第三十六話 空縛せし紫炎
「ん? この感覚は……」
「どうかしたのか? ヤミノくん」
敵と対峙している中、俺は感じたことがない感覚に襲われる。
どこかで、炎が灯った。
そうか、これが。
(カーリーさんが、やったみたい)
やっぱりそうか。
ここへ訪れる前。
ヴィオレットが思い出したことがあった。それは、闇の炎を俺以外の人が扱えるようになるというものだ。
それが本当なら、今後の作戦もよりよい方向にもっていける。
なにせ、相手はまだまだ謎が多い。
勇者が大元を絶つまで、他の街や村が襲われる可能性が高い。
それを阻止するために、俺達の力を使い、倒していく。そういうことになっていた。が、難点がいくつかあるものだ。
ひとつに、ヴィオレットの力は強力だが、それだけに燃費が悪い。もし、複数の場所で被害があった場合。連続して敵が現れた場合。俺達は、力を使い果たし、動けなくなって、助けることができなくなってしまうだろう。
だが、それをどうにかできるかもしれない。
それが……永炎の絆。
大元である俺とヴィオレットから他の者へ。他の者から、更に……こうして、炎はどこまでも燃え広がっていく。
つまり、闇の炎を使える者達が増えていくということだ。
とはいえ、そう簡単ではない。闇の炎を灯すことができるのは、絆を紡ぎし者。誰でも灯すことができるというわけではない。
(でも、母さんは灯せたようだな)
母さん、あの時のこと、凄く悔しがっていたからな……でも、まさかとは思うが、あっちでなにかあったのか?
『……ほう』
仮面もなにかを感じているようだ。てことは、リオントにイア・アーゴントが……。
(アメリアちゃんも、ちょっと力を消費しているみたいだけど。大丈夫、だよ)
そういうことなら、こっちはこっちで。
『そろそろ大詰めと言ったところか。さあ、見事こいつを倒してみてくれ。あぁ、俺を狙ってもいいが。先に言っておく。ここに居る俺は本体ではない。仮令、倒したとしても何の意味もない』
「それはご丁寧に……どうも!!」
仮面の背後に、空間転移の円を発動させ、矢を放つ。
矢は空間を移動し、背後から貫く。
が、猫背のイア・アーゴントは気配に敏感なのか簡単に回避してしまう。
「む? のっぺり鉄仮面の体が」
体に穴が空いた仮面は、イア・アーゴントと一緒で光の粒子となって消える。
「あいつは……」
猫背の奴は、敏捷重視の形態のようだ。
それに加えて、森の中に潜み、気配を殺している。
静かだ。
まさか、この場から逃げた?
「そこか!」
気配を殺し、狙っていた獲物は、俺ではなく。
ファリーさんとフェリーさんだった。
「くっ! 弱った者から狙うとは! わかっている!!」
しかし、攻撃が当たる前に、俺は矢を放つ。
「また消えたぞ!」
ただ矢を射るだけじゃだめだ。簡単に避けられてしまう。
なら、やることはひとつ。
相手の動きを先読みして、動きを封じる。
「……」
気配を殺し、姿を隠そうとも、同じ空間に居る。
なら、その空間の歪みを察知するんだ。
今の俺なら……いや、俺達ならできる。
再び静寂に包まれる中、俺は構えた弓を一度下ろし、目を閉じる。
「……そこ!!」
目視では確認できていない。
でも、そこに居る。そう感じ取った俺は、空間転移の円を発動させる。転移先は……空中。
「おお! 敵が空中に!」
それだけじゃない。
もう身動きが取れないように、空中で束縛した。
「終わりだ。ヴィオレット! 火力上昇!!」
(うん!)
相手は、これまでの敵より細身だが、侮れない。
火力を上昇させ、一気に焼き貫く。
ゴウ! と一回り大きくなる紫炎の弓。
なんとか逃げ出そうともがくイア・アーゴントだが、びくともしていない。
「貫けぇ!!!」
「――――」
紫炎の矢に貫かれ、イア・アーゴントは完全に消滅した。
「……よし!」
俺は、思わず拳を握る。
最初の時よりも、ヴィオレットと更に一体となっているのを感じた。まあ、まだ完全じゃないとは思うけど。
それは、これから。今は、ひとつの戦いを終えたことを素直に喜ぼう。
「はーっはっはっはっは!! やるじゃないか! ヤミノくん!! 思わず見惚れてしまったぞ!!」
「わっ!? え、えっと。ありがとう、ございます?」
勝利の余韻に浸っていると、シャルルさんが高らかに笑いながら、背後から抱き着いてきた。
かなり勢いよく抱き着いて来たので、少しよろけるも踏みとどまる。
「それにしても、羨ましい。そして、悔しい! 長年鍛え上げてきたものが全然通用しないとは!! カーリーが味わったものが、身に染みた!! なんだ、あの硬い奴は!!」
「あんなのが世界中に現れると考えるだけで、ぞっとする」
今回の戦いで、敵のことが少しわかった。
鋼鉄の獣の総称、それを操っている仮面の者。
また必ずどこかに現れる。
だから、その時のために、俺がやるべきことは。
「でも、通用する力がここにあります」
そう言って、俺は湖に浮かぶ緑の炎を見詰めた。