第三十七話 怠惰で陰なる縁炎
敵を倒し、俺達は、再びエメーラのところへ訪れた。
ぐてーっとうつ伏せになりながら、俺達のことを出迎えるエメーラ。
「見てたぞ、あんたらの戦い。本当に僕らの炎を操るなんてね」
「でも、まだまだだ。まだ完全じゃない」
「だろうね。見た感じ、四割ってところかな」
よ、四割か……まだまだだとは思ったけど、半分もいっていないとは。
「でもまあ、それでもいい感じだったよあんた」
身を起こし、その場に座り込みながらエメーラはにっと笑う。
「それで、またここに来たってことは、まだ僕のことを諦めていないってことでいいの?」
「……ああ。どうしても、エメーラが必要なんだ」
「うはー、プロポーズされちったー」
うっ、言われてみればそう聞こえてしまうか。けど、嘘じゃない。本当にエメーラが必要なんだ。今更訂正なんてしない。
にへら、と笑うエメーラに、俺は真剣な眼差しを向ける。
「あーあ、そんなに見詰めないでよ。僕、見られるの慣れてないんだよ。……そーだなぁ」
頭を掻きながら、しばらく考えるエメーラ。
答えを待っている間、俺は心臓の鼓動が高鳴るばかり。
「ん」
「ヴィオレット?」
そんな俺のことを心配してか、ヴィオレットが手を繋いでくる。
大丈夫だよ、と笑顔を向けながら。
「…………うん、しゃーない」
考えがまとまったのか。ゆっくりと立ち上がり、こちらへ近づいてくる。
「第二婦人のエメーラでーす。よろしく」
そう言って、手を差し伸べてきた。
「はは。よろしく、エメーラ」
手を握り締める。
刹那。
轟々と緑の炎が俺達を包み込む。次第に意識は薄れていき、闇に沈む。だが、嫌な気持ちじゃない。その逆で心地いいものだ。
ヴィオレットの時とはまた違う。どこかふわっとしているというか。雄大な自然で寝転がっているかのよう……。
「―――ん」
再び目を開けると、空を見上げていた。
あの時と同じだ。
ヴィオレットへと飛び込んだ後と……てことは?
「おーい!! 大丈夫かー!!」
シャルルさんの声が聞こえる。
よく見ると、俺はまだ湖の上に居た。緑色の炎の上で倒れていたようだ。そして、体に伝わる柔らかい感触。これも……覚えがある。
けど、あの時と違ってなんだか柔らかさが増しているような。
「……嘘、だろ?」
その正体を確認すると、アメリアの時と同じで裸の少女が眠っていた。
彼女が、おそらく俺とエメーラの間に生まれた子供なんだろうけど……。
「ヤミノ」
「ヴィオレット。それに……エメーラ」
「ほえー、僕もこんなに小さくなってしまうなんて。元から身長低いのに、更に小さくなるとか……」
俺が起きるのを待っていてくれたのか。
ミニサイズのヴィオレットとエメーラが、反対側に立っていた。
「で? そこで眠っている裸のお嬢さんが、もしかしなくても」
「う、ん……」
とりあえず、俺の上着を。
「ふわぁ……」
このままではいけないと上着をかけたところで、目を覚ます少女。
アメリアと同じように、俺とエメーラの髪の色が交じり合ったかのような毛をしており、頭の天辺から生えている少し大きな髪の毛は、まるで生きているかのようだ。ちなみに色は白銀。
次に目がいくのは、やはり彼女の体つきだろう。
正直、直視するにはあまりにも……なんていうか。娘というより。
「ヤミノ。本当に、この子。僕達の娘なの?」
母親であるエメーラも、やはり疑いの目を向けている。いや、なんだか不満そうな顔だ。
身を起こし、琥珀色の目でじっと俺達のことを見詰めてくる。
どこか獣を思わせる瞳をしており、品定めをされているかのような感覚だ。
「それは、うん。だって、それ以外は考えられないっていうか。ヴィオレットの時もこんな感じでアメリアが生まれたから……」
俺とエメーラの間に生まれた娘だと思うしかない。
仮令、その娘が……明らかに娘とは思えないほど大きくても。
アメリアと同じで、小さい子が生まれてくるかと思っていたが、まったくの予想外。身長は見た感じ、俺よりは低いものの少なくとも百六十前後はあるだろう。
そして、なによりもその大きな胸と細い腰、むちっとした太もも。もし、俺が三十代、四十代ぐらいだったらまあ娘と思ってもいいだろう。しかし、俺はまだ十八歳。
アメリアの時だって、簡単には受け入れられなかったのに、目の前の子は明らかに友達、もしくは妹という関係性の方がまだ頷ける。
「てか、ただ一体化しただけで、ぽんっと子が生まれること自体驚きなのに、これはねぇ。ヤミノや。こんな子にお父さん! とか。パパ! とか言わせるつもりなん?」
「そう、言われましても」
動揺を隠せないでいる俺。
しかし、娘と思われる少女は意識がはっきりしてきたようで。
「やはー! おはよーございます! お父さん、お母さん。娘です!!」
「……本当に、僕の娘? なんかもの凄く陽なる者の波動を感じるんだけど」
「やだなー。正真正銘、あなたの娘ちゃんですよ! あ、名前! さっそくなんですが、名前をつけてくれます? さあ! さあ!! さあ!!!」
うお……寝起きだっていうのに、もの凄いテンションの高さ。
「うわぁ!! 完全に陽なる者だー!!」
「ど、どうしたんですか! お母さん!! 頭、痛いんですか? 大丈夫ですよ! 私がついています!! それー、痛いの痛いの燃え尽きろー!! どうですか!?」
「うわああああああっ!!!」
「お母さああああああん!!!」
……うん。まあ、悪い子じゃないな。なんていうか、アメリアとはまた違った感じのいい子ってところか。
「おーい!! なにがあったんだー!! こっちからじゃ炎で見えないんだがー!! なんか叫び声がするけど!!」
おっと、とりあえずシャルルさん達のところへ戻らないとな。
「お父さん! お母さんが頭を抱えて苦しんでいます! 今から全力治療を開始したいのですが!」
「あ、えっと。大丈夫だと思うぞ。エメーラは……うん。とりあえず俺が抱きかかえていくから。心配いらないぞ」
「はいです!!」
「ぼ、僕の要素……髪の毛の色だけなんじゃ? ねえ? ヤミノ。僕、娘の陽なる波動にやられちゃいそうなんだけど」
なんとなくわかってはいたけど、こういう明るい性格の人はめちゃくちゃ苦手なようだ。とはいえ、これからは一緒に生活していくんだから、慣れてもらわないとな。
胸の中で、ガタガタと震えながら服をぎゅっと掴むエメーラを撫でながら、俺は小さく笑みを浮かべるのだった。