていくそうだから、それに合わせての訓練は欠かせない。他にも色々とやることがある。
まあ、俺一人でできないっていうのは最初から承知しているから、他の人達に助けてもらいながらやっていこう。
今も、こうして船に乗っている間も、ファルク王やマルクスさんが色々と進めてくれているはずだ。
なにかあったら遠話魔法で連絡してくれることになっている。
「さあ、カーリー! そろそろ訓練の続きよ!」
「先輩。炎を使う時は、色々と注意してくださいよ?」
「とりあえず燃え広がらないように結界を張っておくね」
一人で、潮風に吹かれていると船内に居たはずの母さんとセリーヌ様。そしてアメリアが騒がしく出てきた。どうやら訓練の続きをするようだ。
母さんも鍛えるのは好きだけど、どうもセリーヌ様の前では、いつもの調子は出ないみたいだ。
「アメリアちゃん。闇の炎を武器に纏わせたりしたら、どうなるの?」
と、剣を抜きながら問いかけるセリーヌ様。
「カーリーおばあちゃんやセリーヌさんぐらいの火力だったら、それほど影響はないよ。でも、徐々に火力が上がっていけば武器の方が耐えられなくなっちゃう」
「なるほどね。ヤミノくんぐらいの火力だったら、普通の武器は」
「溶けちゃう」
「そっかぁ、溶けちゃうのねぇ」
「そういえば、あたしも初めて闇の炎を使った時、槍がどろっと溶けていたわね。まあ、アメリアちゃんの炎を巻き込んで爆発的に火力が上がったからなんでしょうけど」
そういえば俺も聞いたな。
俺が、フォレストリアの森に行っている間も襲撃してきたイア・アーゴントを母さんとアメリアが協力して撃退したって。
その時の母さんは、凄くスッキリした表情をしていたこともアメリアから聞いた。
「わたしの火力でもすぐには溶けないよ。でも、今後のことを考えると炎に耐えられる武器とか必要になるかもしれないね」
「それは間違いないわね。今回は、普通の武器だけど。城に保管してあるあたしの愛剣は……耐えられるかしら?」
炎に耐えられる武器か。
アメリアの言う通り、今後のことを考えると必要になるだろう。
……うん。本当にやることは多いな。
・・・・
「はあ……はあ……はあ……くっ! これだけ攻撃しても、まだ倒せないのか!?」
「いくらなんでもタフ過ぎるだろ、この獣」
「そ、そろそろ倒さないと、私達も危ない、ですね」
「そう、ね……周囲が大分燃えて来ちゃってるし、空気もちょっと……」
聖剣の導きにより、辿り着いた先で遭遇した黒き獣と対峙している将太達だったが、苦戦を強いられていた。
将太達も、最初の頃よりは断然強くなっている。
事実、苦戦していたイア・アーゴントをいまや余裕で倒せている。
しかし、目の前の黒き獣は、桁が違った。
何度傷つこうと怯まず、退かず、将太達を殺さんと襲い掛かってくる。確実にダメージは負わせているはずだ。
黒い体が、赤い鮮血に塗れており、呼吸が乱れている。だが、それでも倒れない。退かない。
将太達も、体力、気力、魔力と消費し、限界が近い。
しかも、ここまでの激しい戦いのせいで周囲は燃え、逃げ場がなくなっていく一方。炎の熱量で、呼吸するだけで喉が焼けそうなほど苦しい。
(くそ、くそ! こんなところで負けるのか? 死ぬのか? まだ序盤だぞ! こいつなんてゲームで言えば序盤のボスだろ! それがどうしてこんなに強いんだ!! 苦戦なんていらないんだよ!!)
剣を地面に突き刺し、杖代わりにして立ち上がる将太。
キッと黒き獣を睨みつけ、呼吸を整える。
「ミュレット! 最後の力で、僕を最大まで強化するんだ!!」
「わ、わかりました!!」
(勇者は、選ばれし存在。最強じゃなかったのか……!)
ミュレットからの光の加護により、最大まで強化された将太は駆けだす。
「――――!!!」
追撃せんと、黒き獣が吠えると周囲に炎の剣が十本生成された。
「はいはい。これが、最後の魔法ってね!!」
将太へ向かって飛んでくる炎の剣を、ティリンが水の槍で全て撃ち落としていく。
「おらぁ!!!」
更に、ダルーゴが戦斧を黒き獣へ向けて豪快に投げる。
戦斧は地面へと突き刺さり、大地を砕く。
「――――!?」
「こいつでトドメだぁ!!!」
それによりバランスを崩した黒き獣へ、将太が膨大な光を纏った聖剣を振り下ろした。
「――――」
ドスン! と轟音を響かせ倒れる黒き獣。
「た、倒した?」
「……どうやらそう、みたいね」
しばらくの沈黙の後、黒き獣の体は赤い粒子となって四散していく。
「見ろ、炎が消えていくぞ」
「あいつを倒したから、みたいね。……ふう、疲れた」
黒き獣が消滅するのに連動し、周囲で燃えていた炎も消えていく。
「将太様! さすがです!!」
「はあ……はあ……あ、ああ」
さすが勇者だと称賛するミュレット。それに対して、将太はにかっと笑う。
(ん? 聖剣の光が強く……そうか。あの獣は、聖剣を強くするためのイベントボスだったわけか。あぁ……なんだか、体が軽くなっていく。これは、俺もまた強くなったってことか)
先ほどまでとは違い、体が軽くなっていくのを感じた将太。
その心地よさを味わった後、聖剣を鞘に納め三人に笑顔を向けた。
「さあ、山を下りよう。近くの町で戦いの疲れを癒そうじゃないか」
「そうだな。今回の戦いは、マジできつかったからぁ」
「あー、早くお風呂入りたい……」
「私も、全部使い果たしてしまいました……」
こうして勇者達は、邪悪な獣を討ち倒した。
そのことは、すぐ知らせ、武勇伝のひとつとして広まっていく。