第三十五話 炎は燃え広がる
「む? 見ろ! 我の攻撃で傷ついたぞ!」
「いや、どう見ても汚れがついているだけだ」
「くう……本当に厄介な相手だ。我、そろそろ疲れてきた」
「弱音を吐くな。私達が、ここで倒れたら、森に住む同胞達に被害が及ぶんだぞ」
「わかっている。ちょっと言ってみただけだ。……だがな。こうも攻撃が通用しないと精神的にくるものがある」
『……む? この気配は』
「そこまでだ!!」
シャルルさん達を助けるため、一度エメーラとの対話を止めて、外へ出てきた。
相当追い込まれていたようで、状況を変えるため、上空の敵を矢で撃ち落とす。紫炎の矢が命中した鋼鉄の獣は、そのまま湖へ落ち、光の粒子となって四散する。
ん? 四散した粒子を仮面の人間がなにか道具で吸収してる?
「お待たせしました!」
「おお! 待っていたぞ、ヤミノくん! で? エメーラとは……見た感じまだ見たいだな」
「はい。その前に、敵の気配を感じて」
シャルルさんとファリーさんには、目立った外傷は見られない。だけど、フェリーさんは背中に大きな怪我をしている。
「ファリー。今の内に、フェリーの治癒を」
「わかっている」
俺の登場で、敵は攻撃を一度止めた。
鋼鉄の獣達は、仮面の人間の周囲に集まっている。その隙を利用して、ファリーさんはフェリーさんに回復魔法かけた。
「……お前がそいつらを操っているみたいだな」
『その通り。ちなみにお前達が鋼鉄の獣と呼ぶこいつらの総称はイア・アーゴント。今後は、そう呼ぶように』
「随分と親切じゃないか。ついでに、お前達の正体と目的も教えてくれないか?」
シャルルさんは、完全に馬鹿にされていると思ったのか。きっと仮面の人間を睨みつける。
『それは無理だ。そもそもなぜお前達に教えなくてはならない』
「そいつらの総称を教えたのはなんだったんだ?」
『変な名前を付けられでもしたら目も当てられないからな』
「なら、今からお前に変な名前をつけてやろう! こののっぺり鉄仮面!!」
「しゃ、シャルルさん落ち着いて……!」
相手の馬鹿にしたような態度と自分の攻撃がまったく通用しないことが重なり、かなりイライラしている。ファリーさんは、まったく……と若干呆れた様子だ。
『まったく。お前達の低俗さには呆れる。さて、役者も揃ったところで再開しようか』
パチン! と指を擦ると鋼鉄の獣改めイア・アーゴント達が動き始める。
「シャルルさん達は、援護を頼みます!」
「わかっている! それより、ヤミノくん! 森を焦土と化すなよ?」
「わかっています!!」
そのために訓練してきたんだ。
それに、この森なら多少の炎じゃ燃えない。外に出る前、エメーラが言っていた。この森は、エメーラの力でできた森。
仮令、同じ闇の炎でも簡単には燃えないと。
なら。
「まずは、邪魔な飛行型を一気に倒す!!」
ゴウ! 紫の炎が左手から燃え盛り弓へと化す。
「アメリアのサポートがなくても……!」
今までは、アメリアの火力調整、空間操作によりあっという間に倒せていた。だが、今回はそれがない。
(ま、任せて!)
刹那。
少し大きいが、飛行型の数だけの矢が出現する。
「ありがとう! ヴィオレット!!」
正直、今の俺より早く炎の矢を生成できている。
「そこだ!」
生成された炎の矢を一気に放つ。
一体、二体、三体と射抜くが、何体か外す。
(逃がさない!)
