第四十話 広まる炎の噂
「んー! なんだか二日だけだったけど。リオントに帰ってくるのが、本当に久しぶりのように感じる」
新たな闇の炎を求めフォレントリアの森に向かった俺、ヴィオレット、シャルルさんの三人。
二日の時を得て、目的通りエメーラを仲間にすることができた。
今は、俺の中でヴィオレットと仲良くしていることだろう。
森に住んでいたエルフ達とも、友人関係になれた。今後は、何か困ったことがあったら互いに助け合おうと約束をし、こうして帰還した。
「おー! あれが、パパが生まれ育った街ですね! そして、私の姉が居るという!!」
「う、うん? まあ、姉になるのかな」
「外見的には、ララーナちゃんの方が姉に見えるがな」
シャルルさんの言う通り、外見だけで考えるなら明らかにララーナの方が姉だろう。
けど、先に生まれたのはアメリア。
普通に考えるなら、生まれた順番でアメリアが姉になる。そもそも、彼女達は互いにまだ一歳にもなっていない。外見は、大分育っているけど。
「早く会いに行きましょう! 待ちきれません! さあ! さあ!!」
「わかった。わかったから。一人で先に行くなよ」
「はいです! お父さんと一緒に行きます!!」
「うん、いい子だ」
我先にと突撃しそうになるが、俺の言葉を聞き足を止める。
元気いっぱいというか、常に爆発している子だが、聞き分けはいい。それに、なんだかララーナの元気な姿を見ていると、自然と元気が出てくる。
これも、彼女の力の一旦、なのか。
「ん? どうやら、街に入るまでもないようだ」
「……本当ですね」
よく見ると、こちらに手を振っている影が二つ。
母さんとアメリアだ。
俺達は、すぐに二人のところへ駆け寄る。すると、アメリアが待ってましたとばかりに俺へ抱き着いてくる。
「おかえりなさい! パパ!!」
「ああ、ただいま。アメリア。母さんも、ただいま」
「おかえり、ヤミノ。無事に帰ってきたみたいね」
「おいおい。我のことを忘れてもらっては困るぞ? カーリー」
「はいはい。おかえり、シャルル。ちゃんと息子の役に立ったのかしら? 目的を忘れて、酒に溺れたりしてないでしょうね?」
「はーっはっはっは!! 心配するでない!! ちゃんと目的を果たしてから酒に溺れた!!」
……うん、まあ。目的を果たしてから……うん。確かに、シャルルさんは俺のために色々と前に出て交渉とかをしてくれていた。
だから、間違ってはいない。
本当なんでしょうね? と、こちらを見てくる母さんに俺は笑顔で頷く。
「そっ。ならいいわ。それで」
よくやったとばかりに、シャルルさんの頭を撫でながら母さんはララーナへ視線を向ける。
ちなみにララーナは、指示を待っている飼い犬のように、さっきとは打って変わって静かにしていた。
「その子が、新しい娘ね」
「うん。ララーナ」
「はいです!! ヤミノお父さんとエメーラお母さんの娘! ララーナです!! よろしくお願いします!!」
「あら、元気な子ね。よろしく、ララーナちゃん。あたしは、ヤミノの母親カーリーよ」
「カーリーおばあちゃんですね! よろしくお願いします!!」
なんていうかまだ慣れないな。
かなり特殊とはいえ、嫁と娘が一度。それも、まだ増えるって言うんだから……ま、こんなこと言っている俺だけど。
すぐ彼女達との生活が普通だって思うようになっているんだろうな。
「そして! あなたがアメリアお姉ちゃんですね!」
「お姉ちゃん? わたしが?」
まだ俺に抱き着いているアメリアに、ララーナはぐいっと顔を近づける。
さすがのアメリアも、ぽかーんっとしていた。
だが、一瞬だった。
「よーし。アメリアお姉ちゃんだよー。おいで、ララーナちゃん」
「わーい!!」
「えへへ、よしよし」
すぐ妹だと認め、両手を広げる。
