第七話 大海で燃える緑炎
王妃と王女の護衛というこの上なく名誉ある任務。
だが、それが海の上。
地上暮らしばかりだった俺にとっては、海の上の戦いは初。
闇の炎という頼れる力があるとはいえ、不安がある。力があっても、使う者が未熟となれば……。
「ひゃ、ひゃめろぉ……!」
「お、お母さん! 我慢、我慢です!」
「ぷにぷに……」
ヴィオレットもそうだったが、エメーラも中々のぷにぷに感だった。
フィリア様も、そのぷにぷにを味わっている。
エメーラも、嫌な顔をしながらも我慢してくれている。すまないエメーラ。夫として、助けなくちゃならないんだろうが……すまない。もうちょっと我慢してくれ。後で、好きな漫画を買ってあげるから。
「ふふ。本当に不思議ね。こんな可愛らしい子達が、あの闇の炎だなんて」
「むにゅう……」
セリーヌ様は、セリーヌ様でヴィオレットをぷにぷにしている。
まあ、ヴィオレットはそこまで嫌そうではなさそうだが。
「そう。その調子だよ、カーリーおばあちゃん。前より炎が大きくなってきてるね」
「アメリアちゃんの指導のおかげよ。でもまあ、まだまだね」
「じゃあ、炎合わせをしよう。母さん」
「炎合わせ?」
船の上なので、危ないかもしれないが、俺達は訓練をしている。
少しでも闇の炎の火力を上げ、操れるようになるために。
「ヤミノくん。炎合わせってなにかしら?」
と、ヴィオレットを抱きかかえながら問いかけてくるセリーヌ様。
「炎合わせというのは、互いの炎をこうやって」
俺が紫の炎を灯し、母さんの炎へとくっつける。
すると、炎は大きくなった。
「より強い炎を感じることで、感覚を掴みやすくするものなんです。今の大きさの感覚を覚えたら、徐々に大きくしていって、また感覚を掴んでいく。そうしていく内に、一人でも自然と扱えるようになるんです」
「へえ。じゃあ、私もやってみていいかしら?」
「は、はい。じゃあ、まずはこれぐらいから」
セリーヌ様もヴィオレットの炎を受け継いだ人。
俺は、緊張しつつ炎合わせをした。
母さんは母さんで、アメリアと炎合わせ。まだ初心者なセリーヌ様のサポートをヴィオレットが。
目的地まだ二日はかかる。
その間に、少しでも力をつけておこうと、訓練は続き刻々と時間は過ぎていく。
そして、そろそろ太陽が沈もうとする時間帯になった頃、異変は起きた。
「うわあ!?」
「な、なに?」
「ら、ララーナちゃん!」
「大丈夫ですよ、フィリアお姉ちゃん。私がついていますから!」
船が大きく揺れる。
海の中に……何かいる。
俺は、すぐに確認しようと動くが、それよりも早く船を襲った敵が姿を現した。
「あれは……スカルゴル?」
まるで船を遮るかのように、海中から姿を現したのは、まるで骸骨から触手が生えているかのような化け物。
実際は、そういう風に見える模様。
図鑑で見たことがある。
どうやら船が大きく揺れたのは、奴の触手で船を押さえつけられたからのようだ。
「おかしいわね。この辺りに、スカルゴルのような巨大な魔物はいないはずだけど」
セリーヌ様の言葉に、俺はあの時のことを思いだす。
まさか……だけど、スカルゴルに目立った外傷はない。
だけど、もしもってこともある。
「ヤミノ」
「エメーラ。やる気みたいだな」
「さあね」
いつものエメーラなら、さっさと終わらせろと言いつつ自分は何もしないところだろう。けど、ちらっとフィリア様達のことを見る。
……なるほど。
「さっさと終わらせるよ。こう船が揺れてちゃ、おちおち漫画も読めない」
「ああ!」
あんな巨体で攻撃をされたら、船は耐えられないだろう。さっき揺れたのは、こいつが海中を移動した余波によるもの。
ここは一気に片付ける。
エメーラを体に宿し、俺は緑の炎を右手から放出する。
それはすぐ武器へと形状変化。
緑の炎は一本の槍のような杖となった。
……これは、比喩ではない。本当に槍のような杖なのだ。エメーラ本人が言っていたんだ。
二匹の蛇が螺旋を描き絡まって、左右に分かれた頭からは若干丸みを帯びた片刃が生えている。俺も最初は驚いた。
ヴィオレットと違って武器らしい武器。
だが、槍だと思ったら。エメーラが槍のような杖と言い出す。じゃあ、正式名称は? と聞くと忘れたと言う。
正式名称があるのだとしたら、こちらが変に名前を付けるのも気が引けるので。今のところは槍のような杖と呼んでいる。
「【緑炎操】」
槍のような杖を天に掲げる。
すると、緑炎が茨の鞭のように放出される。
(ほいじゃ、いくよ。ヤミノ)
「ああ! せーの!!」
ぐっと全身に力を込め、大量に放出された茨の鞭をスカルゴルへ振り下ろす。
「――――!?」
茨の鞭と言っても、元は炎。
スカルゴルの体は、焼き切れてしまった。
「よし」
「わー! やりました! さすが、お父さんとお母さんです!! フィリアお姉ちゃん、もう安心ですよ」
「す、凄い。あんなに大きな魔物を」
船は一時停止し、スカルゴルに襲われたことを港へと知らせる。結構派手に焼き切ってしまったけど、使える部分はある。
俺達は、このまま進むこととなるが、連絡を受けた者達がスカルゴルの死体を回収してくれるだろう。
「……」
そして、戦いが終わり、エメーラはまたミニサイズとなって実体化する。
脅威は去ったが、震えが止まらないフィリア様。無理もない。しっかりしているけど、まだ五歳なんだ。あんなのが現れたら怖いに決まっている。
そんな姿を見たエメーラは、無言のまま近づいていく。
「え、エメーラちゃん?」
「はあ、僕の方がずっと年上なんだけどな……ちょっと座って」
「え? う、うん」
ちゃんづけされたことを気にしつつ、フィリア様を座らせるエメーラ。
何をする気だ? と見守っていると。
「よいしょっと」
フィリア様の膝によじ登った。そして、そのまま背を預けるように座り込む。
「しゃーないから。好きなだけ触らせてあげる」
「いいの?」
「僕は、漫画を読んでるからご勝手に。あっ、あんま激しいのは無しだから。漫画に集中できない」
一応注意した後、エメーラはさっさと漫画を読み始める。
「……えへへ。温かい」
さっきまで震えていたフィリア様だったが、エメーラを抱いたことで落ち着いたのか。愛らしい笑顔を作る。
「さ、さすがお母さんです!!」
「あー、そういうのいいから。ほら、あんたも大事なお姉ちゃんが倒れないように支える」
「はいです!!」
なんとなくヴィオレットが言っていたことがわかった気がする。
優しくて、世話好き。
嘘だろって思ったけど……。
「ちょっと変わったかしら、エメーラ」
と、母さんがヴィオレットを抱きながら言う。
「変わったというより、あれが本来のエメーラなんじゃないか? な、ヴィオレット」
「うん。いつものエメーラに戻ってきてる」
「うんうん。フィリアも懐いているみたいだし、ヤミノくんの戦闘力も確認できたし。良い感じの船旅になりそうね」
「いきなり襲われましたけどね」
トラブルはあったものの、順調に船旅は続く。
元々は、あまり魔物が出現しないルートを進んでいたので、あっという間に目的地へ到着したのだ。