第八話 その裏で
「父上!! 父上ぇ!!!」
「ん? なんだレノス。帰ってきたのか」
ヤミノ達が、無人島へ向かうべく船に乗って移動している頃。
ファルクとマルクスは、今後の計画について意見を言い合っていた。そこへ、ドタドタと騒がしく足音を立てて、一人の少年がやってくる。
さらさらとして金色の髪の毛に青い瞳は、少し垂れており、整った顔立ちは女性も嫉妬しそうなほどに綺麗だ。
ファルクとセリーヌの息子レノス・エーベ・ヴィローガル。
普段は人当たりも良く、民からも慕われている。
それと同時に、あのファルク王からよくこれほどのできた息子が生まれたものだ、とも言われているとか。
昔は、王族とは思えないほどやんちゃだったファルク。
それを知っている者達からすれば、王になったことも、レノスのような息子が生まれたことも驚愕なのだ。
が、それでも、なんだかんだで慕われている。
それがファルクという王。
「はい。今しがた。って、それよりも父上! 大変なのです! フィリアが……妹が、俺を出迎えてくれなかったんです!! いつもなら、お兄様ぁ! と天使のような! いや! 天使そのものの笑顔で出迎えてくれるのに!! 城のどこを探してもいないんです! これは誘拐です! 誘拐に間違いありません! あぁ……! 俺がずっと傍に居てやれたらこんなことには! 今頃、フィリアの可愛さに魅了されたどこぞの道楽共に」
「はあ……一旦落ち着け、レノス。心配するな。フィリアは今、セリーヌと一緒に船に乗っている」
これ以上放っておけば、王子とは思えない表情になりそうだったところを、ファルクが止める。
これには、一緒に居たマルクスも苦笑いをするしかない。
「そ、それならよかった……いや! よくないです! なにをおっしゃっているのですか、父上! 冗談はやめてください! 母上と一緒に出掛けているうえに、船に乗っている? ありえません!」
まあそういう反応になるよなと、動揺するレノスを見詰める二人。
「今朝がたも、俺は母上と妹に挨拶をしました。そして、船がある港町には、ここから馬車を使っても五日はかかります。もし、俺に挨拶した後に出たとしても半分も進んでいない状況なはずです! やっぱり誘拐されたのですか!? もしや母上も一緒に!? 誰ですか! いったい誰がそんな愚かな行為を!!」
もはや暴走寸前。
家族を大事に想うレノスにとって、もし本当に誘拐されたとなれば、血眼になって誘拐犯を探すだろう。
だが、今回に限っては問題はない。
ファルクは、詰め寄ってくるレノスを一度落ち着かせるために、椅子に座らせる。そして、彼がいない間になにがあったのかを、順を追って説明した。
「――――なるほど。確かに、話には聞いていましたが。闇の炎の使い手とは空間転移も扱えるのですね。しかし、それが本当だったとしても王妃と王女を同行させるなんて」
「お前の言い分はわかる。だが、セリーヌは久しぶりに再会した冒険者時代の後輩と、フィリアは妹分達ともっと話したいと聞かなくてな」
「それですよ、父上。なんなのですか? 妹分というのは」
「発言をお許しください」
「ああ、いいぞ」
今まで黙っていたマルクスが、挙手をする。
「まずは、ご挨拶から。お久しぶりです、レノス王子。五年ぶり、ですね」
「ええ。確か、妹が生まれた……おおぉ! ふぃ、フィリア!!!」
「え、えっと」
「かなり拗らせているんだ。すぐ収まる」
ずっと見ていたので、これがすぐ収まるとは思えないとまた苦笑いするマルクスだった。
「おほん。では、説明を。実は、闇の炎の使い手であるヤミノくんには、闇の炎との間に生まれた娘が二人おりまして。見た目は、フィリア様よりも年上なのですが。年齢的には、フィリア様の方が年上だということで」
「な、なるほど?」
「深く考えるな。フィリアは、妹ができたって凄く嬉しそうだったぞ?」
「くっ! そんな妹の顔を俺は見れなかったというのか……!」
悔しがるレノスだったが、徐々に状況を把握していき、いつもの冷静なレノスへと戻っていく。
「ふう……まだ落ち着きませんが、噂に聞く闇の炎の使い手が護衛ならば安心、なのですよね?」
「ああ。それにセリーヌも引退したとはいえ、元S級冒険者ってことはお前も知ってるだろ?」
「……ええ、この身で思い知っていますよ」
やれやれと被りを振り、淹れられた紅茶を口にした。
そして、完全に落ち着いたところで、レノスの目が鋭くなる。
「では、父上。ここからは別件です」
「……聞こう」
「どうやら『聖神教』が、また動きを見せたようです」
「やはり動いたか」
「『聖神教』というと」
「ああ。この王都に総本山がある……聖なる神を信仰する組織だ」
大昔から存在する聖なる神を信仰する組織。
悪しきものは許さない。罰せられるべきだ。この世は、光こそが正義。そう謳う組織。
昔は、それほどでもなかった。
確かに、悪しきものは許さない。罰せられるべきだと謳っていたが、今のように過激に罰するのではなく、更生の余地があると考え、更生させようと親身になって罪人に歩み寄っていた。
大司教と呼ばれる長とも先代の国王であり、ファルクの父とも仲がよく、共に良き国を作って行こうと語り合った仲でもある。
それが、今となっては、徐々に過激な行動が増えていく一方。
大司教とも、ファルクは一度足りとも会うことができていない。
「確か、彼らが今のようなことをし始めたのは、闇の炎が消える少し前でしたよね?」
「ああ、そうだ。それまでは、うまくやれていたんだけどな……」
「しかし、過激になっているとはいえ『聖神教』のやっていることは、罪人を罰すること」
「犯罪めいたことはやっていないから、こちらが何を言っても自分達は今まで通りにやっているだけだとかわされてしまう、ということですか」
裏で、何かをやっている。
それは確実なのだ。
その何かがわからない。相手も、こちらを警戒しているのか。多少過激になっているが、自分達はいつも通りにしていると。
組織自体も、かなり巨大になっており、今となっては世界中に浸透している。
「……とりあえずは、まだ様子見だ。だが、連中が何か良からぬことを企んでいるってことだけは覚えておくんだ」
「わかりました、父上」
「謎の侵略者に『聖神教』……忙しいですね」
「まったくだ。てことで、レノス。せっかくだ。お前も話し合いに付き合え」
「それは良いのですが。ひとつ良いですか?」
「なんだ?」
「母上と妹は、いつ帰ってこられるので?」
「……二人次第だろ」
「そんな!? 王としてそれでよいのですか!? いえ、夫として! 親として!!」
また始まった、とこれで何度目か。マルクスは、苦笑いをするのだった。