ララーナは、一切の迷いもなく飛び込んだ。まだ出会ったばかりだっていうのに……いや、仲が良いのは親にとっては嬉しいこと。
それに、こうして子供同士が仲良くしているのを見ていると心がこう……温かくなる。
「さあ、皆。お互い、色々と積もる話があるだろうし。さっさと家に帰るわよ!」
「はーい!」
「うん。そうだね。ララーナちゃん、手を繋ごうね」
「はいです!」
「パパも」
「……ああ。帰ろう。我が家に」
・・・・
「―――へー、あいつがねぇ」
救済の旅に出た勇者一行。
王都を出て、しばらく。
鋼鉄の獣イア・アーゴントに襲われていた町を救い、そのお礼として町一番の宿に泊まっていた。そこで、定期連絡とばかりに王都へ遠話魔法で思念を飛ばした。
そこで……ヤミノの話を耳にする。
「まさか、闇の炎を操ることができたとはな。つーか、一緒に居た子が妹じゃなくて娘だったとはな。はっはっはっは! まったく気づかなかったぜ!!」
「普通はそうでしょ? どう見たって娘には見えないわよ」
「だが、闇の炎は。あの鋼鉄の獣に有効なんだろ?」
「そうらしいわね」
「だったら、闇だろうとなんだろうと仲間だったら別に俺はいい」
魔法使いティリンと戦士ダルーゴは、驚きはしているが特に嫌悪感を覚えている様子はない。
むしろ嬉しそうに笑っている。
だが、一人だけ……勇者将太だけが眉を潜めて考え事をしていた。
(どういうことだ。あの男が? そんな力を持っているようには見えなかったのに……勇者の僕を欺いたとでも? いや、あの時に感じた悪寒。あれは、闇の炎から感じたものだったのか?)
将太は、ヤミノやアメリアと初めて出会った時のことを思いだす。
ヤミノからは特に何も感じなかったが、アメリアからは背筋がぞっとする何かを感じた。それは、気のせいだと思い込んだ。
しかし、今世界中に広まりつつある情報を考えると。
「ただいま帰りました。皆さん」
「おかえりー。治療ご苦労様、聖女様」
「ゆっくり休め。そこに、甘い菓子があるぞ」
「はい。ありがとうございます」
そこへ、怪我人をずっと治療していたミュレットが帰ってくる。
「将太様?」
「あ、ああ。おかえり、ミュレット。ご苦労だったね。ゆっくり休むといい」
「では、お言葉に甘えて」
本当に疲れているようで、椅子に腰かけ深い息を漏らす。
そして、テーブルの上に載っている焼き菓子に手をつけたところで、ティリンが気を利かせて紅茶を淹れる。
「ありがとうございます、ティリンさん」
「ねえ、さっき王都に連絡したら面白い話を聞いたんだけど。聞く?」
「面白い話、ですか?」
紅茶を淹れ、隣に座ったティリンはヤミノのことをミュレットへ話す。
最初こそ驚いた表情をするが、すぐに真剣なものへ変わる。
「どう? 驚いたでしょ。あたしらも驚いたわよ。あんた、このこと知ってた?」
「い、いえ。おそらくヤミノが闇の炎を手にしたのは、私が王都へ行った後だと思います。リオントの近くにあった闇の炎が突然消えたと大騒ぎになっていましたから」
「でしょうね。……で?」
「で、とは?」
自分の分の紅茶のカップを手に持ち、ティリンは問いかける。
「いや、大事な幼馴染が子持ちになったとか聞いてどう思ってるかなって」
「驚きはしましたが、ヤミノはヤミノの人生を進んでいるみたいですし。特には」
「……ふーん、そっか」
ミュレットを見た後、まだ考え込んでいる将太へ視線を送るティリン。だが、すぐ目を閉じ紅茶を嗜んだ。
(ま、まあいい。所詮は闇の力。崇めている者達も居るようだが、恐れている者達も多いと聞く。それに、いくら鋼鉄の獣に対抗できようと、勇者である僕の敵じゃない。僕も確実にあの時より強くなっている。もう無様は晒さない! 僕は選ばれた存在なんだ!!)