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第三十二話 守り神様は動きたくない

「ん。とりあえず草茶ね」

「草茶? ……あ、うまい。もっと苦いかと思ったけど」

「で? こんなところまで、何をしに来たわけ? 普通の人間じゃないよねあんた」


 想像していた人物像とかなりかけ離れていたので、驚いたが……普通にもてなしてくれた。

 何もかも炎で形成されている空間なので、実質炎を飲んでいることになるが、普通にうまい茶だった。

 さて、おそらく彼女がエメーラなんだろうけど。


「なにさ? 僕のことじっと見て」


 あれだけの自然を作り、エメーラという綺麗な名前から聖母のような女性だと思っていたんだけど……。

 まったく違った。

 腰よりも長い緑の髪の毛は、手入れをされていないのか大分もじゃもじゃしている。頭上には、炎の花冠と言うべきか。そんなものが浮かんでいる。


 随分と体よりも大きなシャツだけを着ており、なんていうか……色々と見えそうだ。ずっと前かがみなので、胸の谷間が。

 

「いや、イメージと大分違っていたからその」

「ふーん。どんなイメージをしていたか知らないけど。僕は、ずっとこんな感じだよ。ところで、ヴィオレット。あんたどうしてこっちに?」

「あ、えっと……その……」


 自分達は、その場から動けないことを知っているので、エメーラは気になっているのだろう。

 ヴィオレットも、そのことを説明しようとしているが、俺のことをちらちらと見ているだけで中々説明しようとしない。

 まあ、考えていることはなんとなくわかる。


「じ、実はね!」


 勇気を振り絞り、ヴィオレットは説明を始める。

 そして。


「は? 待って待って。なにそれ? 冗談? 妻になった? 人間の? で、人間が僕らの力を操れる? ……うん。作り話にしては面白い!」

「ち、ちがっ」

「けどさー。作り話にしても、人間と夫婦になったなんて。……で? 本当はどうなの?」

「だ、だから。本当に……!」


 やはりというかなんというか。

 そう簡単には信じてはくれないようだ。それしても……なんだかヴィオレットがいつもよりゆるいって言うか。気兼ねなく話せているように見える。

 

「なあ、人間。本当のところどうなん?」

「えっと、全部本当としか」

「おいおい。あんたまでそういうこと言うの? じゃあ、なんか証拠見せてよ」


 証拠……。


「これでどうだ?」


 いまだ信じていないエメーラに、俺はヴィオレットの炎を手のひらに灯す。


「は? え、ちょ、マジ? ヴィオレットが、人間の手のひらのうえに灯しているとかじゃなくて?」

「だ、だから本当にヤミノは私の力を使えるの。そ、それに……」

「それに?」

「こ、子供も、居る」

「…………あー、うん」


 人間である俺が闇の炎を扱えているという現実を目の当たりにし、衝撃を受けているところへ子供が居る宣言により、エメーラは思考を停止したかのように呟く。

 その後、草茶をずずずっと飲み、しばらく沈黙。


「……ふっ。ヴィオレットは、僕と同じで陰なる者だと思っていたんだけどなぁ。ははは、そうかー。結婚をして、子供までできちゃったのかー」


 天を仰ぎ淡々と呟くエメーラ。

 予想外の反応に、ヴィオレットはどうしようと慌てふためている。まあ、久しぶりに会った親友? がいつの間にか子持ちになっていたら……誰だって驚く。

 俺がエメーラの立場でもそうなるだろう。


「……」

「エメーラ?」


 無言のまま立ち上がり、エメーラはこちらへ移動する。

 そして、徐にヴィオレットの膝の上に座り込み、両腕を包み込むように自らの体へ寄せた。


「これが……人妻の温もり」

「え、エメーラ。大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。いや、本当は大丈夫じゃないけどさ。僕らは変わらないって思ってたけど。変わっちゃうもんだね」


 く、空気が重い。なんか普通に結婚報告をしに来たみたいになっているんだが。


「で? あんたらは、陰なる僕にいえーい結婚して今幸せでーすってわざわざ言いに来たわけ?」


 ヴィオレットに体を預けたままで、エメーラはぐるんっと俺へ顔を向ける。

 こ、これは完全に気落ちしている。

 数少ない友達が離れて行ったかのような気持ちになっているに違いない。いや、絶対そうだ。


「精神的にダメージを負わせるつもりだったのなら大正解だよ。僕、過去一の動揺してる」

「ご、ごめんねエメーラ。別にエメーラを虐めにきたわけじゃないの」

「え? 違うの?」

「あ、あのな。実は、世界を守るために闇の炎の力が必要なんだ」

「へー。それで?」

「だ、だからエメーラにも、協力してほしいって」

「へー、僕に。で?」

「あー、その……力を貸してくれないか?」

「……ん? それってつまりあんたは僕の力を使いたいってこと?」

「そういう、ことになるけど」


 あれ? 反応が違う。なにか考え事をしているようだが。


「ヴィオレット」

「な、なに? エメーラ」

「こいつが、僕の力を使うってことは……つまりどういうこと?」

「えっと、ヤミノと一体化するってこと。私も、ずっと動けないでいたけど。ヤミノと一体化したおかげで、ここまで来れたの」


 精神的にダメージを負っているエメーラを元気づけるかのように優しく頭を撫でながら説明するヴィオレット。

 

「そ、それと」

「それと?」

「え、エメーラも……ヤミノの……お、お嫁さんになるってこと」

「…………僕が?」


 あ、目に光が灯った。


「こいつの?」


 そして、こっちを見た。


「……じゃあ、もしかして僕にも子供ができちゃう、とか?」

「た、たぶん」

「たぶんってなにさ」


 その辺に関しては、まだ曖昧というか。よくわかっていないんだ。この反応から、エメーラもどうして子供ができるのかわからないみたいだし。


「それにしても、結婚ねぇ。なに? まさか、僕ら全員を娶ろうとか考えてるわけ?」

「そ、そんなつもりはない! ただ結果的にそうなるっていうか……俺にもどうしてそういうことになるのかわかっていないっていうか」

「ふーん。……でもまあ、なんだかヴィオレットは幸せそうだし。夫婦生活ってのは悪くないみたいだね」


 むくりと起き上がり、エメーラは頭を掻く。

 

「さて、どうしたもんかね」


 さすがに即答はしてくれない。それはわかっていた。


「僕は、ずっと寝転がって、自堕落な生活を送りたいんだよね」

「や、ヤミノの中でならできるよ」

「ほー? 居心地良い?」

「う、うん!」

「ふーむ。居心地いいうえに、ヴィオレットと一緒……あ、でも今後他の連中も増えると考えれば……」


 もの凄く考えてる。見た感じ、ヴィオレットとは普通に仲良しみたいだけど。他の闇の炎達とはどこまででもないのか?


「ん?」

「この気配って……まさか!」


 エメーラの返事を待っていると、感じたことがある気配に気づく。


「……もしかして、こいつらがあんたらが言ってた敵?」


 どうやら外の様子を見ることができるようだ。

 エメーラは、炎を正方形に形どった。そこから見えたのは、王都へ向かっていたあの飛行型の鋼鉄の獣が数体に……新型か? 全体的に細く、敏捷重視ってところか?

 最後に。


「人間?」


 顔のない面を被った人が、まるで鋼鉄の獣を従えているかのように立っていた。

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