第三十八話 守り神様は自由を求める
震えるエメーラを抱きかかえながら、俺達はシャルルさん達のところへ戻ってきた。
ヴィオレットは、まだ名前がないエメーラとの娘が気を利かせて抱きかかえてくれている。
「むむ? まさか、そのぷるぷると震えている小さき緑の子が」
「あ、はい。エメーラです。今は……まあ、ちょっと色々ありまして」
相当傷が深いのか。治療が終わった後だが、どこか苦しそうな表情だ。
それを見た名もなき娘が、いち早く駆けつける。
「これはいけません! さっそく治療です!!」
「な!? だ、誰だお前! というかなんで裸に上着だけなんだ!? 服はどうした!?」
「そんなことより、治療です!」
ヴィオレットを、足元にそっと下ろし、右手にぼっと緑色の炎を宿す。
「その炎は……まさか!? いや、それよりなにを」
「そい!!」
注目する中、おもむろに炎が宿った右手でフェリーさんに触れる。
その瞬間、フェリーさんの体が緑の炎で燃え上がる。
「な、なにをしてるんだ!?」
「大丈夫です! お父さん! これは治療です!!」
「治療?」
慌てる俺達に、にかっと笑みを浮かべる。
緑の炎に燃えるフェリーさんをよく見ると、徐々に顔色がよくなっていくのがわかる。そして、炎が消えると。
「あ、あれ? 体が……痛くない?」
「完全回復! お父さん! 褒めてくださーい!!」
と、頭を差し出してくるので、思わず条件反射で撫でてしまう。
「これは……癒しの炎? 確か古い文献にそういうのがあるって書いてあったような」
あれだけ深い爪痕がなくなっているのを確認しながら、ファリーさんがぶつぶつと呟いている。
まさか、炎で傷が癒えるなんて。
確かに、焼くことで無理矢理止血する手法があるけど、これは違う。完全に傷をなくし、フェリー
さんの疲労感すら治しているように見える。
「で? ヤミノくん。君が抱きかかえているのがエメーラだとすれば。今、フェリーの傷を癒した少女が」
「はい。エメーラとの娘になります。えっと、まだ名前を決めていないから……」
「そうです! 名前です! 名前がなくちゃ色々不便です!!」
名前……この子の名前は……。
「わくわく」
「…………ララーナ」
「ララーナ? それが、私の名前ですか?」
「ああ。どう、だ?」
「良きです!! なんかしっくりくるっていうか。可愛いっていうか! とにかく良きです!! 今日から、私はララーナです!! ヤミノとエメーラの娘! ララーナでーす!!!」
「ふ、ふふ。エメーラとララーナ、ね。まあ、いいんじゃない? そう例えるなら、僕が太陽届かない湿った地で育った花だとしたら、娘は太陽の下で伸び伸びと育った花ってところかな? へへ、へへへへ……」
「なあ、大丈夫なのか? なんかぶつぶつと言ってるが」
「あ、あはは。その、今は精神的に参ってるだけなので。落ち着いたら、しっかり紹介しますので」
俺がそう言うと、シャルルさんは、それ以上は追及しなかった。
その後、ララーナに上着だけではなく、着替えで持ってきていたズボンを渡し、穿かせる。
エルフの集落へ戻る間に、エメーラも徐々に落ち着いてきたようだ。
「帰ってきたぞ!」
「大丈夫だった? なんか大きな音が響いてたけど」
「あれ? なんか人増えてる?」
「おい、ヤミノさんが抱きかかえているのって、まさか!?」
集落に到着すると、ずっと待っていてくれたのか。
エルフ達が、ぞろぞろと集まってくる。
「皆、聞いてくれ。なんとなく察していると思うが、ヤミノが抱きかかえているお方こそ、私達が長年崇めてきた……守り神エメーラ様だ!!」
ファリーさんの言葉に、エルフ達はやっぱり! おお! なんと神々しい! と声を上げる。
しかし、そのエメーラは自分を陰なる者と自称するほどなので、キラキラとした視線を浴びて顔を歪ませる。
