第三話 燃え盛る紫の炎
「かゆいところない?」
「あぁ、ないよ」
平常心だ。平常心……相手は娘。娘なんだ。それに裸は一度見ている。
それに、湯気がなんだかすごいからはっきりと見えない。
なるべくアメリアのことは見ないようにしよう。
「流すよー」
さて、どうしてこんなことになったのか。
まあ簡単に言えば、母さんが父親なんだから娘をお風呂に入れて来なさいと。結構汚れていたからな。朝食を食べる前に体を洗うことになった。
着替えようと二階の自室に向かおうとした時に言われたんだ。
確かに、大地に寝転がっていたからな。
一応掃ったけど、ちゃんと体を洗ってから新しい服を着ないと。
「ありがとう、アメリア。よし。もう風呂から上がろう」
頭も体も綺麗になったことだし、すぐに上がろうと立ち上がるも。
「えっと、アメリア? なんで湯船に向かって手を引いているんだ?」
アメリアに左手をぎゅっと包み込むように握られ、止められてしまう。
「だめだよパパ。ちゃんとお風呂に入らないと」
「いや、あのでも」
「入ろ? パパ」
「……そうだね」
結局、アメリアと一緒に湯船にしばらく浸かることになった。
その後、上がって新しい服を着て、父さん母さんと一緒に少し遅めの朝食を食べた。
朝食を食べ終えた後は、外に出ず家で過ごした。
俺が闇の炎を体に宿したこと、その子供が居ること。それが知れることはないだろうが一応と。父さんと母さんは、共に仕事へ向かった。
ちなみに、父さんは酒屋の店主。母さんとは、そこで出会い色々あって結婚。
俺も、父さんの酒場を手伝いながら、母さんに冒険者の心得や戦闘術を教わっている。
今日は、酒場の手伝いはできないけど、体を鍛えることはできる。
「百十二……百十三……百十四……!」
「パパ頑張れー!」
自室で、娘に応援されながら腕立て、腹筋、背筋と毎日の日課をこなす。ちなみに母が言うには、やる回数が多ければいいと言うわけではない。
やり過ぎは逆に体を壊す原因となる。
昔は、毎日五十回ずつだったが、今は二百回ずつ。
「なあ、アメリア」
「なに?」
日課を終え、アメリアが用意してくれた冷たい水を飲みながら情報収集をする。
「闇の炎。ママって何者なんだ?」
娘だったら、なにか知っているはずだ。
「ママはママだよ。それに」
「それに?」
「すぐわかると思う」
ふふっと、いつもと違ってどこか大人な雰囲気で笑う。
すぐわかるって言われてもな。
結局、詳しい情報は手に入れることはできず。そのまま刻々と時間は過ぎていき、寝る時間となった。
当然のように俺はアメリアと一緒にひとつのベッドで寝ることになった。
眠れないと思ったが、不思議とあっさり眠れた。
まるで、闇の炎に包まれた時のように。
「―――ここは」
気が付けば、俺は……って!
「燃えてる!?」
さっきまで自室で寝ていたはずなのに、辺り一帯紫色の炎で燃え盛っている空間に立っていた。
「あれ、この炎って」
紫色の炎。つまり俺の体内に入ったはずの闇の炎と同じ。
やっぱり熱くない。
なんなんだこの炎は。
「パパ」
「あ、アメリア!?」
いつの間にか、アメリアが俺の正面に立っていた。
いや、アメリアだけじゃない。その背後にまだなにか……炎のように見えるが、何かが居る。
「これがママ。今は、こんな感じだけど。回復すればきっとちゃんとした姿で会える」
「ほ、炎が」
アメリアの言葉に、そうだと言っているのか。
紫色の炎が俺の腕をちょんっと触ってくる。まるで意思を持っているかのように。
「うん、うん。そうだね。きっとパパなら」
なんだ? アメリアは、闇の炎と話しているのか?
「なあ、アメリア。俺も話したいんだが」
「えへへ、ごめんねパパ。ママは、まだ本調子じゃないみたいだから」
「そ、そうか」
確かに、周囲の炎が徐々に消えていっている。
無理をして出てきてくれたようだ。
「パパ、これ」
「これは……指輪?」
消えゆく紫の炎の中で、アメリアから渡されたのは炎揺らめく紫の宝玉がはめられた指輪だった。
アメリアは、それを左手の薬指にはめる。
「き、消えた?」
はめるとすぐに指輪は消えてしまう。いったいなんだったんだあの指輪。
「これでいつでもママの力を使えるよ」
「ママの力?」
「使い方は自然とわかるよ。一緒に頑張ろうね、パパ」
それを最後に、周囲の炎は全て消え、意識が徐々に薄くなっていく。
「―――ん……朝、か」
再び目を覚ますと、見知った天井が視界に入る。
すう、すうと幼い寝息が耳に届き、左へ顔を向ける。
「パパ……」
あの時とは違い、本当に幼い子供のような寝顔をしたアメリア。
「ママの力、か」
左手の薬指を確認しながら、俺は静かに思い出す。
つまりは、闇の炎を使えるということ。
アメリアが言うには自然とわかるようだが……なんで俺が。
「俺は、何者なんだ……」
謎多き闇の炎を体内に取り込み、それを扱うことができる。
……だめだ。なにもわからない。
・・・・
「はあ……はあ……! な、なんなんだあいつは!?」
とある森林地帯。
薄暗い中を一人の冒険者が傷だらけで逃げるように走っていた。
「俺の自慢の剣がまったく歯が立たないなんて!」
刃が砕かれ、もう使い物にならないほどにボロボロの剣を見詰め、歯を食いしばる。
「くっ! 来たか!! あの巨体で、なんて速さなんだ!!」
轟音を鳴り響かせ、木々が次々に薙ぎ倒されていく。
現れたのは、鋼鉄の巨体。
顔も、体も、腕も、何もかも鋼鉄。豪快に木々を薙ぎ倒しても、傷ついていない。ギラリと怪しく輝く赤い瞳で、逃げ去る男を睨みつける。
そして。
「ぐあ!?」
その巨体からは信じられない跳躍力で、一気に距離を詰め、男へと突撃する。
「がはっ!? せ、背中、が……!!」
鋼鉄の塊で攻撃を受けた。人間の体など簡単に破壊される。全身に激痛が走り、地面でもがき苦しむ中、飢えた鋼鉄の獣は、男を見下ろす。
「や、やめ、助け」
男の懇願も、獣には無意味。
容赦なく鋼鉄の爪が、振り下ろされた。
「うわあああああっ!?」
森中に響き渡る断末魔の叫び。死した男は、鋼鉄の獣により骨ごと捕食された。残ったのは、真っ赤な血。
鋼鉄の獣は、次なる獲物を求め、その場からゆっくりゆっくりと歩を進めた。