しかし、すぐに空間転移の円が出現し矢が残りのイア・アーゴントを射抜いた。
草木が生い茂る場所に燃えたまま落ちるも、エメーラの言っていた通り燃えている気配がない。
「おお!! 我らが苦戦した相手をこうもあっさり倒すとは。というか、援護いらなかったじゃないか!」
「あはは、すみません。さて……後は」
飛行型を全部倒した後、俺は未だ動かない猫背のイア・アーゴントと仮面の人間へ弓矢を向ける。
・・・・
「た、倒したんだよな?」
「あれだけの攻撃を受けたんだ。もう動けないって」
「はー……死ぬかと思った」
目の前で燃え続けているイア・アーゴントを見て、冒険者達は安堵の息を漏らす。
「……いや、待って」
だが、一度対峙したことがあるカーリーだけは槍を構える。
あの時は、跡形もなく消えた。
が、目の前のイア・アーゴントは形を残し燃え続けている。
「動く……!」
紫炎に燃やされながらも、動き出す。
完全に倒しきれていなかったのだ。
「あんた達! 避けなさい!!」
「え?」
間に合わない。
よほど疲弊していたのか。カーリーの声に反応するも、体が動かないようだ。
「うわああ!?」
しかし、直撃する寸前で冒険者達の姿が消える。
「アメリアちゃん!!」
「ふう……間に合った」
いつの間にか前線へ出ていたアメリアにより、転移させられたようだ。
「ごめんね。倒しきれなかった」
「いいのよ。ところで、後どれくらい力残ってる?」
「さっきと同じ大きなのを打つなら時間がかかる。それに、これで終わりかどうかわからないから、あまり力を使いたくない、かな」
アメリアの言う通り、これで終わりかどうか。
もし、この後に油断させたところへ第二陣が現れたら……。
「だからね、カーリーさん」
「もう。おばあちゃんで良いって言ってるでしょ?」
「……カーリーおばあちゃん。今から炎を灯すね」
そう言って、カーリーの背中に触れた。
アメリアの言葉を聞き、やってやりますかと正面を向く。
「本当にやるのね。まあでも、もしできるなら戦力アップになるけど」
「できるよ。炎は燃え広がる。仮令、小さくても、次へ、また次へと……」
地面へ豪快に突き刺さった爪を引く抜いたイア・アーゴントが、咆哮と共にカーリー達へと襲い掛かろうと迫る。
「カーリーさん! アメリアちゃん!! 危ない!!」
なんとか進行を防ごうと魔法使い達が、魔法で壁を作るが、次々に突き破られていく。
「感じる? パパの……ママの……わたしの炎を」
「ええ、感じるわ。今までにないぐらい、体が熱い……」
ぐっと槍を握る手に力を込める。
体の奥から、本当に炎が燃えているかのように熱くなっていく。
「呼び覚ませ。絆の炎」
刹那。
槍の切っ先に紫の炎が宿る。
「カーリーさん!!!」
すぐ目の前に敵が迫ってきている。もう間に合わない。
冒険者達の叫びが響き渡る中、カーリーは静かに槍を構える。
「【剛槍突破】」
相手が攻撃するよりも早く、紫の炎を纏いし槍を投げ飛ばす。
元々アメリアから受けていた炎を巻き込んで、より巨大な炎となりイア・アーゴントを焼き貫いた。
「……」
体に風穴が空き、完全に動きが停止した。
「あっ、見て! 体が!」
「崩れていく……てことは!」
先ほどと違い、体が光の粒子となって四散していく。そんな光景を見た冒険者達は、ぐっと拳を握り締める。
「今度こそ終わったー!!」
「すげぇよ! カーリー先輩!!」
沸き上がる歓声を聞きながら、カーリーは緊張の糸が切れたかのように地面に座り込む。
「―――あー!!! 怖かったー!!!」
本当は、逃げ出したいほど怖かった。
心臓が激しく鼓動し、張り裂けそうだった。
「……でも、凄い達成感」
倒せた。最初に出会った時は全然敵わなかった相手を、瀕死の状態とはいえ……倒せた。
「本当に使えるなんて……ふふっ」
「だから言ったでしょ? カーリーおばあちゃんだったら大丈夫だって」
天使のような笑みを向けるアメリアを見て、カーリーは釣られて笑みを零す。
「ええ。本当に大丈夫だったわね」