「や、やっぱヤミノの中に引き篭もる……」
「も、もうちょっとだから。な?」
「うぅ……」
ここへ来る間、早々に俺の中に引き篭もろうとしたのだが、エルフ達との約束もあるので、少しだけ待ってくれるように頼んだのだ。
「そして、隣に居るのは。そのご息女! ララーナ様だ!!」
「ララーナです!! さっき生まれたばかりですが、元気いっぱいです!!」
「なんと!」
「エメーラ様だけでなく、ご息女まで……」
「というか、さっき生まれたって言っていたけど。子供ってそんな簡単に生まれるものか?」
あ、そういえばその辺に関しては説明していなかった。
何も知らない彼らからしたら、そんなことありえないと思うのも無理はない。それに、外見は明らかに娘というより友達か妹だよな。
「静かにするんだ! 今から、エメーラ様より例の件についてお言葉がある!!」
ざわめくエルフ達が一斉に静まる。
例の件。
それは、集落を出る前に約束したことだ。この森に、集落に住み続ける許可。俺は、ここへ来る間に、そのことを伝えておいたのだ。
キラキラとした視線から緊迫したものへ変わる。
「エメーラ」
「いいよー、ご自由にー」
「たの……って、軽!?」
食い気味に、それでいてゆるーく許可を出す。
そんなエメーラに、俺だけではなく、エルフ達も動揺する。
「別に、家賃はらえーとか。そういうのないし。僕はこれから夫と新婚生活を楽しむから。君らは、君らでご自由に。それじゃ」
「あ、エメーラ様!?」
役目は果たしたとばかりに、さっさと俺の中へ引き篭もってしまう。
こうも簡単に許可を出され、エルフ達は、呆気にとられ、開いた口が塞がらないでいた。
「……えっと、これからも住んでいいんだよな?」
「え、ええ。エメーラ様がそう言っていたし」
「なんていうか、思っていた方と随分と違ってたけど……なんかこう」
「う、うん。私達とは住んでいる世界が違うって感じで、うん」
エルフ達の反応はわからなくもない。
俺だって、こんな感じだったのかと驚いたものだ。
「よかったじゃないか。これからもこの森に住めるんだから。なあ? ファリー」
はっはっは!! と笑うシャルルさん。
「お前達! エメーラ様からの許可は出た! 私達は、これからもこの森に住み、守るんだ!」
「お、おう!」
「エメーラ様が残しこの森をいつまでだって守って見せるわ!」
「これまで以上に、力を入れて守ってやるさ!」
なにはともあれ。
これで約束は守れた。
それに、目的も無事果たせた。後は、リオントへ帰るだけ。なんだか、それほど長く居たわけじゃないのに、長旅を終えたような。そんな達成感を感じる。
「ヤミノ」
「ファリーさん」
「今回は、世話になった。正直、お前達が居なかったらこの森はどうなっていたか……」
「いえ、そんな」
もしかしたら、俺達が居たから、あいつらが現れたって可能性もある。明らかに、何かを知っているような感じだったし。
まだどこかで会ったのなら、今度こそ……。
「そ、それとララーナ様」
「ララーナと! 呼び捨てでいいですよ!」
「で、でも……あのともかく! 傷を治していただきありがとうございました! この御恩はいつかなにかでお返しできればと」
「私は、私にできることをしたまでです! あ、そうです! この集落に怪我人はいませんか! 全力で治療しますよー!!」
「あ、待ってください! ララーナ様ー!!」
ララーナは、本当に元気な子だ。
なんていうか、誰かのために何かをしようとする気持ちが大きいのか。これなら、アメリアとも仲良くできそうだな。
それに、治癒の力。これは、また凄い力だ。この先、多くの怪我人が出るのは明白。もし、向かった先で手が回らないほどの怪我人が出ていたら、その力で助けられる。だから、帰ったらその辺のことも色々話しておかないとな。治癒の力は具体的にどんなものなのか、とか。